三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

海南島における日本の侵略犯罪  とくに「朝鮮報国隊」について 5

2017年05月31日 | 海南島史研究
6、日本の国家犯罪の歴史的責任
  일본의 국가법죄의 역사적 책임
 1939年2月10日未明、人びとが平和に暮らしていた海南島に日本軍が奇襲上陸した。
 ほとんどの日本人は、台湾植民地化、朝鮮植民地化、「満州」植民地化……のときと同じく、海南島侵略のときにも、占領地の拡大を喜び、軍事行動を支持した。
 日本政府・日本軍・日本企業は、海南島でも、民衆を殺傷し、家を焼き、家畜やものを奪った。既耕地をふくむ土地を奪った。資源(鉱山資源、水産資源、森林資源)を奪った。  
 資源略奪・軍用施設建設(飛行場、港湾、道路、鉄道……)などのために、海南島民衆に、労働を強制した。海南島民衆を性奴隷とした。海南島の自然を破壊した。「ヒノマル」・「キミガヨ」・日本語を海南島民衆におしつけた。軍票を乱発し、アヘン栽培をおこなった。
 1939年2月から1945年8月までの6年半の間に、海南島で日本軍・日本企業が殺害したアジア民衆は、日本軍文書と日本企業文書によっても7万人以上である。
 日本の海南島侵略の時代は、海南島民衆の抗日反日闘争の時代であった。
 日本民衆が、なぜ海南島侵略を阻止できなかったのかという問題は、日本民衆が、なぜ朝鮮植民地化を阻止できなかったのかという問題、いま、なぜシオニストのパレスチナ侵略を世界の民衆が許し続けているのかという問題とつながっている。
 日本民衆の一人として、わたしは、海南島における日本の国家犯罪を総体的に詳細に解明するとともに、アジア民衆の抗日反日闘争の歴史に学びつつ、国民国家形成期以来の日本国家の侵略責任を追及し、現在の日本の他地域他国侵略の政治・経済・社会・文化構造を破壊する運動をすすめていきたい。
                                      佐藤正人


■資料 海南島への朝鮮人連行・「朝鮮報国隊」「朝鮮村」
   孫惠公「接見日本“和平之船”訪華団講話」、中国人民政治協商会議三亜市委員会編
  『三亜文史』3。
   羊杰臣「日軍侵略崖県始末」、『三亜文史』4(「日軍侵略崖県及其暴行紀実」と改題さ
  れて、『三亜文史』5に再録)。
   陳作平「日本侵略者在崖県的罪行」、『三亜文史』5。
   三亜市茘枝溝鎭人民政府「千人坑簡介」、2000年1月8日。
   忠北大学校중원文化研究所遺骸発掘센터「中国海南島朝鮮村発掘結果報告」、2001年
  2月。
   우은진「중국 하이난섬(海南島) 의 대학살 발굴현장을 다녀온 후」、『독립기념관 관보』
  독립기념관、2001년4월。
   金靜美「強制連行された朝鮮人の故郷と朝鮮人が強制労働させられた地域を結ぶ民衆
  のきずなを!」『パトローネ』31号、写真の会パトローネ、1997年10月。
   金靜美「侵略の共同体と抵抗の共同体――故郷と他郷のかなたに――」、『ほるもん文
  化』8、新幹社、1998年12月。
   金靜美「日本占領下の海南島における強制労働――強制連行・強制労働の歴史の総体
  的把握のために――」①・②、『戦争責任研究』27・28、日本の戦争責任資料センター、
  2000年3月・6月。
   金靜美「일본점령하 중국海南島에서의 강제노동」、朴慶植先生追悼論文集『近現代
  韓日関係와  在日同胞』、ソウル大学校出版部、1999年8月。
   金靜美「海南島の場合(とくに「朝鮮村」と「朝鮮報国隊」について)」(2000年5月24日、ソウ
  ルでの第9次国際歴史教科書学術会議第3主題「日本에 있어서의 過去清算問題」における
  報告(「日帝期의 強制連行 問題에 関하여」のなかで)。『各国의 歴史教科書에 비친 過去
