三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

熊野市を被告とする第2訴訟の経過

2016年11月04日 | 紀州鉱山
 対熊野市第2訴訟(2012年度固定資産税賦課処分取消及び減免不承認処分取消請求事件)については、2015年10月7日に発行した紀州鉱山の真実を明らかにす会の『会報』16号で、2015年8月26日の最高裁が、名古屋高裁民事第3部の裁判官(揖斐潔、眞鍋美穂子、片山博)を忌避する紀州鉱山の真実を明らかにする会の特別抗告を棄却したところまでを報告しました。その後の経過は次のとおりです。

 2015年11月13日名古屋高裁で、控訴審が開かれました。当日、午後1時に、控訴人らは、名古屋高裁民事3部に、紀州鉱山の朝鮮人追悼碑の敷地の公共性がより強固になったことをのべつつ本訴訟の本質を明示する「準備書面」を出しました。その1時間後、11月13日午後2時から、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑の敷地への熊野市の課税に抗議する訴訟の控訴審が開かれました。
 この最初の裁判で、名古屋高裁民事3部の揖斐潔裁判長裁判官、眞鍋美穂子裁判官、片山博仁裁判官は、ほとんど実質審理をせず、短時間の形式的な手続きのあと、一方的に強権的に弁論を終結させようとしました。
 控訴人らは、2015年4月21日に出した証拠申立書にもとづき、「紀州鉱山に連行され紀州鉱山で亡くなった犠牲者の遺児を証人として採用することが、実質審理の前提だ」と主張しましたが、揖斐裁判長は「証拠申立ては、却下する」と言いました。
 直ちに、控訴人らは、裁判官を忌避しました。しかし、揖斐裁判長は一方的に「これで弁論を終結します」と言いました。それにたいし、即座に、控訴人らは「裁判官を忌避する」と再度言いましたが、揖斐裁判長は「判決日は、12月25日午後1時10分から」といい、他の二人の裁判官とともに法廷を逃げるように出て行きました。
 控訴人らは、「裁判官忌避申立書」を、12月22日に名古屋高裁民事部にだしました。
 私たちは、実質的な審理をしないで形式的に判決文をだそうとしている裁判官に抗議し、裁判官が判決日としていた12月25日には、「出廷」しませんでした。しかし、この日、無恥の3人の裁判官(揖斐潔裁判長ら)は、控訴棄却という判決をだしました。
 2016年1月9日に、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、最高裁に上告し、3月7日に、上告理由書をだしました。
 2016年5月11日に、最高裁は、上告を棄却しました。
紀州鉱山の真実を明らかにする会は、敗訴しました。しかし、司法の侵略責任を質した有意義な訴訟でした。                                             
                                    竹本昇
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