三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

裁判官の侵略責任(戦争責任、植民地支配責任、戦後責任)

2016年03月07日 | 紀州鉱山
 昨年11月13日に名古屋高裁でひらかれた紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑の敷地への熊野市の課税に抗議する第二次訴訟控訴審で、裁判官(揖斐潔、眞鍋美穂子、片山博仁)は、裁判(口頭弁論)を短時間やっただけで、ほとんど実質的審理をしないで、一回だけの裁判で控訴審をおわらせようとしました。
 12月22日に、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、強権的に「弁論」を終結させ判決日を12月25日に指定したこの3人の裁判官を忌避する「裁判官忌避申立書」を名古屋高裁民事部にだしました(このブログの2015年12月22日の「裁判官忌避申立書」をみてください)。
 12月25日に、名古屋高裁民事3部の3人の裁判官(揖斐潔、眞鍋美穂子、片山博仁)は、控訴人が出廷しない法廷で判決(控訴棄却)を強行しました。
 紀州鉱山の真実を明らかにする会は、ことし1月9月に最高裁に上告し、きょう(3月7日)上告理由書をだしました(3月5日に投函)。以下はその全文です。


■上告理由書   上告提起事件番号2016年(行サ)第3号

第1 原判決は憲法に違反している
 上告人らを会員とする紀州鉱山の真実を明らかにする会は、紀州鉱山に強制連行され亡くなった朝鮮人の追悼碑を建立するために、被上告人(熊野市)に対して追悼碑建立のための土地の提供を、会の結成以後、10年あまりの間、長期に求めてきた。しかし、被上告人(熊野市)は、理由を告げることなく土地の提供を拒否し続けてきた。
 これ以上遅らせることはできないので、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、2009年に上告人の名義で土地を購入し、2010年に追悼碑を建立した。
 ところが、被上告人(熊野市)は、この土地に固定資産税を課税してきた。
 一審・二審の裁判官は、日本政府と地方政府と企業がおこなった紀州鉱山への朝鮮人強制連行と紀州鉱山での朝鮮人にたいする労働強制という歴史的事実に触れることなく、上告人らの課税処分取消しの訴えを棄却した。

1 憲法12条「自由・権利の保持の責任とその濫用の禁止」違反
 上告人が名義上の登記人となって購入した土地は私的な使用を目的としたものではない。
 この土地は、強制連行・強制労働という歴史的事実を明らかにし、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼するための場であり、公共の使用を目的としている。
 追悼碑建立の基本目的は紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼である。朝鮮人を追悼するにいたる歴史的社会的原因は、紀州鉱山への朝鮮人強制連行と紀州鉱山での朝鮮人強制労働である。
 一審及び二審の裁判官は、この歴史的社会的原因を審理しようとせず、土地の公共目的の使用を明白にする検証を怠っている。
 本訴訟の核心にかかわる歴史的社会的事実の検証を回避した無内容な一審及び二審の判決は、憲法12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」に違反している。

2 憲法99条「憲法尊重擁護義務」違反
 日本政府・日本軍は、「泰緬鉄道」建設工事の強制労働で生き残った英国人捕虜などを日本に強制連行した。そのうち300人の英国人捕虜が、石原産業が経営する紀州鉱山で強制労働させられ、坑内事故などで16人が死亡した。この16人の死者については、被上告人(熊野市)は「供養経費」の名目で公金を支出したり、被上告人(熊野市)が管理運営する鉱山資料館において展示をおこなったり、遺骨がない「英国人墓地」を「史跡」として「文化財」に指定している。
 その一方で、被上告人(熊野市)は、自らが関与した紀州鉱山への朝鮮人強制連行、紀州鉱山での朝鮮人強制労働の事実を調査し明らかにしようとすることなく隠蔽しつづけてきた。そして紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼しようとしないだけでなく、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑の敷地に課税している。英国人捕虜と朝鮮人労働者に対するこのような被上告人(熊野市)の対応は、不公平であり差別的である。
 このような不公平で差別的な対応は、朝鮮人の基本的人権を侵害するものであり、憲法11条「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利……」、憲法15条「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」および憲法97条「基本的人権は……侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」に違反している。
 なお、憲法11条にいう基本的人権における外国人の人権にかんして、最高裁大法廷は1964年11月18日に、「法の下の平等の原則は、特段の事情のない限り、外国人にも類推される」と判断している。
 このような被上告人(熊野市)の違憲行為を審理しようとしない一審及び二審の裁判官の判決は、憲法99条「裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」に違反している。