  清算問題』国際教科書研究所、2000年5月。
   金靜美「海南島・「朝鮮村」で 2001年1月」、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基
  允・裵相度)の追悼碑を建立する会『会報』33号、2001年3月。
   佐藤正人「三重県紀和町の紀州鉱山に強制連行された朝鮮人の跡をたずねて」、『パト
  ローネ』28号、1997年1月。
   佐藤正人「日本の海南島侵略と強制連行・強制労働」、第9回朝鮮人・中国人強制連行・
  強制労働を考える交流集会実行委員会編刊『報告集』1999年4月。〈1998年8月8日~9日、
  日本金沢市で開催〉。
   佐藤正人「日本の国境と「周辺」の歴史 日本人はクナシリ・与那国・独島・海南島でなに
  をしたか」、日本の侵略の歴史を知るわかやまの会『第二周年活動報告集』1999年6月。
   佐藤正人「国民国家日本의 領土와 「周辺」」、朴慶植先生追悼論文集『近現代韓日関係
  와 在日同胞』。
   佐藤正人「日本占領下の海南島における朝鮮人虐殺 アジア民衆共同の東アジア近現代
  史認識をめざして」(2001年10月24日、上海での第10次国際歴史教科書学術会議第2主題
  「亜細亜諸国의 歴史教科書에 비친 抗日運動」における報告)。『亜細亜諸国의 歴史教科
  書에 비친 抗日運動』国際教科書研究所、2001年12月。
   金靜美・佐藤正人「海南島에 있어서의 日本軍隊性奴隷制度와 強制連行・強制労働 
  2002年10月海南島「現地調査」報告」、韓国挺身隊研究所『2002年国外居住日本軍‘慰
  安婦’被害者実態調査』女性部権益企画課、2002年12月。
   金靜美「国民国家日本の他地域・他国における暴力――海南島の場合――」、『東北亜
  歴史의 諸問題』(南陽洪鍾泌博士定年退任記念論叢)、2003年10月。
   金靜美「海南島からの朝鮮人帰還について――植民地国家からの出国、国民国家への
  帰還――」、『解放後中国地域韓人の帰還問題研究』、国民大学校韓国学研究所、2003年
  11月28日。
   金勝一「中国海南島에強制連行된韓国人帰還問題 朝鮮報国隊와慰安婦를中心으로」、
  『解放後海外韓人의帰還問題研究』国民大学校韓国学研究所、2003年5月。
   『해외 독립운동-강제징용 유적지 답사자료집』한일역사공동연구위원회 3분과 5주제
  ‘일제의 조선지배와 한민족의 대응’ 팀, 일시:2003년7월 16―22일, 장소:중국
  해남도, 광동성 광주。 (『海外独立運動・強制徴用遺跡地 踏査資料集』)韓日歴史共
  同研究委員会3分科5主題‘日帝の朝鮮支配と漢民族の対応’チーム、日時:2003年7月
  16―22日、場所:中国海南島、廣東省広州)。
   独立紀念館韓国独立運動史研究所編『일제하 국외 한인피해 실태조사보고서 1 
  중국해남도지역 』独立紀念館、2005年4月。金靜美「일본점령하 하이난섬에 있어서의
  조선인」。佐藤正人「海南島에 있어서  日本政府・日本軍・日本企業의 侵略犯罪調査」。
  金勝一「海南島의 朝鮮報国隊와 韓国人慰安婦의 強制連行経緯와 暴行惨状」。
   紀州鉱山の真実を明らかにする会(金靜美、佐藤正人、小谷英治)「海南島2004年12月~
  2005年1月 あらたな共同作業をめざして」、『パトローネ』61号、2005年4月。
   紀州鉱山の真実を明らかにする会『海南島で日本は何をしたのか 虐殺・略奪・性奴隷
  化、抗日反日闘争』写真の会パトローネ、2005年5月。
   佐藤正人「海南島と“カラフト”における朝鮮人虐殺の真相糾明」、三重県木本で虐殺され
