社会統計学論文ARCHIVES(人生という森の探索)

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森博美「統計法則論」『統計学』第30号,1976年【その1】

2017-08-09 21:16:00 | 社会統計学・社会科学方法論アーカイブズ

 統計法則に関する研究は,戦前からその経験的性格,その妥当範囲の限定,統計的大数法則と数学的大数法則との区別,大数法則と統計的法則との関連,さらに大数法則の社会への適用などの諸論点をめぐって議論がなされている。

 統計的規則論は各研究者の統計(学)観が映し出される「スクリーン」的分野である。したがって統計的法則のみが独立に論じられることはなく,それは統計理論体系を構成する他の諸要素と不可分に展開される。

 筆者は本稿で論点を(1)統計的法則の理論的意義と,(2)大数法則の社会への適用とについて諸説の紹介を行い,日本の戦後の統計的法則論の展開を回顧している。

(1)   統計的法則の理論的意義
 大方の所説は,統計的法則を経験的認識と規定し,統計対象としての個々の社会集団が有する社会的・歴史的被規定性の解明が主たる関心事である。そこには統計系列を貫く「安定性」の思考との平和共存はなく,それは統計的法則とは無縁のものとして排除される。

 筆者はこの結論を内海庫一郎,岩崎允胤,是永純弘,高岡周夫,松村一隆の見解を検証して引き出している。内海庫一郎は統計的解析による安定性の追求を純解析的集団(ミーゼスのコレクティフ)に限局し,そのような社会的集団が現実に稀少なることを論拠として統計解析の「終着駅」に統計的法則を置くことの誤りを説く。岩崎も同じ理解にたつ。是永は統計的方法の合対象性を保証するのは社会科学理論であり,社会科学的認識がおしすすめる「本質的現象摘出」(現象を一ケの事実として正しく客観的に認識すること)はそのことによって可能になると言う。高岡は蜷川統計学が社会的・歴史的事実の解明という当初の課題を達成しえなかった根本的原因を統計的法則の位置づけにもとめる(究極の目標が統計法則の思考にある)。松村は安定性を統計解析の目的から追放する見解に同意し,統計的法則を現状分析の関連でとらえるべきと主張している。

 上記の統計的法則論からの安定性追放論が支配多岐ななかで,それを経験的認識以上の意義を統計的法則に見出そうとする見解がある。足利末男は統計的法則が因果性の存在を「確定」するというカウフマンを評価しているが,ここでは統計方法が定立する統計的法則を単なる関数関係以上のものする理解がある。竹内啓は統計法則にpre-law の名を与え,それはそれぞれの対象に関する実体科学的理論によって基礎づけられた場合に,法則と呼びうるものになる,とする。

 野澤正徳は独特の理解にたつ。野澤によれば,統計的法則は「現実の認識=経験的感性的認識の段階」として捉えられ,科学的認識にいたる不可欠の段階とみるかぎりで,上記の社会統計学の諸見解と大差ないが,統計法則のなかに客観的過程の弁証法的関係が他の非統計的,個別的事例にくらべて表現されているかぎりで,それは「感性的認識の最高の段階」にある。(続く)

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