社会統計学論文ARCHIVES(人生という森の探索)

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蜷川統計学の批判と継承5-5(社会統計学の伝統とその継承)

2016-10-01 00:32:03 | 社会統計学・社会科学方法論アーカイブズ

木村統計論をめぐって

 統計学の端緒に社会的集団概念をおくことに反対した木村によれば[1],集団概念は統計学の成立以降,統計学の内部で形成された概念であり,数字資料としての統計はそれ以前から歴史的に存在していた。したがって統計学の存在以前に既にあった統計の概念を,統計学によって形成された概念である社会的集団から説明するのは矛盾する。統計=社会的集団という統計の規定は,統計学の内容である統計方法によって与えられたものである。統計を統計学の枠内における統計方法と関連させてとらえるのでは,歴史的存在としての統計を正確に理解できず,ひいては統計学のより発展的展開を阻む結果に陥る,と言う。木村はこのような理解にたって,統計を「社会経済過程の諸局面を総量的にあるいは代表的に反映する数字的資料」と定義づける。

 統計の生産過程は(木村は統計調査に基づく統計の作成よりも広義の概念として、統計の「生産」という用語を多用する),社会経済過程の諸局面の数量的認識を獲得するための直接的観察過程であり,方法としては調査過程である。この調査は,運動する諸過程の静態的側面と動態的側面とに対応して,静態的観察と動態的観察とに区分できる。いずれにしても観察によって数量的に捕捉する対象は,観察単位である。統計的方法で重要になるのは,観察単位の設定と観察単位集団の補足である。静態的観察過程で直接観察の契機となる観察単位は,人間,農家,工場といった時間的空間的存在である。これに対して動態的観察過程で観察の契機となる観察単位は,人間の出生,死亡,火災,交通事故など現象の発現を根拠にして捉えたもので,存在そのものではない。従来の統計学(社会統計学も含む)では,こうした点が曖昧で,二つの観察形式の基本的差異性は大量観察法の対象である社会的集団の種類(静態的集団と動態的集団)の問題として説明されるにすぎなかった。

 静態的集団を対象とする観察単位集団は,客観的に存在する社会的(歴史的)集団である。観察対象は存在たる社会的集団であり,厳密に言えば社会経済関係を前提とした構造的総量(構造と関連性をもった代表値)である。したがって,ここでは観察単位や標識の規定が重要になる。木村はこの議論との関わりで,大量観察法が資本主義の初期段階の集団を観察する方法として最も適したものであると,述べている。資本主義が発達して独占が登場すると,統計の生産方法としての大量観察法の意義は後退する,というのが木村の見解である。大量観察法は観察対象である社会経済過程における諸属性がどのような方法で生産されるかを問題としない。これに対し,独占の登場は,統計生産の問題を属性自体の記録方法に転化する。観察単位における属性,特に量的属性の記録方法の問題は大量観察方法を固有の統計方法とする限り,その枠外の問題とせざるをえなかったが,統計生産一般として捉えると,重要な論点となる。

 動態的集団観察法を構成する観察単位は,現象の発現そのもので,それ自体が存在ではなく,意識的に構成された集団である。それゆえ,事象の発現をもれなく捕捉するための組織,すなわち系統的な調査単位の設定が重要な意味をもつ。こうした事情から動態的集団の観察の多くは,行政機関や経済機関を通じ,これらの末端機関を調査単位として業務上の必要から行われる。

 動態的集団の観察過程では,静態的集団のそれにみられるような,第一義統計と第二義統計の区別は困難である。そこでの観察単位の補足は多くの場合,申請,許可などを含む届出によるので,いかなる調査単位を通じていかなる方法で観察単位を漏れなく,重複なく捕捉するかが重要なポイントになる。またそこでの観察単位の問題は重要でないわけではないが,静態的集団のそれにおけるほどの決定的意義をもたない。標識は発言した事象そのものの属性について,動態的観察単位集団の分類の基準として設定される。分類した結果表は客観的存在の構造を反映するものではなく,発現した事象の現象としての傾向を示すにすぎない。

 木村にあっては,統計は「社会経済過程の諸局面を総量的にあるいは代表的に反映する数字的資料」と定義づけられるので,対象が社会的集団でなくとも,一個の観察単位がありその属性が社会経済過程の特定局面で,総量的かまたは代表的な数字であれば,統計としての資格をもつ。換言すれば,一個の観察単位の属性であっても,それが社会経済過程の総体を語る資料であれば,それは統計である(日本銀行の日銀券発行高など)。

(続く)

[1] 木村太郎「統計学の体系化に関する素描的試論」『統計学あれこれ』産業統計研究社,1998年(『政経論叢』第13巻第2号,1965年;第13巻4号,1965年;『國學院経済学』第18巻第3・4号,1970年)。

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