発起

2011-09-21 10:05:25 | Weblog
 年々体力は落ちてゆく、旅行もあまり気が乗らず家にばかり居て、家事と畑に少し出るくらいなので、「それでは駄目だ」と娘に諭されて、とあるジムに行くことになった。会員申し込みも、付き添いもされ、強引であった。まず身体的な「オリエンテ−ション」また色々な運動器具の使い方、陸上、水中などのクラブのカリキュラムなどの説明など聞き、それで OKとなった。「色々なことを試してみたら」と言うことであったが、何にしても齢である、昔、毎日「1万歩」歩いて足の裏を痛め、卓球をして、膝を痛め、それぞれ1年がかりで癒えたという過去がある。だから吾が娘の云うことを「マトモ」に聞くわけにはいかない。30年ほど前教室に入っておぼえた水泳が一番故障が無いと思われ、マシンを使ったり、飛び跳ねたりはしないに限る、故に私はマイペースと決め誰とも組せず、4〜5百メートルを泳ぎ、温泉の様なお風呂に入ってゆっくり休んで帰る。齢をとると頑固と言うか、強制を好まなくなるようだ、端的には「わがまま」と言うことか。
 このことの効用は、家からでてある種の緊張すること、いろいろなルールを護ること、帰路に買い物ができること、体力相応の疲労感があること、などである。何時まで出来るか疑問であるが。
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敬老会

2011-09-20 07:41:00 | Weblog
「敬老会」を行うと 町内会より案内があり夫婦で参加した。78歳以上の老人が対象であるが暑い中での外出であるから、まあまあ元気な人たちである。それでも若い人たちからみれば、動きや反応がスローである。スタッフの人達が道路の横断には車を止め、履物の保管、受付の名簿へチェック、階段の見張りなど、細かく配慮されていた。会場にはエアコンが入っていたが、寒がる人、なお暑がる人、個人差がある。久し振りに会う人たちは少しづつ老いながら、去年来られた人も今年はもう彼岸に立たれた人もある、寂寥を感じながら開会を待つ。
 来賓は市長、県会議員、市会議員、駐在員、知事の祝電、町内役員などである、それぞれ長寿を誉め、なお元気で長寿をと言う趣旨の言葉である。この鄙の100歳以上が4人と他町との比較で住みよい環境であるなど、男女の長寿比較など、しきりにパーセントで示し女性の長寿を言い苦笑させる。男性にかかるストレスを言ったりする。いずれの来賓もソツなく弁舌さわやかであった。
 最期はアトラクションで漫談、歌謡ショウなどのサービスでしばらく和んだ。それでも3時間もキープされると、家に帰るとほっとする。   おわり

 
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野田内閣発足

2011-09-04 10:23:25 | Weblog
 新しい内閣が発足しこれで震災復興が加速されるかと期待される。野田宰相の経歴などからしても前宰相菅さんとは対照的である。しかし理想、理念、演説が立派でも行動成果が伴わなければ何にもならない、今後が期待される。各党首の言に、はやも解散だとか言う人がいたが、まだ何もしていないうちから馬鹿なことを言っている。先ずは国民の為に協力すべきで、党利党略はそのあと結果を見てからでいい。
 台風12号で近畿地方を中心に大変なことになった。この日本列島は大変な国だ、世界の人々から、日本人の我慢強さを賞賛されているようだが、台風の発生から10日以上も見守りながらそれらを怖れながら我慢して待つ。そんな国に生きているゆえ自ずから耐える事に慣れているのかと。
 たっぷり大地が湿ったので、台風一過、秋まき野菜を蒔こうと雨の空を見上げている。
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通夜

