森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル  

勝・新(KATSUARA)#5

2012-04-10 07:49:16 | テレビ・ラジオ

「生瀬勝久と古田新太が本当に劇団を立ち上げるところから物語は始まる。」

「毎回大物ゲストがやって来て、ステージを練りあげていく様子をドキュメンタリータッチで追う」という物。

これ面白そうだなと思っていましたが、なんとなく見逃していたんですよね。でもゲストが藤原竜也となれば、見逃さずに見るのです。7日(日)深夜0時からwowowで見ました。

いやいや、本当に面白かったですよ、これ。

とりあえず劇団に加わることにした竜也くんは、どうせならシェークスピアをやろうと言います。そして演目は「ロミオとジュリエット」。

もちろんシーンはバルコニーのシーン。

ご存知、藤原節が響き渡ります。

短いセリフですが得した気分です。

 

ところが生瀬さん、
「いいよ、いいよ」と言いながら、なんと「ロミ・ジュリ」を関西のノリでやることになりました。

「好きや、好きや、めっちゃ好きやねん。」

真夜中なのに笑い転げましたよ〜。

何でも器用に熟しますね、竜也くん。

関西弁のリズムとイントネーションの指導をする生瀬さん。

「上手いねえ。」と褒めていましたが、続けて
「これは竜也にとってもメリットがあるよね。関西弁が話せる俳優として幅が出来る。BKの朝ドラに出られるよ。」と言っていたのが印象的でした。

NHKの朝ドラは関西と東京で順番に作っていて、関西はBK、東京はAKじゃなかったかな。間違えていたらどなたか訂正してください。

それはともかく、思わずアンテナが立って秒の単位で妄想をしてしまいました。竜也くんが朝ドラに出たら、半年(役によってはそうはいかないけれど)、しばしの間、朝に幸せが訪れるじゃないですか。ふふふのふ。←どっぷりファンコメです。

生瀬さんは褒めて人の良いところを引き出すタイプなんだなあと思ってしまいました。本当はここもあそこもちゃうねんと思っていても、「イイヨイイヨ、だけどココはこうしたほうが」と・・・

思わず良い人だあと、前から好きでしたが、再度思ってしまいました。

ジュリエットは古田さん。
おっさんのくせにちゃんとジュリエットに思えるから、古田のおっさんには本当に参ります。大好き❢

短いシーンでしたが、セリフも
「中二の‥‥なんとか。
高二のなんとか‥‥停学明けの・・・なんとか。」という部分、痺れました。
すみません。痺れたと言いながら、脳の老化により全く覚えられませんが、引きこまれました。

そういう部分は、きっとライターさんもムフフとか思って書いていると思うのですよね。しっかり届きましたよ。

 

とっても楽しい真夜中のひとときでした。

 

この「勝・新」の一挙放送の再放送情報ですが・・・。

5月4日(金)深夜1時20分から wowowプライムで。
#5は深夜3時35分から。

5月17日(木)よる10時から wowowライブにて。
#5は深夜0時15分から。

他の回も伊勢谷さんや吉高さん、風間さん、松雪さんとゲストは豪華で面白そうですよ。

と、私はこんなにwowowの宣伝をしてしまって、思わず「回し者か!」ってセルフツッコミ・・・です。

 

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天空では風が吹いているに違いない

2012-04-08 02:07:15 | 思いつくまま

上の画像は一昨日の月。

月がとっても綺麗でしたね。
地上では火曜日、水曜日と吹き荒れていた風も止んでいましたが、きっと天の上空では大気が安定せずに、雲がとどまることを許していなかったのかも知れません。澄み渡った空に輝いている月。心が洗われるようでした。

 日付が変わってしまったので、既に昨日ですが、やはり月が綺麗だと多くの人が呟いていました。でも私は立ち上がって空を見ようとは思いませんでした。だって寒いんですもの。

