さやかな岸辺

短歌という風の中州の草はらに言葉の卵をあたためています

世界への交信と祈り   ―笹井宏之をめぐって―   岸原さや

2013-01-10 01:30:02 | 笹井宏之論

短歌をつくる

短歌をつくるとは、どういうことだろう。

短歌をつくり始めたばかりの人。歌歴半世紀以上の人。日々過ぎ去る日常を一行日記のように短歌で書き留めたいと望む人。定型が紡ぐ世界に魅力を感じ、鑑賞者から創作者の側に移行した人。自分が今、ここに生きていることを刻印したいと願う人。あるいは世界への洞察をリズムある箴言として綴りたい人……。どの人にもそれぞれの内的必然性とスタンスが存在する。すべての人に死が等しく与えられているように、歌を詠む者すべてに31音が等しく与えられている。死が生を照り返すように、5・7・5・7・7の5句31音の定型が表現の密度を高める。

世界と自己と短歌。その関係性を、私は考える。

本稿では「平明なのに、そのよさが説明しづらい」と言われることの多い笹井宏之の短歌について、その始まりから辿って特質を探究してみたい。また笹井自身の言葉や、彼をめぐる人々の評言も整理しておきたい。

 

笹井短歌を論評する難しさ

彼の短歌を論評する難しさを斉藤斎藤はこう記した。「一首一首に難解なところはないのに、よいと感じる歌も、どこがどうよいと言うのが、むずかしい。そして、笹井宏之論を書け、と言われると、論というよりエッセイになってしまいそうです」。宇都宮敦も、笹井短歌がフラットな口語短歌で措辞にかなり音数を割くため、結果的に使える名詞の数が少ないと指摘したのち、「名詞の数がすくないのにそのすくなさで (なんでそういうことができているのかよくわからないんだけど) 圧倒的詩的世界の構築に成功している」と述べ、分析的手法の及ばない領域が笹井短歌に存在することを示唆している。(※ともに『風通し その1』より)

 

笹井短歌の始まり

笹井宏之は2004年、22歳の秋から短歌をつくり始めた。彼は後に、『ひとさらい』(2008年発行)のあとがきで次のように記している。

 

「短歌は道であり、扉であり、ぼくとその周囲を異化する鍵です。キーボードに手を置いているとき、目を閉じて鉛筆を握っているとき、ふっ、とどこか遠いところへ繋がったような感覚で、歌は生まれてゆきます。それは一種の瞑想に似ています。どこまでも自分のなかへと入ってゆく、果てしのない。」

 

 「それは一種の瞑想に似ている」  この言葉には、静かに目を瞑り、世界の音と自己の内面の声にじっと耳を傾ける青年僧のような風貌が感じられる。彼の短歌にはしばしば独自の静謐さと、「この世」的世界を離脱する空気感が漂うが、その源は世界に対するこの瞑想的な姿勢にあるように思う。

 

二十日まえ茜野原を吹いていた風の兄さん 風の母さん  ( 『ひとさらい』 )

ここでは人っ子一人いない夕暮れの野原に風が空しく吹く情景が浮かぶ。死後のイメージと言ってもいい。「二十日前」とあることから、その風の消息も今は知れない。「私」が(あるいは「風の私」となった「私」が)「風の兄さん」や「風の母さん」をさがしても、茜野原ではもう出会えないのかもしれない……。そんな虚ろな哀しみが予感される。

 

一生に一度ひらくという窓のむこう  あなたは靴をそろえる  ( 『ひとさらい』 )     

この歌では、現実を超えたシュールな世界が現出している。ここでもリアルモードの読みは無効だろう。「窓」は閉ざされている。だがそれは一生に一度だけひらくという。窓が何の喩なのかはわからない。だがその「一度」を逃したら取り返しがつかないような瞬間だという感触は伝わってくる。そしてそのようにしてひらく「窓のむこう」で「あなたは靴をそろえる」。「あなた」とは誰なのか。「靴をそろえる」とはどんな意味か。説明可能な手がかりはない。にもかかわらず「あなたは靴をそろえる」という行為が極めてさりげない動作でありながら、厳かな、世界をただしくととのえようとする神聖なふるまいとして立ち現れる。

 

しっとりとつめたいまくらにんげんにうまれたことがあったのだろう ( 『ひとさらい』 )

おそらく、熱に倦んだ「私」が自分の頭をひんやり受けとめてくれる氷枕に、ふと「もの」を超えた優しさや慰めを覚えた瞬間があったのだろう。「このまくらは以前人間だったことがあり、病む者のこころがわかるのかもしれない」  そんな、「もの」との交感が伝わる歌だ。さらに深読みが許されるなら、自分もしっとりとつめたいまくらに生まれ変わり、誰かを慰めることがあってもいい……そのような転生願望さえ感じ取れなくもない。

 

「モルミルス」的交信

笹井は小学生の頃からしばしば体調不良を覚えた。高校一年の一学期には登校すると体が硬直するなどして通学困難になり、自宅で療養生活を送るようになる。体調の良い時には自宅周辺や病院、通院途上の図書館など、ごく限られた場所への外出はしたものの、20歳夏から22歳夏までの二年間は極度の体調悪化と精神不安定に襲われたという。そんな彼がその年(2004年、22歳)の秋から短歌をつくり始める。

