天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

チャタレー夫人を再び読む

2017-07-17 05:40:02 | 


中学生のころ世界文学全集を盛んに読んだ。それにまた興味が湧いてきた。
『チャタレー夫人の恋人』を集英社の世界文学全集第2巻(昭和41年刊/伊藤整訳)で読みはじめた。

その小説は英語に対して燃えるような勉学心のあったぼくが高校入学を記念して取り組んだ最初の原書であった。
伊那市の古ぼけた北條書店の隅に10冊ほどペンギンブックスを見つけたとき興奮した。そこになかった『Lady Chatterley's Lover』(D.H.Lawrence)を店主に注文したのは当時、法廷闘争をしていた本書の猥褻性にひかれたからである。

このとき英語で小説を読もう、高校時代をずっと、と思い立った。
親には英語で本を読んでいると見せて実は誰にも聞けない性のめくるめく秘密を知ることができる、女ってどういう身体なのか……わくわくした。
童貞の英語好き少年を引き込むに『Lady Chatterley's Lover』ほど格好の小説はなかったのである。
読むといっても言葉はまるで知らない。辞書と首ったけの夜がずっと続いた。登校しても英語の時間にローレンスを読んでいた。一日に辞書を100回はひらいただろう。
むつかしいところを英語教師に聞くと「おまえこんなもの読んでるのか」と驚き、彼もわからないところがあった。

そんなわけだから原書で読んだといってもどこまで読み取れたかはわからない。
それであれから50年後にどんな内容であったか確認したくなった。当時受験に臨むために英単語2万7000語を覚えたが今はせいぜい2000語。もう英文は読めない。
集英社の世界文学全集第2巻に拠った。
読み初めて半分以上過ぎたがメラーズとコニーがよそよそしい。どの登場人物の会話も観念的で堅苦しい。
おかしいな……。
50年前読んだ英語はわからないところはあったものの、流れるような美しい文体で森の中で抱き合うメラーズとコニーの息や体の湿りまで活写されていたことを思い出した。

猥褻とされた部分は削除されているのか。
それを知りたくて集英社の読者受付へ電話した。オペレーターが当該部署を探すのにいたずらに時間がかかる。切ってそれらしい部署へ直通電話をかけるとそこでいいらしいが「担当がやめていてわかりません」とそっけない。
やめていたってそれくらい知っていろよ、出版社だろ、と毒づきたくなる。
やはり一番味のある部分がなくなっているのだろう。

日本語で読み直してむかし気づかなかったこともある。
メラーズとコニーの間には階級の壁が屹立していたのによくそれを乗越えたということである。若いころは二人が好きならそんなものどうということない、と簡単に思ってものだが今はそうとう保守的な自分がいる。

そして今日本で活躍している女性作家の多くの作品は『Lady Chatterley's Lover』よりはるかに過激に濃厚に性を描いているのではないかということ。赤面するほどの描写もある。しかし性じたいはいかに激しく描いたにせよそれだけのものである。

D.H.Lawrenceは音楽であり調べであった。そういう英語であった。
また英語をやりたくなったがもう叶わない。自国語ひとつやるもの並大抵でないことを痛感するこのごろである。
いま俳句をやっていることにD.H.Lawrenceが生きているとは思う。
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2 コメント

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チャタレイ夫人の恋人! (小川めぐる)
2017-07-17 11:57:50
わたるさん、おはようございます!
「チャタレイ夫人の恋人」なんて懐かしい・・・!
高校生の時にロードショーで観て、めちゃくちゃ美しくて切なくて悲しくて、図書館にあった文庫本でも読みました!
残念ながら、やはり映像美の印象が強く、文章での記憶はかき消されています。思い出すのは、美しいシーンばかり・・・。
わたるさんも、原書で読んだことにより、文章から流れ出る情景をより細やかに映像的にご自身の脳裏に描かれたのでは・・・という気もします。
恐らく、翻訳者よりも美しい日本語表現が浮かんでいたに違いありません。
「1996年(平成8年)には新潮社から伊藤整訳・伊藤礼補訳で、削除部分を補った「完訳」版が発行された」とWikipediaにありますので、こちらなら蘇るものがあるかも知れませんね。

確か、(嫉妬のあまり)旦那さんがリハビリ頑張って歩けるようになったような気もするのですが、「昼顔」とごっちゃになっているかも知れません(^^;
あ~~~、完璧なコニー役のシルヴィア・クリステルに会いたくなってきました。映画、借りてこようかしら♪
わたるさん、素敵な記事を有難うございます!!
追伸 (小川めぐる)
2017-07-17 13:13:27
>D.H.Lawrenceは音楽であり調べであった。そういう英語であった。

原文を口に乗せた時の官能感が伝わってきました。
ビートルズの「イエスタディ」を唄う時、いつもなんと言葉が滑らかに口から滑り出すことかと感動します。
この言葉にメロディがつけば、なるほどこの音なのだと納得します。言葉は音楽。言葉は調べ。まさに俳句に通じる、わたるさんの素晴らしい読書体験に憧れを覚えました。・・・原書を読む元気はありませんが~~~(^^;;;;;

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