  た朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会『会報』41号、2005年5月。
   紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島2006年5月 「朝鮮村試掘」にいたるまで、そし
  て、それから」、『パトローネ』67号、2006年10月。
   紀州鉱山の真実を明らかにする会制作『《写真集》日本の海南島侵略と抗日反日闘争』写
  真の会パトローネ、2007年2月。
   海南島近現代史研究会編刊『会報』創刊号、2008年2月。
   紀州鉱山の真実を明らかにする会「国民国家日本の海南島侵略犯罪史認識と伝達」、大
  阪人権博物館編刊『大阪人権博物館紀要』第10号、2008年3月1日刊)。
   海南島近現代史研究会編刊『海南島近現代史研究会』創刊号、2008年8月。
   海南島近現代史研究会編刊『会報』第2号、2009年2月。
   海南島近現代史研究会編刊『海南島近現代史研究会』第2号・第3号、2011年2月。
   海南島近現代史研究会編刊『海南島近現代史研究会』第4号・第5号、2016年5月。
   佐藤正人「국민국가 일본의 침략와 대결하는 민준운동」、『역사와 책임』5号、民族問
  題研究所、2013年8月。
   斉藤日出治「海南島における日本人の「学術調査研究」と植民地責任」、近畿大学日本文
  化研究所編『否定と肯定の文脈』風媒社、2013年3月。
   斉藤日出治「「戦後」という日本社会の歴史認識  海南島の住民虐殺と沖縄の強制集団
  死との結び目から見えてくるもの」、近畿大学日本文化研究所編『日本文化の明と暗』風媒
  社、2014年3月。
   中共海南省委党史研究室編『海南省重要革命遺祉通覧』(「全国革命遺址普査成果叢書」
  第22巻)、海南出版社、2014年3月。
   朱振华捜集整理『血和泪的记录 海南万宁月塘村三月廿一日惨案专辑』月塘村、2014年
  8月。
   中共海南省委党史研究所室編『海南省抗日戦争時期人口傷亡和財産損失』中共党史出
  版社、2015年8月。
   海南省文化交流促進会编『真相 海南島近現代史研究会17年(27次)調査足跡』南海出版
  公司、2015年8月。
   海南省文化交流促進会著『控訴 採訪九位海南慰安婦実録』南海出版公司、2015年10
  月。
   海南省文化交流促進会著『忘記過去意味着背叛』南海出版公司、2015年12月。

   「京城刑務所假出獄関係書類」(日帝時代朝鮮の監獄の「假出獄関係書類」。「海南島派
  遣報国隊」として海南島に連行された人の個別の「仮出獄」にかんする京城刑務所の文書
  群)。
   朝鮮司法保護協会『朝鮮司法保護』1941年3月、朝鮮司法保護事業令(「勅令」)。
   司法省保護局「思想犯保護対象者南方動員実施要綱」(1942年8月31日付)、大久保達
  正他編『××社会経済史料集成』第16巻(海軍省資料16)、大東文化大学東洋研究所、
  1991年9月。
   とうま「南方派遣報国隊の結成」、『治刑』(朝鮮総督府法務局行刑課内治刑協会発行)
  1943年3月号。
   「第二次南方派遣報国隊」、『治刑』1943年6月号。
   坂藤宇太郎・伊東恵「対談 海南島の印象」、『治刑』1943年7月号。
   「構外作業派遣部隊の名称に関する件」(通牒)、『治刑』1943年8月号。
   諸岡亀吉「南方派遣報国隊の錬成」、『治刑』1943年8月号。
   阿部敬夫「南方通信」、『治刑』1943年10月号。
   いとう生「治刑雑想」、『治刑』1943年10月号。
   「治刑情報」、『治刑』1943年11月号。
   藤間忠顯「回顧と展望」、『治刑』1943年12月号。
   小林長蔵・藤間忠顯他「座談会 報国隊を語る」、『治刑』1944年3月号。