若き詩人、斉藤倫はその頃の笹井を次のように回想している。

 

「笹井さんは、2004年に出たぼくの最初の詩集をどこで知ったのか、読みたいといってメールをくれて、ぼくは短歌を書く人だとさえ知らず、詩集を売った。つまり数少ない最初の読者だ。そのうち彼のつくった歌を知り、こんなことをいうのは申し訳ないけど、なんてぼくに似ているんだろうとおもった。もちろんそんなわけはなくて、それは笹井さんのマジックなのであり、笹井さんにハマる人はみんな、なんて自分に似ているんだろうっておもうのだ。それがハマるっていうことばの本来の意味だからね。そのあとハガキやメールでやりとりをしたり、迷惑とおもいつつも、お体に障りそうな重たい詩誌を送りつけては感想をいただいたりしてた。(でも、初めに、詩の同人誌というものを見たことがないのでぜひ送ってほしいといってくれたのも笹井さんだった。」 ( 『生命の回廊vol.1』「笹井さんのこと」 )

 

笹井はインターネットを通じてさまざまな人への交信を試みていた。その身をナマな現実社会には置けなかった彼が、有名無名を問わず何か感じるところがある人に、自分の直感だけを頼りにコミュニケートしていったのだ。

私はある魚の話を想起する。『ぼくらの鉱石ラジオ』(小林健二著)という本に書かれたそれは、濁った大河に住むモルミルスという魚である。彼らは河の濁りのせいで視覚によって同種の個体を認識し合うのが難しい。そのため、体の横にある電気的感受器官で他の仲間と交信する。ごくごく微弱な電磁波を放電し合い、その律動を鋭敏に感受することで互いの愛すべき個体を認識し、コミュニケートするというのだ。そんな「モルミルス」的交信を笹井はケータイメールやパソコン通信でおこない、さらに短歌へと近づいてゆく。

翌2005年の春に彼は「かばん」の購読会員になり、「かばん関西メーリングリスト歌会」(※会員制のインターネット歌会、略称МL歌会)で毎月作品を発表するようになる。またJ‐WAVE「笹公人の短歌Blog」や枡野浩一のサイトにも、ネット投稿を始める。

笹公人はそのときの驚きを次のように語っている。

 

「笹井の存在は最初から目立っていた。投稿作品の中に玄人顔負けの口語短歌や前衛短歌風の歌があったからである。(略)かと思えば、他の初心者と同じような拙い歌も平気で投稿してくるので、この男はいったい何者なのだ? と強く印象に残った。初めてメールのやりとりをした時、彼がまだ二十代の前半であること、短歌史についてまったく疎いこと、そして短歌をはじめてまだ一年も経っていないという事実を知った。」(『新彗星』3号 「短歌の申し子」)

 

笹井は、同年6月締切の第4回歌葉新人賞に「数えてゆけば会えます」という三十首連作を応募。10月の選考会で受賞が決定する。

 

世界と笹井と短歌の関係

笹井は「歌葉新人賞 受賞のことば」で次のように記した。

 

「ことばは、雨のようだ。(略) はじめは、短い詩ではなく音楽をつくっていた。音楽づくりは、僕に日照りと洪水をいちどに起こさせる。動かないこころとからだには、たいへんな作業だった。三十一音というかたちは、療養生活に馴染みやすいものだったのかもしれない。
きょうも雨を乞う。
誰も立ち入ることのできない場所にひっそりと降ってくる、ひとしずくを待つ。
耳を澄まして、読んでほしい。」(『短歌ヴァーサス』10号 )

 

そして歌葉新人賞受賞の一年後(2006年末)、加藤治郎に迎えられて「未来短歌会」に入会。その後一年も経たぬうちに2007年度の「未来賞」を受賞する。そして翌2008年、『ひとさらい』を出版し、若手歌人の旗手として大きな注目をあびる。

このころ短歌と自分と世界との関係を、彼は次のように語った。

 

「おおむね、短歌=自分(ひとりの作中主体)を見せる、ですよね。それを無意識に捨ててしまっているんじゃないか、という気がします。」
「(療養生活について)これが、癌だとか、死につながる病だと違ってくるのかもしれませんが、とりあえず寝ておくしかなく、自分を肯定しておくしかない微妙な状態なので、逆に自分にはこの詠い方しかない、という気持ちが強いですね。」 ( 『新彗星』 創刊号「私たちの向かう場所」 ) 

 

笹井は社会的に不如意な自分を織り込み済みの与件として受容したところから出発している。そのせいか、彼の作品には自意識の過剰さや被害者意識的嫌味は感じられない。痛みは存在するが濁りがなく清潔である。しかも軟弱ではない。たとえば次の三首。

 

影ふみのつよい人にはたくさんの影を与えて踏ませればよい ( 『ひとさらい』 ) 

軽蔑をはじめて軽蔑おわるまで真っすぐ地平線をみている       (  〃  )