2011-08-18 08:48:33 | Weblog
 家の娘婿の兄弟の連れ合いが、長い闘病の結果遂に亡くなられた。その人は温厚で度々闘病中でありながら、よく家を訪問して下さり穏やかな話ぶりに感心したものだ。「アイシン」で一代働かれメキシコなどにも赴任されたことがあり幅広い人であった。若くに胃がんを発症されたが快復し、今度は白血病であったらしく、1週間に2回、輸血をされていたと言う。7年間の闘病の結果遂に終わりを迎えることになった。昭和14年生まれと言う。
 昨夜、娘夫婦、孫娘二人、私、5人で通夜に出席した。覚悟の死期であったといい、写真、着衣なども自分で決めてあったと言う。帽子を被り穏やかな遺影であった。
 常には会うことも少ない身内の人を合わせるのは、亡くなった人が最期になせる皆への贈り物という。そこに集う人達が情報をわかちあい、お互いの励ましあいの場となる。
 いつまでも話は尽きないが、明日の葬儀に再会することもあり、早々と帰宅した。  合掌、
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猛暑

2011-08-10 08:24:57 | Weblog
 今年の夏もピークに達し連日35℃〜37℃、高齢の身にはコタエル。辛いけれど一日の家事は怠るわけにはいかない。それでも昔を思えば軽いものだ。電化と言う素晴らしい文化のお陰である。昔は50歳〜70歳位で大方死んでしまったが、健康の為の知識と行動、仕事の合理化で体への負担の軽減など、平和社会での暮らしの恩恵であるとおもう。
 家では元農家であったため、田、畑の維持管理に苦慮している、田は営農に依頼し、畑も家庭菜園の人たちに貸している。しかし家でもミカン、桃、葡萄、スモモ、ゆず、枇杷、梅、柿、などを植えているが、どれも放置していては何も実らない、防除、除草、施肥など経費もかかるが手間も要る。生きているのが精一杯であるのに、参った、参ったと言うところで悩んでいる、ことのほか夏は辛い。
 娘が、体力の衰えを克服するため、「私と一緒にジムへ行こう」と言うが、かえって痛んでしまうようで恐ろしい。秋が来たら如何しようかと、期待と不安が混在している。
 秋が来ると、また秋まき野菜を作らないとと思ったり、生きているうちは、いろいろ悩みは尽きないようだ。    おわり
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この先どうなるの?

2011-07-14 14:40:57 | Weblog
 東北大震災の復旧、復興もはかどらない。福島の人たちも家に帰れない、食物のベクレルも心配、漠然と考えただけで、気持ちが塞ぐ。
 菅首相も言を左右に辞めようとしない。原発を玄海で始動するかと、びっくりしたが、ストレス検査を、と言いしばらくストップ。玄海にも色々問題も発覚し、また疑念。そして、昨日は原発から逐次撤退の方向という菅氏の宣言だ。しかし彼の発言の信用はゼロだ。また何を言うか解からない。ほんとうの「志」を貫きこの国を導くのは誰だろう。
 私たちには関係なく世の中が回っていくようだ。リトアニアに日本のメーカーとアメリカのメーカーが、原発のプラントの受注を受けたとかニュースで言っていた。国々間の確執もいろいろあって難しい。これからを生きる者たちは世界の経済の中に生きなくてはならない。経済と理想は矛盾があり、仕事となれば原発建設に手を貸す事にもなるのだろう。
 ともあれ、国会も足をひっぱるばかりでなく、正義を推し進めてほしい。
 
    http://www.youtube.com/watch?v=0x1AQ5HRu0o  原発の話です    おわり
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友達の死

