★北河内路上通信-the Voice of VoICelESs on roadsides in EastOsaka

 北河内路上通信は大阪北河内において、同地域の野宿者と助け合い、共にあろうとする有志によって始められました。

クルディスタン北部☆加害者のトルコ侵略軍がŞırnak元住民のテント居住者退去を迫り銃撃

2016-11-02 17:01:21 | Weblog

 

 今ここにいるのが問題だと奴らは言う。

だが、何故、我々は勝手に暮らしの場である財産を収用され、単に追い出され、

ここに一応の生活の場をやっとの思いで設えて暮らしをやっと維持できていると思うのか?

 圧倒的武力を背景に自らの勝手極まりない理由で住民を叩き出し、未だに暮らしを制限するばかりか更なる許し難い暴力を加える。

出て行けとヘリで爆撃し、放火し、侵略軍部隊を差し向けて警察が代替の場も示さず出て行けと恫喝を加える。

ここの住民は皆言うだろう、”我々の家や暮らしの場、コミュニティを奪った警察・軍の暴漢共こそ暴虐極まりないテロリストそのものじゃないか”と。

 何が出ていけだ? ここを出ていけば、難民だ。だが、奴らトルコ国家は”国内難民などいない”と言うために、ただ追い出す暴挙を行うのみだ。

そんな奴ら侵略者共のご都合にもう振り回されてたまるか。我々は、”治安を守ってやるぜ”と現れてやりたい放題の狼藉を行っている

加害者であるトルコ国家とその手下である軍・警察が一切の治安を守れていないばかりか

住民の財産を惜しみなく破壊し、奪った総てをムチャクチャにした犯人であることを誰よりも知っている。

出て行けというなら、奴らこそが狼藉の総てに事実行為で持って詫び補償してから先ず出ていかねばならない。

 我々がやっとの思いで稼いだ金で設えた家や部屋といった暮らしの場を追い出してこうさせたのだから…

 

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クルディスタン北部Şırnak

 ☆加害者であるトルコ侵略軍兵士どもが

  Şırnak元住民のテント居住者を

   退去させるために銃撃

 

 

 内国植民地として扱われているクルディスタン北部の他都市同様にトルコ侵略軍によって好き放題に破壊されまくったシルナク市中心部に近い村々のトルコ侵略軍によって生活の場を破壊された上に追い立てられた同市元住民が生活の場としているテント群に、トルコ国家の排除攻撃が行われたあと、暮らしの場と財産を勝手に収用して勝手に破壊した加害者であるトルコ侵略軍兵士共は、被害者である市郊外の元居住者たちのテント村群に襲いかかり放火や銃撃するなどして退去を迫っている。8カ月間以上も勝手に夜間外出禁止令で住民の暮らしや生きる権利すらを制限したまま国家テロリスト共の暴挙を許すな。

 

 
Tuesday, November 1, 2016
 
 
 
 

 トルコ国家が内国植民地として扱って久しいクルディスタン北部にあるŞırnak(シルナク)での8カ月間の長期に及ぶトルコ国家による夜間外出禁止令が住民に強いられ続いているため、トルコ侵略軍兵士共が”自分たちの暮らしの場を離れようとしない/収用に応じない住民にワガママ勝手な攻撃を続けてきた。夜間外出禁止令のせいでシルナク市中心部から離れた村々の緊急避難的なテント群で暮らさざるをえなくされているシルナク元住民であるテント村群住民たちは、トルコ侵略軍兵士どもによって、またも恫喝を伴ったやり口で追い立てられている。(もちろん代替の場も示されていない。I$I$などのジハーディストには住居地を用意してやるトルコ国家が、である)

テント村在住の妊娠中の女性は、トルコ侵略軍兵士共と在郷防衛隊がToptepe村やİkizce村近くの緊急避難的シェルター(テント小屋など)で銃撃した時に負傷した。同所の住民がその女性を病院に搬送するよりほかなかった。

 

 

住民の妊娠女性が訴える−

 ”(トルコ侵略軍に)我々のテントは焼かれ、奴らが我々を撃った”

 


 テント村住民である妊娠女性の母親が、”過去8カ月間もの間わがまま勝手に布告されたままの夜間外出禁止令による市内への立ち入り制限の解除を私の娘を含む住民たちは待っていたのだが、侵略軍兵士共は娘たちのささやかな休息の場としているテント群やシェルター群に次々と襲いかかった。”…と訴えた。

また、その母親は、”トルコ国家は、私達を護らず私達の暮らす場や我が家に過去8カ月間も近寄らせないままにしている。だから致し方なく我々は、家もあるシルナクから他の街にも行きたいと思わなかったので、テントを設えたが、国はそんな我々を護ろうとせず我々のテントを焼き破壊した。現在、娘と私は、間に合せで我々がつくったシェルターでささやかな休息をとり、暮らす場をしつらえたが、そんな我々を侵略軍の兵士共が銃撃した”とも訴えた。

 この状況を勝手に現実にしたのは、トルコ国家とトルコ侵略軍であり、住民は自らの暮らしの場から有無を言わさず追い出され財産を奪われている。
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