天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

白石一文『一瞬の光』

2017-06-17 05:50:49 | 


白石一文のデビュー作『一瞬の光』(平成12/角川書店)。
東大出の容貌に優れた橋田浩介38才は官界からの誘いを蹴って大手企業就職する。そこで社長の側近としてどんどん出世する。社長の筋から才色兼備の瑠衣といずれ結婚すると思われる関係にもなる。人事で彼が落としたのが香折。彼女は母と兄からすさまじい虐待を受けて育ち精神がいつも不安定であった。はじめ飛ぶ鳥を落とす勢いであった浩介、社長一派は贈収賄と公金流用などを突かれて落ちてゆく。
浩介は二人の女とのつきあいで男の索漠とした生き方から愛情生活に転じてゆくが愛欲もなにもかも満たしてくれる瑠衣から離れて行く……。

この展開は女性のhappy_styleさんには評判が悪い。
「書評も良かったので、読んだのですが、主人公の選択に納得できませんでした。読後感の悪い小説でした。
香折という女性に主人公がどうしてそんなに惹かれるのか、介入してゆくのか、最後まで納得できませんでした。
小説の最初から、どうしてこんな女にそんなに関わるんだ?から始まって、物語の後半では瑠衣と自然な幸せを掴んでくれって願いながら読みました。
ずっと香折のことを疫病神のように感じながら不吉な気分で読みました。」


酔拳2さんは次のようなコメントを寄せている。
「前から若干気になってた白石先生。長い話だったわー。でも、ケッコーすらすら読めた。読んでて色んな感情が巻き起こった。怒り、悲しみ、ワクワク、不快感…。香折の生い立ちは読むに耐えん。そもそも折るって字を子供につけるか?橋田は優秀なんだと思うけど、こんな人たちに世の中回されてるのかと思うと嫌になる。まあ、橋田が悪いわけではないかもしれないけど。仕事小説であり、変わった恋愛小説であり、DVを題材とした社会派小説であり、いろいろ盛りだくさんでした。」

ぼくは酔拳2さんがいう「仕事小説であり、変わった恋愛小説であり、DVを題材とした社会派小説であり」がうまくまとめていると思う。
happy_styleさんは女性ゆえどうしてもハッピーエンドを好んでしまうのか。男からみてもさっさと理想の女と結婚しようという心理はあるものの、薄幸の自分が手をかけないと死んでしまう女にかかわろうという心理にもついていける。

タイトルにした「一瞬の光」について作者が浩介の心境としてこう述べる。
瑠衣と共に歩けば長く静かな幸福が手にできただろう。互いに慰め、安らぐあたたかな家庭があったのだろう。だが、香折とのあいだには一瞬一瞬のかけがえのなさがあった。たとえ香折が私にとって安らぎでなかったとしても、私の人生に豊かさを与えなかったとしても、香折と共にいるその瞬間瞬間に、私は生の実感を摑むことができる。
白石一文がすごい理想主義者のロマンティストと思うくだりであり、本書の題名の真意であろう。ここを理解できる人は白石作品を複数読むことができるだろう。

白石には男女間の説明できない心理の淵を見る独特な視点もある。
直木賞受賞作『ほかならぬ人へ』と抱き合わせになっている「かけがえのない人へ」において。
結婚する寸前の女みはるは上司の男と濃厚な関係を持っていて、結婚相手と情交してきて帰ったアパートに来ている上司ともっと濃厚なセックスをする。
この男は野卑なのだがごはんをすごく愛し、郷里から特産の米をみはるのアパートに取り寄せてありみはるにも飯を炊いて食わせる。料理もする。そして濃厚に交わる。こちらと結婚したほうがよさそうと読者に思わせる。
このように読者の意表を突くのが白石の魅力であろう。
こういう不可解さにhappy_styleさんはたぶんついていけなのだろう。
男と女の間は不可解きわまりないことだらけである。

白石一文は嘘みたいな理想主義かと思えば節操もなくふらちな男女関係も書く。
『この胸に深く刺さる矢を抜け』ではいたずらに作者が懊悩する姿を読者に見せる。小説の精度としては『一瞬の光』のほうが上であり、処女作から後退したとみてもいいが実験をこころみる。
そのへんにこの作家の奥行がある。理想主義、浪漫主義を真骨頂とするこの作家は現実に悩みつつ作品を送り出しているように思う。
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