天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

歳時記を批判的に読む

2017-06-22 02:08:38 | 俳句


先日、いつき組関東支部の方々と吟行句会をした。
そのとき採らなかった句の意見を問われてさっと上る手は皆無であった。いつき組の方々は来年1月松山で開催される成人の「まる裏俳句甲子園」出場を目指している。
彼らがぼくの参加を歓迎したのは高校生の「俳句甲子園」の審査を6年つとめた実績にあったと考える。
ぼくは手が上がらない事態に、採らない積極的な理由を言葉にできることを課題として挙げた。
いつき組関東支部のリーダー比々きさんは俳句の読みを磨くことを急務と考えていた。

読みを磨くよい方法の一つは、歳時記をしっかり読むことである。
ここに掲載されている句がすべて秀句と考えてはならない。かなり傷を持つ句も含まれている。批判的に読むことが自分の読みを磨くことになり、自分はどんな句を評価するかという俳句観を涵養することにも通じるのである。

ここでは講談社の俳句歳時記<夏>の「梅雨」と「梅雨寒」の例句をいくつか取りあげてその問題点を考えてみたい。

巌壁にひとすぢの草を刷けり梅雨 水原秋桜子
「刷けり」は塗ったということ。岩にわずかな草が生えているのを梅雨が流れたところを見た目の効いた句である。写生したのはいいが「刷けり梅雨」という決着はやっつけ仕事の感じがしなだろうか。ここが忙しいのである。下五に季語がドスンと来るのはスキージャンプで着地にテレマーク姿勢が取れなかった感じ。「ひとすぢの草を」の中八も気になる。秋桜子は不用意な字余りの句をかなり書いていてそれは評価できない。


薔薇の坂にきくは浦上の鐘ならずや 水原秋桜子
字余りの秋桜子だがこの句のそれは悪くないと弁明してもいい。この句は六・八・六という破調。各部は一音ずつ字余りになっているがこれはそうなってしまった雑の感じがない。作者がきちんと計算している。五・七・五音感をもとに発展させ短歌的な情感を出すのに成功している。


梅雨さやぐ灯の床吾子と転げ遊ぶ 中村草田男
草田男はキリスト教徒で激情の人である。激情がしばしば動詞を多くしてしまう。「さやぐ」「転げ」「遊ぶ」という動詞の多さが一句をうるさくしている。
季語を「梅雨さやぐ」と凝る必要があるのか。「梅雨深し」で十分ではないかと思わないか。


一人来て二人辞し去る梅雨の寺 高野典子
この句も動詞の多さが一句から切れを奪っている。「辞し去る」がうっとうしい。「辞したる」だとすっきりする。


みたらしの水に服薬旅の梅雨 皆吉爽雨
みたらしは御手洗、手水。「みたらしの水に服薬」はちょっと意表をついておもしろい。ただし「旅の梅雨」はなさけない。これが許されるのなら「仕事の梅雨」も「密会の梅雨」も出来してしまう。つまり季語にいろんなものを付けくわえることで句のレベルを落としてしまう。


われに似し痩せ胸さびし梅雨羅漢 河野南畦
「梅雨羅漢」も「旅の梅雨」と一緒で季語を貶める用法と言わざるを得ない。季語はなにも付加せず、そのものだけで立たせるのがいちばんいい使い方なのだ。季語に付加することで季語のせっかくの効き目が落ちてしまう。


梅雨のビラ全身で泣くアンナカレニナ 伊藤てい子
素材がおもしろいのでもっとよくなる句。これも「梅雨のビラ」が浮きぎみで「全身で泣くアンナカレニナ」は近くに現存しているのではないかという気にもなる。ビラは劇の広告でその絵ないし写真がアンナカレニナなのだろう。
<アンナカレーニナ泣く劇のビラ梅雨寒し>みたいに通りをよくしたらだめなのか。きちんとアンナカレーニナといっても上五の字余りは中七下五できっちり収拾できる。


机辺も梅雨新刊堆書裡に紛れ 中島和南
「机辺も梅雨」という字余りから中七の漢字ばかりで押し進める叙法といい梅雨の鬱陶しさをよく出している。しかし「堆書裡に紛れ」という凝った表現は賛否が分かれるだろう。ぼくはもっと簡単に書いてもいいと考えるタイプ。


森いでて山彦梅雨の声を出す 西生かつゑ
これも賛否が分かれる句だろう。湿っぽい草木から山彦は出にくいのではないか。この積極的な擬人法は梅雨時には効かないのでないか。


黄泉も梅雨歩めぬ母を背負ひたし 本橋定晴
演歌の歌詞でもこんなに情緒纏綿たるものはなかろう。歳時記に収録した編集者、監修者のセンスを疑ってしまう。


表札のそのおもむきも梅雨の中 車谷 弘
「ちょっと私きれいでしょう」と澄ましている女性のしなを感じる。「そのおもむきも」がしなののだがムードだけで見えない。梅雨を読み手に感じさせるポイントを見せて欲しい。


