三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

開廷直後に裁判官を忌避した理由

2013年07月05日 | 紀州鉱山
 きのう(7月4日)、熊野市を被告とするあらたな訴訟の第一回裁判(口頭弁論)の開廷直後に、紀州鉱山の真実を明らかにする会が戸田彰子裁判官を忌避したのは、
 1、前回(2011年)の熊野市を被告とする訴訟において不法・不当な訴訟指揮をおこなっ
  た戸田裁判長に抗議と怒りの意思を示すためであり、
 2、戸田裁判長が、前回同様に不当な訴訟指揮をおこなって十分な「審理」をおこなうこと
  なく直ちに「弁論」を「終結」させて不当な判決を即座にだそうとすることを阻止するため
  であり、
 3、前回の訴訟において不当な訴訟指揮をおこなって紀州鉱山への朝鮮人強制連行、紀
  州鉱山での朝鮮人強制労働にかかわる諸事実を「審理」することなく不当な判決をだし
  た裁判長と同じ裁判官をふたたびあらたな訴訟の裁判長に指定した津地裁に抗議する
  ためであり、
 4、前回の訴訟における津地裁・戸田裁判長の訴訟指揮・判決の悪質さを示すため、
でした。
 第1回裁判(口頭弁論)開始直後に原告が裁判官を忌避し、直ちに裁判(口頭弁論)を中断させたという事例は、日本の民事訴訟では、極めてまれだと思います。

 前回の訴訟の第1回裁判(口頭弁論)は、2011年8月4日におこなわれました。
 この日、原告は、被告熊野市が提出していた「証拠」の信用性の解明を求めましたが、戸田裁判長は「審理」しようとせず、「今日は双方が議論をたたかわせる場ではない」と言って、実質審理をまったく行わず、他方で、固定資産税の課税算定額を被告熊野市に書証として提出させました。
 原告は、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑の敷地にたいする熊野市の「固定資産税の課税算定額」を問題にしているのではなく、課税行為そのものを問題にしているにもかかわらず、戸田裁判長は、問題の本質をすりかえる訴訟指揮をおこないました。
 前回の訴訟の第2回裁判(口頭弁論)は、9月29日におこなわれました。
 この日9月29日裁判(口頭弁論)が開始されてから、わずか9分後に、訴訟の基本的な論点を解明することなく、突然、戸田裁判長は、「この時点で裁判所の法的な判断をします。弁論を集結し、判決を12月1日午前11時に言いわたします」と言って退廷しました。
 12月1日に戸田裁判長ら3人の裁判官は、この訴訟における根本問題に触れることのない不当・不法な判決をだしました。
 3回の裁判の合計時間は、30分たらずでした。
 このブログの2011年8月4日~16日の「課税に抗議する第1回裁判」1~11、2011年10月1日~5日の「なぜ津地裁の裁判官は突然、裁判(弁論)を「終結」したのか」1~5、2011年12月1日の「一審の判決」、2011年12月4日~5日の「1審判決が示していること」1~2、2011年12月8日の「津地裁1審判決批判」 をみてください。
                                         佐藤正人
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