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鮫島龍行・石川邦男「労働者問題の発生と統計」相原茂・鮫島龍行編著『統計 日本経済 』筑摩書房,1971年【その2】

2017-03-08 11:06:55 | 社会統計学・社会科学方法論アーカイブズ

 次は労働統計の史的展開の概観である。背景に明治29-30年以降に,労働問題が社会的に注目されるにいたった経緯がある(労働争議,失業問題,工場法制定)。こうした問題に対処し,問題を解決するためには,その実態を反映した統計が必要である。しかし,当時,関連統計は全く用意されていなかった。内務省は,明治30年に,漸く労働争議に関する統計の作成に着手した。次いで1922年(大正11年)に「統計資料実地調査ニ関スル法律」が制定され,1924年(大正13年)に第一回「労働統計実地調査」が行われた。この調査は以後3年ごとに定期的に実施された(第6回調査は一年繰り上げ)。最初のセンサスによる労働統計である。

 この他,「職工賃金毎月調査」が1923年(大正12年)以降に行われた。これは現行「毎月勤労統計調査」に継承される統計である。失業統計調査の最初のものは,内閣統計局による「大正14年失業統計調査」である。

 筆者は以上のように明治末期から大正期にかけて整備が進められた労働統計の実状を整理し,この延長で,賃金統計と失業統計の整備状況に分析を進める。前者に関しては,統計院が全国各地の商業会議所あるいは農商務省から収集した賃金資料(「上等賃銭」「中等賃銭」「下等賃銭」別)を1889年(明治13年)から『日本帝国統計年鑑』に掲載するようになったこと,日本銀行調査局が1921年(大正10年)から賃金統計を作成するようになったこと,また既述のように内務省社会局が大正12年7月から「職工賃金毎月調査」を,内務省が「労働統計実地調査」を実施するようになったことが述べられ,これらの調査の内容と欠陥が解説されている。

 後者に関しては,内閣統計局によって1925年(大正14年)10月から実施された「失業統計調査」の要項が示され(全国主要24都市ならびにその付近の地域にわたる1,418,872世帯,2,355,015人を対象),その特徴(標本調査ではないので全国推計はできない,業主・家族従業者や未就学就業者で失業しているものは反映されない,いわゆる潜在失業者が除外されている)が述べられ,調査結果の主要点(失業者数[105,612人]および失業率[4.8%],産業別失業者,失業原因,失業期間,失業当時の給料および賃金)が掲げられている。大正期における失業調査としては,この他に1923年(大正12年)9月に神戸市が施行した同市内の労働者,俸給生活者全部についての「失業状態調査」,また東京18か所の職業紹介所および愛国婦人会紹介所で1926年(大正13年)1月中旬から2月中旬にかけ求職者13,000人に対し個別的記入で各求職者の前職,希望職業,将来の方針,失業原因,失業期間,教育程度,年齢,家庭関係などの諸事項を調べたものがある。さらに大正8年から農商務省が実施した「職工移動状況調査」(毎月),1923年(大正12年)から昭和11年まで社会局(後に厚生省)が実施した「工場労働者異動調」「鉱山労働者異動調」「官業労働者異動調」が参考になる(主要指標は,毎月の労働者の雇い入れ,解雇者数,解雇労働者の帰趨)。昭和の失業統計に関しては,昭和5年国勢調査における失業者数の調査,昭和4-15年の社会局(内務省)の「推定失業者数及び失業率調査」,1932年(昭和7年)の同じ社会局による「6大都市失業者生活状態調査」および昭和2年3月の中央職業紹介事務局による「全国主要都市失業者調査」が示され,それらのうち昭和5年国勢調査,「推定失業者数及び失業率調査」,「6大都市失業者生活状態調査」による昭和初期の失業状況の分析結果が紹介されている。

 筆者は労働争議に関する統計調査とその結果数字(争議件数,争議参加人員,解決結果,調停方法,労働組合関与の有無,要求事項)を最後に一覧している。労働争議統計の主要な指標は,争議件数,争議参加人員,解決結果,調停方法,労働組合関与の有無などである。(終わり)

 

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