天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

新潟で泳ぐ

2017-08-12 08:54:07 | 紀行

柳都大橋から見る信濃川 3キロ先は日本海


きのう新潟市の日和山浜海水浴場で泳いだ。
長男一家が夏休みを佐渡ヶ島で過ごすという。その車に乗せてもらって新潟港で降りた、8:07。佐渡ヶ島へ出るフェリーの港は信濃川の河口から2キロほどさかのぼった中州にある。乗り場はえらく込んでいた。


佐渡汽船のフェリー「おけさ丸」 9:20発


地図を見ると新潟は海に港を持つが、信濃川の河口近くは両岸とも船着場でありいろいろな船が係留されている。それを見ながら左岸に渡り日和山浜海水浴場へ歩く。




紆余曲折して海へ出たもの海の家は砂の上1キロほど先。ぎくしゃく歩いて汗をかく。
映画「マッドマックス」の出てくる砦みたいな海の家。席料500円。

海の家大黒柱なかりけり
当然のことをいって俳句になることもあるがこれは駄目か。

海の家の隣に出張してきた交番があり巡査3人が詰めている。たまに海水浴場を双眼鏡でながめるが溺れる人は見逃すだろうなという勤務状態。むしろ彼らのメインの仕事はビニール袋を渡してゴミの持ち帰りをお願いすることらしい。ぼくも立派なビニール袋を一枚もらう。

音たてて旗のはためく海の家
風が絶え間なく吹き抜ける。風に背を向けていると男3人がやってきてぼくの横に陣取った。3人はビールを飲みはじめる。どんどん飲む。泳ぐ気はなさそうで目的はビールのようだ。
銭湯の雑居に似たり海の家
巨人軍の村田選手に似た男に写真を撮ってもらう。彼はずっと飲んでいる。


ぼくはすぐ泳ぐ。曇天で気温27度だそうだが海は冷たくない。1分泳いで海水の濃さ、塩辛さに気づく。最近こんなに辛い海水に接したことがない。死海は知らぬが。
海水の辛さに噎せる南風

台風に荒れたる潮の辛さかな

台風が海水を搔き混ぜたせいか。風呂の湯を動かすと熱く感じるみたいに。

潮荒れの喉に沁み込むソーダ水
ラムネ飲む海盛り上がり盛り上がり
咳をしながら1時間ほど泳ぎ11時。喉がすかっとする。腹も減っている。
しっかり食べるべく1200円の焼肉定食を注文したがなかなか出て来ない。経過を聞くと肉が切れたのでそれを待っているという。すぐできるカレーに変更。カレーなら間違いがなかろう。
カレーならまあまあ食える海の家

じわじわと尻湿りきし海の家
なぜか尻が湿ってくる。気のせいではない。からだにつけてきた海水で湿るかと思いほかの場所も調べたがどこも湿っている。
ずっと考えていて帰りのバスの中でやっとわかった。海の家の屋根は葭簀の菰。台風の雨は素通りしたはず。簡単なことがやっとわかって安堵した。

砂まぶし子の尻洗ふ青葉潮
赤子をあやしている女がいたり襁褓を替える母がいたり、海の家は家庭が移動してきている。子供の粗相の始末を海でしても核廃棄物を平気で海へ捨てるロシアに比べれば罪がない。




砂無尽足跡無数夏の果
海の家から外をながめていると安部公房の「砂の女」が強烈によみがえった。

手を打つて砂をはたくや晩夏光

夕焼や砂の執念き指の間
砂はさらさら流れ粘着質とほどっ遠いようでいて体のどこかに砂が残っていて痒い。

燃ゆる音立てて波浪や夏の果

風に乗る雨も潮も厄日なり
まだきのうまでの雨の余韻があるのか空気が湿っぽい。

遠浅の海にゆらるる終戦日
遠浅の海が海水浴場に指定されるのは死ぬ率が低いせいだろう。こういうこところで安寧を貪っているとかの戦争で南溟に沈んでいった大勢の兵士たちの無念を思ってしまう。ぼくは船が沈んで2時間は浮遊できる自信があるがそれは救いが来るという前提である。戦時、救出船が来なければもんな死んでしまう。

恐竜の叫ぶがごとく土用波

新涼や水平線に何もなし
水平線は見えるだけで涼しい。海も空もどんよりしているが水平線が見えた1日であった。



地元の大学生と 

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