三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「真実和解委 11~12月 ‘総入れ替え'…過去史清算 ‘風前の灯火’」

2017年04月04日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/2918.html
「The Hankyoreh」 2009.09.07
■真実和解委 11~12月 ‘総入れ替え'…過去史清算 ‘風前の灯火’
 アン・ビョンウク委員長など任期3ヶ月残して
 “委員会 未来に対する不安感 広まる”
 ‘ニューライト’ 入ってきて ‘既存決定’ 覆すか心配

【写真】7日午後ソウル,恵化洞のソウル大学校医科大学解剖検査室遺骨保管室で高陽,クムジョン窟民間人虐殺事件の遺族たちが去る1995年に発掘された高陽市一山,クムジョン窟虐殺遺骨臨時保管処で慰霊祭を行っている。 キム・テヒョン記者xogud555@hani.co.kr

 アン・ビョンウク‘真実・和解のための過去史整理委員会’(真実和解委)委員長が7日異例の記者会見を自ら要望した。彼はかたい表情で「任期終了を控えて委員会の明確な立場を明らかにしようと思います」として話し始めた。彼の2年間の任期は来る11月末に終了する。
 「私が退いた後に委員会活動期間は5ヶ月残ります。この期間に誰が新しい委員長に来られるか分からないが最終報告書作成など重要業務が残っています。足りないとは言え真実和解委が編み出した成果が揺れ動かなければ良い。」
 アン委員長ばかりでなくキム・ドンチュン常任委員などこの間、真実和解委の主要決定を引き出した進歩学界人士の任期は今年11~12月で一斉に終わる。これに伴いこの間、進歩的な歴史学者らを中心にアン委員長らが席を外せば、真実和解委が急激に保守化することもありうるという憂慮が提起された。この日アン委員長も真実和解委の成果が‘風前の灯火’の危機に瀕していることを遠回しに表現した。
 現行 ‘真実・和解のための過去史整理基本法` によれば、真実和解委は2010年4月にすべての任務を終え終了する。アン委員長の後任委員長の任期は5ヶ月に過ぎないが、委員会活動期限を2年間延長し既存の決定をひっくり返す可能性も論議されている。
 ソ・ウヨン ‘真実正義フォーラム’ 事務局長は「私たちが考えることができる最悪のシナリオはニューライトの人々が真実和解委を掌握した後、委員会活動期限を延長し、この間の意味ある決定をひっくり返すこと」と話した。実際にチョン・ヨオク ハンナラ党議員などは今年の初め、政府が真実和解委決定に従わず、再審を申請できる道を取り除く法改定案を発議した。
 このために真実和解委は活動期間延長に反対するという意を明確にしている。この日現在、全体陳情受付事件1万1017件の内60%にも至らない6401件(58.1%)だけが処理された状態だが、すでに主要事件に対する処理がある程度の糸口をつかんだためだ。キム・ドンチュン常任委員は「すでに主要事件に対する決定と判断はみな出てきたので、個別1,2件に対する処理は重要な状況ではない」と話した。真実和解委関係者は「委員長以後の委員会の未来に対する不安感が広まり活動期間の延長をむしろ心配している」と話した。
 真実和解委は去る7月、大統領府に韓国戦争前後の民間人集団犠牲事件を一括処理できる‘賠・補償特別法’ 制定と真実和解委以後に着実に過去史整理作業をしてゆく ‘過去史研究財団’ 設立などを建議したが未だ回答を受けられずにいる。
 「過去史は適当に適当に覆いかくすと言っても覆える問題ではありません。前任政府が始めたことでも新政府が少しだけ考えを変えれば過去史清算によるすべての功績が新政府のものになることもできます。」
 アン委員長は近い将来このような建議をするためにイ・ミョンバク大統領に面談を申請する予定だ。彼は「政府の態度が変わるためには国民がさらに多くの関心を持つ道しかない」として「報道機関と市民らの関心が冷めたようで残念だ」と話した。

