黄色い拍子木

たまのをよたえなばたえねながらへば しのぶることのよわりもぞする

黄色い拍子木の世界

2100-10-15 00:05:22 | Weblog
黄色い拍子木へようこそいらっしゃいました。
右も左も暗がりばかり。それでも綴れば瞬間、明るさに
出くわすことだってあるのです。たまに、多分、そっと。

(最近の新しい何か)
終焉を見ました。
それでも、底から見える景色は終演ではなく、周縁だったのです。


マイ短歌ライフのアウトプッツ:黄色い拍子
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終わらない夏休み

2017-01-13 11:20:53 | Weblog
朝起きて、朝食をとり、洗濯など家事をこなして、テレビをつける。
こんな専業主婦じみた生活が、私の生活です。今日、テレビが見せてくれたのは歌会始の儀でした。

ふと思い出したんですが、かつて毎日歌を詠んでいた日々があったんですよね、僕にも。お世辞にも上手いとは言えないものばかりですが、あの時は今よりも歌を含め、文章を綴る事が多かったですね。最近は大学のリポートのような硬い文章が多くて、それはそれで意味があると思うんですが、なんだか向いていなくて。毎回、苦しんでします。小説もよく読んでましたね。あれはあの年代だからこそしていたのか、それとも私が変質してしまったのか、今となってはよくわかりません。余裕がないのでしょうか、自分で課しているものに雁字搦めになって。今はそんなはずないのだけれども。しいて言えば、今は放任と怠惰が私を雁字搦めにしています。

そんな心境の中、久しぶりに歌を詠んでみました

夏は好きじゃありません。何もかもが、妙に生き生きしだして、私もそれに従わないといけないし、なんだかもったいない気がして。でも、秋になって夢から覚めてしまって、涼風が頬を撫でるころには、ああ、足掻いたなって思わされてしまうからです。でも、去年の夏は終わってほしくなかったな。
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意識不明

2017-01-12 15:39:55 | Weblog
フィリピンから帰ってきてから、記事を一度更新していたことすら、完全に忘れてしまっている始末。あまりにも長すぎる夏休みにて、私の意識はもうほとんど死んでいるように思われます。

いくつか立てた今年の抱負のうち、ひとつは「BLOGを更新する」にしました。今日、こうやって更新してしまえば達成できてしまうイージーすぎる目標です。今、手元には両手からあふれ出て我が家を完全に満たしてしまうほどの時間があります。どこに行ってもいいし、何をしてもいいのです。でも、どこにも行かないし、何もしません。何も、と言っても日常に必要なことはしますし、映画をみたり、ゲームをしたりはします。有意なことをしていない、例えば勉強するとか、もっといい仕事を探すとか。人間とは本当に自分勝手なもので、暇ができると怠惰になります、目標もない場合。

去年の今頃は、何年越しかの願望がまもなく成就するということもあり、生きている実感がありました。今は、まったくありません。ただ起きて、ただ食べて、ただ眠る、何という怠惰。親友曰く、こういう時期も必要とは言うけれど、周りにおいて行かれる孤独感や焦燥感があって、何を(それこそ優位なこと)をしていても、落ち着きません。

根本はわかっているんです。今、したいことがありません。一応、ほかの抱負として「大学を卒業できるだけの単位を取得する」とか「TOEICで今よりいいスコアを取る」とかもあるんですけれど、特にないから仕方なく。大賞該当が無くて、佳作ばかりが並んで白けてしまっている、そんな感じでしょうか。お内裏様とお雛様のいない雛飾り、頭のない達磨落とし、炭酸のないコーラ。満たされます? ほら、満たされないでしょう、想像するだけでむなしくなってしまうし、何をもって意味があるかという話もあるけれど、無意味に思えるでしょう。