水位より低く炊げり梅雨の河 栗生純夫
梅雨時は水位が上がりそうなところを逆に「水位より低く」といったのはおもしろい。「炊げり」をはじめ飯を炊いていると読んだが変だと気づいた。作者は水の様子を煮え立っている米ということでとらえようとしたのであろう。しかしこの動詞がそれを表現するのに適切なのか、考え込んでしまう。
(さる読者から「実際に炊飯している場面」との意見をいただいた。ぼくもそう取るのが自然だと思った。その場合、上五の「水位より」と下五の「梅雨の河」が離れすぎているのがうっとしい。「水位」で河はわかるので、下五に河の季語が来ないで別のものをあしらうほうが飛躍するのでは)

梅雨寒の舌でまさぐる抜歯あと 宮田幸子
こういうことはよくやる。体感は俳句を書く基礎でいい。このままでも句意は通じるのだが上五は「梅雨寒や」と大きく切って自然と人事の間に空間をつくったほうが恰幅がよくなるだろう。句に奥行が出る。
最近、句を切れなくなってきているという世相があるが切ることは俳句の原点であろう。


梅雨寒の紅茶茸を問はれけり 斉藤 均
東モンゴル原産で後にシベリアでよく飲まれるようになった発酵飲料で、日本では昭和40年代末から50年代初頭にかけて流行した。
俳句の討論の場で「わかりません」というのは白旗を上げることなのだがこの句はわからないといっていいだろう。何を問われたのかちんぷんぱんぷん。<梅雨寒の紅茶茸を請はれけり>ならひとまずわかる。さらに季語は切って<五月雨紅茶茸を請はれけり>のほうが形がよくなる。
しかし作者が表現したかったのは違うことなのだろうな。


梅雨寒や妻に継がれる鯨尺 渓 槐三
この鯨尺は作者の母、妻の姑から譲られるものなのだろう。よそから入った女がその家の伝統を守って行く。堅実でめでたいことと考える。そういう事態に対して「梅雨寒」なる季語は木に竹を接ぐといった不適切な感じがしなだろうか。
もっとふわさしい季語はある。もったいない句である。


人様の句に難癖をつけるのはこちらの心の貧しさの表明になってしまうが、いいとされている歳時記の句にもいろいろな問題、弱点を抱えていることがわかるだろう。
身近な俳句を精読することで読みが鍛えられ、採らない句に対して積極的な見解をもてるようになる。
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Unknown (税悦)
2017-06-22 09:31:10
わたる様

こんにちは!ハイポ掲示板でいろいろ教えていただいた税悦でございます。

この記事も、すごく勉強になります。
お手本とされる俳句について、問題や弱点を抱えた句があることも、私の混乱の原因と思いました。
良い句なのだと思い込まずに、冷静に、ひとつずつ丁寧に読む、17音を細かく、そして全体で鑑賞するということが、読む力を養うのではないかと、感じました。
ヒントを頂いた気分です。
ありがとうございました!
炊げり (TUKI)
2017-06-22 09:53:40
「炊げり」は普通に炊飯のことなのではないでしょうか。
荒れる河川、水の様との読みだと、それが水位より低いということから、水中の様ということになりそうですが、仮にそうだとするとこのメタファーは全く相応しくないように思います。
TUKIさま (わたる)
2017-06-22 11:52:37
「炊げり」は普通に炊飯のことなのではないでしょうか。

ぼくもそのことを考えました。
すると下五の「梅雨の河」が鬱陶しい。上五の「水位」はなにか? 下五の「梅雨の河」だとすれば、ボーリングのピンがスプレッドに散ってしまっていてまとまりを欠きますね。炊飯はおもしろいのですが現状ではそれを書き切れていません。
そうですね (TUKI)
2017-06-22 22:05:11
「水位」を含む措辞から切れての「梅雨の河」は、確かにうるさいですね。

少しずつですが、指摘されると理解できるようにはなったかな?(汗)
手掛かりが・・・ (葉音)
2017-06-23 09:21:19
またまた、大事なことを教えてくださって、ありがとうございます。
いつも句を取る・取らないの基準は、「好きかそうでないか」が中心です。好きな理由を理論的に表現することが苦手です^^;

批判的に詠むときの手掛かりは、私のような初心者には、まず「景が具体的に浮かぶかどうか」「季語が動くかどうか」「定型に収まっているかどうか」だと思うのですが・・・
字余りや季重なりが成功している句とそうでない句との判断がわかりません。「詩的表現」という言葉がよく使われますが、結局感性の問題なのでしょうか???

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