三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「ソウル市の発掘調査で漢陽城郭と朝鮮神宮跡が明らかに」

2017年05月03日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/18014.html
「The Hankyoreh」 登録 : 2014.08.13 13:45 修正 : 2014.08.14 08:07
■ソウル市の発掘調査で漢陽城郭と朝鮮神宮跡が明らかに
 
【写真】日帝が破壊したソウル会賢洞(フェヒョンドン)の南山(ナムサン)のふもとにあった漢陽(ハニャン)城郭の基壇部が約200メートルにわたり過去の姿を現した。 ソウル市は2009年から進めてきた南山会賢山裾3段階整備事業の発掘調査の成果を13日に発表し現場を公開した。

 ソウル市側は南山会賢のふもとにある中央広場(南山噴水台)一帯で行った今回の調査を通じて、朝鮮王朝初期から後期までに積まれた長さ189.3メートルの漢陽都城の城郭跡を発見したと明らかにした。 また、写真と文献でしか伝えられてこなかった日帝強制占領期ににあった「朝鮮神宮」の建物のうち拝殿だった場所と、李承晩大統領の旧銅像があった場所のコンクリート基礎部も発見し、当時の配置や規模などを確認できるようになった。 南山会賢のふもとに埋められていた激動の20世紀の歴史的現場が古の姿を現したわけだ。

【図】朝鮮神宮全景 文化部提供

 都を囲む漢陽都城は1396年の朝鮮王朝の太祖の治世から築造が始まり、世宗(セジョン)、粛宗(スクチョン)以後も持続的に補修されてきた。 特に南山一帯は、日帝が朝鮮を強制占領した直後の1910年に漢陽公園、1925年には朝鮮神宮が作られ、南山の地形と共に大きく毀損された。 解放後には付近に李承晩大統領の銅像が作られ(1956年)、1960年の4月革命の時に撤去され、その後、南山植物園(1968年)などが造成された経緯がある。
 3段階調査の成果の核心は、長さ189.3メートルの漢陽都城の城郭の発掘だ。 市の発掘調査が始まって以来、発見されたものとしては最大規模で、太祖、世宗、粛宗の時代別の築城様式を確認できるという説明だ。 市側が発掘調査を行った区間は、会賢の中央広場一帯の合計448メートルに及び、そこから長さ189.3メートルの都城の遺構を発掘した。 残りの部分は滅失されたと推定される。 2013年に噴水広場や植物園一帯の平地区間で長さ94.1メートルを、今年は噴水台の上・下部、林野、駐車場一帯の探訪路区間で長さ95.2メートルの遺構をそれぞれ確認した。 城郭は噴水台付近の平地では地表面から2~3メートルの地下で、探訪路区間では1~2メートル地下で確認された。 発見された城壁は1~7段まで多彩だ。 石で積んだ基盤の状態は堅固で良好なうえに、朝鮮王朝太祖から世宗を経て粛宗に至る朝鮮初期~中期~後期の時代別築城様式が確認でき文化財的価値も高いという。 市側は「5日に開催された専門家諮問会議で築造・補修された城郭跡を通じて、多様な時代別築城様式を確認できる意味ある遺跡という評価が出てきた」と説明した。
 出土遺物としては、城郭の上に低い塀(女墻・ひめがき)を積む時に使う角形の日干し煉瓦と多様な大きさの石、刻字城石など約40点が付近から出土し、整備復元の基礎資料になるものと見られる。 刻字城石の場合、これまでに報告されていない字句が彫られていた。 判読した結果、南山会賢の山裾にある中央広場区間が漢陽都城全体97区間中の60番目に当たる「ネ」(漢字は木の下に示)区間であることが分かった。 漢陽都城の全体規模は長さ18.627キロで、築造当時は白岳尾根を始点に千字文の「天」から「弔」の字までの97字を順に約600尺ごとに一定間隔で城郭に字を刻んだと伝えられている。 この刻字城石の文面を通じて古くから大型公共建築物の場合、区間管理と工事実名制を徹底的に実践した先人の知恵を垣間見ることができる。
 今回の発掘でもう一つ注目を引くのは、日帝が植民統治手段として建設した朝鮮神宮の多くの建物のうち最も大規模な建物である拝殿の場所が都城跡のすぐそばから出てきた点だ。 拝殿建物のコンクリート基礎と柱石だ。 特に都城遺構が拝殿の基礎から地下2~3メートルの深さに3~4段だけ残っていることが確認され、神宮の造成が漢陽都城毀損の1次的原因と推定されると市側は明らかにした。
 「南山会賢の山裾整備事業」はソウル市が漢陽都城復元のために2009年から推進してきた。 1段階はヒルトンホテル前の児童広場一帯(長さ34メートル残存城郭、2009年に発掘完了)、2段階は白凡(ペクポム)広場一帯(長さ42.4メートル残存城郭、2011年に発掘完了)を経て、今回の3段階事業までに777メートルを発掘調査し、長さ265.7メートルの漢陽都城城郭の位置を捜し出す成果を上げた。
 南山会賢のふもとは、強大国の侵略により人類文化遺産が毀損された場所だ。 漢陽都城の世界遺産登載を推進してきたソウル市側は、都城の歴史遺産的価値と日帝強制占領期の破壊の痕跡が同時に確認された今回の発掘成果が、今後の世界遺産登載のための有力な根拠になると見ている。 市側は学術会議と専門家の諮問などを経て、2016年までに南山のふもとで発見された漢陽都城の保存・整備事業を終える予定だという。

ノ・ヒョンソク記者 nuge@hani.co.kr 写真ソウル市提供
韓国語原文入力:2014/08/13 12:02
http://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/650993.html
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