森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

ずっと母でいよう。

2017-05-16 13:04:05 | 思いつくまま

 今でも私は何でもない日常の生活の中で、例えばキッチンでお皿などを洗っている時などに「おかあさん」と呼んでみます。 母は横浜で姉と暮らしているので、そばに居るわけではないのです。だけど呼んでみるとその存在感を感じる事が出来て、なぜだかホッとするのでした。  

 

2009年に私は 草原のみなしご≪その2≫ と言う記事を書きました。読み返してみると、今ここに書きたいなと思った事が書いてありました。何気に2009年のブログ生活は充実していたようです。(その続きのようなものなので、もし良かったら読んでみてくださいね。)  

 

それから8年経ったわけですが、思っている事は同じです。だけど二人の母は老いて行くばかり。もちろん共に同じ時間を過ごしている私も例外ではないのです。みんなみんなどんどん老いていくのです。 まるで坂道を転がっていくようです。

 

 頻繁にする姉との電話でも、出来るだけ長く生きてもらいたいよねと言い合う事もしばしばです。

 

我が母上殿は、自慢できるような立派な人とは思いません。こんな一行を書いたと知ったら、母は悲しむと思いますが、それでも今の私には大事な人であることに変わりはありません。若い時には私と母は相性が合わず結構苦しみました。ぶつかり合いましたとか書いてみたいけれど、正直に言えば、ぶつかり合う事も出来なかったような気もします。嫌いだなと思う事もしばしば。だけど彼女はいつだって、私の味方だったのですよね。どんな時も。

 

母と娘と言うのは、もういろいろありますよね。 きっと進行形で苦しんでいる方もいらっしゃると思います。 でもいつか、諸々の事はどうでも良くなってきて、とにかく(出来るだけ元気で)長く生きてもらいたいと思うようになってくる日がやって来るのではないかと思います。    

 

その想いは義母に対しても同じです。近頃彼女も元気がなくなって来たなと思ったら、先日一人で家に行ってみると、復活していたんです。もうこの人は100歳まで本当に生きると思います。その一人で行った時に、彼女は私にとても親切にしてくれて楽しい時間をまた持ちました。 だけど母の日に夫と二人で訪問した時に、出掛ける予定が入っていたのもあってお茶すら出してもらえなかったんです。本当はそんな事はどうでも良い事なのですが、私は時々、心が騒めくのです。義母の夫への対応の希薄さに。 まあ、考えてみれば、普通は義母と夫の関係の濃厚さに苦しむことが多いわけだから、何を言っちゃってるんだこの人はってもんかも知れませんよね。

 

だけれど自分の老いた母親には寛大になりつつあると言うのに、更に年上の義母には何やら厳しい要求を無意識にしているのはなんでだろうかと私は思いました。

つまり義母は私の中では昔と変わらずに若いのかも知れません。だけど本当は老いているのです。

夫は何も感じていないし、私だけが自分たちの母と比較してその希薄さにイライラしてしまっていたわけですが、もう何も要求することは止めようと思います。名前を呼んでホッとする、母と言うものは私がそうであるように、きっと夫にとってもそう言う存在だと思うからです。

 

そして存在することでホッとできる者を母と言うのならば、なんなら私が母になってあげても良いやって思います。

妻であり、恋人でもあり(これは既にあまりない部分。2%くらいかな)、友達でもあり、そして母になる…って気持ち悪いからそれはないな、やっぱり。そして後の部分は退職しない掃除人と料理人かも…という話を出してくるとややこしくなるね^^

だけどもともと妻の部分には、特に日本では母のような部分が多分に含まれているんじゃないかなって、私はちょっとだけ思っているんです。

心の中で

「守ってあげる、お母さんが。」と言うとするじゃないですか。

その時なぜか夫の事も心の中の「守ってあげる名簿」の中に何気に入っているってもんですよね。

 

ずっと母でいよう。心の中で

「守ってあげる、お母さんが。」そう想い続ける人でいようと、私は思っているのです。

 

さてさて、今年の母の日の事ですが、下の囲みは昨年の5月9日に投稿したものですが、それを読んで私は夫に言いました。

「どうも昨年は、私は病気で寝込んでいたみたい。そしたらあなたが流しに山積みになっていた食器を皆洗って片づけてくれたのよね。『ありがとう。』と言ったらあなたが『母の日だからね。』って言ったの。良い話よね。」

「俺って優しいな~。」と夫殿が言うので

「ハイハイ。」否定なんかしませんって…ニヤリ。

 

この時期、本当に疲れが抜けなくて午後のひと時、珍しくお昼寝をしていました。途中でガーガーと何やらうるさくなって目を覚ますと、夫殿が掃除機掛けを一生懸命にやっている所でした。ひとりほくそ笑む私・・・・・。

 

トップ画像のケーキは、

「今日は母の日だからケーキを買おう・・・・自分で。」と私が買ったもの。

「自分で買うのか。」って夫が言ったけれど、

「だって、面倒くさい。誰かに何かを期待するのって。そう言うのは性に合いません !!」

男の子がそう言う気分になるのは(どう言う気分?)ごく稀。いや、それは我が家の場合の話だけれど。ごく稀に良い事があっただけで、良いやってものですよ。

だけどこの母は一応言います。

「ルート君、母の日だからケーキを買って来た。」

ざわっとした顔の彼。

「だから君にも食べさせてあげましょう。」ってね。

 

 

 

 
「母の日」に。
ここ数日、ブログ更新をしなかったのは、なんとなく先に貼っておいた、この数枚の画像にどんな言葉を付けたらいいのか迷っていたからです。そんな事で止まるのかと言われればその通りなのですが......
 

 

 

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