三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「軍事政権下で起きた捏造事件の責任を問う」

2017年06月17日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/23385.html
「The Hankyoreh」登録 : 2016.02.21 16:17 修正 : 2016.02.22 09:18
■軍事政権下で起きた捏造事件の責任を問う(1) 担当判検事の法的政治的責任

再審無罪の75件解剖

【写真】真実・和解のための過去事事件整理委員会は2005年12月1日から2カ月間、隠蔽された真実を明らかにし過去との和解を通じた国民統合に寄与するため作られた一時的な国家調査機関。写真は調査活動開始の記者会見//ハンギョレ新聞社

苛酷・不法行為の責任は?

 「過去事」事件に対する再審無罪確定判決をきっかけに、誤った捜査と裁判を担当した人々の責任問題が再び持ち上がっている。直接苛酷行為を行なった司法警察、起訴独占権と捜査指揮権を持ちながら、これを正すことができなかった検察、最終判断を下した裁判所などは責任から自由ではあり得ないと指摘される。

「捜査官問責」は法曹界の衆論
公訴時効満了が問題
判検事の責任問題は見解分かれ

国家の求償権行使も可能
保守回帰の現政権では可能性低い
「国会立法通じて包括的清算」の指摘

 不法監禁や苛酷行為を直接犯した捜査官に対し法的責任も問うべきだという点では、法曹人の意見は概して異論はない。判事出身のある弁護士は「直接捜査を通して事件を最初に捏造した司法警察の責任が一番大きいと言える」と言った。今回の取材対象である75件の過去事事件再審無罪判決文では大部分、捜査官の不法逮捕、苛酷行為など不法行為が事実として認められた。
 不法行為には刑事処罰が伴う。問題は公訴時効だ。 1960~80年代に起ったスパイ捏造事件などは、発生後数十年が経って不法逮捕公訴時効(7年)など捜査官が犯した罪の時効が満了して久しい。 2009年、ソウル高裁は1980年代の「パク・トンウン・スパイ捏造疑惑事件」の再審を決定して「捜査官が被告人を不法に連行・監禁して苛酷な行為を加えた事実が認められる」としながらも 、「公訴時効が満了し有罪判決が下せない」と明らかにした。
 このため、不法を犯した捜査官に対し国家が求償権を行使して民事上の責任を問うべきだという主張が説得力を得ている。 過去事の事件の被害者は裁判所で再審無罪判決を受けた後、これを根拠に国家を相手取り民事上の損害賠償請求訴訟を提起してきた。国家賠償判決が下された場合、国家が被害者にまず損害賠賞金を支給するが、後で実際に過ちを犯した公務員から賠償額を受け取る手続きが求償権請求だ。
 実際に、第5共和国時代のスパイ捏造事件「スージー・キム事件」の被害者遺族に対する国家賠償判決が下された時、2003年、法務部は責任者の張世東(チャン・セドン)元安全企画部長と当時の安全企画部職員に求償を請求して勝訴した。朴鐘哲(パク・チョンチョル)氏事件の国家賠償判決の時も、法務部は拷問警察官に求償を請求して 2000年に一部勝訴判決を受けた。
 検事と判事の責任については見解が分かれる。道徳的責任を越えて法的責任を問うことができるのかどうか、明確ではないというのである。パク・チャヌン漢陽(ハニャン)大学法学専門大学院教授は「捜査官の拷問・不法拘禁は国家賠償法上、公務員の故意・重過失と判断することができるから求償権行使を通して責任を問うことができるが、検事や判事の故意・重過失を立証することは現実的に容易でない」と述べた。
 一方、ある検事出身の弁護士は「検事が捜査をしながら捜査機関の不法拘禁の有無が分からないはずはなく、判事も意志さえあったら法廷で被害者が主張した人権侵害の事実などを明かすことができたわけだから、これら判検事に対し連帯責任を問うことができる」と主張した。法務法人トクスのキム・ヒョンテ弁護士も「過去事事件で検事が被疑者を殴るとか法廷で被告人が拷問を受けた事実を訴えたのに、判事がこれを無視した事例が無数に出てくる」として「このような場合、国家が判検事にも求償権を請求することができる」と述べた。
 しかし現政権が不法な捜査・裁判過程に法的責任を問う可能性は低いと見られる。検事出身のキム・ヒジュ弁護士は「国家が過誤を認め関連公務員に求償権を積極的に行使して初めて予防的効果が生じ得るのに、現政権には求償権を請求する意志はなさそうだ」と語った。 朴槿恵(パククネ)政権になって裁判所が国家責任を軽減させる判決の傾向がある点も目につく。大法院(最高裁)の全員合議体は去年1月、「文人スパイ団事件」の被害者たちが国家を相手に提起した損害賠償訴訟で「拷問被害者であっても民主化運動補償金を受け取れば国家賠償は受けることができない」と、以前とは異なる判決を下した。
 このため、国会が立法を通して包括的に過去事清算作業をしなければならないとも指摘される。 キム・ヒョンテ弁護士は「権力を利用した不法行為が繰り返されないように国家犯罪に対する公訴時効適用を排除する特別法を作り、真実・和解のための過去事整理基本法を制定・改定して、被害者に対する賠償・補償問題と加害者責任を包括的に処理すべきだ」として「別途の常設独立機構も設けて過去事清算作業を持続して行かなければならない」と語った。