   貴島南星(本名、貞四)「我等は挺身する」、『治刑』1944年3月号。
   金本勇治「医療班の一日」、『治刑』1944年3月号。
   白川興一「隊員と共に」、『治刑』1944年3月号。
   古賀九郎「現地の武道」、『治刑』1944年3月号。
   坂本敏夫「海南島の印象」、『治刑』1944年7・8月号。
   「治刑情報」、『治刑』1944年9・10月号。
   藤間忠顯「台湾及海南島視察記」一、二、『治刑』1944年9・10月号、11・12月号。
   『刑務職員録』1943年版、刑務協会。
   『刑務職員録』1944年版、刑務協会。
   『旧植民地人事総覧』朝鮮編8、1997年2月、日本図書センター。
   『朝鮮年鑑』1944年度、京城日報社、1944年10月15日。
   『朝鮮年鑑』1945年度、京城日報社、1944年10月20日。
   『第84回帝国議会説明資料』1943年12月、朝鮮総督府法務局。
   『第86回帝国議会説明資料』1944年12月、朝鮮総督府法務局。
   「朝鮮総督府受刑者海南島出役ニ伴フ監督職員等増員ニ関スル件ヲ定ム」(公文類聚・
  第六十七編・1943年・第三十五巻・官職二十九・官制二十九〈朝鮮総督府四〉)1943年
  4月19日。
   「台湾ニ於ケル受刑者構外作業ニ伴フ増員ニ関スル件」(公文類聚・第六十七編・1943
  年・第四十四巻・官職三十八・官制三十八〈台湾総督府六〉)1943年9月25日。
   『戦時行刑実録』矯正協会、1966年。
   防衛庁防衛研修所戦史室編『中部太平洋方面海軍作戦〈1〉』(戦史叢書38)、1970年。
   教誨百年編纂委員会編『教誨百年』上、浄土真宗本願寺派本願寺・真宗大谷派本願寺、
  1974年4月。
   窪田精『春島物語』東邦出版社、1968年。
   窪田精『トラック島日誌』光和堂、1983年。
   窪田精『流人島にて』新日本出版社、1992年。
   北川幸一『墓標なき島 ある受刑者の“戦争”』光出版印刷株式会社、1988年4月。
   島田興生『還らざる楽園』小学館、1994年。
   郡義典『マウリ・キリバス』近代文芸社、1996年。
   衣笠一『海南島派遣の朝鮮報国隊始末記』(1997年補筆改定)。

   江川きく(中里チヨ)「撃沈」、医療文芸集団編『白の墓碑銘』東邦出版社、1968年6月。
   中里チヨ「いまも耳に残る朝鮮人慰安婦の悲しい叫び 中国・海南島で看護に従事した
  2年半」(『Nurse eye  ナースアイ』1992年12月号、桐書房)。  
   山田盟子『慰安婦たちの太平洋戦争  秘められた女たちの戦記』光人社、1991年9月。
   朴来順口述、張応勇整理「不堪回首的往事 一個“慰安婦”的自述」、政協海南省保亭
  黎族苗族自治県委員会文史資料工作委員会編『保亭文史』第9輯(紀念抗日戦争勝利50周
  年)、1995年8月。
   朴来順口述、張応勇整理「我被騙逼当日軍“慰安婦”的経歴」、海南省政協文史資料委員
  会編『海南文史資料』第11輯(『鉄蹄下的腥風血雨――日軍侵瓊暴行実録』下)、海南出版
  社、1995年8月。
   西野瑠美子「私が看た海南島海軍病院の「慰安婦」たち 元海軍従軍看護婦の体験」、『週
  刊 金曜日』1997年5月23日号。
   班忠義「中国・海南島の元「慰安婦」たち」、『週刊 金曜日』1997年6月27日号。第176
  号。
   韓国挺身隊研究所・韓国挺身隊対策協議会編『강제로 끌려간 조선인 군위안부들』3、
  図書出版한을(서을)、1999年10月。

ドキュメンタリー
   韓国KBS『해남도에 묻힌 조선혼』(『海南島に埋められた朝鮮の魂』。金五重監督。
  1998.8.31.放映)。
   韓国安東MBC『紀伊半島에 감추어진 진실』(『紀伊半島に隠された真実』。1998.10.
  放映)。
   韓国KBS『海南島의 朝鮮村』(ニュース。2000.3.放映)。
   韓国MBC『하이난섬의 大虐殺』2001.3.1.放映。3・1独立運動記念特別ドキュメンタリー。
   紀州鉱山の真実を明らかにする会企画・制作『海南島で日本人はなにをやったか! 日
  本軍の海南島侵略と抗日闘争① “田独鉱山・「朝鮮村」”』2003年7月。23分。
   韓国KBS『하이난섬 대학살  "조국은 그들을 두번 버렸다"』2003.9.6.放映。“追跡
  60分”)。
   紀州鉱山の真実を明らかにする会企画・制作『日本は海南島でなにをやったか』2003年
  10月。3分。
   The Society for clarifying Crimes of the Kishu-Mine『 What did the Japanese Army do
  in Hainan-dao?』2004年4月。3分。
   紀州鉱山の真実を明らかにする会企画・制作『日本が占領した海南島で 60年まえは昨日
  のこと』第1版、2004年7月。65分。
   기주광산의 진실을 밝히는 회企画・制作『일본이 점령한 海南島에서 60년전은 어제의
  일』2004年7月、65分。
   査明紀州鉱山事実真相自治会企画・制作『日本占領下的海南島 60年前如昨昔』、2004
  年12月。65分。
   紀州鉱山の真実を明らかにする会企画・制作『“朝鮮報国隊”』2006年7月。60分。
   海南島近現代史研究会企画・制作『海南島月塘村虐殺』新版、2008年。

新聞報道
   「不能忘却的記憶――与韓国老人張達雄探訪侵瓊日軍暴行遺跡」(満国徽、華暁東記
  者)、『海南日報』1998年2月24日。
   「中國하이난島서 한국인 학살」(朴雅蘭記者)、『朝鮮日報』1998年3月2日。
   「“日帝만행 해방후 더 잔혹했다”」『佛敎新聞』1998年3月3日。
   「旧日本軍が朝鮮人連行者1000人を虐殺」『民族時報』1998年3月11日。
   「三亜朝鮮村的亡霊在哭泣」(邢中正記者)、『三亜晨報』(中共三亜市委員会機関報)、
  2000年6月24日。
   「海南朝鮮村亡霊泣訴日軍滔天罪」(邢中正記者)、『羊城晩報』2000年7月24日。
   「鉄蹄下的海南“慰安婦”」(連載4回。林瑩・余家亮・周楴記者)、『南国都市報』2001年12月
  3日(1.2)、12月9日(3)、12月10日(4)。
   「日軍労工的悲惨経歴」(余家亮記者)、『南国都市報』2002年3月31日。
   「韩日学者赴海南岛寻找韩籍“慰安妇”幸存者」人民网 2002年10月17日。
   「“海南島の悲劇”真相は」、『北海道新聞』2003年2月21日夕刊。
   「日韓学者調査日軍侵瓊史証」(連載3回。陳超・許春媚記者)、『海南日報』2003年3月28
  日、3月31日、4月4日。
   「日韩学者第六次赴海南调查日军侵略史证」中国新闻网 2003年3月29日。
   「‘하이난섬 징용’ 유족 찾습니다 재일교포·일 시민운동가 “학살 진상규명에 필요”」(양
  선아記者)、『한겨레』2003年5月31日。
   「“這些暴行不能原諒!” ——“千人坑”纪录片回到“千人坑”」(陳超・袁鋒記者)、『海南日
  報』2005年1月1日。
   「日軍侵瓊調査記録片在海口放映」(陳超・袁鋒記者)、『海南日報』2005年1月5日。