だけど昨日はソメイヨシノの花も、ようやくその固かった蕾もゆるめ街をピンクに染め始めました。

こういう季節を人は春というのだと思います。

人は何故か春を待っている・・・。

不思議だなあと思います。

そんなに冬が嫌いだったのかと、自分に問うてみれば、冬の素晴らしいところがいろいろ思い浮かんできて、満更でもないような気もするのですよね。
確かに春は、街がキャンバスに描かれた絵のように華やかに彩られますが、冬枯れの木々の美しさにはまた格別のものがあるじゃないですか。

冬は寒いけれど、春だってまだまだ寒いじゃないですか。

決して丁度良い季節なんかじゃないのですよね。

北風は辛いけれど、春一番の辛さに比べたら大したこともありませんよ。

それでも人は春を待っているんですよね。

 

ワタクシ、先日、私にしては珍しくネガティブなことを考えてしまいました。

「明けない夜はない。」と言う言葉、なんか感動しますよね。
「冬来たりなば春遠からじ」もまた、心に響きます。
でも何で‥‥‥?

地球の自転の関係で、朝が来てそして夜が来ると言う現象を繰り返しているんでしょう。
そしてやはり地球の公転では春夏秋冬があるわけなのですよ。
自然の営みなんですよね。

なぜそれと人生のリズムみたいなものが、どうして同じだと言えるのでしょうか。

明けない夜はない、確かに。だけど終わりなき夜の世界を彷徨う人もいるんじゃないかしら。
春は必ずやって来るのだと思う。でも永久凍土のような人生を歩むことはないのかしら。

こういう例えって、実はいっぱいある。
例えば、「夜明け前の闇は実は一番深い」というのもそう。

確かに、夜明け前の暗さは本当に真っ暗。これは夜が明ける前に仕事なんかで出かけた経験のある人には実感できることだと思います。でも人はこの言葉を聞くと、本当の夜明け前の暗さを言っているのではなく、人生の、または社会が変わる前の不安定な世の中を指して言っているのだと感じるのです。

なぜ感じるのかといえば、それは人には感性というものがあるからなんですね。

言葉は先人たちからの贈り物だと思います。そして人は持てる感性で、自分を励まし、しっかり人生を歩ませようとする力を持っているのだと思います。

だけど厳しいようだけど、人生の夜は勝手には明けてくれないし、冬もぼんやりしていたらいつの間にか春になっていたと言う訳にはいかないんじゃないかと思うのです。

出来ればぼんやりしている間に、勝手に来て欲しいのだけれど・・・・・というのは本音。

本音はともかく、言葉というギフトを貰って、そこで満足してしまうことも多いかなと思います。やはりそこで立ち止まって考えていかなければならないのだと強く思ったのでした。

そうは言っても、知恵無き私はオロオロするばかりです。

そんな私には、
「優雅に湖に浮かんでいるように見える白鳥の、水面下ではその足は休むことなく水をかき続けている。」なんて言う言葉のギフトが届けられるのでした。

見あげれば、美しい月が。

静かに見える天空。だけど見える雲の更にその上では風が音を立てて通り過ぎて行っているのかも知れません。
大気の流れを止めることもなく。

 

 

 

 

 

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新相棒に成宮くん

2012-04-04 01:50:41 | ドラマ(相棒)

って、今頃ブログに書いても、みんなに知ってるよって言われそう。

昼間、ツイッターでは呟いたけれど、やっぱりマイブログでスルーは、それはないんじゃないかなとか思ってみたりして・・・

しかし、思わぬところから来たと言う感じがしましたね。

小栗旬とか水嶋ヒロとか噂に出ていたけれど、噂になっていただけに、それはないなと思っていました。最近の噂では長谷川博己という説も。あっ、それイイなと思いましたが、なんたって彼は今や時の人ですから、逆に難しくなってしまいましたよね。「家政婦のミタ」の前だったら、アリだったかも知れないとかも思ったのですが。

そして決定したのは成宮寛貴。
(すみません、みんな敬称略です。)

