世界一周の記録

2006年8月から2008年9月まで2年1ヶ月の世界一周放浪の旅をしていました。その旅の記録です。

瞑想修行の日々<前編>

2008年03月01日 20時09分33秒 | アジア

2月14日から12日間、瞑想修行を行いました。想像以上に素晴らしく、厳しく、面白く、一日一日がそれぞれ新しい発見の連続で、本当にやって良かったです。

日記形式で一日ごとに瞑想修行の内容を書いて行きたいと思います。でも、瞑想期間中は一切の読み書きが禁じられていたので記憶がかなり曖昧です。出来事や修行内容が前後していたり、瞑想用語が間違っていたりなどあるかと思います。もしヴィパサナ瞑想に詳しい方で間違いに気付かれた場合は、教えていただけると嬉しいです。すぐに訂正します。

文章ばかり凄く長くなりました。中編・後編へと続きもあります。しかも写真もほとんどないです。すいません。

◆2月14日<初日>

ついに待ちに待った瞑想が今日から始まります。約10ヶ月前にケープタウンでSMさんにネパールの瞑想の話を聞いて以来、「ネパールで瞑想」というのはずっと僕の心の中にありました。その時SMさんは瞑想についてこう言いました。
「10日間誰とも喋らず、目も合わさず、一日ずっと座って瞑想しっぱなし。初めはめちゃくちゃ辛いよ。でも、毎日違う瞑想技術を教えてもらえるし、それを習得することに必死になるので退屈するとかはなかった。座りっぱなしで初めは辛いけど、だんだんと痛みも感じなくなるようになるし、体内の気をコントロールして体の右側だけを熱くすることもできるようになったよ。厳しかったけど、やる価値はあると思う。」
当時、僕は旅の主目的だったアフリカ縦断を終えて大きな達成感を感じ、また同時に旅へのモチベーションが下がり始めた時期でもありました。でも、この時この話を聞いて僕の心は再び旅に対して熱くなり始めました。移動して宿に泊まって飯を食って観光する。それだけが旅ではない。どこかで何かをじっくりと修行してみると言うのもいいかもしれない。
その後10ヶ月が経ち、南北アメリカと中東を経てついに僕はネパールへと辿り着いたのでした。

この日は昼の1時にカトマンドゥ市内のオフィスに集合して、山の中にある瞑想センターへバスで連れて行ってもらうことになっています。その前に、カトマンドゥで久しぶりに再会した旅友達のS夫婦の奥さんと昼食を一緒に食べました。S夫婦の二人とは、ケープタウンで初めて出会いSMさんと四人で喜望峰を一緒に観光した仲です。その後、イスタンブールやヨルダンでも再会し、毎回一緒に酒を飲み、今回4回目の再会です。旦那さんの方が一昨日の12日までインドのブッダガヤーで同じヴィパッサナの瞑想を終えたばかりで、彼からの感想のメールには「きつかったけど、よかった。」と書かれていたそうです。他にも何人かの瞑想経験者の旅人と出会いましたが、みんな同じように「きつかったけど、よかった。」と言いますね。食事中、奥さんに「瞑想で解決したい悩みが何かあるの?」と聞かれました。彼女はもし瞑想するなら具体的な悩みがあってそれを解決するために瞑想をしたい、と言いました。でも、僕には今のところ解決したい具体的な悩みは特にありません。SMさんの話を聞いて面白そうだと思ったことが唯一の動機です。果たしてその程度の動機で長く厳しい修行を乗り越えられるのか、少し不安になりました。

市内のオフィスで、日本人の若い男性旅行者がキャンセル待ちで来ていました。Qちゃんと名乗る彼はクリスチャンだけど、他の宗教のこともいろいろ知りたいという思いと、過去に凄いオーラを持った瞑想経験者に会った事があるとのことで興味を持ち、瞑想に参加しようと思ったそうです。ウェイティング・リストは10人待ちだったけど10人以上キャンセルが出たので、無事参加できることになりました。

