三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

「慶尚南道陜川に韓国初の原爆資料館がオープン」

2017年08月13日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/28106.html
「The Hankyoreh」登録 : 2017.08.06 22:45 修正 : 2017.08.07 16:36
■慶尚南道陜川に韓国初の原爆資料館がオープン
 1945年8月、日本で被爆した韓国人被害者の資料展示 
 原爆被害者はみな高齢のため関連資料収集と整理が至急

【写真】1945年8月6日、広島で原爆によって被爆したが幸い一命を取りとめた原爆被害者たちが陝川原爆資料館を訪問し、原爆投下直後灰になった広島市街地の写真を見つめている//ハンギョレ新聞社

 韓国ではじめての原爆被害者資料館が「韓国の広島」と呼ばれる慶尚南道陜川(ハプチョン)にオープンした。1945年8月6日、広島で原爆が爆発してからちょうど72年ぶりのことだ。
 韓国原爆被害者協会陜川支部は6日午前11時、慶尚南道陜川郡陜川邑の陜川原爆被害者福祉会館の慰霊閣で原爆犠牲者慰霊祭を行った。支部はこれに先立ち、午前10時30分、福祉会館の入り口に建てた陜川原爆資料館の開館式も行った。
 資料館は地上2階建てで、慶尚南道費3億ウォン(約2970万円)、陜川郡費3億ウォンと宝くじ基金15億ウォン(1億4900万円)など計21億ウォン(約2億円)をかけた。1階には展示室と韓国原爆被害者協会陜川支部の事務室、2階には資料室と韓国原爆被害者協会の事務室が配置された。
 展示室は、原爆の背景・被害・理解など大きく三つに分かれている。展示室の案内によると、1945年8月6日の広島と8月9日の長崎で原爆が爆発した時、死亡者は広島20万人、長崎8万人など28万人に上る。このうち韓国人死亡者は広島3万5000人、長崎1万5000人など5万人で、全体の犠牲者の20%に近い。彼らの出身地は慶尚南道陜川が最も多い。陜川出身の強制徴用者の大半が広島に連れて行かれたからだ。このため、陜川は「韓国の広島」と呼ばれる。
 韓国原爆被害者協会陜川支部は、当時原爆に被爆したが幸い一命を取り留めた人々と、解放以降に生まれた彼らの子どもなど約300人から、直接経験した被害状況を自筆の陳術書で集め一部を展示している。原爆被害者たちはみな高齢であるため、中には資料館の開館を準備している間に自分が経験した苦痛を遺言のように残して亡くなった人も多い。
 シム・ジンテ韓国原爆被害者協会陜川支部長は「原爆被害者たちはみんな大変に苦労して暮らした上に、死んだ後は遺品を燃やす韓国の伝統文化のために、原爆被害者に関する資料が非常に貧弱なのが実情だ。被害者はみな高齢なので、もっと時間が経つ前に関連資料を急いで収集しなければならず、これまで収集された資料は専門家らを動員して体系的にまとめ電算化しなければならない。韓国政府のより積極的な関心と支援を切実に求める」と話した。

陜川/文・写真 チェ・サンウォン記者
韓国語原文入力:2017-08-06 20:41
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/805671.html


http://japanese.joins.com/article/101/232101.html
「中央日報日本語版」2017年8月7日13時35分
■韓国で初めての原爆資料館が開館
 1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下されて72年ぶりに韓国に初めてとなる原子爆弾被害者資料館がオープンした。
 韓国原爆被害者協会陜川(ハプチョン)支部は6日、慶尚南道(キョンサンナムド)陜川郡に設立された「陜川原爆資料館」の開館式を開いた。同資料館の1階は展示室、2階は資料室となっており、慶尚南道費3億ウォン(約2947万円)、陜川郡費3億ウォン、宝くじ基金15億ウォンなど計21億ウォンが必要とされた。
 展示物は原子爆弾の「背景」「被害」「理解」の3分野に分かれている。展示資料によると、原爆投下当時の広島8万人、長崎20万人など計28万人が死亡した。彼らの中で朝鮮人死亡者は広島約1万5000人、長崎約3万5000人だった。当時、朝鮮人被害者の中で慶南陜川出身が最も多かったため、陜川は「韓国のヒロシマ」と呼ばれている。
 開館式に出席したハ・チャンファン陜川郡首は「第72回原爆犠牲者追慕祭行事のような日に開催し、とても意味深いと考える」として「苦痛を強いられていた被爆者の方々の傷を治癒し、慰められるようにしたい。陜川原爆資料館の建設で第一歩を踏み出すようになったことに大きな意味があるだろう」と明らかにした。


http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2017/08/06/0400000000AJP20170806001100882.HTML
「聯合ニュース」2017/08/06 16:27
■韓国初の「原爆資料館」開館 被爆の実相伝える

【写真】開館した原爆資料館=6日、陜川(聯合ニュース)

 広島原爆の被爆者が多く暮らし、「韓国の広島」と呼ばれる南部の陜川郡で「原爆資料館」の開館式が行われた。韓国で原爆資料館が開館するのは初めて。被爆者の遺留品や証言録、写真、映像などが展示されている。同郡の河昶煥(ハ・チャンファン)郡守は開館式で、「全国で生存している原爆被害者約2500人の念願だった資料館がついに完成した。二度と原爆による被害がないよう非核化運動に皆が参加する契機になってほしい」とあいさつした。開館式後は、朝鮮人被害者約7万人(被爆当時)を追悼する記念式典が行われた。


https://mainichi.jp/articles/20170807/k00/00m/030/033000c
『毎日新聞』2017年8月6日 19時01分(最終更新 8月6日 21時10分)
■韓国  初の原爆資料館オープン 陜川「非核化の先頭に」

