天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

この胸に深々と突き刺さる矢を抜け

2017-06-09 17:07:01 | 

挿画:西村裕之


白石一文『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』(2009/講談社)。
長いタイトルに興味を持って読んだ。銀文字で強調された「矢」で作者ななにをいいたいのか。

主人公カワバタは大手週刊誌の辣腕編集者で、胃ガンの第2ステージで闘病中という設定。妻ミオ(東大准教授)との間にユキヒコという男の子が産まれたが生後3ヶ月で死なせている。忙しいミオが保育園に不調の子を預けて死なせたという意識がある。
ミオは子育てをする女たちを支援することが仕事であり育児そのものについたことが間違いであったと感じて、結婚解消に気持ちが向かう。
女性の働く問題をはじめ、富める者が著しく偏る資本主義やグローバリズムへの疑問、宗教の問題、社会の腐敗の問題など関心が多岐に展開する。まとまっていない感じだが。

ふつう小説の作者は、自分自身をナマの形で表現しない。それが小説のいう表現の利点なのだが白石は作者自身が考え苦悩することをあらわにする。
したがって、読書人Aは「小説読んでるというより、社会派エッセイ読んでる気分になる」といい、読書人Bは「おそらく白石氏の思想がふんだんにちりばめられた作品で、小説であり思想書であるという感じです」という感想を持つ。

『マザー・テレサ 愛を語る』ジョルジュ・ゴレル、ジャン・バルビエ編著」
『政府からの自由』ミルトン・フリードマン
『ルポ貧困大国アメリカ』堤未果
『宇宙からの帰還』立花隆
『格差はつくられた』ポール・クルーグマン
『強欲資本主義ウォール街の自爆』神谷秀樹

等々


作者はこれらの本からの長い引用をし、考え悩む姿を随所に見せる。
アメリカの著名の金持ちはその資産の90%を飢餓者に寄付すれば何人救われるというような発想を綿々と述べる。イチロー選手や松井選手も例として登場するなど貧富について感情的な思いを吐露している気さえする。
そのへんは読書人Bの指摘するようにもう小説の感じがしない。思想書というよりアジテーターという感じだ。

さて問題の「矢」であるが、
この胸に深々と突き刺さる時間という長く鋭い矢、と作者はいう。
偽りの神の名が刻まれた矢を今こそこの胸から引きぬかねばならない。
としている。
僕たちは今の中にしか生きられない。歴史の中に僕たちはもうどこにもいないのだ。過去の中にもこれからの過去の中にも僕たちはいない。今、この瞬間の中にしかいない。

作者は自分が生きている偶然性を否定したい。しかし安易に神を信じることで必然にありつこうともしたくない。まず流れる時間という概念を退けることで偶然性を避けたいのだろう。それは理解できる。
作者の必然性への異様な執着を感じる。
小説としては面倒なスタイルだとは思うものの厄介な形で自分を表現しようとする白石という人はおもしろいと思った。
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