キル・ユンヒョン,イ・ギョンミ記者charisma@hani.co.kr
原文: http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/375405.html



http://japan.hani.co.kr/arti/politics/5698.html
「The Hankyoreh」 登録 : 2010.08.12 11:47 原文入力:2010-08-11
■"民衆史研究者など奉仕者たち、60余年前の資料 持ってきて"
[2010特別企画 省察と挑戦]
   市民団体から助けて欲しいとの要請があり鑑識作業を始める
   遺品なければDNAだけでは身元確認は難しい
   "韓国戦 民間犠牲者 市民運動方式ぼ発掘を"

【写真】パク・ソンジュ教授

★北海道で朝鮮人遺骨発掘を指導 パク・ソンジュ教授
 今年は韓国戦争60周年だ。毎年6月25日に際し国軍戦死者たちの遺骨を捜し出そうと努める国防部遺体発掘鑑識団所属将兵たちの動きが言論に登場する。わが政府がこの作業を始めたのはいつからだろうか? 10年前だ。韓国戦争50周年をむかえ一時的記念事業として推進したのだ。
 それでは日帝時に国外に連行され亡くなった犠牲者の遺骨を政府が立ち上がり発掘したことはあるか? ない。だが、13年前に日本、北海道に行き遺骨発掘を指導し鑑識作業を始めた大学教授がいる。忠北大考古美術史学科パク・ソンジュ(63)教授だ。彼の努力がなければ国軍戦死者や数多くの民間人集団虐殺犠牲者遺骨発掘作業が現在の水準にも達し得なかったかもしれない。彼は延世大史学科を出て1970年代初めに先端学問という体質人類学を専攻することにして米国留学に行った。バークレー大で勉強して帰ってき、数千年前の遺骨を研究していた彼に突然注文が押し寄せた。植民地支配や韓国戦争の時に亡くなり、まだ100年にもならない遺骨が対象になった。
 10年以上にわたり毎年、休みになれば発掘現場にいたパク教授は、今年の夏は珍しく暇だ。理由を聞いてみれば良い話ではない。日本のように市民の自発的募金とボランティアメンバーの助けで民間人虐殺犠牲者発掘を試みてみようとしたが、現実的壁にぶつかりあきらめた。去る2日、忠北大遺体発掘センターで彼に会った。

★日本で韓国と日本の若者、市民団体活動家たちが力を合わせて実際に遺骨共同発掘作業をしたのは北海道の朱鞠内、浅茅野の2ヶ所ということができる。いつどんな縁で行くことになったのか?
 "朱鞠内に初めて行ったのは1997年だ。チョン・ビョンホ漢陽大考古人類学科教授が現地でアイヌなど少数人種保護や朝鮮人強制労働犠牲者問題を扱う市民団体で遺骸発掘作業をするので助けて欲しいと言った。普段からやってみたかったし意味のあることだからと行った。"

★以前にもそのような発掘作業をしていたのか?
 “遺骸発掘事業ではなく考古学発掘調査の時、民墓が出てくれば遺骨を鑑識してきた。"

★浅茅野飛行場跡の発掘は2005年の試掘の時に行って以来、ずっと関与したが北海道現地で具体的に何の仕事をしたのか?
 "発掘を総括し遺骨が出てくれば鑑識することだ。"

★日本の考古学水準は相当高いと伝えられている。朱鞠内に行く前に現地で科学的発掘調査はなかったのか?
  "なかったようだ。70年代中盤から空知地域で民衆史をやっている人々を中心に一般活動家たちが遺骨を発掘する形式だった。東京大学や京都大学の体質人類学水準はとても高いが、そちら側の専攻学者たちは全く関与しなかった。日本の風土は正統派学者が在野団体とともにそのような仕事をするのは好きでないようだ。朝鮮人遺骨発掘が政治的問題になりうるとして敬遠したのかもしれない。"

★日本の学者たちに特別に助けを受けたことはなかったか?
 “そういうことはなかった。私が考古学課程を知っていたし史学でも訓練を受けたので歴史的理解が異なる方より少しははやいだろう。現場でこういう資料が必要だと要求すれば、日本人たちがとても上手く対応した。資料をその場ですぐ入手し整理も上手くやった。”

★具体的にはどんな資料か?
 “例えば遺骨に火葬の跡があれば、使われた木の種類、原産地、元々の用途などを知りたいと言った。それで資料を求めて持ってきてくれた。発掘する時、釘が相当に出てきた。調査してみると飛行場滑走路建設の時に出た廃木を持ってきて化粧をしたんだね。浅茅野のようなところは軽飛行機が降りることに備えて木板滑走路を作った。遺骨が火に良く焼けたものもあり、そうでないものもあるが、そのような理由を確かめられる資料などを要求した。”

【写真】浅茅野遺骨発掘の場所に朝鮮人犠牲者を悼むという標柱がさびしく立っている。

★現地実行委員会に、そのような専門的要請に対応する力量や資質があったのか?
 “参加したボランティアメンバーたちの水準が高かった。歴史教師をしていた人は資料を本当にたくさん持っていたよ。飛行場の完工が1944年なので当時の航空写真があれば現在の地形と区分が可能だと思い入手して欲しいと言ったら持ってきた。今は森や草に覆われてしまった共同墓地、飛行場がその時の写真には全て出ている。”

★焼けてしまった遺骨のDNA検査をすれば身元を特定できるか?
 “半分ほど焼けたものはDNA検査が可能だが、少なくとも遺品が出てこなければできない。それで初めて親族を探して追跡することができる。ただDNA検査をするだけではできない。”

★日本の市民運動家たちとずっと交流をしてきたが、彼らが訪韓して共同作業したこともあるのか?
 “2005年高陽クムジョン窟を発掘した時、訪ねてきて参観した。正式作業や大学院課程等を通じて訓練を受けた人でなければ発掘させることはできない。”

★国軍戦死者の遺骨発掘に関与することになった契機は?
 “6・25 50周年を迎え何をするのかを議論するために、1999年国務総理傘下に記念事業会が構成された。おにぎりを食べる行事などを議論したが、戦死者発掘を主要事業として行うことで意見がまとまった形だ。助けて欲しいと言うので実務者に会い話を聞いたところ、発掘事業ではなく葬儀社事業だった。体質人類学者1人に葬儀社2人でやっていくということだった。それは絶対にできないので、正式発掘団を作るならばやると言った。2000年に陸軍本部に6・25記念事業担当官室が編成され、3年間一時的に発掘を始めた。国家のアイデンティティ問題がかかっているので持続的に行わなければならないと言い、陸軍本部に戦死者遺体発掘課が創設され、2007年に遺体発掘鑑識団へ拡大した。”

★今は民間人集団虐殺者の発掘が主な仕事になったようだ。
 “2007年秋から真実和解委で民間人発掘を手伝ってくれと言った。民間人発掘のために一種の協力体を作った。発掘本部は忠北大にあり、私が団長を受け持っている。実際の発掘は各地域の大学に任せ、そこから遺骨がくれば4~5ヶ月間の鑑識作業を行う。3年間でここに集まった遺骨は1600具にもなる。正式安置所を作らなければならないが政府内でまだ最終方針が決まっていない。もう真実和解委も門を閉めるところなので悩みが多い。”

★今年は何の発掘をするのか?
 “昨年、公州上旺洞で朝鮮戦争民間人犠牲者遺骨340具が見つかったが、時間と予算不足で作業を中断して未だ80具程度が残っている。真実和解委活動も終わったので、日本のように市民運動方式でやろうとした。遺族たちと協議をしたが、経費準備に対する負担のためか難色を示したよ。それができたら日本の活動家たちも参加させようとしたが、今年は失敗に終わるようだ。”

文・写真 キム・ヒョスン論説委員 hyoskim@hani.co.kr
原文: http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/434697.html
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