天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

束になって主張するな

2016-10-11 06:33:07 | 世相


10月7日、日本弁護士連合会は福井市で開いた大会で、初めて死刑制度の廃止を目指すという宣言を採択した。一方、反対意見が相次いだため大会は一時紛糾し、全会一致の採択には至らなかった、という。

ぼくはある機関がまとまらないのに無理やり全体としての考えを表明しなくてはならぬのかえらく疑問を抱いた。
死刑制度反対でまとまらなかったのは死刑制度維持したいという意見が根強いからである。
内閣府がおととし11月に行った世論調査では、「死刑もやむをえない」と答えた人は80.3%、「死刑は廃止すべきだ」と答えた人は9.7%。
日本人の多数が死刑を認めており弁護士のなかにも死刑存続派が多かったため揉めたのであろう。

それにもかかわらずなぜ一機関が統一声明を出そうと頑張るのか、わからない。
弁護士一人一人が主張をするのでいいのではないか。
一人一人が主張するのを拒む世の中はとても怖いが今のところそれが保障されている日本はいい。ぼくがブログで何を言っても国からの圧力はない。
それでいいのであって弁護士諸君がまとまって統一見解を発表するという意識にぼくはついていけない。そんな無理をする必要がないと思う。

ぼく自身は死刑制度存続に賛成する。
死刑がなかったら肉親を殺された被害者の怒りや憤懣の持って行き場がないではないか。
殺した奴を八つ裂きにしたいという復讐の意識はあって当然だろう。
そういう気持は野蛮で高尚でないからなくしたいという理想はむろん理解する。
けれど人間はそう強いものでも理性で完璧に自分を律することのできるものでもない。
感情をなだめる装置(死刑)はあったほうがいい、とぼくは思う。社会全体の怒りのガス抜きとしての死刑制度はあっていい。
死刑はあるから殺人が減るだろうという抑止的効果があるとは思っていないが、日本人に殺したら殺されてかまわないという倫理観が根強くあるのならそれを生かして社会を経営していっていいのではないか。

日本弁護士連合会が死刑存続賛成を打ち出したとしてもぼくは反対する。
A大統領とB首相が首脳会談をした。その成果を共同声明としてまとめるという必要はしかとある。
しかし日弁連という機関が声明を出すことがおかしい。

登山道を20名ほどのグループが通ることを単独行のぼくはひどく嫌う。まとまったものが道を長い時間塞いでしまうからである。
道を歩くとき人はもっと散らばっていてほしい。
まとまるのはファッショであり脅威になる。
人権を守るはずの弁護士たちが束になる(ファッショ)ことの脅威を意識していないことが恐いのである。
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