仕事から帰ってきた夫に言ったところ、「えー」とちょっと不満顔。

仕事から帰ってきた夫に、まず話す話題がそれかってなもんですが、若いという点が不満らしい。

でも私は、その若さが良いような気がするのですよね。

若い刑事に今まで通りにはいかない右京という構図もあるかも知れません。

それに成宮くんだと、普通のサスペンスに出ると、どんなに良い人を演じていても、
「いやいや、こいつが最後に絡んでくるな。」とか「こいつが真犯人。」とか、そういう役まわりの人だと思うのですよね。だけど今度は、その彼が刑事役。

新相棒、なんか楽しみになって来ました。

ちなみに今から書くのは先走り妄想です。

成宮くんだと、彼の「相棒」卒業の時は(気が早すぎ)、刑事が犯人だったとかまたは殉職で号泣モードのドラマも作れそうとか思ってしまいました。

まあ、その前にどんなふうに登場してくるのかが、問題なんですよね。

 

「ヒラP・伊東仁の事件簿」は→こちら

 

 

 

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梅も桜も

2012-04-03 00:58:06 | お散歩&写真日記

最近パソコンを開くと、ついピグライフの自分のお庭へ行ってしまって、麦の収獲なんかを勤しんでしまいます。ちょっと前まではとうがらしの収獲。疲れはてて、こんなことはもう止めようと思いながら、なんだか頑張ってしまうのですよね。

今まで子供たちに、パソコンのメモ帳を使えばと言われていたのに、「いいよ、別に使い道がないから」とか無視していたのに、ここに来てそういうモノを使うことも覚えました。なんたって頻繁にアイテムの必要数や確率なんかを計算したりなんかしてるものですから。

ゲームの中の私、かなり用意周到です。

何でこの周到さがリアル生活に反映しないのか、全くの謎です。

 

ところで、パソコンを開くたびにそっちのピグ村に行ってしまうものですから、なかなか落ち着いてブログ記事が書けません。「カーネーション」の感想を書き始めたものの、既に「梅ちゃん先生」が始まってしまったりで時期も逸しています。今があんまりまとまった時間が取れないのもピグに嵌った一因でもあるのですが、何となく忙しかったお仕事月間が終わってみると、家の中の雑用が山のように溜まっているような気がします。

主婦のお仕事はヤラなければそれでも済んでしまう事も多いのですが、やればやったで生活の快適をやった分だけ手に入れることが出来る、究極のゲームのようなものです。

ピグライフの庭造りも、ツイッターもブログも止めませんが(欲張り)、リアルゲームも頑張りたくなってきたのは春が近づいてきたからでしょうか。

いや、「近づいてきた」というのは間違いですね。

 

今日は美容院に行って来ました。
その時、街は既に春色に色づいていることに気が付きました。

白、ピンク、黄色・・・

またも華やかな春がやって来ていたのです。

 

だけど私の心は浮き立ちません。
なんとなく晴れやかな気持ちになれないのです。

それは単純に春の暖かさを感じることができないからかも知れません。
だけどもしかしたら、心が寒いのかも知れませんね。

 

ああ、この美しさは幻。
本当の春が早く来て欲しいと願っているのです。

 

ところで、ついちょっと前にうちの方は梅が満開になりました。先日の強風でかなり落ちてしまいましたが、美容院の帰りにまたいつもの

公園に梅のお花見に行って来ました。まさに今頃かと言う感じです。

 

 

もう昨日ですが、風もなく穏やかでしたので、春休みの親子連れや学生さんたちの花見の人たちで、公園は賑わっていました。

ソメイヨシノは咲いてはいませんが、寒緋桜系や彼岸桜の仲間などが綺麗に咲いていて、お花見に不足することもないかと思われました。

 

 

 

 

桜ではありませんが

今は幻のように見える春の風景が、しっかり心に届くことができますように。

しみじみと春を感じたい今日この頃の私です。

 

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魔女修行中

2012-03-28 01:35:49 | 梢は歌う(日記)