マイクロバスに詰め込まれて山道を登り瞑想センターに到着しました。標高2000mの高地ですが、晴れているので暖かいです。(でも朝と夜はかなり冷えます。)受付でパスポートを預けます。これで、どんなに辛くても簡単には脱走できなくなりました。読み書きが禁止なので、本や日記も預けました。この日の夜の初瞑想まではしゃべっても良いので、Qちゃんや他の瞑想参加者たちと少し話をしました。男性の参加者は8割くらいがネパール人です。外人の参加者は日本人が僕を含めて3人、後は白人が6、7人くらいいました。男性と女性は隔離されているので、女性側の参加者はよくわかりませんでした。欧米人の参加者と何人か話したのですが、リピーターが多かったです。5回目のフランス人、10回目のドイツ人、などなど。もう一人の日本人参加者Jさんも10回目の参加だそうです。そんなに何回もやりたくなるという瞑想に期待が膨らみます。部屋は二人部屋で僕はオーストリア人と同部屋になりました。名前はマーティン。彼は6週間のネパール旅行の間に2回目の瞑想参加だそうです。1回目は別の瞑想方法を修行したそうですが、欧米人の彼には長時間床に座るのはとても辛かったそうです。なので、今回は分厚いクッションをちゃんと用意していました。

瞑想センターにあったお寺。瞑想者は中には入れませんでした。


食事を摂り、一通りの注意事項の説明があり(今日の夜の瞑想からは一切の会話が禁止、食事は一日2回、野生の猿が出るけど刺激するな、、、などなど)、夜の8時からついに初の瞑想が始まりました。長い12日間の第一歩。気合が入ってアドレナリンが噴出します。そんなに入れ込んでも瞑想するには全然良くなさそうなので、「入れ込むな」と言い聞かせて自分をなんとか落ち着かせます。

瞑想は男女ともにメインの瞑想ホールで行われます。”寺”という感じではなくコンクリートで作られていて、床はカーペットです。そこに座布団が人数分置かれていています。各自の場所も決められていて自由に選べません。男女は真ん中に簡単な区切りがあって分けられています。男女合わせて全部で80人くらい参加しているようです。僕は壁際の場所で、左側が壁、僕の席の一つ前は日本人Qちゃん、さらにその前はこの辺の仏教徒が着ているような黄色っぽい布をまとった出家僧が3人ほど続いていて、僕の後ろは長身のイタリア人パウロで、そのさらに後ろが同室のオーストリア人マーティン、右横はネパール人達がずらっと並んでいます。

この日教えてもらった瞑想法は、アーナ・パーナという瞑想法で呼吸に集中するということらしいです。でも、テープで流れる説明が英語でしかもインド訛が強くて詳細が判らなかったです。その後ヒンドゥー語か何かの全然理解できない言語でお経が始まりました。それにあわせて周りのネパール人もお経を唱えます。どうやら僕らもそれを言わなければいけないみたいです。英語でそう言われたので、何を言っているのかよくわからないけど、適当にあわせてお経を唱えます。こういう宗教的な儀式とは関係ないと思って来たのになあ・・・、とちょっとびっくりします。とりあえず呼吸に集中していると30分はあっというまに過ぎ去りました。(この日先生に日本語のテープも使って欲しいとお願いしたので、瞑想のやり方について翌日からは別室で日本語テープを聞けることになりました。)

部屋に戻るともう9時を過ぎていて消灯時間です。部屋に二人なのに会話も無く、目も合わさないのは、不自然なものです。消灯語、マーティンの寝苦しそうな息や、咳や、寝返りの音が気になってなかなか寝れませんでした。

二人部屋


◆2月15日<二日目>
気持ちよく寝ていると、ドアをノックする音で目が覚めました。腕時計を見ると4時33分。起床は4時で瞑想開始は4時半。いきなり寝坊してしまいました。タイムスケジュールでは4時に目覚ましの鐘がなると書いてあったけど、どうやら聞こえなかったみたいです。翌日からはちゃんと腕時計のアラームを合わせよう。。。同室のマーティンと急いで着替えて瞑想ホールへ。僕は日本語でのアーナ・パーナのやり方をテープで聞くために別室へ。テープを聴くと、どうやら呼吸に集中するのはするのだけれど、お腹の動きには集中せずに鼻を通る息にのみ集中するということでした。僕は昨日はすっかり誤解してお腹にも集中してしまっていました。しかも、腹式呼吸で呼吸のコントロールも行っていたのですが、それも駄目で、自然な呼吸が鼻を通るのをただ観察することが、この瞑想のやり方なのだそうです。英語の説明だけだと、危うく完全に誤解して瞑想を続けるところでした。この瞑想の目的は集中力を養うこと、精神を統一すること、らしいです。なぜ呼吸に集中するかというと、呼吸は精神状態を現すし(心が乱れると呼吸も乱れ、心が落ち着くと呼吸も落ち着く)、体が無意識に行う活動でもあり、意識的にも行うこともできる、ということで、自分の精神状態を観察することに適しているからだそうです。