3 憲法13条「個人の尊重・幸福追求権・公共の福祉」違反
 国家犯罪である強制連行の事実を明らかにすることは、朝鮮人犠牲者の幸福追求の権利を奪い取った犯罪者(日本政府、地方政府、企業)の歴史的責任を明確にし、犯罪者に反省し謝罪することを自覚させ、犠牲者を尊重する意を覚醒させるものである。
 しかし、一審及び二審の裁判官は、強制連行・強制労働の歴史的事実に触れることを避けて、被上告人(熊野市)の歴史的責任を審理から外すことによって、犠牲者や遺族らの人権を侵害している。これは、憲法13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」に違反している。

4 憲法14条「法の下の平等」違反
 1962年6月29日に最高裁判所第2小法廷は、
   「課税対象となっている個人の所得とは、当該個人に帰属する所得を指称するもの
   であることは勿論であるが、その所得の外見上又は法律形式上の帰属者が単なる名
   義人に過ぎずして、他にその終局的実質的享受者が存在する場合、そのいずれを所
   得の帰属者として課税すべきであるかについて問題が生ずる。思うに、国家経費の
   財源である租税は専ら担税能力に即応して負担せることが、税法の根本理念である
   負担公平の原理に合し且つは社会正義の要請に適うものであると共に、租税徴収を
   確保し実効あらしめる所以であって、各種税法はこの原則に基づいて組み立てられ
   ており、又これを指導理念として解釈運用すべきものと云わねばならない」(1962年
   6月29日最高裁判所第2小法廷判決 1959年(あ)第1220号 所得税法違反)
と、実質課税の原則を確認している。
 本件の土地所有者は、「外見上又は法律形式上の土地所有者が単なる名義人に過ぎない」場合に該当するものである。本件の土地が追悼碑建立を目的とするものであるという実態を無視して、この土地を一般的な住居建築の宅地と見なし、単なる名義人に過ぎない土地所有者に課税することを認めた一審及び二審の判決は、実質課税を原則とする最高裁の判例と相反しており、「英国人墓地」を「熊野市指定文化財」としつつ朝鮮人追悼碑の敷地に課税する被上告人(熊野市)の不公正かつ差別的な行為を容認するものであり、憲法14条「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」に違反している。

5 憲法32条「裁判を受ける権利」違反
 熊野市指定文化財「史跡英国人墓地」と強制連行により亡くなった朝鮮人の追悼碑とに対する被上告人(熊野市)の不公正かつ差別的な対応にみられる憲法違反の事実を審理せず、実質課税の原則を無視した一審及び二審の裁判は、憲法32条「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」に違反している。

6 憲法76条「裁判官の独立」違反
 紀州鉱山に強制連行されて亡くなった英国人捕虜と朝鮮人労働者に対する被上告人(熊野市)の不公正で差別的な対応は、行政による差別的な措置に起因しており、法の下の平等、基本的人権の尊重を掲げる憲法に違反しているが、この憲法違反にかかわる諸問題を審理しない裁判官もまた、差別行為の禁止という人類の普遍的な倫理を犯しており、良心を欠如している。
 良心を欠如し、法の下の平等、基本的人権を尊重しない一審及び二審の裁判官は、憲法76条「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職務を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」に違反している。


第2 裁判官の侵略責任(戦争責任、植民地支配責任、戦後責任)
 本訴訟は、紀州鉱山に強制連行され、紀州鉱山で命を失わされた朝鮮人を追悼する場(追悼碑の敷地)にたいする熊野市の課税が不当であると裁判所が判断することを求めるものである。
 朝鮮人強制連行・強制労働は、国民国家日本の侵略犯罪のひとつである。
 日本の裁判官は、この侵略犯罪の犠牲者を追悼する場に課税するという新たな侵略犯罪を承認してはならない。
 この問題は、日本の裁判官の侵略犯罪にかかわる重大な歴史的問題である。
 国民国家日本形成以後、1945年8月まで、日本の裁判官は、日本の侵略犯罪に加担し、日本国内と植民地・侵略地で膨大な侵略犯罪をくりかえしていた。日本国内に限っても裁判官の多くは、「不敬罪法」(旧「刑法」の一部)、「治安維持法」、「新聞紙法」、「出版法」などの弾圧法を護持・駆使し、国民の集会・結社・言論・出版の自由を侵害していた。
 1945年8月以前に「匪徒刑罰令」、「不敬罪法」、「治安維持法」、「盗匪法」、「叛徒法」などをつかって、台湾や朝鮮や「満洲国」や日本で、台湾先住民、朝鮮人、中国人、日本人を、「法」を手段として殺害した日本人裁判官は少なくなかった。
 しかし、1945年8月以後、裁判官が戦争責任・植民地支配責任・アジア太平洋侵略責任をとろうとすることは、ほとんどなかった。1945年8月以後も、これまで71年間、日本の裁判官は司法犯罪をくりかえしてきている。
 最高裁長官は内閣が指名し天皇が任命している。高等裁判所などの裁判官は,憲法80条1項、裁判所法40条1項にしたがって、最高裁の指名によって内閣が任命している。日本の多くの最高裁長官は、右翼的人物が多い。
 たとえば、田中耕太郎(1890年~1974年)は、1950年に最高裁長官となり、反共発言をくりかえした。1959年に田中は、「砂川事件」、「松川事件」の判決に極反動的に動きまわっていた。
 石田和外(1903年~1979)は、1969年に最高裁長官となり、青年法律家協会系の裁判官を排除し、1970年に大法廷裁判長として八幡製鉄の政治献金を容認する判決をだし、1973年に全農林警職法事件の裁判で国家公務員の争議権制限を合憲とする判決をだした。同年定年退官し、1976年に日本の侵略戦争を肯定する「英霊にこたえる会」を結成し、1978年に「元号法制化実現国民会議」を結成した。
 三好達(1927年~)は、1992年に最高裁判事に、1995年に最高裁長官となり、1997年に定年退官し、2001年から2015年まで極右団体「日本会議」の会長となっていた。現在、憲法改悪を目的として2014年に結成された「美しい日本の憲法をつくる国民の会」共同代表および「日本会議」の名誉会長になっている。
 少数だが、山口繁(1932年~)のように、戦争法は違憲だと明言する最高裁長官経験者もいる(山口は、1997年に最高裁判事となり、同年三好達の退官後に最高裁長官になっている)。
 現在、裁判官を職業としている日本人のすべては、過去の日本人裁判官の侵略犯罪の実体を詳細に把握し、過去と現在の日本人裁判官の侵略責任(戦争責任、植民地支配責任、戦後責任)をとる努力を重ねるべきである。とくに最高裁の裁判官となっている日本人は、率先してそうしなければならない。
 そのための前提的作業のひとつとして、最高裁の裁判官は必ず、日本人裁判官がかつて台湾で「匪徒刑罰令」によって死刑判決をだした民衆(数万人)のすべての名前を調査し公表するとともに、「満洲国」で、「盗匪法」・「叛徒法」・「治安維持法」を使って殺害した民衆(数千人)のすべての名前を調査し公表しなければならない(1913年11月25日からわずか7日間の「裁判」で日本人裁判官安井勝次らは羅福星ら20人に死刑を宣告した。20人は翌年3月はじめに処刑された。1915年8月~10月に日本人裁判官高田富蔵らは余清芳、羅俊ら866人に死刑を宣告した。866人のうち95人が、9月6日から11月1日までのあいだに処刑され、11人が獄死させられた。高田富蔵は、1921年9月に台北州知事になった〈1924年12月〉。台湾で日本人裁判官が数万人の民衆に死刑判決をだしていた期間に日本人将兵と日本人警官は、台湾の民衆10万人以上を殺害していた)。
 1941年12月に「満洲国」政府が公布・施行した「治安維持法」の立法にかかわった司法部参事官飯守重任(1950年に最高裁長官となった田中耕太郎の弟)は、1956年に日本にもどり東京地裁の裁判官になった。
 1945年8月以前に、台湾でも朝鮮でも「満洲国」でも日本でも、日本人裁判官は、抗日反日闘争をたたかう民衆に死刑を「判決」したが、台湾・朝鮮・中国・モンゴルにおける日本軍の犯罪を裁くことはなかった。
 侵略犯罪をくりかえしていた日本人裁判官のおおくは、自らの犯罪の責任をとろうとせず、1945年8月以後も裁判官でありつづけた。


第3 結論
 一審及び第二審判決は、憲法に違反しているから、民事訴訟法第312条第1項により上告する。
 裁判官が強制連行された場所で命を失わされた朝鮮人を追悼する碑の敷地にたいする課税を承認することは、侵略犯罪を肯定し、侵略犯罪に加担することである。
本訴訟を審理する最高裁裁判官は、侵略犯罪をくりかえすことなく、人道と正義に反しない判決をしなければならない。
 裁判官の社会的任務は、社会的正義の実現であろう。社会的正義を実現しようとしない者は裁判官として社会的不正義を実行する者である。
 社会的正義を実現しようと努力する裁判官は、法をそのために駆使しようとするだろう。
 紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑の場(土地)に、紀州鉱山に朝鮮人を強制連行し紀州鉱山で朝鮮人を強制労働させた当事者である被上告人(熊野市)が課税するという無恥の行政犯罪を司法が承認・追認するのは、司法犯罪である。
 最高裁は、一審および二審の裁判官の司法犯罪を追認してはならない。最高裁の裁判官は、過去の司法犯罪をくりかえすことをやめ、社会正義を実現する努力をしなければならない。
 社会正義の実現をめざす裁判官であるなら、良心にしたがって、「地方税法」を適切に運用し、被上告人(熊野市)の紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑の敷地への課税を退けることは、法的に容易なことである。
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