キム・ギョンウク、コ・ナム、キム・ミンギョン記者
韓国語原文入力 : 2016-01-27 01:21
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/728045.html



http://japan.hani.co.kr/arti/politics/23387.html
「The Hankyoreh」登録 : 2016.02.21 16:40 修正 : 2016.02.22 09:14
■軍事政権下で起きた捏造事件の責任を問う(2) 捏造・誤判でも政界・法曹界の中枢に

無罪に覆った原審の判検事 505人を分析

【写真】ヤン・スンテ大法院長官はソウル刑事地方裁判所に在職していた1976年、「在日韓国人留学生キム・ドンヒのスパイ事件」の合議部1審陪席判事だった。ハンギョレはヤン大法院長官に当時の裁判について尋ねたが答えなかった//ハンギョレ新聞社

 「真実・和解のための過去事整理委員会」(真実和解委)で再審を勧告した確定判決のうち、再審で無罪確定判決の出た75件の原審判決文224件を担当した判検事505人(重複除外)のその後の履歴を分析すると、少なからぬ人たちが高位法官や検察高位職に昇進した事実が明らかになった。
 捏造スパイ事件などを判決した判事378人のうち、事実審である1・2審で判決を担当した判事は333人。そのうち107人が、その後、高裁の部長以上の高位法官を務めた。また裁判所長任命者は45人、大法院(最高裁)長官・判事は29人、憲法裁判所長・判事になった判事は12人だ。また大法院判事として過去事事件の3審を担当し、裁判後に大法院長官に任命された判事は4人いる。
 検察の場合、過去事事件の捜査・公訴維持を担当した検事59人は、事件後アン・ガンミン元ソウル地検長など12人が地検長など検事長に任命された。キム・ギス元検察総長とシム・サンミョン元法務長官も、過去事事件担当後、高位職に上った。「カン・ギフン遺書代筆疑惑事件」の捜査を担当したカン・シンウク元ソウル高等検察長は、2000年に大法院判事に任命されるなど、検事出身の元大法院判事は2人、憲法裁判所判事も1人いる。

1・2審判事のうち107人は高位法官に昇進
裁判所長45人、大法院長官・判事29人…
カン・イルウォン憲法裁判所判事「覚えていない」
ヤン・スンテ大法院長官は回答拒否

捜査検事も14人が高位職に
検事長12、検察総長1、法務長官1 …
「国民の党」イム・ネヒョン議員「申し訳ない」
コ・ヨンジュ放送文化振興会理事長「覚えていない」

 これらのうち16人が現職の判事、国会議員、公職者として在職中だ。ヤン・スンテ大法院長官はソウル刑事地方裁判所に在職していた1976年、「在日韓国人留学生キム・ドンヒのスパイ事件」の合議部1審陪席判事だった。クォン・スンイル大法院判事もソウル刑事地裁に勤めていた1985年、「イ・ジュノ家族スパイ事件」の1審裁判部に陪席判事として判決に参加した。 イ・ジュノ氏の家族は当時1審法廷でスパイ罪の嫌疑を否定し苛酷行為を暴露した。ハンギョレがヤン大法院長官とクォン大法院判事に当時の裁判について尋ねると、答えようとしなかった。ヤン大法院長官は以前、緊急措置違反事件の裁判部にいた事実が知られた経緯がある。
 カン・イルウォン憲法裁判所判事は1985~1986年、ソウル刑事地裁第13部で4件の捏造スパイ事件の判決に加わった。カン判事が1審陪席判事として担当した事件は「在日韓国人留学生ユン・ジョンホンに対するスパイ捏造疑惑事件」「在日韓国人チョ・イルチに対するスパイ捏造疑惑事件」、「ク・ミョンソに対するスパイ捏造疑惑事件」、「ホン・ジョンニョル、パク・ヒジャ、ピョン・ドゥガプに対するスパイ捏造疑惑事件」だ。再審無罪判決文によると、ク・ミョンソ氏は当時1審裁判部に「拷問に耐えられず、ない事実をあるかのように作り上げて話した」という嘆願書を送っていたが、受け入れられなかった。カン判事はハンギョレ記者と会い 「判決の時点から見て2件は判事任官1カ月後に判決したもので主審ではなかったようであり、他の2件はよく思い出せない」として「最近再審が出たという事実も知らなかった」と話した。
 国家機密伝達未遂の嫌疑で有罪判決を受けた在米同胞キム・チョル氏の原審判決には、ソン・ナクソン水原地裁所長とキム・イス憲法裁判所判事がそれぞれ1審と破棄差し戻し審の陪席判事として参加した。当時、大法院は拷問で捏造されたキム・チョル氏の多くの容疑のうち一部を無罪主旨で破棄差し戻しにし、破棄差し戻し審を担当したソウル高裁は1990年、大法院の破棄差し戻しの主旨通りの判決を下し、懲役 10年から 7年に減刑した。キム・チョル氏の事件は再審で全ての容疑が無罪となった。
 キム判事は「事件は思い出せない。再審の事実も知らなかったが、再審で無罪が宣告されたならば (事実を)見分けることができなかった責任がある」と言った。ソン地裁所長はハンギョレに「答えることはしない」と伝えた。
 現職国会議員4人も過去に担当した事件の再審無罪判決を知らなかった。セヌリ党のファン・ウヨ議員は「全民学連・全民労連の反国家団体捏造疑惑事件」の2審など2件、同じくセヌリ党 のヨ・サンギュ議員は「ソク・タルユン等に対するスパイ捏造疑惑事件」の1審など2件、セヌリ党のイ・インジェ最高委員は1件(「アラム会事件」の 1審 )の裁判に参加した。これについてファン議員は「よく分からない。主審か陪席か裁判長かを確かめてみなくてはならない」と語り、ヨ議員も「判決に対して責任を負う問題ならば、判決が確定された最終審の判事に聞くべきだ」と答えた。 ハンギョレはイ・インジェ最高委員に何回も電話したが出なかった。
 検事の中には国民の党のイム・ネヒョン議員とコ・ヨンジュ放送文化振興会理事長が目につく。イム議員は仁川地検に在職していた1983~1984年、「拉北帰還者チョン・ヨンなどに対するスパイ捏造疑惑事件」の捜査と公訴維持を担当した。チョン・ヨン氏は無期懲役を宣告されて16年間服役した。 イム議員はハンギョレとの電話インタビューで「本人が自白したし、不当さを訴えるとかいうことがなかった。安全企画部の拷問・暴行があったとしたら、捜査過程で明らかにすることができなくて申し訳ない」と語った。コ・ヨンジュ放送文化振興会理事長はソウル地検に在職していた1985年、「イ・ジュノ家族スパイ事件」を捜査した。これについてコ理事長は「覚えていないので何も言えない」と答えた。

キム・ミンギョン、コ・ナム、キム・ギョンウク記者
登録 :2016-01-27 01:17修正 :2016-01-27 13:40
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/728044.html



http://japan.hani.co.kr/arti/politics/23386.html
「The Hankyoreh」登録 : 2016.02.21 16:27 修正 : 2016.02.22 09:16
■軍事政権下で起きた捏造事件の責任を問う(3) 責任なき判検事「選挙に向け突撃!」 
 再審で無罪が確定された過去事事件を担当した判検事505人(重複除外) のうち4・13総選挙に出馬するのは、「国民の党」のイム・ネヒョン議員、セヌリ党のファン・ウヨ議員、イ・インジェ最高委員、ヨ・サンギュ議員、イ・サチョル前議員、大統領府のクァク・サンド元民政首席の6人だ。

【写真】イ・サチョル//ハンギョレ新聞社

 6選に挑戦するファン・ウヨ議員(仁川ヨンス)は、1976年にソウル刑事地裁と1982年にソウル高裁に在職中に「在日韓国人の姜宗憲(カン・ジョンホン)に対するスパイ捏造疑惑事件」と「全民学連・全民労連反国家団体捏造疑惑事件」を担当した。 2014年から社会副首相兼教育部長官として在職し歴史教科書国定化を主導したファン議員は、総選挙出馬のために1月12日に長官職を退き、党に復帰したところだ。
 1982年大田(テジョン)地裁判事として在職して「アラム会事件」を担当したイ・インジェ最高委員(忠南論山・鶏竜・金山)は今回当選すれば7選の国会議員となる。1980年代初盤の「ソク・タルユン等に対するスパイ捏造疑惑事件」の1審裁判と「九老(クロ)分配農地訴訟詐欺捏造疑惑事件」の破棄差し戻し審を担当したヨ・サンギュ議員(慶南四川・南海・河東)は3選のために飛び回っている。
 「共に民主党」から国民の党に所属を移したイム・ネヒョン議員(光州北区乙)は再選に挑戦する。イム議員は1984年仁川地検に在職中「拉北帰還者チョン・ヨン等に対するスパイ捏造疑惑事件」の捜査と公訴維持を担当した。
 4件の過去事再審無罪事件で捜査や公訴維持を担当した検事出身のイ・サチョル元セヌリ党議員は先月、京幾道富川ウォンミ乙のセヌリ党候補予備選挙に出ると明らかにした。 大邱忠南セヌリ党候補の予備選挙に出るクァク・サンド元大統領府民政首席は、1991年ソウル地検勤務当時、「カン・ギフン遺書代筆疑惑事件」の捜査に加わった。
 総選挙出馬者たちは概して当時の事件について「覚えていない」とか「責任者ではなかった」と答えた。ファン議員とヨ議員は「古い事件なのでよく覚えていない」と言い、イ・インジェ最高委員側は 「その事件と関連して特に言うことはないと聞いている」と伝えた。

【写真】クァク・サンド//ハンギョレ新聞社

 イ・サチョル元議員は「安全企画部と警察など捜査機関が被害者を不法拘禁した事実が分からなかったのか」というハンギョレの質問に「覚えていない」と答えながらも 「当時は普通凶悪事件や公安事件の場合、検察に来る前の捜査段階で捜査官が被疑者を旅館部屋や事務室に何日も閉じ込めていたのが慣行だった」と答えた。 事件被害者に対する所感を尋ねる質問には、「2000年代に入って実体的真実より捜査の手続き的正当性を重要視する方向に刑事法手続きが変わったため、有罪が無罪に覆ったケースが多いと聞いている」として「その人たちがスパイでないと言えるわけではない」という立場を明らかにした。 しかしイ元議員が担当した4件とも皆、再審でスパイ容疑そのものに対して無罪判決が下された。
 カン・ギフン事件捜査に加わったクァク・サンド元民政首席は通話で「初任検事として捜査の補助をしたことは事実だが、意思決定をする位置にはなかった」と答えた。「真実・和解のための過去事整理委員会」はこの事件の決定文に「当時の検察がカン・ギフンに対して眠らせずに長時間の徹夜調査などにより自白を得ようとした事実が認められる」と明らかにした。クァク元首席はこれに対して「当時は夜間の調査が許されていた」と主張した。
 ハンギョレの分析結果、過去事事件を担当した判検事505人のうち現職国会議員4人を含め国会議員を務めた人はイ・フェチャン元自由先進党代表とチェ・ヨニ元ハンナラ党事務総長など 19人だった。

キム・ギョンウク記者
韓国語原文入力:2016-01-27 21:39
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/728225.html
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