札束でしあわせになるひとびとをまつげあたりで肯定してる 

                                              (かばんML歌会07年1月 → 『てんとろり』)

笹井は「炭鉱のカナリヤ」のように時代閉塞の実感をいちはやくその身に感受していたのかもしれない。富は偏在し、不況の出口はなく、若年労働者は使い捨てられ、年間三万人が自殺する日本である。その社会構造を維持補強するシステムが揺らぐ気配はない。この三首にはそんな世界への反感・拒絶・皮肉が見える。笹井の歌は「優しい」「癒される」と言われるが、甘くはない。その芯には倫理的な潔癖さや本来有るべき世界への希求がある。歌に「ただしく」「きちんと」という語が多数登場するのも、それを裏づける。

 

 こん、という正しい音を響かせてあなたは笹の舟から降りる   ( 『ひとさらい』 )

 いつかきっとただしく生きて菜の花の和え物などをいただきましょう

                                              ( かばんМL歌会07年2月 → 『てんとろり』 )

 たましいのやどらなかったことばにもきちんとおとむらいをだしてやる

                                                    ( 『未来』09年4月号 → 『てんとろり』 )

ひとさらい

穂村弘は2008年5月24日、博多で開催された「『ひとさらい』を語る会」でパネリストを務めたのち、加藤治郎との対談の中で「風圧」という語を使った。「近代がどんどん貧しくなっていって、もうプログラムがどんどん閉じていって、で、今その末端に来ていてね、笹井さんの歌集なんか読んでも透明ですね、透明な被害者みたいな感じがすごいあって、これはもう彼個人の問題じゃなくて、斉藤斎藤だってやっぱりそうだろうと思うし、それに対するスタンスや反応が違うだけで、受けている風圧みたいなものは非常に似ている」   (『新彗星]2号 「穂村弘と語る『ひとさらい』と現代短歌」)

 

 いつもより遠心力の強い日にかるくゆるめたままの涙腺   ( 『ひとさらい』 )

安物の衣類をまとい夕暮れと夜のさかいに立ち尽くす主婦     (  〃  )

上空のコンビニエンスストアから木の葉のように降ってくる遺書  (  〃  )              

生涯をかけて砂場の砂になる練習をしている子どもたち

                           ( 『風通し その1』「ななしがはら遊民」 →  『てんとろり』 )

かわむきき 誰かのために皮を剥く かわむきき かわむきき かなしい 

                                         (  〃  )

前述の「語る会」において「ひとさらい」という歌集タイトルの意味を問われた際、笹井は、「さらう」という語には「川を浚う」というように「汚れをきれいにする」という意味もある、と答えた。

私たちの生きる世界が人を損なうシステムであるという悲しみは、私たちのこころに世界の修復と再生への希求を生む。笹井の短歌が慈雨のように読み手に届くとしたら、それは彼の作品にある愛の無償性が世界再生への希求と深くリンクし、祈りにつながっているからだ。

 

ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす ( 『ひとさらい』 )

鞄からこぼれては咲いてゆくものに枯れないおまじないを今日も   (  〃  )                 

笹井の命は『ひとさらい』刊行の約一年後(2009年1月24日)、インフルエンザによって失われた。短歌を始めてわずか4年半後のことだ。

 

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※ この文章の初出…「未来」2010年6月号   (本稿へ転載するにあたり推敲を加えました)

☆ 笹井宏之 第一歌集 『ひとさらい』 2008年(Book Park) /2011年(書肆侃侃房)

   http://www.booknest.jp/detail/00006014

   http://www.kankanbou.com/kankan/item/408

  笹井宏之 第二歌集 『てんとろり』 2011年(書肆侃侃房) *遺稿:加藤治郎選/中島裕介制作進行

   http://www.kankanbou.com/kankan/item/409

  笹井宏之  『八月のフルート奏者』 2013年(書肆侃侃房・新鋭短歌シリーズ) *佐賀新聞発表歌ほか、新たに発見された短歌と作品の集成

    http://www.shintanka.com/shin-ei/kajin/sasai-hiroyuki   

 

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2 コメント

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世界への交信と祈り (佐々木紀子)
2013-12-03 10:21:59
短歌の魂に身をさらして待っていたら、透明なものが言葉になった。限られた自分を受け入れたとき、彼は風になって解放された。『誰も立ち入ることのできない場所にひっそりと降ってくる、ひとしずくを待つ』 ぎりぎりの場所で短歌が彼の魂をさらっていってしまった。――岸原さんの笹井宏之論を読んでそんなことを思いました。自分にも分からないdaemonischなもの、誰の中にもあるそれを、ある状況下で人は言葉にして解放されるのではないでしょうか。
(佐々木紀子)さま (岸原さや)
2014-03-12 01:02:08
はい。無意識の深い井戸から言葉が生成されてゆくときにこそ、詩の言葉は靄のなかから立ち現われる―そう思っています。「自分にも分らないdaemonischなもの、誰の中にもあるそれ」という言葉は深いです。その存在におののきつつ形象(かたち)にしていくこと、笹井宏之はそこに賭けていった青年だと思っています。(返信がこんなに遅れてしまってかたじけありません)

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