天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

清原さん、とりあえず安堵しました

2017-07-01 05:47:42 | 世相

「Sports Graphic Number」930号の表紙


プロ野球界のスーパースターであった清原和博さんに昨年5月、懲役2年5ヶ月、執行猶予4年の判決が出た。覚醒剤取締法違反である。

その後、彼が報道の素材にならないことをずっと願っていた。彼が報道されるとしたらまた覚醒剤に手を出したという記事になる公算が高く、それを恐れていた。
それゆえに執行猶予4年の温情のある判決はむしろ彼のためにならない、すぐさま収監されて覚醒剤のある娑婆から隔離されるべきであった、とすら思ったものである。

「Number」が930号で清原和博を取り上げたのは昨年5月以来はじめての彼に対する報道であった。ぼくの知るかぎり。
怖れていない記事であることを願って本誌を買った。
その表紙に映る清原さんは、「番長」と呼ばれていた当時の面影もなくまるで別人であった。髪を七三に分けて、村のまじめな助役さんといった風貌に変化していた。

「一日一日、その日を生きていくしかない」というサブタイトルがいうように、彼が毎日を薄氷を踏むようにおずおずと生きているさまが語られている。
厳格に医療機関に通いその更生テキストにのっとってきちんと毎日を生きていることがわかってとりあえず安堵した。

マスコミが貼った「番長」というレッテルとは違って彼が繊細で傷つきやすく弱い内面であることは次の記述でよくわかった。
留置場の生活でいちばん苦しかったこととして、清原さんは5日に1度の入浴を挙げている。
1回15分ほどの時間で入浴を終えなければならない。湯には何人もの髪が混ざって汚れている。担当者に見張られている。最後に汚い風呂に手を突っ込んで栓を抜く。そうした日は一睡もできなかった。
これを屈辱と彼が感じたのは理解できるが罪人ならしかたないではないか、ぼくはこのへんに彼の弱さを見た。
ぼくは18歳から20歳にかけて夏山で小屋の管理人をした。
そのとき風呂に入らないで30日過ごした。このとき人が湯を沸かしてくれた風呂などは7人入ったあとであろうと入りたいと思ったものである。
このへんの弱さが彼をクスリに走らせたのかと思った。

本誌は清原さんの弱さをあますことなく伝えていて良質の報道であった。

佐々木主浩さん、立浪和義さん、ダルビッシュ有さんが堂々と清原さんを支援する記事に参画したのは、世の中は捨てたものではないという勇気を与えてくれた。
ダルビッシュ有が清原にまたプロ野球へ復帰して監督、コーチになってほしいというのが印象的である。
その道はこの日本ではほぼ閉されていると知ってそう発言したのであろう。

ぼくも一度の過ちで過去の栄光のすべてを葬られる社会を望んでいない。人は復活するチャンスが与えられていい。
おまけに清原さんの場合、人を殺傷したわけではない。
自分がその弱さゆえに自傷したにすぎないのではないか。
それでも刑法に触れた犯罪であるが、きちんと罪を償ったあかつきには晴れて公式の場で活躍する道がひらかれてしかるべきであろう。

薬と完全に縁が切れることを信じて待っている。



清原さんが秋山、デストラーデを従えて四番を張った西武時代のあの栄光をぼくは忘れない。
特に、右へ軽く打って(そのように見えた)、スタンドに放り込んだあの打撃は凄いのひとことであった。

 
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