一つ前の「未来は見えない」は、あれはあれで完結しているお話ですが、日々の暮らしが続いているようにそこでバタンと終わらないエピソードも、日々の暮らしにはあるのですね。タイトルは「魔女修行中」とオカルトっぽいですが、予知夢とか予知とかお話ではありません。本当はちょっとその話もしたいのですが、そちらはまた今度です。

前のお話はダウン症という障害を持ちながら、英検4級に受かった少年の話に感激したというものでした。
彼も凄いと思うのですが、それを指導した指導者も凄かったと思いました。その指導者である彼女は言いました。
「その勉強中は彼にとっては、とても辛いものがあったと思うのよね。」

その時の様子が眼に浮かぶようです。
彼女は凄く怖い人で、時にはその怖さも理不尽なものがあり、kに滞在していた時はどれだけ陰で子供たちをフォローしたことか。
彼女は飴と鞭ではなく、鞭&鞭の人。彼女から学ぶことは多かったのですが、時には反面教師として学んでいた事も多々あったと思います。
何しろ暴言を吐いて子供の心を傷つける、怒鳴る、そして引っ叩く。

それはどんな子供も同じように目標をクリアさせるという信念からそういう行動に出るんだなと良い風に解釈していましたが、時にはやりすぎているように感じました。子供といえども心があり、心は体と同じように病んだりもするからです。

だけど鞭&鞭の後に、飴ではなく大きなケーキをご褒美で上げることが出来たら・・・・

 

彼女からその少年の話を聞いた時に、凄いと思う反面、心のどこかにさざ波が立ちました。

私には・・・・

私には出来ないことだな・・・・。

でもこの話を友人に
「さぞかし、彼女は鬼であったことでしょうよ。でもその鬼は結果をもたらしたんだから良いよね。」
などとボヤきつつ話したところ、その友人は軽い調子で
「鬼になれないなら、魔女になればいいんじゃない〜。」と言ったのです。

その途端、ピカーンと閃きました。

我が友人殿は良いことを時々言います。
いやいや、「時々」はないか。それでは「いつも」

「そうよね、そうだ。私は魔女になるわ。鬼にはなれないから。」
と、私は答えました。

 

鬼のように怖くはなれない。厳しくもなれない。

だけど私が何か言ったら、なんだかわからないけれど、出来るような気持ちになってくる。
私が何か言ったら、なんだかわからないけれど、もっと頑張りたくなってしまう。

そういう魔法の言葉を駆使する魔女になろう。

 

という訳で魔女修行中です。もちろん道のりは遠そうです。

 

 

 

 

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未来は見えない

2012-03-24 13:42:48 | 思いつくまま

「未来は見えない」などとタイトルをつけると、「ハハーン、この人のことだからまたもタイミングを大幅にずらして3.11について何か言うのかな」なんて思う方もいらっしゃるだろうし、今ちょっとネガティブな気分になっている方は、このタイトルでもネガティブに受け取る方もいらっしゃると思います。

まあ、先に「」で書いた部分はかなりの自意識過剰。誰も何も思わないというのが本当のところだと思いますが、このタイトルの先に「良くも悪くも」と続けたら、印象もだいぶ違うのではないかと思います。

だいたいこの記事、3月11日直後に書き始めていたものですから、「大幅にずらす」と言ってもずらし過ぎな感もありますよね。

 

3月11日・・・
だけどやっぱりこの日のことも触れておこうと思います。
実は、ちょっと真面目なことを書こうと思ってブログも空けておきました。空けておくというのはどういう意味かというと、その日にはハシャイだことを書くのもどうかと思ったので、「相棒展」の事も藤原竜也くんの事も2つ前日の10日の日に入れたのです。

でも11日、私は何も書けなかったのです。

想いもいっぱいだったからと言うこともありますが、それだけではありませんでした。

ネットの窓と言うのは、時には見たくない言葉も見てしまうものだと思います。私にとってツイッターは95%は楽しい役に立つ場所ですが、ある時にはあまりにも多くの考えが流れてきて、時には「そうかな〜?」と思うこともあるのです。だけど140文字の世界なので、誤解のないように「そうは思わない。」と言うことを伝えるのは至難の業です。いろいろな意見や考えがあるのは当然で、そういう時は「ふーん」と思いながらスルーしていくというのもひとつの選択なのかなと思います。