今いるのは、IKEAのレストランの窓際。窓からは映画の「ヴァニラスカイ」で出てくる、あの空のような色彩のシンフォニー。36歳のおっさんがこんなところで何しているんでしょう。誤解を招かないように、これだけは言いたいのですが、会社を辞めてフィリピンに行ったことは全く公開していません。むしろ、自分のしたいと思ったことを実際にできる人はどのくらいいるんだろう?と思うと、誇らしくすらあります。辛いのは、次のしたいことが無いだけでなくて、思いつきもしないし、思ったところで、本当に興味のあることがどうかがわからないということです。婚活が生活の柱で、結婚することが目標になっている女の、そのダイレクトすぎて、本人もうまく説明できないであろう純粋な野生と野蛮。こんなもの全くほしくない。でも、その姿勢がうらやましいのです。妬ましくすらあります。今、私にはないんだから。渇望が。ものすごく喉が渇いているのに、飲みたいものがわからないし、それは水ではないという錯乱です、私が今溺れて、どうしようもなくなっているのは。

餡子の入っていない最中。
押せば崩れるし、食べても失望する。満たされているのは無意味。

そうして、また今日も日が暮れる。
ヴァニラスカイも少しづつ、虎屋の羊羹みたく、粘りを増して静かな暗闇に染まっていきます。
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流れ着いて、島国。

2016-09-25 18:57:16 | Weblog
皆様、お元気にされているでしょうか。
幸いなことに、私は生きています。

以前の投稿から早2年が経とうとしていて、私自身もほとんどこのブログの存在を忘れたまま暮らしておりました。往時はなくてはならない存在だったのにね。人間とは勝手なものです。

今、私はフィリピンにいます。今年の6月の終わりから来月末まで、ちょっと英語を習いに。なかなか上達しないもので、歯ぎしりをする毎日です。

普通、英語を習いにわざわざ遠くまで来るには、それなりに理由や動機があるものですけれど、私の場合は無いんです。仕事して、眠って起きてという生活に疲れてしまって。ならば、漂流しようと。

フィリピンを旅立った後、私はどの岸に流れ着くのでしょうか。大人にもなれず、ただ年を取り、時に困憊するけれど。逃げて逃げて逃げ続けてたどり着いたところがそれなりに良かったように、まだ見ぬ岸辺には、さて、なにが。

生きることは旅、何て格好の良いことは言いません。
逃走劇です。トラウマやコンプレックス、ナイトメアと距離をとるための。
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染まれば染まるほどそれになる

2014-09-28 22:18:06 | Weblog
数年ぶりにリンゴの赤ワイン煮を作りました。
コツと言えば、リンゴの並べ方と焦がさない事位で、それ以外は特にありません。

鍋を火にかけると、リンゴは徐々に染まっていって、最後はワインの色になります。
その色に染まると、もう二度とリンゴの色に戻ることはありません。すべて食べつくされるまで、その色です。

人間も染まってしまうと、もう元の色や違う色にはなれないのでしょうか。

また性懲りも無く新しいボトルを空けて、ワイン色にしたが染まるほど飲んで飽きてしまったのなら、また作ろうと思います。
今度は柿もやってみようかなと企んでいます。柿、嫌いなんですけどね。違うものにしてしまったのなら、食べられるかもという甘い願いです。

今の色に染まった私は、いったい何に用いられるのがベストなのでしょうか。
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過ぎるだろう事

2014-09-26 23:41:43 | Weblog
さっきの記事で、会社を辞めて何たらかんたらと書きましたが、昔の記事を読んでいると、その時の状況と心境は全然変わっていないことに気付きました。
今から7年くらい前も転職しようかどうしようかと考えていたり、上司と相談して何とか現状を変えようとしてたり。

傑作だね。
その時と何にも変わってないんだから。挙句、精神を病んじゃって。何してんだろう。

でも、無駄な時間を過ごしたとは思いたくないし、そうは思わないんですよね。
確かに、加齢とともに選択肢を狭めてしまったかもしれないし、精神を病んだけれど、その結果得たものもあるんじゃないかなって。
他の選択肢をしていたら、得られないものがあったかもしれないし、もちろんその逆もあるけど。結局、全部は手に入らないようにできているんだから、そんな悲観的になるようなことじゃないんですよね、って思いますし、思いたいです。

