社会統計学論文ARCHIVES(人生という森の探索)

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松川七郎「ペティの経済学的統計学的方法の社会的基盤-その測量論を中心とする一考察-」有澤廣巳・宇野弘藏・向坂逸郎編『世界経済と日本経済-大内兵衛先生還暦記念論文集(下)』岩波書店、1956年【その3】

2017-06-17 21:38:46 | 社会統計学・社会科学方法論アーカイブズ

松川七郎「ペティの経済学的統計学的方法の社会的基盤-その測量論を中心とする一考察-」有澤廣巳・宇野弘藏・向坂逸郎編『世界経済と日本経済-大内兵衛先生還暦記念論文集(下)』岩波書店、1956年【その3】

 それではペティの測量論の方法的特徴は何か。それは社会的諸現象についてのintrinsic(belonging to the thing in itself,inherent,essential, proper)であると同時に、extrinsic(lying outside the object under consideration, not inherent or essential, adventitious)なアプローチである。土地の丈量・生産性の計測はintrinsicなアプローチであり、生産物価格したがって地代・地価の変動をつきとめるのはextrinsicな諸要因をとおしてのアプローチである。前者の考え方は自然的概念であり、後者は社会的概念である。

 この方法的特徴は測量論だけでなく、地代論、地価論、利子論、貨幣論にも妥当する。ペティの測量論の方法論的支柱をなしているものは、地代論、地価論、利子論、価格論の基礎にもなっている。ペティが経済学的基本概念や理論を構成するとき、この方法は重要な役割を果たし、推理を進める結果として、自然的に量的な概念が社会的に質的な概念に深められ、諸現象の基礎にある本質的関係が析出される。

 ペティの測量論のこの方法的特徴は、ジョン・グラント『死亡表に関する自然的および政治的諸観察』(1662年)の「結論」で全く同じ形で展開されている。ペティの測量論そのものが、グラントの『諸観察』の「結論」の主要部分を構成している。『租税貢納論』の測量論と『諸観察』の「結論」との類似は、両著作におけるいわゆる”Parallel Passages”のひとつであり、『諸観察』のAuthorshipの問題に関する論議において繰り返し指摘されてきた論点である。   

 
この後、筆者はこの問題、すなわち『諸観察』の著者がグラントなのかペティなのかという論議に言及している(389-392頁に主要文献が掲げられている)。この問題は、グラントの死(1674年)から三世紀かけて論議されてきた。ただし、論争の形をとるようになったのは19世紀半ば以降、J.H.マカロックが『諸観察』の全体の執筆をグラントとしたことに始まる。その一応の帰結は、C.H.ハルによるもので、『諸観察』が二人の共同作業であるが、本質的にはグラントのものであるというものである。20世紀に入って、ハルの結論は定説になっていたが、1920年代にペティの後裔のランズダウンが『未完論文集』や『書簡集』の編集作業をとおして得た結論として、『諸観察』に関してはペティの寄与が本質的であると主張し、論争が再燃した。この論争はランズダウンと統計学者(なかでも王立統計協会副会長のM.グリーンウッド)との間で激しく感情的に戦わされ、後に統計学者のE.F.ウィルコックスは、ハルの結論を支持しながら、『諸観察』の前編のうち一部(「呈示」、第12章の「表」、「結論」)がペティに帰するものとした。日本では久留間鮫造が『諸観察』の「解題」でこの一連の論争の中身を整理している。論争の成り行きはそれとして関心をよぶが、その帰結とは別に筆者にとって問題なのは、ペティの測量論の社会的基盤とその両者の関連でる。筆者は本稿の前半で、その考察を行ったのであるが、この考察を一歩進めてペテイの測量「論」ではなく、ペティがアイルランドで現実に主宰した土地測量・没収地分配事業の考察である。この考察はペティの測量論の意味を問い直すことであり、『諸観察』全編中においてその「結論」がもつ意味ともかかわりが出てくる。(続く)

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