昨日の夜のお経のようなものが今朝も再度繰り返されました。どうやらお経ではなくてヒンドゥー語(またはパーリ語というインドの昔の言葉)で、これから10日間ブッダの教えに帰依することを誓っているのだそうです。なのでこの後は、お経を自分達が唱えることはなさそうです。少しほっとしました。

日本人の女性は、生徒が一人、ボランティアで働いている人が一人、の合計二人がいるようでした。

前回の記事でも書きましたが、以下が今日から10日間のタイムテーブルです。

4:00 起床
4:30-6:30 瞑想2時間
6:30-8:00 朝食
8:00-9:00 瞑想1時間
9:10-11:00 瞑想2時間弱
11:00-13:00 昼食・休憩
13:00-14:20 瞑想1時間半
14:30-15:30 瞑想1時間
15:40-17:00 瞑想1時間半
17:00-18:00 お茶休憩
18:00-19:00 瞑想1時間
19:00-20:30 講話(日本語テープ)
20:30-21:00 瞑想30分
21:00-21:30 質問
21:30 就寝

瞑想時間と講和の時間を合計すると約12時間です。その間じっと座りっぱなしです。本当に長いです。その上、休憩時間におしゃべりも読書も音楽を聴くこともできないので、全く娯楽が無いです。筋トレやジョギングも禁止されています。一日二回の食事と夕方のお茶の時間が唯一の娯楽と言えるでしょう。誰とも目をあわさないようにしてただ黙々と食べるだけですけど。食事は、朝はお粥とカレースープ、昼はダルバート(ネパール料理。野菜とカレーとライス)で、特に昼のダルバートはおいしくて、瞑想疲れが癒されます。食事で腹いっぱいになった後は休憩時間を利用してシャワーを浴びたり洗濯したり中庭の芝生で昼寝したりと思い思いのことをして過ごします。天気が良くて芝生の上に寝転がっているとぽかぽかしてとても気持ちいいです。ネパール人も欧米人も日本人も寝転がって昼寝しています。静かで平和な時間が過ぎて行きます。

それにしても瞑想の時間は苦痛です。2時間や1時間半もじっと座って呼吸に集中するだなんて苦痛以外の何者でもありません。1時間のうち呼吸に集中できているのなんて合計でせいぜい5分くらいです。後はとりとめもない考えが浮かんでは消え、浮かんでは消え、し続けています。過去のこと。未来のこと。楽しい思い出。嫌な思い出。現実的な未来。妄想的なありえない未来。

瞑想の時間、たまにテープでお経が流れます。低く体に響く声で。何を言っているのかさっぱりわかりません。いったいこのお経が流れていることをどう理解したらいいのだろう?何の意味があるのだろう?

僕の真後ろに座っているイタリア人が体調が悪いのか咳を頻繁にしたり息が荒かったりしてかなり辛そうで、とても気になります。鼻で息ができていない感じです。

食後、みんなゲップをしまくりで、それも多少気になります。オナラの音も頻繁です。自分自身もオナラしまくりです。幸い匂いは全然大丈夫だけど。呼吸に集中するのにくっさい屁の匂いがしたら、全然集中できないところですよね。

幸い、目を閉じて背筋を伸ばしてさえいれば姿勢は自由です。途中で足を伸ばしたり姿勢を変えたりしてもいいし、なんと5分間までは寝転んだりしてもいいそうです。僕はさすがに寝転ぶことはありませんでしたが、15分おきに、胡坐と体操座りを交互に繰り返していました。周りのネパール人や、何回も参加しているフランス人達は、座禅のような姿勢でピンと背筋を伸ばしたままほとんど姿勢を変えないので、僕もできるだけ同じ姿勢を保とうと試みましたが、20分が限界でした。

