歳月たとえば歌人は

歳月たとえば歌人は

家族や親しい人に

2013-11-20 17:32:56 | 牛欄牌

ぐっと寒くなってきた。
着ても着ても寒いので、風邪でもひいたのか・・・と思いきや、
やっぱり気温のせい。
なので、厚着をしてpolo衫、ぶくぶくになっている。

秋は、さびしい。
人生の持ち時間が、少しずつ少しずつ減っているのを感じる。
逆に、今を精一杯、生きなければ・・・と、じつに大げさに意気込んでみる。

・・・

家族や親しい人に、お年寄りがいる人と、いない人では全然、感性が違うだろう。
同世代の若い人としか接しないと、
年がいくということ、老人になるということ、それが、まったく現実としてわからないだろう。

若い人だけの家族、お年寄りだけの家族。
核家族は、長所もあるが、短所もある。
お互いに良い面だけを見る。
悪い面は、見えない。つまり、知らない、ということになる。
それは、よかったね、では済まされない。
「悪い面を知らない」イコール「悪い面は無い」ということではないのだから。
いずれ、どこかで帳尻を合わせる時がくる。

マイナス面は、一度にどっと、よりも、少しずつローンで、のほうがマシか?
プラス面は、いつもいつも、あふれるごとく、、、でありたいものだが。(理想)

・・・

昔と違い、今は、・・・
「死」も、病院で。
看取るという感覚もないだろう。
人が死ぬというイメージも、小説か、ドラマであるかのような、肌感覚から遠いものだろう。

自分の排泄物でさえ、洋式トイレ(しかも、ウォッシュレット付き)で排泄後、見向きもせず流してしまえば、
まるで、そんなものは、なかったかのよう。
自分の汚物の実態も、ぴんと来ず減肥、つかめない。

でも、パソコンやケータイでは、
エログロっぽいゲーム、ありえない、起こりえないような、えげつない世界が繰り広げられる。

現実の汚いものや、大変なもの、哀しいもの、悲惨なもの、辛いものからは、目をそむけ、
仮想の世界で、わざとデフォルメして楽しむ人々?
ゲーム世代との、年齢ギャップか?
ついていけない。

縁側でお茶、お年寄りの仲間入り。

・・・

思い出を作るのは、とてもいい。
シーンひとつひとつを思い出すと、こころが温まる。
温度、湿度、色、音、体感、屋外、室内、都会、田舎、自然、歴史・・・
人のぬくもりが一番、こころに残る。
こころは、すべての事がらの「核」になる。

美しい自然の風景には、こころ洗われる。
無機質なもの、たとえば、コンクリート牛欄牌回收
そういうものにも、自分のこころが抜き出され、審判を仰がれているような気になる。
どちらにしても、自問自答・・・

・・・

秋から冬へ。
あっという間に年末年始。
優雅な寝言を言っている暇はない。
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