三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する8回目の集会

2016年11月07日 | 紀州鉱山
■紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する8回目の集会

 11月8日、今年も、各地から多くの人が紀州鉱山があった熊野市紀和町の追悼の場に集まり、追悼集会を開きました。
 司会者の開会の挨拶につづいて、韓国慶尚北道議会の議員団を代表して崔泰林議員が、
   「今日、私たちは愛する家族を離れ、遠い異国において強制労役に従事し紀州鉱山で
  亡くなった35人を追悼するためにこの席に一緒に集まることになりました。
    不幸な歴史の真実を明らかにし、私たちはこの35人の魂が安らかに眠れるよう最善
  の努力を尽くしたいと思います」
と述べました。
 つづいて、「朝鮮人追悼碑」と朝鮮語と日本語で刻んだ新しい石碑の除幕式を行いました(この碑については、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会『会報』61号・紀州鉱山の真実を明らかにする会『会報』16号号合併後25頁の金靜美「紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する「場」のこと」、およびこのブログの11月2日の金靜美「新しい碑」、11月3日の宇恵悟「朝鮮人追悼碑をささえる12個の石」を見てください)。
 次に、四日市から参加した在日朝鮮人青年によるサムルノリが演奏され、チン(鐘)、プク(太鼓)、チャング(鼓)、ケンガリ(小さい鉦)の音が鳴り響きました。
 そして、兪柄煥さんが、新しい石碑の設置について、
   「昨年、はじめて追悼集会に参加したとき、日本人の参加者が多かった。日本人の
  会員のひとりが言った“紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼することは、日本人がな
  すべき当然のことだ”という言葉に感銘した。
    それで、石を寄贈することにした。この碑の基礎の石の配列は朝鮮半島をかたど
  っている。亡くなっている人は、南も北もありません。安らかに眠ってほしい。これ
  をきっかけに、みんなで仲良くし、そして、みんなでこの石を守っていくのだという
  想いを込めています」
と話しました。
 次に、事務局の竹本昇が、熊野市が植民地支配に対する反省と謝罪を込めて追悼碑を建立するべきあるのに、逆に、この土地に固定資産税課税を課税してきたことに対する不当性を訴えて起こした2回目の裁判の報告を行いました。
 つづいて、参加者のみなさんが、
   「1年に1回しか来られませんが来てみると、自分は植民地化された国にルーツを持
  つ人間だと改めて感じます。そのことを活かしてしていきたいなと思ってやって来ま
  した」、
   「大阪で民族学級の講師をしています。最近、あまり学校の中で植民地の歴史につ
  いて語ることができないことが多いです。教える場所は少なくなっているけれども自
  分自身は、もっともっと、知るべきだと思っています」、
などの想いを語りました。
 最後に地元の会員である宇恵悟さんが、
   「自分はここから車で40分ほどの紀宝町に住んでいる。昔の朝鮮人差別にきちんと
  謝罪しなかったことがいまのこのような状況を招いている。
    自分は非力だが,少しでもやれることをやっていきたい」、
と閉会の挨拶をしました。
 今年の追悼集会は、途中、雨が降ることがありましたが、予定通り行うことができました。参加されたみなさんは、来年の再会を約束して集会を終えました。

                               竹本昇 記
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 李基允さんと裵相度さんを追... | トップ | ピースおおさか改悪リニュー... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

紀州鉱山」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL