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山田耕之介「ソ同盟統計学論争」『現代社会主義講座』第4巻,東洋経済新報社,1956年【その1】

2017-05-15 11:09:10 | 社会統計学・社会科学方法論アーカイブズ

山田耕之介「ソ同盟統計学論争」『現代社会主義講座』第4巻,東洋経済新報社,1956年【その1】

 1940年代後半,1950年代前半の2度にわたるソ連における統計学論争の内容とその問題点を論じたもの。構成は次のとおり。「1.統計学論争の理解のために」「2.48年論争の経過と問題点」「3.52年論争の経過と問題点」「4.54年会議の主要な結論」。

 最初にこれらの論争を理解するための予備知識が整理されている。内容は統計学の課題が自然と社会の大量現象を研究することにあること,この学問が確率論を理論的基礎にすえ,確率的に偶然な事象を大数法則によって統計的に表現することを目的としていること,などである。ソ連(ロシア)では数理統計学とくに確率論の分野で傑出した学者を輩出している。チェビシエフ(1821-94),マルコフ(1856-1922),リャブノーフ(1857-1918),コルモゴロフ(1903-1987)などである。革命後のソ連でも統計学を上記のような学問と考える風潮が強かった。1930年代に入って,社会主義建設が重要な社会的課題となって,統計学理解の方向は大きく変わる。統計学の課題を上記のようなものに限定するのであれば,計画経済的過程が生産の無政府性を前提とした自然発生的=偶然的諸過程はにとってかわった社会では,前者を研究課題とする統計学は不要になる。統計学は死滅し,それは国民経済計算に解消される。

 1930年代に生まれた統計学死滅論は,その後,克服される。新しい社会に相応しい統計学を生み出す気運が澎湃としておこり,自由な雰囲気のなかで種々の統計学関係の論文,著作が公にされた。しかし,多くは社会経済統計学と数理統計学との機械的寄せ集めのものが多かった。ソ連中央統計局公認の統計学教科書はクレイニン『統計学教程概説』で,これはネムチーノフ,ピサレフ流の数理統計学的色彩の強いものであった。

 1940年代後半に統計学論争が起こる。その切掛けとなったのは,コズロフ論文「統計理論の社会主義建設の実践からの遊離に反対して」(『計画経済』1948年第2号)で,その内容は上記のクレイニン『統計学教程概説』に対する真っ向からの批判であった。この論文がいわば火付け役となって,『計画経済』(1948年3月号)に無署名論文「統計の分野における理論活動を高めよ」が掲載され,さらにその後,3つの学術会議が開催された。すなわち,科学アカデミー経済学研究所で開催された「統計の分野における理論活動の不足とその改善策」(1949年5月),農業科学アカデミーでのネムチーノフとルイセンコとの論争(同年8月),科学アカデミー経済学研究所で開かれた「経済学の分野における科学=研究活動の欠陥と任務」に関する拡大学術会議(同年10月)である。

  山田はこの3つの会議の中身を丁寧に解説しているので,議論の詳細は本稿の当該箇所にゆずる。一連の議論の末,全体的基調は統計学の数学的=形式主義的偏向を克服する最初の一歩となったが,それはまた統計学の対象と方法をいかに定義するかという大きな問題を提起することになった。論争の帰結は,コズロフの論文「統計学におけるブルジョア的客観主義と形式主義に反対して」(『経済学の諸問題』1949年第4号)に与えられた。(続く)

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