この夏休みはずっと自宅にいたんですが、散歩しながら、料理しながら、自分がしたい事ってなんだろう?と考えていました。
ええ、答えなんて出ません。どんな欲望も、模倣欲望であるのですから。ふいに、これがしたいと思っても、それはほかの誰かがしているからしたくなるのです。
遠くに行ってという願望を母に伝えた時、「本当にそれをしたいと思っているのならいいと思うけど、誰かがしているからそうしたいと思っているんじゃないの?」と言われました。確かにそうかもしれないと、動揺しました。

僕にはこれといった特技や能力もないし、実はやりたいこともないんです。ただ、生きているだけ。遠くに行きたいのも、現状が嫌なだけ。現状を変えようにも、特技が能力が無くて、なかなかどうして。

これと言ってスキルもない。そして現状から遠ざかりたい。
=海外に行って、英語能力を身に着ける。

なんだ、内にあったものが口から出てきただけじゃないか。
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過ぎた事

2014-09-26 21:50:07 | Weblog
2004年5月23日に、このブログの最初の記事を投稿しました。
最初の投稿から、とっくに10年過ぎてたんですね。もちろん、間断なく記事を投稿したわけじゃないので、10年?って感じではありますが。

昔の記事はロマンチックな記事が多いなあ、と読み返して、顔から火が出そうです。
そんな風に思うのって、たぶん、10年前の僕とは中身がずいぶんと変わっちゃったんだからでしょうね。
本人はそんな自覚、全然ないのに。

でも、病気もして、飼い犬が死んで、母と父がまた暮らすようになって、また病気して、今に至ったのなら、変わっちゃったとしても何らおかしいことじゃないですよね。むしろ、何も変わってないのなら、何か決定的に重要な要素が、自分には欠けていることを示唆しているように思います。ええ、かけてないんです、そういうのが、僕は、たぶん。

今はたまたま夏休みで、こうして何にもしなくてもいい時間があるから更新しているけれど、また、静かに浜辺に置き去りにしちゃうんだろうなあ。
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最近の話題、トピックス、notice,information,alert,warning,error

2014-09-26 16:04:22 | Weblog
あたかも、しじまに沈んでいたかのような素振りを見せていましたが、生きている限り、そういう事をやり続けるのは困難です。
去年は突然の病気に苦しみ、仕事を少し休みました。その後、無事に職場へ復帰しましたが、今でも体調や気分はそんなにいい方ではありません。
突然死んだり、どうにもならなくなってしまうことは無いけれど、特効薬という物もないので、なすがままに。まあ、いつもの事です。

でも、ただ坐して何たらかんたらするほどには若くなくって。自分の日々を変えてみようと、この春から大学に通いだしました。通うと言っても通信制だから、通うというのには違和感はあるけれど、独学+ネットでの授業+たまに対面の授業という授業構成です。知らない事を知るのは、楽しいことですね。ええ、いいこと。あと、不要なほどに重厚な保険をシンプルなものに切り替えたり。来年は住宅ローンと仕事についても見直せたらと思っています。一遍にはできないし。ああ、そういえば、今日で育英会の返済が終わりました。気持ちを切り替えたいと思っているこの時に、お誂え向けなマイルストーン。

と、よいことを並べ立てている一方、あまりにも何でもできる=何もしなくてもいい時間があると、余計な良くない考え事ばかりしてしまいます。これは僕の悪い癖。
未だに許せないかつての親友について、考えを巡らせたり、問いてみたり、ググってみたり。本当に碌でもない。その人も僕も。

