社会統計学論文ARCHIVES(人生という森の探索)

社会統計学に関する論文を要約し、紹介します。
休憩タイムでは、本、映画、音楽、絵画、演劇、旅、お酒を楽しみます。

内海庫一郎「標本調査をめぐる諸見解(下)」『国民生活研究』第19巻第1号,1979年6月【その1】

2017-01-04 00:22:46 | 社会統計学・社会科学方法論アーカイブズ

 本稿は,国際的レベルでの標本調査論の系譜と理論に関して批判的検討を行った内海庫一郎「標本調査をめぐる諸見解(上)」の続編で,議論の視点を日本の統計学界に移して展開されている。筆者はこの議論展開を現在進行形で経験した当事者である。それゆえ,内容は的確に整理され,論点の絞り込み方は正確である。当事者でなければ指摘できない記述がいくつかある。一例をあげると,「日本の統計論争はソ連統計論争の余波である」という奇怪な文章に接した筆者は,論争中にソ連統計論争など全然,念頭になかったと言明しているが,このことはその証であると言えよう(p.5)。

 構成は次のとおり。「第2章:我が国における標本調査法をめぐる諸家の見解,第1節:概説,第2節:『推計派』をめぐって,第3節:『技術的標本論』をめぐって,第4節:論争要約的論文の出現とそれ以後」「むすび」[関連文献の一覧表]

 最初にいわゆる標本調査論争が始まる以前の状況が説明されている。それによると任意抽出標本調査は戦前,戦中にほそぼそとあったがあまり注目されることがなかった。脚光を浴びるようになったのは戦後,米占領軍当局がこの手法の導入を統計委員会のメンバーに推奨してからである。

 戦後,推計学の理論をひっさげて登場したのが,増山元三郎,北川敏男である。彼らの主張の特徴は,任意抽出標本調査法をそれとは本来関係のない唯物弁証法と結びつけ,議論を展開したことである。その化けの皮を剝いだのが大橋隆憲「近代統計学の社会的性格」(1949年)である。この論文は推計派から冷笑を受けたが,実際には大きなショックを与え,坂元平八「社会調査におけるストカスティックの意義について」(1952年),畑村又好・渡部経彦「経済学と統計学-近代数理統計学を学んだ者の反省-」(1953年)といった推計派の人々に反省の機運を促した。反省の結果は,任意抽出法を統計調査の調査技術としてだけ認める津村善郎の所説として具体化された。津村の理論は,森下二次也によって,従前の推計学的標本理論に対して技術的標本理論と命名された。以来,データ処理方法として無反省のまま権威主義的に受け入れられるにいたった。反面、技術的標本理論をめぐる論争の過程で,科学の方法の一局面としての任意抽出標本理論の理論的究明,批判というテーマでの研究が途絶えてしまった。

 津村理論に対して,森下二次也「推計学的標本理論と技術論的標本理論」(1955年),広田純「統計論争によせて」(1955年),上杉正一郎「統計調査の社会性-津村善郎氏の著書を読んで-」(1957年)が批判を行った。筆者は本稿でその紹介を行っているが,それぞれの論文の要約は本ブログでわたしが取り上げているので,そちらを参照されたい。その後,任意抽出標本調査論争の経過を要約する論文が伊藤陽一「社会統計調査と任意抽出法-統計論争の検討-」(1964年),木下滋「標本調査法の諸問題-標本調査法における母集団と標本の関係-」(1975年),坂元慶行「標本調査」(1976年),木村和範「推計学批判」(1976年)によって書かれた。その要約も同様に本ブログに納められている。(続く)

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 内海庫一郎「標本調査をめぐ... | トップ | 内海庫一郎「標本調査をめぐ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

社会統計学・社会科学方法論アーカイブズ」カテゴリの最新記事