でも11日にはかなり些細な言葉が気になって仕方がありませんでした。それは過敏に反応しすぎている人が気になって仕方がなかったといっても良いかもしれません。具体的には書きません。もしかしたらこのブログにも立ち寄ってくださる方かもしれませんし。

「そうは思わない」と言われただけで、実は傷つく人もいるのですよね。もちろんいつもはマイペースに自分の思うように出来るだけ書かせていただいていますが、ひとたび気になってしまうと、言葉を失ってしまうこともあるものなのです。

そして世の中意見が一致するなんてことはありえない難しさだと思います。
なにしろツイッターで「黙祷する」と呟くことでも、意見が分かれてしまうのですから。

そんなつまらない事で(しつれい!)意見バトルなんかがあったなんてつゆ知らず、私は呟きました。
「黙祷します」と。
あの日あの瞬間、「みんな」という者に、どれだけ支えられたか分かりませんでしたから。「みんな」はネットの窓の向こう側に居ました。

このような書き方は、なんだかリアルな社会から浮いているかのような人のような誤解を受けやすいかもしれませんが、ここに来てこの文を読んでいる方なら、その意味は分かっていただけると思います。

3月11日2時46分、電車も止まり道行く人も足を止め黙祷しました。私と夫は家でしました。長い1分間の黙祷でした。その時一瞬だけ恐ろしい津波の光景が蘇って来ました。後はひたすら祈りました。

あの日亡くなった方々で無念でなかった人は居なかったと思います。

ただ安らかに、ただ安らかにお眠りくださいと祈りました。
私たちは踏ん張ります、頑張ります。だから見守らなくて良いです。今生の思いを絶ち切って、どうか安らかにお眠りください。

そんな言葉を繰り返していたと思います。

私たちは生きている。だから考えながら頑張っていかなければならないのですよね。

 

ところで、ここからが「未来は見えない、良くも悪くも」の本題です。

昔、kと言う場所で採点と指導のアルバイトをしていました。そこでの経験が今の生活を作ったと言えると思います。そしてちょっとだけ私が自分に自信を持てたのはある少年との出会いがあったからだと思います。

彼は幼稚園の年長さん。そしてダウン症と言う障害を持っていました。その頃は、彼はまだ言葉を持たず「あ」という音で会話をしていました。

「これなあに」も「これやるの」も
「ア、あああ」「あー、ああ」。

ここは凄いな。こういう子供の指導もちゃんとして、と思っていたら、なんと私にその子の面倒を見る役目が回って来ました。

私は中身はわかりませんが、丸顔で見た目は優しげです(コホン)。それでそのお役目が来たのかもしれませんと書いたら、それはよそ行きの言葉で、本当は手のかかる子供を押し付けられたのです。実はやることは簡単です。一緒に優しそうな顔をして教材をやってあげれば良いのです。

だけどその頃私は小学生の母。自分の子供もそのkに通っていました。その親の目から見て、教材はツールであって、本当に力を発揮するのは「指導の力」だと思っていました。ダウン症の子は一緒くたには語れないとは思いますが、知っている限りでは成長がゆっくり進む事が多いと思います。3歳ぐらいでようやく歩き始めたとかも聞いたこともあります。この子はまだ言葉を持つことが出来ていないし、文字の概念がないと感じました。決まりきった教材を横でやってあげても意味がないし、カルタで文字を普通に教えても上手くいかないと思いました。だから何もわからない素人でしたが、少しだけ考えました。

そして考えたことを実行しました。

この先の事は、単なる私の自慢話ですので割愛しますが、実行したことは非常に上手くいき、
少年は、程なく
「あ〜」と言って頷きました。
その時、落雷も落ちなければ電気も走りません。土砂降りの雨に打たれるような衝撃もありません。
でも、はっきりとした手応えがあったのです。