【写真】ん在韓被爆者らが参席して行われた韓国初の原爆資料館開館式=韓国南東部陜川で6日、米村耕一撮影

【陜川(ハプチョン)(韓国南部)で米村耕一】在韓被爆者が多く住むことから「韓国の広島」と呼ばれる韓国南東部・陜川で広島への原爆投下から72年となる6日、韓国初となる原爆資料館がオープンした。開館式典では、自らも家族に被爆者を持つという河敞喚(ハ・チャンファン)・陜川郡守(町長に相当)が「資料館を通して原爆被害を広く伝え、非核化と平和の先頭に立っていきたい」と述べた。
 広島や長崎では朝鮮半島出身者も数万人規模で被爆したとも言われ、韓国内の約2500人の被爆者のうち約600人が陜川に住む。原爆資料館の建設は、その存在が内外で十分に知られていないとの思いを持つ在韓被爆者やその2世、3世にとって念願だったという。7歳の時に広島市内で家族とともに被爆した陜川在住の尹小連(ユン・ソリョン)さん(79)は資料館の展示を見て「後世に被害の重さを伝えることができるということで非常にうれしい半面、当時を思い出して胸が痛む」と涙ぐんだ。陜川からは朝鮮半島が日本の植民地だった当時、職探しや軍需工場への徴用などで多くの住民が広島に渡っていた。
 資料館は2階建ての約320平方メートル。1階の展示室では原爆の仕組みや陜川在住被爆者の証言、日韓両政府の在韓被爆者への対応などが紹介され、2階には、在韓被爆者に関する資料や過去に日本で行われた在韓被爆者の権利拡大に向けた訴訟関連資料などが保管されている。建設費は陜川郡や韓国の宝くじ協会などが支援した。
 在韓被爆者については1990年に日本政府は支援のために40億円を拠出することで韓国政府と合意。96年にそれを原資に支援のための「原爆被害者福祉会館」が陜川に建設された。また、在外被爆者への日本政府による医療支援について全額支給を認める最高裁判決が2015年に確定している。


https://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/article/349012/
『西日本新聞』2017年08月07日 06時00分(2017/08/07付朝刊)
■韓国、初の原爆資料館 被爆者登録最多の陜川に

【写真】韓国の被爆者が持ち帰った当時の日用品などが展示してある陜川原爆資料館=6日、韓国慶尚南道陜川郡

 【陜川・竹次稔】韓国南東部にある慶尚南道陜川(ハプチョン)郡は6日、在韓被爆者の関連資料を展示した同国初の原爆資料館を郡内に開設した。被爆者が多く暮らすことから同郡は“韓国の広島”と呼ばれている。資料収集などで協力した韓国の被爆者団体は「悲惨な歴史を次世代に引き継いでいきたい」と話している。
 2階建ての資料館は、約100人の被爆者が暮らす医療施設「陜川原爆被害者福祉会館」(1996年開館)の横に建設された。広島への原爆投下から72年を迎えた6日に合わせて開館を準備してきた。
 1階には、原爆被害や原子爆弾を説明するパネルのほか、被爆者が持ち帰ったカメラやラジオ、当時の郵便貯金通帳などが展示されている。韓国原爆被害者協会が集めた証言集の一部も読むことができる。
 現在の韓国内の被爆者登録は2400人弱で、このうち同郡は約600人と最多だ。同協会陜川支部の沈鎮泰(シムジンテ)支部長(74)は「施設ができて良かったが、遅すぎた。徴用工などで日本に渡り、犠牲になった事実などをさらに調べる必要がある」と述べた。同資料館によると、広島、長崎では朝鮮半島出身者が計約5万人死亡したとされるが、詳細は不明という。
 平和活動に取り組む縁で開館式に出席した長崎県長与町の木村英人さん(73)は「日本からも資料を提供するなど協力し、核廃絶の訴えが韓国からも発信されるようになればいいのではないか」と話していた。
 開館式の後、福祉会館の敷地内では被爆者の追悼式が開かれた。


http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170806/k10011089801000.html
「NHK NEWSWEB」2017年8月6日 16時08分
■韓国で初めての原爆資料館がオープン
 広島に原爆が投下されてから72年の6日、韓国では初めてとなる原爆資料館が、現在も多くの被爆者が住み「韓国のヒロシマ」とも呼ばれる南部のハプチョン(陜川)にオープンしました。
 韓国南部のハプチョンには、徴用されたり、仕事を求めて移り住んだりして広島や長崎で被爆した人が今も多く住んでいます。
 原爆資料館は、原爆の悲惨さを後世に伝えようと韓国では初めてハプチョンにオープンし、6日は被爆者や遺族などおよそ300人が出席して記念の式典が開かれました。資料館には早速多くの人が見学に訪れ、広島や長崎での原爆の被害の様子を再現した模型のほか、被爆者の所持品や手記などに見入っていました。
 高校2年の男子生徒は「原爆について、これまで知らなかったことを申し訳ないと思いました。もっと多くの人が資料館に来てほしいです」と話していました。
 資料館の運営担当者によりますと、韓国の被爆者は、終戦後の混乱で、家財を母国に持ち帰ることができず、被害の実態を伝える資料などが非常に少ないということで、今後、日本側に展示の面で協力を呼びかけていきたいとしています。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「三菱重工に賠償命令 強制... | トップ | 「「強制徴用労働者像」龍山... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

韓国で」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL