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「ハングル学者、李克魯氏のドイツ語「独立運動出版物」を発見」

2017年10月19日 | 個人史・地域史・世界史
http://japan.hani.co.kr/arti/culture/28009.html
「The Hankyoreh 」登録 : 2017.07.24 22:07 修正 : 2017.07.25 07:56
■ハングル学者、李克魯氏のドイツ語「独立運動出版物」を発見

 ドイツ留学時代に出した宣言文とパンフレット 
 植民支配・独立運動の現実を欧州に紹介 
 原本入手した収集家がハンギョレに情報提供

【写真】収集家チ・ボラム氏が保有する李克魯関連資料原本。左から『日本帝国主義に対抗した韓国の独立闘争』(1927年)『韓国の独立運動と日本の侵略戦争』(1924年)1923年在独韓国人大会で配布された『韓国に対する日本の暴圧統治』宣言文=パク・ジョンシク記者//ハンギョレ新聞社

 ハングル学者で独立運動家でもあった李克魯(イ・グンノ)氏(1893~1978)が、ドイツ留学時代の1920年代に日本帝国主義の蛮行を糾弾し、これに対抗した韓国民族の独立運動を国際社会に知らせるために書いた声明書と出版物の原本が発見された。
 ハンギョレは最近、李克魯氏がドイツ・ベルリンに留学した時期の1923年「在独韓国人大会」で作成・配布した宣言文である『韓国に対する日本の暴圧統治』、1924年に出版した『韓国の独立運動と日本の侵略戦争』(以下『侵略戦争』)、1927年に出版した『日本帝国主義に対抗した韓国の独立闘争』(以下『独立闘争』)の原本を確認した。この資料の存在と内容はすでに知られていたが、原本の発見は今回が初めてだ。この資料は収集家のチ・ボラム氏(32)がドイツの古書店で3~4年にかけて順次入手したもので、ハンギョレは今月11日にパク・ヨンギュ高麗大学韓国史研究所研究教授とともにチ氏に会い、原本であることを確認した。
 李克魯氏は、日帝強制占領期間に独立運動家として活躍したが、解放後の越北行跡のためにこれまでまともに照明を浴びることはなかった。彼は1922~29年にドイツのベルリン大学で政治経済学を学んだが、今回発見された資料は当時彼が欧州で植民支配された韓国の実状を知らせるためにどのような活動を繰り広げたかをよく示している。
 1923年9月、日本で関東大震災を契機に韓国人の大量虐殺が起き、これに怒った在独韓国人は「在独韓国人大会」を開き、日帝の蛮行を糾弾した。この行事を主導した李克魯氏は、宣言文をドイツ語、英語、漢文で作成し配布した。今回公開された原本はドイツ語で作成されたものであり、裏表紙に「Kolu Li」という李克魯氏の署名がはっきり記されている。宣言文は日帝の朝鮮半島植民化過程と大量虐殺の惨状を明らかにして「私たちの苦しい闘争を助け支持するすべての人々に告げる」と訴えている。
 『侵略戦争』と『独立闘争』は、李克魯氏がそれぞれ1924年2月と1927年5月にドイツ語で自費出版し、欧州の各図書館に配布した30ページ余りの薄いパンフレットだ。日本帝国主義が韓国民族を支配している犯罪を告発し、これに対抗した大韓民国臨時政府活動、義烈団の闘争など韓国民族の独立運動を紹介しようとする共通の目的と内容を持っている。これらの資料は、李克魯氏が欧州社会で“ペン”を通した独立運動に孤軍奮闘し、朝鮮半島の現実を綿密に把握していたという事実を物語る。例えば、1927年5月に出版したパンフレットには、天皇暗殺を計画した朴烈(パク・ヨル)が裁判で無期懲役を宣告されたニュース、羅錫疇(ナ・ソクジュ)が東洋拓殖株式会社に爆弾を投げたニュースなど、1926年に起きた“最新”事件が含まれている。
 パク・ヨンギュ研究教授は「李克魯氏がドイツに遺した資料は、日帝強制支配下の韓国の現実を欧州の知識人たちに最初に紹介したという点で意味が大きい。原本が残っていて、これを直接確認できたことは本当に幸い」と評価した。

チェ・ウォンヒョン記者
韓国語原文入力:2017-07-24 15:04
http://www.hani.co.kr/arti/culture/religion/804028.html
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