今日<29日>は、市内北側に広大なキャンパスを持つ、北大に行きます。写真のラクビーボール型が校内!
本部の地番は北8西5です。
ホテルから北に向かって歩くと、
写真中程の牧草地に当たります。街中に突然表れる、私のイメージ《北海道》です。遠くに牛が草を食む!グルリ時計回りに歩くと、構内に通じるポプラ並樹!風があったため、揺れています。ポプラには雄雌の木があるそうで、スーっと痩せているのが雄、横に広がっているのが雌、観察しましたが、良く解りません。木の多い中を歩いていると鬱蒼とした巨木が林立する景色100年程前に寒さ厳しい中、荒れ地を開拓した状況の、ほんの、一幕を垣間見ました。紀州の十津川村では明治22年の大水害で全滅となり、村あげて移住しました。苦労に苦労を重ねて、今では、故郷をしのぐ、人口7000人の新十津川町を築き挙げました。
100年といえば、私の人生のたった2倍、自分が2回生きて、何ができるのだろう?先人の苦労、根性に涙がでます。並樹道を多くの人が楽しんでいます。北大はキャンパスを一般開放!この様な環境で学べる学生は幸せだ♪冷えてきたので、ななかまども随分色付きました。
本部の地番は北8西5です。
ホテルから北に向かって歩くと、
写真中程の牧草地に当たります。街中に突然表れる、私のイメージ《北海道》です。遠くに牛が草を食む!グルリ時計回りに歩くと、構内に通じるポプラ並樹!風があったため、揺れています。ポプラには雄雌の木があるそうで、スーっと痩せているのが雄、横に広がっているのが雌、観察しましたが、良く解りません。木の多い中を歩いていると鬱蒼とした巨木が林立する景色100年程前に寒さ厳しい中、荒れ地を開拓した状況の、ほんの、一幕を垣間見ました。紀州の十津川村では明治22年の大水害で全滅となり、村あげて移住しました。苦労に苦労を重ねて、今では、故郷をしのぐ、人口7000人の新十津川町を築き挙げました。
100年といえば、私の人生のたった2倍、自分が2回生きて、何ができるのだろう?先人の苦労、根性に涙がでます。並樹道を多くの人が楽しんでいます。北大はキャンパスを一般開放!この様な環境で学べる学生は幸せだ♪冷えてきたので、ななかまども随分色付きました。