天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

型の恩恵を受ける鷹俳句会

2017-06-27 00:19:32 | 俳句

大國魂神社の茅の輪


霜柱俳句は切字響きけり 石田波郷
水原秋桜子の弟子で、藤田湘子が兄事した石田波郷のこの句は俳句の韻律性を俳句に詠んだことで特異な作品である。
この韻律を重んじる精神が秋桜子の「馬酔木」を辞して「鷹」を興した藤田湘子に引き継がれ、現主宰小川軽舟に至っている。
あとでも触れるが、上五に名詞の季語を置き、中七下五を意味のつながったひとかたまりの文言でまとめる。しまいを「けり」「なり」「たり」といった強い切字で締める、という形を湘子は『新版 20週俳句入門』で、「型・その4」に分類した。

形より入る稽古や秋の声 小川軽舟
句集『呼鈴』より。鷹主宰も波郷のように、俳句の形の大切さを句にしている。これは湘子が「型・その2」に分類した型である。
このように鷹俳句会は主要作者が俳句でもって型の重要性をアピールするほど型の美しさを追究する俳句結社である。

ぼくは型にのっとった俳句の美しさは青磁の壺を爪で弾いたときに生じる音ととらえている。型という器が鋭い音を発する。陶器ではなく磁器の質感、音感である。
別ないいかたをする。
天ぷらはカラッと揚げなければうまくないだろう。べたべたと油じみた天ぷらは型のない俳句のようなものである。食べたらパリッと音がするのが食欲を誘うだろう。
型にのっとった俳句はじとじとした情緒を払ってきりっと立つのである。
鷹俳句会は立ち姿の美しい俳句を書こうとしている。
たとえば歌舞伎の名優は舞台に立っただけでオーラを放ち観客を魅了する。そういう種類の美が型にあると考えるのである。

藤田湘子は「型は変える必要がない。中身を時代と作者が新たな内容を盛ればいい」といった。俳句の文体はそうそう新たなものはないのであり、あったとしても湘子のいう型の基本形を応用したものである。

さて、現鷹主宰小川軽舟が鷹6月号、7月号に発表した24句を、湘子の分類にしたがって見てゆく。

【型・その1】
筍や寺領見廻る雨合羽
新緑や風吹くかぎり大気圏
十薬や競争社会まだ退かず

上五を4音の季語+切字「や」とする。下五中七をまとまった文言でまとめ基本形は下五体言止め。変形したものに「まだ退かず」のような用言や「〇〇して」のようなものもある。
小川主宰が「俳句のふるさと」と呼ぶ基本形である。

【型・その2】
火の影を踏む白足袋や薪能
体内を燃やす呼吸や夏来たる
掌のつめたき汗や百合の花
日に一度あらふ頭や啄木忌

切字「や」が中七の終りに来て切る、そして下五。下五に季語が来る。季語が上五中七のどこかに来てもいい。

【型・その2の変形】
みづうみの波一重なり松の花
雨ながら稜線青し朴の花
砂利船の吃水深し五月雨
噴き上げて凝(こご)る大楠春深し

これらの句は中七のしまいに切れをいれている点で、趣旨は「型・その2」と一緒。切字が「や」でなく、「なり」であったり形容詞の終止形であったり、あるいは体言で切字効果を出す、というのが変形の意味である。

【型・その3】
拾はれて聖歌に育つ仔猫かな
ファックスの光行き交ふ薄暑かな
牛乳に鼻濡らしたる仔猫かな

しまいが「かな」の句である。さすがに鷹主宰は「かな」にいたるまでよどみない流れを維持し、最後をフォークボールのように落としている。
6月2日の当ブログで『兜太さんの「かな」は反則』と書いて批判した。
<瀬を跳び越す春の人影平和かな 兜太><谷に堕ち無念の極み狐かな 兜太>の流れの悪さから詩が発生するのだろうか。鷹主宰の句と読みやすさ、調べの良しあしを読み比べてほしい。

【型・その4】
時鳥闇殷々と盈ちゐたり
初燕読者カードに切手貼る

この型の典型は、<花の雨八千草に丈生まれけり 軽舟><春の雨和釘の稜の光りけり 軽舟>である。
つまり5音の季語で上五完結。後は流す。しまいに「けり」「たり」「なり」などの切字が来るのが基本形。「春深し」「切手貼る」といった切字なしの用言(終止形)が来るのが変形。

【一物】
かたまりより仔猫の形摑み出す
大鮑胆の琅玕つややかに
炙らるる鮑の怒り行き場なし

「一物」は型の分類とは違う。これに対する概念は「取合せ」である。ここに集めたのは季語そのもの、季語からあまり出ない材料で決めた句である。型・その1~4は「取合せ」の句をつくるために手段である。

【その他】
麦秋の空は冷たく晴れわたり
茶摘待つ夜明の空に塵もなし
古靴に慕ひ寄るなり蟾蜍
石蓴搔く波静かにて潮迅し
若葉して神戸は古き港なり

型・その1~4に当てはまらない句。24句のなかの5句、約21%。
鷹主宰がいかに型の恩恵で句をなしているかがわかる数字である。基本の型を使っていないとはいえ、「塵もなし」「寄るなり」「潮迅し」「港なり」と随所に切れを入れて韻律を重んじているのがわかるだろう。
<麦秋の空は冷たく晴れわたり>のみ結句に連用形を使って余韻を出そうとしている。
この句のみ平句でありあとはすべて立句としている。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« いつき組に構造を与える | トップ | 男には胸板ありぬ青葉潮 »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
噴き上げて凝(こご)る大楠春深し (TUKI)
2017-06-27 21:51:42
【型・その4】として分類されていますが、【型・その2の変形】のように思えます。

頓珍漢だったらすみません、いつものことですが(笑)
君のおっしゃる通りだね (わたる)
2017-06-28 21:12:21
いま記事を読みなおしてびっくり。
あーあ、直さなきゃ。いつもよい指摘ありがとう。

コメントを投稿

俳句」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。