   정미란「日軍만행 현장, 해남도 '朝鮮族千人坑'을 아시나요? 일제 강제징용 한국인
  1천여명 학살·매몰 현장」、konas.net、2005年4月7日。
   「『海南島で日本は何をしたのか』出版 日本軍占領下の実態暴く」、『伊勢新聞』2005年
  6月29日。
   「日韓学者再次来瓊掲露日軍侵華暴行 本月13日将在三亜回新村放映日軍侵略海南島
  記録」(許欣記者)、『南国都市報』2005年9月9日。
   「中国・海南島占領の実態暴く」(奥山隆也記者)、『伊勢新聞』2005年12月27日。
   「日韓三位学者再次来海南島調査日軍侵瓊真相」(王辛莉記者)、中国新聞社、2006年3月
  23日。
   「海南島 無念の骨探る」(佐藤純記者)、『朝日新聞』西部版、2006年4月4日夕刊。
   「海南島近現代史研究会:市民や研究者らが設立へ」(中村一成記者) 、『毎日新聞』大阪
  版、2007年8月5日。
   김경민「주목해야 할 中 해남도 해군기지」、konas.net、2008年7月2日。
   「조선보국대(朝鮮報國隊)(DVD)」日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会調査2課記録
  管理팀、2008年7月15日。
   「보국대(報國隊)를 아시나요?」、daum.net、2009年3月5日。
   「일제 강제동원 피해상담 및 지원 문의는 110콜센터로 하세요」、konas.net、2009年
  8月14日。
   이현오「日帝 강제학살 천인갱(千人坑) 영령 추모제 거행」、konas.net、 2010年3月27日。
   「형무소서 끌려가 노예처럼 일하다 학살 ‘한 맺힌 유골들’  중국 해남도 ‘조선촌’
  이 증언하는 일제의 만행」(사토 쇼진)、『경향신문』、2010年7月12日。
   「日本に父奪われた 朝鮮人軍属らの遺族、証言」(千種辰弥記者)、『朝日新聞』(大阪
  版)、2010年8月22日朝刊。
   「保亭:正义使者张应勇 让“活历史”发出吼声」(林莹记者)、『南国都市报』2010年12月
  2日。
   이영찬「천인갱(千人坑)사건을 국가는 아는가? 영관장교연합회, 인천 용주사 '일제 강제
  학살 천인갱 영령 추모제' 거행」、konas.net、2012年3月28日。
   「〔인터뷰〕하이난섬 학살 현장을 말하다」、konas.net、2012年4月1日。
   「“우리의 땅으로 돌아가서 희망의 빛이 되소서” 일제의 만행 ‘천인갱’의 진실」 『국방
  일보』、2012年8月14日。
   「海南島の死「事実知りたい」」(多知川節子記者)、『朝日新聞』(大阪版)2011年8月30日
  朝刊。
   「日韩学者来琼调查日军侵琼史」『海南日报』、2012年10月31日。
   「日韩学者祭拜日军侵琼时期杀害朝鲜劳工“千人坑”」「中国新闻网」、2012年11月5日。
   「日韓學者祭拜日軍侵瓊時期被殘殺朝鮮勞工」「中国新闻网」、中新視頻 CNSTV、2012
  年11月8日。
   「搜集日本侵琼证据」『海南日报』、2013年11年4日。
   「追寻“真相”」『海南日報』、2015年9月20日。
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