三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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文昌市錦山鎮坡頭村と潮灘港で

2016年12月06日 | 海南島史研究
 李春農さん(1901~1942)は、海南島に侵略した日本軍と戦う海南島の国民党軍の副司令兼保安七団団長でした(このブログの2015年5月22日の「1942年1月の「大水戦闘」について」5、2015年5月28日の「1942年1月の「大水戦闘」について」8をみてください)。李春農さんは、1942年1月に共産党軍に射殺されました。
 海南島の国民党軍の司令官だった王毅さんの生家があった澄邁県文儒鎮加排坡園村(旧、北雁村)を訪ねた翌日、11月7日に、わたしたちは李春農さんの生地である文昌県錦山鎮坡頭村を訪ねました。
 坡頭村には、李春農さんの生家が廃墟となって残っていました。
 坡頭村から東に向かい、潮灘港の海域に行きました。

 海南島の国民党軍は、中国本土から雷州半島を経由して、海南島東北部の文昌市潮灘港に荷揚げされた武器・弾薬を、海南島各地に運んでいました。
 韓飛「襲取錦山鎮山豆山,奪取頑軍弾薬和物資――紀念琼崖縦隊成立10周年」(中国共産党海南省委党史研究室編『琼島星火』第23期〈紀念琼崖縦隊成立七十周年専輯。1997年12月印刷〉)には、国民党が潮灘岬附近に2隻の船で運び入れた軍用物資を共産党軍が奪取しようとした戦闘について書かれています(このブログの2015年5月19日の「1942年1月の「大水戦闘」について」3をみてください)。

                             佐藤正人
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