森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

草原の輝き

2007-10-04 08:05:02 | 映画だい好き☆☆
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  草原の輝き

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  ワーズワースの詩について、書いてきましたので最後はこの映画について記しておきたいと思いました。
私は、ワーズワースの「虹」も「水仙」も知りませんでしたが、でも、その詩人の名前は知っていました。何も覚えてはいませんでしたが、たぶん詩集も図書室あたりで手に取った事があると思います。でも、なにぶん訳が古いので自分の知りたかったものにたどり着けなかったと思います。

知りたかったのは、この映画の中に出てくる詩の一節。


草原の輝き  花の栄光
再びそれは還(かえ)らずとも,なげくなかれ
その奥に秘められたる力を見い出すべし


ワーズワースの詩なんです。


小学生の頃の私とその友人は、見かけとは違って少しませていたのではないかと思います。又、友人の家はかなり裕福で、「スクリーン」や「キネマ旬報」と言った映画専門誌を毎号買っていました。
ずっと後から参入した「ロードショウ」も含めて今でもこれらの雑誌はあるんですね。

大人になってしまった今、この本の値段を見ると、840円前後で決して高くは感じられませんが、今の小学生の一ヶ月のお小遣いは高学年で、2千円前後だとするとその半分近くがかかってしまうわけですから、子供からしてみれば、決して「安い」と言うわけではないですよね。その比率は、昔も同じだった様に思います。私は、お小遣いの殆どを漫画雑誌に費やしていましたので、そこまでは手が出るわけもなく、友人宅でその雑誌を熟読する習慣になっていました。熟読と言っても、写真ばかりですが。


その頃の「スクリーン」には、いつもアラン・ドロンやオードリー・ヘップバーンが微笑んでいました。そして、それとは違った強烈な個性を放って、私たちの心を掴んでいたのが、ナタリー・ウッドでした。たぶん、その頃同級生で「ナタリー」の名前を出して、反応してくれるの人は何人もいなかったと思います。なぜなら、彼女の代表作である「理由なき反抗」1955年、「草原の輝き」「ウエスト・サイドストーリー」は1961年。まだ、生まれる前と幼児の時の映画です。私たちにとって、憧れているのにその映画を一本も見ていないという、不思議な女優でした。昔の銀幕のスターと言うものはそういうものだったのかもしれません。

その頃特に、読者のページ欄などで、この「草原の輝き」についての感想などが載りますと、その映画タイトルからも、いつか見てみたいと憧れるようになりました。「理由なき反抗」や「ウエスト・サイドストーリー」などは、リバイバルによりその後映画館で見るチャンスがありましたが、この作品はチャンスに恵まれませんでした。

「今」と言う時代しか知らない人には、上の文が理解できないかも知れませんね。DVDもビデオもなかった頃は、映画は映画館で見るかテレビで見るしかなかったのですよ。

だけど、ある時ふと点けたテレビの午後のロードショウで、やっていたではないですか。たぶん私は中学生にはなっていたと思います。なぜなら、「性」と言うものを知らなければ、この映画をわかってみることはできなかったからです。