2011-07-03 09:33:58 | Weblog
 50年来の友達が先日亡くなった。2月の末、風呂で倒れ4ヶ月入院の後であった。その間3度ほど見舞ったが、脳出血の為、一言も話すことは無かった。ただこちらの話すことは聞こえるようであった。私より2歳年上で、私より3年前に近所に嫁いだ人であり何かにつけて先輩であり、教えられることが多かった。公務員の夫、舅姑も同居で家庭の環境が似ていた事もあり何事につけても、よく理解出来それぞれの胸の裡まで知っていた。
 お互い「歳であるので、いろいろ体に不具合ができ、あらゆる医者通いであった。「憩い」と言う老人会の集まりでは、病気のことが話題の中心である。彼女は7〜8にん集まると、声が大きく朗らかでいつも笑いが絶えない、中心人物であった。その人の声の無いのが寂しく、心にぽっかり穴があいてしまった。
 彼女の夫も糖尿病があり、6歳も年上の為、殆ど先に夫を送ると決めていて、「90歳間近の夫の食事制限などしない、食べたいものを食べて貰って結構だ」など何度も聞いていた。80歳を越せば何時逝っても悔いはないと口癖であった。
 今、右半身不随、意識混濁、食事は鼻から径管、酸素吸入、導尿、それで辛うじて4ヶ月命を保ったが、昔なら1週間くらいで死んでしまう。最善の治療をすると言うのが、この頃の医療の使命であろう。私はこんなことは、この期に及んで望まないと今は思っている。
 しかし、そのとき何を思うか解からない。彼女の面影が今は消えない。
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朗読の会

2011-06-21 10:23:58 | Weblog
 隣町で[朗読の会」で楽しんでいる人が居て、入場料を義援金にと言うので雨の中芸術文化センターを探して見学にいった。ずっと以前わが町でも「響きの会」とかいい目の見えない人たちに「広報」を読んだりストーリ-を読んだりしていると言う友達もいた。そのころは忙しくてそんな暇は全く無かったので,暇人だなーと思っていた。あまり興味は無かったが仕方なしに出かけた。
 パンフレットを渡されると[メルヘン風のアンデルセンの中のもの」や童話の朗読であった。出演者がメルヘンチックな衣装を着けて声色よろしく面白いと思った。男性は頗る少なく3〜4人であり、日本国憲法の序文を読んだりしていた。当の友達は最高齢で「なめとこ山の熊」とか言うお話のメンバーとして出演していた。宮沢賢治の作品なども読まれていた。
 確かに悪くは無いが、私には気の進まぬ趣味であると感じたが、人それぞれである。今度の会にはまた誘うといわれ、気が重かった。
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交通ルール

2011-06-18 11:25:57 | Weblog
 この頃歯科医へ通っている、其処まで5km位の道のりである。野中の一本道で見通しもよく殆ど40キロの表示の通りに走っている車はいない、60キロ〜70キロは出して走るのが普通だ。わたしもみんなと同じようにしている。昨日対向車がライトで合図を呉れたらしく思えたので40キロにスピードを落とし事なき得た。警察は木陰に隠れ通行車両からは見えない位置に隠れている。空き地に車が止まっている、おそらく捕まったものらしい。捕まえるのは、こわい男ではなく、娘や老人などを捕まえていると言う話も聞く。捕まらなくて、よかった、よかったと言う思いが心を占めていたのか、歯科医院の前を通り過ぎてしまった。昔も今も警察は恐ろしい。
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ミニクラス会

2011-06-11 09:51:53 | Weblog
毎月10日と決めている会をデンパークで行う事になり、午前10時30分集合となった。5分位の違いでみんな集まった。日常生活はあまり変わりなく、いつもの繰言である。
 弱り気味の夫を毎日散歩に連れ出し、そして食事の栄養についての気配り、家の中の切り盛り一切を仕切っているSさん。、独身を通して教職を全うしたKさんは、自身の健康と家の将来にある種の悩みをちらつかせる。そして昨年事業家の夫を糖尿病の末期で亡くしたHさん、本人は教職35年を終え悠々元気。
 日常の話は繰言のみだが、学生時代の話になると色々新しい思い出もとび出す。私は特別話すこともなく、夫の元気さには負けるが、この期に及んで遠慮なく互角にやりあう。しかしお互いくどくど話すこともなく勝手に過ごす。残り少ないとは思うが、生きているうちは悩みは尽きない。
 安城市の唯一の観光地デンパークは何時も、ときどきの花が美しく配置されている。
 食も細り、足腰のおぼつかない老女たちの楽しい一日であった。
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