三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼しつづけるために

2016年11月05日 | 紀州鉱山
 今年、11月27日に第9回紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する集会が開かれます。
 2009年7月に紀和町の土地を購入し、7年数カ月過ぎました。追悼の場には、まずひとかかえほどある石をひとつずつ川から拾ってきて、お名前を書き込み、置きました。
 また近くの方から、追悼碑にするための石を寄贈していただきました。それに碑文版をはめ込んでいただいたのも、近くの方です。
 入り口には、木で作った手書きの案内板を立てました。また来るたびに木を植えていきました。地面の下がじゃりなので、生育はあまりよくない土地のようです。
 昨年、3人の在日朝鮮人の方のご尽力で、入り口に、もう1つ大きな碑も建ちました。そして地元の会員により、お名前を書き込んだ石たちの置き場が整備されました。
 またお名前を書き込んだ石の1つが割れ、新しい石を見つけてきて、交換しました。木枠の宣言文版をステンレスで建て直す計画もあります。
 紀和町板屋の追悼の場では、毎年秋に追悼集会が開かれ、ひとびとが各地から集まります。また個別に、訪ねてくれる人もいます。
 幹線道路に面しているので、車で通る人も目にしているでしょう。この場が、慰霊ではなく、追悼の場であるということは意味が大きいと思います。


 朝鮮の故郷から引き離され、紀州鉱山で働かされ、
 亡くなった人たち。
 家族とともに紀州鉱山に来て亡くなった
 幼い子たち。
 わたしたちは、
 生きて故郷に帰ることができなかった
 みなさんを想い、
 なぜ、みなさんが、
 ここで命を失わなければならなかったのかを
 明らかにし、
 その歴史的責任を追求していきます。


 自分の日常生活の中に、日本の侵略の歴史があり、被害者が存在するということをこの追悼の場は証明しています。
 この追悼の場は、現在、便宜上会員5人の共同名義で所有しています。この土地を購入するときに、ある朝鮮人のご厚意により、無利子で多額の借金をしました。その後、カンパを集めましたが、まだ完済していません。
 
 この追悼の場を、おおくの方々と一緒に支えつづけていきたいと考えています。
 希望するひとびとに少しずつお金を出していただいて、土地を少しだけ維持する、各地のひとびとが、少しずつこの追悼の場を支えつづける仕組みです。まだ詳細は検討中なので、いいアイデアがあれば、お寄せいただきたいと思います。プランが立ちましたら、お知らせいたしますので、ご協力をよろしくお願いいたします。
                                日置真理子
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