ああ、碌でもない。

思い返したり、考えたりするから良くないんですよね。そうはしたいのですが、世の中「べんりなもの」が本当にあふれていて。掌を見つれれば、あっという間に往時の忌々しいことを全部見せつけてくれます。もう、掌を見つめることすら、やめてしまえばいいんです。嫌なことに蓋をして、今、この瞬間の自分を大事にしてくれている親友と家族、知人だけを見ていればいいんです。知ってました、そうするのがいいってことを。でも、頭の調子を急に切り替える事は難しくて。

今、新しい事を初めて出したところだけど、遅すぎたかしら?でも、明日するよりも今日、そう思って踏み出したことに価値があると思います。明日、もう1日分遠くへたどり着いているんだから。

その他のプランとして、来年、会社を辞めて、英語を勉強するために半年くらい海外に行こうと思ってます。まあ、海外って言ってもすぐそこなんだけど。もうすごい若いってわけじゃないし、次の仕事があるかどうかって不安もあるけれど。今の会社にいても、将来的に大丈夫か(会社というよりは僕の能力的に。それにもう出世は望めないし)ってのがあるんですよね。あと、気分を変えるってのも狙って。一石二鳥となるか、二兎追うものは一兎も得ずとなるか、はてさて。来年までに状況が変われば、こういうものも変わるでしょうけどね。

今の会社、しがみつけば、生活は保障されているんですよね。でも、仕事が絶望的に面白くない。頭腐ってきちゃうし、そもそもかなり暇なんですよね。他人と比べる事は無いけれど、同い年の人が活躍しているの目の当たりにすると、焦っちゃう。仕事するには十分に働きたいんですよ。だらだらだらだらしたくなくて。それに新しいことにもチャレンジしたいんだけど、それができない状況(まあ、飼い殺されています)が嫌なんです。そしたら、ねえ。日々が保障されているだけの今の状況は、僕の幸せじゃありません。

というような、近況。
皆様、お元気でしょうか。
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2.5年ぶり数百回目

2014-09-25 12:31:55 | Weblog
かつてはあれほど勤しんでいたのに。
2年半ぶり位に短歌を詠んでみました。
ものすごく下手くそになっているし、それで満足してしまうから、もう本当に最初からやり直し。
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生存確認、しましょうか?

2014-09-25 12:01:49 | Weblog
遅い夏休みを送っています。

遠出するには半端な季節で、近場に出かけるにしてもお天気がいまいちで。
ネットのサービスでドラマやアニメを見たり、絵を描いたりして過ごしています。

これは、少し前に、数年ぶりに描いた牛の絵。


何事もなく、少なくとも自分自身の目にはそう見える退屈で安心な毎日を送っています。
安心?うーん、それは嘘かな。安全だね。うん、安心ではないよ。心は常にざわざわしているからね。

こういう日はどこにもいかないほうがいいよ。
でも、いつでも出港できるように、準備はしておいたほうがいいよ。

準備とは何か?

ロープ?脚立?遺書?
それとも航空券?パスポート?USドル?

安全な日々でも、そんなものはあっという間に覆ったりするし、手から離れて行ったり、置いてけぼりを喰らったりします。
例えば、納得できる美味しいものを食べるとか、ジョギングするとか、植木に水をやるとか。
昔の嫌なことを思い返して、怨嗟を紫色に燃やすとか、その燃え殻を永久に捨てるとか。
自分を痛めつけた過去を葬り、新しい未来を産湯使わせるとか。
個体とみなしていたものを、液体と認識しなおすとか。
大雨の日に窓を開け放ち、いいお天気と絶叫するとか。

なんでもいいの。
なんでも。

私にだって許せない人がいる。
この瞬間は許せないし、この先許せるかどうかもわからない。
それでも、それを過去完了の世界に閉じ込めて、進行形を刻んだりもできる。

その心構えと言うか、認識。
まだ、僕には足りないね。

もう少し、もう少し。

そのうち、牛の絵にも違う色を足すことが出来るようになるんじゃないかな。
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