天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

正木ゆう子の新作を読む

2017-07-13 05:23:15 | 俳句

奈良・長谷寺


讀賣新聞の選者としての正木ゆう子に注目している。正木の特選はほかの3人よりも危ない句を拾い上げている。
たとえば、讀賣新聞3月13日付の<三万日生ききて見たりサンピラー 黒沢正行>、4月3日付の<おひなさまというねむいという夕日 松本みゆき>、6月5日付の<青が青喰う四万十や夏来る 野中泰佑>。
「サンピラー」は地平線の太陽から垂直に上る光芒。辞書にない新語でこの句には季語がない。おひなさまはぐにゃぐにゃしたゾンビみたいな芯のない句。「青が青喰う」なる擬人化は青嵐の動くさまと見れば見られるがぼくは納得しない。ここに挙げた3句ともぼくが選者なら採らないだろう。
正木の選句は冒険句を果敢に取り込むという点で目を引く。
万人が賛成する句は類型の中にどっぷりはまっていることが多く、句作も選句も冒険が大事である。
正木選は俳句の新しさへチャレンジする気概を持てと叱咤してくれる。


今回は「第51回蛇笏賞受賞第一作」と題して「俳句」7月号に発表された作家、正木を読む。

末黒野   正木ゆう子


末黒野やおほぞらにこゑ戻りそめ
素直な句である。ほぼ見たままといえる。野焼をしていたとき炎や煙が空に充満していたから鳥はよそへ逃げていた。終ったので帰ってきた。地面が露出して啄みやすくなった種や実が鳥たちが狙っている。末黒野にもまもなく新たな芽が出、鳥の声も満ちる。生命力の予感がする。

燼(もえさし)に弧あり直ぐあり焼野原
灌木のある枝は湾曲するし葦などの堅い茎の一部も完璧に燃えてしまうとはかぎらない。「弧あり直ぐあり」と目を利かしたことで見える句になった。


をとついの野火に燻されたる一樹
幹の片側が焦げたり葉もちりちりになるようなことがある。一樹は死なないがそうとうダメージを受けていて野火の凄さを思い出させる。何気なくおいた「をとついの」がじんわり利く。きのうだと生々しすぎる。おとついくらいが野火を偲ぶよい時間である。

末黒野にこれは何かの何処かの骨
この骨は土竜かな、いやそれにしては太いからハクビシンかな。背骨かな、いや顎の一部ではないかな。といったふうに思いを巡らしている。「何」のリフレインで技術を見せつけた句。

なづな佳しペンペン草はおもしろし
人を食った句である。なづなの別名がペンペン草。牛乳をミルクと、自動車をクルマというようなものである。日本語の多様性を手にとって遊んで見せた。

綻びをもて出で入りの雀の子
巣の綻びのあるところ。そこを突いて遊んでいる雀の子と読んだ。かなり長い時間雀の巣を見続けた成果を感じる。

スキップもするよ恋する烏ゆゑ
烏のスキップは兎跳びに似ている。ぼくは兎跳びする烏を書こうとしているのだが、ゆう子さんにあっさり「スキップ」でやられてしまった。「恋する烏ゆゑ」という断定が楽しくていい。

花下草上君はおでこの烏かな
前の烏の句もユニークであったがこれはもっと作者の個性が出ている。烏ごときに「君はおでこの烏かな」と愛着を示すのがまさに俳人。さらに烏に「おでこ」を見たことも意表をつく。福助ではない烏のおでこに。「花下草上」という四文字熟語も造語めいておりこの音感と以下のフレーズとの離れ方は絶妙。

あえかなる山女魚の裸身水と斑と
自分の身体をを山女魚に預けたかのようなナルシズム。「斑」に対して「水」を出したことが意外。「斑」は山女魚じたいのことだが「水」はそうではない。自分ではない水をナルシズムの要素として取り込んだところに女の貪欲さがある。

潜水に浮力ふりきり河烏
水中に潜って狩りをする烏がいる。それが河烏。「潜水に浮力ふりきり」が簡潔にして当を得た表現。書かれてみると簡単に見えるがここへ来るまでにそうとう写生に費やした時間を感じる。



撮影:yukiran0405(小さな可愛い生き物たち)


われよりも淋しさを知る仔猫かな
これは手抜き。仔猫に対する自分の思いだけで書いてしまって河烏のように「ここを私は見た」というポイントがないので読み手はああそうですかと受け取るだけ。

鰯好き和泉式部もいさみ食ふ
おもしろい。和泉式部といえば文机に向かって筆を動かしていた才女というイメージが濃いから鰯を食うのが意表をつく。それも「いさみ食ふ」なのだ。才女の食欲を活写しておもしろい。


盆栽町
春夜齮齮と骨締まるなり作松
幹に枝を針金で強引にひきつける盆栽というのが好きではない。まさに「齮齮(ぎぎ)と骨締まるなり」である。作松(つくりまつ)は「作り雨」ほどは成熟していない造語だろうが「盆栽町」なる前書がなくても十分わかるところが誠実。