そのあらすじ<Goo映画より>
バッド(ウォーレン・ベイティ)と、ディーン(ナタリー・ウッド)は高校3年生。愛し合っているが、セックスに罪悪感を持つ母親の影響もあってディーンはバッドのすべてを受け入れるに至らない。バッドの父石油業者のエイスは息子がフットボールの選手であることが大自慢で、エール大学に入れたがっているが、バッドには父親の期待が心の負担になっている。それにこの父は、理解あるりに振舞うが本能的には暴君で、姉のジェニーが家出してダラクしてしまい、大学を追われたのも、このような父のいる家庭がたまらなかったからだ。だからバッドの気持ちはひたむきに向かうのだが、彼女はそれを受けとめてくれないのだ。父は気楽な気持ちで他の娘とよろしくやればよいなどという。そんなことでイライラした気持を、バッドは折にふれて乱暴な行動で爆発させたりする。そしてついに彼も同級生でコケティッシュな娘ファニタの誘惑に負ける。青春の悩みに苦しんでいるディーンはこの事件でショックを受け、河に身を投げる。救助に飛び込んだバッドのおかげで死を免れたディーンは精神病院に入院するが、そこでジョニーという若い医師と婚約する。一方、父の希望通りエール大学に入ったバッドは、勉強にも身が入らず、酒ばかり飲み、あげくにアンジェリーナというつまらないイタリア娘と結ばれてしまう。学校は退学寸前のところまでいっている。そこで父のエイスはニューヨークへ出かけようとする。ちょうどそのころ、1929年の大恐慌がやってきた。エイスは大打撃をかくして息子に会い、コーラス・ガールをバッドの寝室に送り込んだりするが、その夜窓から飛びおりて自殺する。やがて退院したディーンは、バッドが田舎へ引込んで牧場をやっていることを知り、訪ねて行く。バッドはアンジェリーナとつつましく暮らしていた。2人は静かな気持ちで再会し、そして別れた。青春は終ったのだ。





最初の方の高校の授業で、その詩の朗読をするシーンがあるのですが、最後にバスに揺られながら去っていくシーンで、彼女がワーズワースの詩を口ずさむのです。この映画は、この詩があってこその映画だと思います。

今思うと、「性の自由さ」と言うのは、精神的な進化なのでしょうか。なぜなら、愛していても心を病むまで悩む愛と性の狭間に揺れる青春が、勝手のアメリカにはあり、それを理解でき共鳴する多くの日本の若い女性が、「スクリーン」などの読者欄に感想を送っていたのだと思います。
今と言う時代がそんな時代ではない事は、確かなことだと思います。

私自身も、この映画で学んだ事は
― 一つの時代が終わりを告げても、新たなる旅たちの時が来る。―というような感動ばかりではなく、時には自分の心に素直に生きると言う事の大切さだったかも知れません。




Though nothing can bring back the hour of splendor in the grass, of glory in the flower, we will grieve not. Rather find strength in what remains behind.



ナタリー・ウッドは、「プロ・スパイ」と言うテレビドラマで人気があったロバート・ワグナーと、一度は離婚したものの、紆余曲折した後二度結ばれました。
1981年「ブレインストーム」と言う撮影中ボートの転覆事故で亡くなりました。 43歳。・・・・悲しかったですよ。
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2 コメント

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ワーズワース 草原の輝き (もとごん)
2008-12-05 00:48:52
私は、NHKで放映していた、大草原の小さな家に出ていた、子役の子が主演をしていた方のワーズワースの詩が忘れられません。もちろんナタリーウッド主演の方も見ましたが、一緒の詩だったかがわかりません、もう少し長かったような気がしてなりません。あの詩を知りたくて随分探しましたが、あの感動にいたりません。どこが違うのか・・・もう一度あのNHKで放映した方の『草原の輝き』を見たいのですが、NHKの方もわからないそうです。
胸が『キュッ』となる感覚懐かしいです。
もとごん様 (kiriy)
2008-12-05 09:08:39
おはようございます。
この詩は長い詩の一部で、昔借りた図書館の詩集からは見つけられませんでした。
この詩の「大草原の小さな家」での話題を、この記事を書くときに、ぐるぐる回っていたネットの何処かで、お見かけしたような気がします。迷路のような世界ですので、何処と言えないのが残念です。
引用が長かったのかも知れませんね。
・・・!!
失礼!
読み間違えました。
大草原の子役の子が演じていた「草原の輝き」と言うドラマ(または映画)のお話だったのですね。すみませんでした。NHKの人も分からないとは・・・。
「教えて!goo」とかで聞くというのは如何でしょうか。(もう経験済み?)意外とお答えが返ってきていますよね。もし分かりましたら、また教えてくださいね。

>胸が『キュッ』となる感覚懐かしいです

分かりますよ~。そういう感覚って大切な心の宝石みたいなものですよね。そういうものが今の自分を、支えてくれているんだと思います。

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