苦痛だけど、絶対にやり遂げるんだ、という固い決意だけはゆるがないようにしたいです。呼吸に集中する時間をできるだけ長く出来るように頑張りたい。

一日の最後のほうに別室でテープで日本語の講話を聞きます。1時間ほど、その日一日の瞑想の効果や、次の日からの瞑想のやり方や、ブッダの教えを元にしたありがたい話(というかブッダの話を元にしたゴエンカさんの教え。ゴエンカさんというのは、この瞑想センターの創始者のインド人です。)などを聞きます。この日は、「ヴィパッサナ瞑想は心の手術です。それも心の奥深いところまで徹底的に行う手術です。そしてこの瞑想センターは手術室です。手術中に手術室の外に出ることはとても危険です。10日間のコースの最後まで必ず留まるように。」との注意がありました。ますます途中でやめられなくなりました。

◆2月16日<三日目>

この日も引き続き呼吸の観察です。昨日よりも少し呼吸に集中できる時間が長くなってきたような気がします。しかし、相変わらず関係ないことを延々と考えたりもします。自分が瞑想していることなんてすっかり忘れることもあります。

僕の真後ろのイタリア人が瞑想ホールに姿を現さなくなりました。おかげで集中するのが楽になりました。

基本的には昨日と変わらない一日でした。

夜の講話にて悟りの道にいたるための八聖道の話がありました。そういう宗教的な難しい話は苦手なので、瞑想中よりもさらに苦痛な時間でした。その中で道徳の話があり、”正しい生計”について語られました。それによると、肉屋や酒屋は、間接的に動物を殺すことに加担したり、人を酔わせて悟りから遠ざけることに加担するので、よくない生計だと言われました。汚れた仕事だと言われました。僕自身は、肉を食べることも好きだし酒を飲むことも好きです。心がざわつきます。また、衣食住を満たすために働くことは必要だけど、お金を貯めたりすることは良くない、とも言われました。余ったお金は他人に奉仕することに使いなさい、と。自我が強い生活はブッダの教えに反するらしいのです。はっきり言って自分にはそのような暮らしは難しいと思いました。日本で充実した仕事生活を送るためには、ある程度までは自我を発達させてそれを満たすために努力することが必要だと思っています。(もちろんそれだけだと周りとの摩擦がおきるでしょうから、バランスが大事だと思うけど)その事をこんなに真正面から否定されるとは。ブッダの教えに対して疑問や反発が沸く事を止めることができません。もしこれがお気軽体験コースか何かで、「じゃ、やーめた」と言って家に帰ることができるなら、僕はきっと翌日の朝に荷物をまとめてカトマンドゥに帰っていたでしょう。でも、これは12日間の真剣な修行だし、12日間やり抜くことを心に誓って参加したし、今逃げ出すと自分にとってマイナスになるのは間違いないので、とりあえずはこの12日間だけはブッダの教えを素直に聞いて修行に真剣に取り組むことにしました。

◆2月17日<四日目>

後ろの席だったイタリア人が完全にリタイアしていなくなった模様。変わりに若いネパール人が後ろの席に来ました。前のイタリア人よりは随分静かになったけど、咳を思いっきり僕の頭に向かってするのが、たまに傷です。

昨日までは連続で呼吸に集中することは3分くらいが限界だったけど、この日は10分くらいまで頑張れるようになってきました。だんだん、ここでの瞑想生活にも慣れてきて「なんだ、厳しいと言ってもそんなにたいしたことないかも。」と思ったりもします。

若いネパール人が休憩時間に談笑しているのを見ました。僕は心が乱されないようにすぐにその場を立ち去りました。

夜の講話ではブッダの(ゴエンカさんの)ありがたい話が今日もあり、昨日同様苦痛でした。昨日からのブッダへの疑念が消えません。でも、素直に聞くように自分を戒めます。明日の午後3時からはいよいよ本番のヴィパッサナ瞑想に入ります。さらに深い心の手術に入るのだそうです。それまでは鼻の下と上唇の間のとても狭い部分だけに集中しろとのことです。


○中編へと続く

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