狩野了一
山姥に見据ゑられたき花の下
能楽師、狩野了一氏の演技を見たのであろう。山姥とさえ意思疎通するであろう能楽師の芸の奥行を花とからめて讃美している。


散つて地のあからめるまで桜蕊
素直な句。正木ゆう子にしては平凡とさえいえるが静かに色を見せている。


拙句に「藤の花よりもはるかに桐の花」あれば
桐の花よりもはるかに懸かり藤
正直いって元の句に及ばない。だいたい山の藤はほとんど「懸かり藤」である。吊橋にかかったり廃屋をかんじがらめにしたりする。元の句の藤の花と桐の花の遠近の関係を逆転して何を狙ったのかわからない。
藤の花よりもはるかに桐の花>がこの句よりはるかにいいのは、桐の花がノーブルだからである。花の姿が凛としているし木がほかのものから抜きん出ている。桐は空に近い木である。もじゃもじゃした藤の花のはるか向こうの高いことろに桐の花がある。この句があれば蛇足は要らない。


みな黒き袋に詰めて春景色
発表された21句の中でいちばん読みにくかったのがこの句である。
「みな」が全員なのか、詰めているものすべてなのか、でまず悩む。ぼくは散在するものすべてと後者を採ったのだが、では何を詰めているのか。季語「春景色」は「春光」の傍題にして明るい春の光といった雰囲気のみの季語。ここが「春の海」とかいう見える舞台だと前のフレーズが読みやすくなるがそうした配慮もない。
被災地の後始末のことかと思い調べていたら、烏賀陽弘道‏氏のサイトに遭遇した。彼はグランドが除染後の放射性廃棄物の置き場になったことを嘆く。
ゆう子さんの描きたかったのもこういうことか……。


 撮影:烏賀陽 弘道


ゆれてゐる気がするゆれてゐる朧
ゆう子さんが身体の強い方とは思わない。しばしばゆれている気がしているのではないか。ふつう朧はゆれていると感じるものではない。ただ空間にぼんやり満ちていてという印象である。「ゆれてゐる」を繰り返すあたりに彼女のめまい体質を感じる。
俳句を読んでいる場合ではないという気分。


竹落葉あふぐもとよりめまひ癖
やっぱりめまいが癖になっているのか。「もとより」である。アドバイスしたいのは「竹落葉」はすでに落ちて地面にある感じがしてならない。この場合、自分より上にあるのだから「竹の皮」のほうが事実としては適切に思う。「落葉」という音感と字面が欲しいのはわかるが。

春の蟬しづけさといふ周波数
周波数は振動する電圧・電流・または電波・音波が1秒間に向きを変える度数のこと。したがって「しづけさといふ周波数」はかなり情緒先行の措辞。素人を騙すテクニックであり少し俳句がわかったものは嫌いそう。この措辞は奇を衒っていて誠実ではない。

竹秋の見にふさふまであと少し
「ふさふ」は「相応ふ」であろう。フィットする、なじむ、折り合いがつく、といった語感。
蒲柳の質と思えるゆう子さんは竹の葉が黄ばんで落ちるころはとりわけ眩暈が激しく生きるのが辛いのだろう。そういう身の上ゆえ「あと少し」が身にしみる。
盛夏のいまはどういう体調なのだろうと気がかりになった。
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3 コメント

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しづけさといふ周波数 (TUKI)
2017-07-13 20:40:04
調子に乗って書いてみる、の巻。

「AというB」の場合、カテゴリーBにAが含まれる。この句では、「周波数」の中に「しづけさ」を感じ取ったわけで、「周波数」とは「春の蝉」ならではの柔らかな鳴き声によるものだろう。だとすると、やや「情緒先行」ではあるにせよ、そんなに「奇を衒って」いるようにも思えないのですが。
正木ゆう子さん (小川めぐる)
2017-07-14 02:53:40
わたるさん、こんばんは!
正木ゆう子さんを取り上げて下さって有難うございます!
私が俳句を好きになったのは、新聞で正木ゆう子選の俳句を見るようになってからです。
それまでも俳句や短歌に興味はあって、新聞の「短歌・俳句」のコーナーは必ず読んでいましたが、選者が正木さんに変わってから、「わっこの句素敵!」と素直に心に飛び込んでくるようになって、その時初めて「自分でも作ってみたい」と思ったのかも知れません。
昨年の誕生日に友人にプレゼントしてもらった「正木ゆう子集」を大切に読んでいます。
「水」や「馬」、「兄」の句にとても惹かれます。
今回の作品の中でも「潜水」の句が特に好きです。
・・・やはり正木さんの「水」の句は素敵です。
めぐるさんは書くのが好きですね (わたる)
2017-07-14 07:01:16
関西のハイポニストのための牽引者になれる資質を感じています。
比々きさん同様、頑張ってください。
ぼくも雑文を書き続ける覚悟です(笑)

いつかお会いしたいですね。

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