それからは簡単でした。少年はあっという間に字を覚えていきました。

多分、機が熟していたのだと思います。その「時」に少しは役に立てたことは、私の大いなる自信に繋がり、多くのものを私に与えてくれたのでした。

時は流れて、つい先日、とある所でバッタリとKの指導者の方とお会いしました。その方が
「彼を覚えているか。」と聞くので、「もちろん。」と答えました。

「あの子は高校生になったのよ。」と彼女は言いました。

「凄いですね。」と答えましたが、敢えてどこにとは聞きませんでした。うちの方に地域には、障害のある子供たちの支援高校もあるし(そこも入るのには大変なのです。)、どこに入ったかを確認する必要もないかなと思ったからです。

ところが次に彼女は
「彼は英検も4級に受かって・・」と続けたのです。

ビックリしました。

4級などと言うと、知らない人は大したことがないように感じるかもしれませんが、中学2年生レベルの内容で、鼻歌を歌いながら受かるというものではありません。

「その勉強中は、彼にとっては辛い毎日だったと思うのね。でも今は漢検も挑戦中。凄いと思うわ、私。」と彼女は言いました。

「本当に。」

心の底から私は言いました。

その少年も、そして受からせる事が出来たあなたもと心の中で付け足したのでした。
その少年の記憶の中に、もはや私の欠片さえ残っては居ないと思います。でも私は心の中でこの先も応援しています。

きっと人は、彼ばかりでなく自分の知らない所で誰かが応援してくれているものなのかもしれませんね。

だからこそ「お陰さま」と言う言葉が日本にはあるのかも知れません。

 

この記事は、上の方でも書いたとおり、だいぶ前に書き始めたのです。いろいろ雑用に追われて今日になってしまいましたが、その途中で3月21日は「世界ダウン症の日」だということも知りました。

そう言えば大河ドラマの「平清盛」の題字を書いているのは、ダウン症の書道家金澤翔子さんなんですよね。これも意外と最近知ったことです。彼女がその感性を伸ばして今があるのは、お母様がつらい現実を受け入れて向き合ったからだと思います。

 

未来は見えない。
辛い未来が待っている場合もあるけれど、そうとばかりは言えないのですよね。

これも何回もブログで書いていることですが、大河の「利家とまつ」の中でのセリフ「一寸先は光でござる。」が大好きです。

そしてその未来をつくるのは、やはり自分と向き合い、「今」と言う瞬間を大切にすることがも知れないと思ったりもしたのでした。

「一寸先は闇」「一寸先は光」
やはり私は後者を信じて、今日も踏ん張って多少無理に笑いながらも生きていきたいと思っているのです。

 

 

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相棒ten最終回スペシャル「罪と罰」

2012-03-22 15:08:06 | ドラマ(相棒)

尊には尊の別れ方がありましたね。

爽やかとは言いがたい、切ない別れ方でした。

「送りましょうか」と尊が言っても、「やめておきます」と右京は答えます。
「やっと一人に慣れてきたところですから。」

ひとり並木道を歩いて行く後ろ姿の右京。
その傍らを尊の車が通り過ぎていきます。
短いクラクションの音が、別れを告げて。

チャララ〜♪ チャララ〜♪

「相棒」のテーマ曲が切なく流れて、思わずジワ〜と目が潤みました。

別れというものは、どんな時でも切ない悲しいものですよね。

シーズン7の19話「特命」で、ひとりで村を捜査していた右京の所へ尊が初めてやって来て、自分の車に乗せるのでしたね。そしてラストは、車の尊と歩いて行く右京に別れていくと言う対比がすごく良かったような気がしました。

 

尊が
「もう、僕はあそこにいる資格が無い。」と言った時に
「特命は居るのに資格がいるのか。」とラムネ様。
グッドなお答えだと思いました。
何でもいいから人事に掛けあってと尊は頼みましたが、その尊の想いは翌日には右京の耳に入っていました。

ラムネ様が一人で抱え込まず、一人で判断もせずに右京に伝えたのも良かったですね。

彼らは大切なチーム。納得にいかないことをするわけはないのです。

 

國村隼さんは準レギュラー化もありそうな予感。そうすると、尊もこの先スペシャル的には出てくる可能性もあるかもしれませんよね。‥‥・と期待します。

 

ところで、今回のお話の感想も少々書いておきたいと思います。このおはなし自体が、とっても切ないお話だったと思います。

確かに人が人を作り出すなんてことは、道義的には許されるものではないかもしれません。でも、茜の気持ちもとても分かるような気がしてしまうのです。自分の子供を失って、その子供が幼くて、まだ記憶という器が数年分しかなかったら、たとえ別の人格であると分かっていても、もう一度その子供を産んであげたいと思うのは、母であったらそう思ってしまう人は多いのではと思います。もちろん、普通は思いもよりません。悲しみにくれるだけです。だけどすぐ身近に、それを可能にしてくれる人が居たとしたら、早々道徳的では居られないと思ったりもするのです。

だけど、この物語には子供を失ってしまった母親が二人居ました。子供を失ったもう一人の母、嘉神郁子(真野響子)は残された娘とお腹の子供を守るために、殺されてしまった子供の人格をねじ曲げて供述するのです。

定職にも付かず宗教に凝って、暴言を吐き家族を苦しめていたと。

罪と罰。

その子供を作ったことは罪であっても、みんなが守ったその子は、結局は運命に裁かれてしまいました。子供に罪があったわけではないので、可哀想だと思いました。命は命。
だけどその命を守るために、違う命を奪ったことは決して許されることではなかったと思います。それでも何をしてでも、茜はその子供を産みたかったのだと思いました。

幸子が「一年は一緒に入られると思う。塀の中だけど・・」といった時、茜の口元に浮かんだ幸せそうな笑。
時に、母と言う名の女はモンスターにもなってしまうものなのかもしれません。

だけどそうまでして守りたかった子供を失ってこの後、彼女は塀の中で何を思って生きていくのだろうかと、切ない気持ちになってしまいました。

被害者の母であり加害者の母でもある郁子、そのアイラインが流れて、彼女の黒い涙が強く印象に残りました。

手を出してはいけない事への罰は、あまりにも大きかったと思いました。

 

それでも人は時には、それが罪であっても、出来ることならば可能にしてみたいと願うのでしょう。

取り戻すことの出来ない過去の償いをしたいという願望から。

尊がクローンに対して、一人違う不道徳的な発言をした時に、彼が会いたい人が誰であるのかは、みんなすぐに分かったことだと思います。やっぱりこのシーズン最初の「贖罪」は大いなる伏線でしたね。

 

 という訳で、

チャララ〜♪ チャララ〜♪ チャンチャン♪ チャンチャン♪ ←バックミュージック

相棒Ten の私の感想も、終了です。
皆様本当にありがとうございました。

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そこに山があるから

2012-03-17 18:37:42 | 梢は歌う(日記)

すっかりコンコンとご無沙汰しております。

まあ言い訳をすれば、ここ二週間はちょっとばっかりお仕事で人と会わなければならず、いつもより忙しかったのは事実です。でも友達とも会わず電話もせず買い物にも行かず、だからそういう時間を省いていたのですからブログを書く時間はあったかもしれません。

でも実はワタクシ、いきなり畑を耕す人になってしまったのです。
いやいや、実際に畑を借りて耕しはじめたというわけではありません。そっちも本当は興味があってやってみたいなと思ってはいたのですが、なんたって私の地域はホットスポットで除染が完璧かどうかも分からないのに、今は手が出せないと本音では思っています。

それでハマッてしまったのがアメーバーピグのお庭。テレビでも
「ガーデニングが出来るようになりました。」とか言っていますが、実は農業です。畑を耕して種を撒き収穫をする。そしてお料理をする。

なんでそんな事にハマッてしまったのかというとですね、常日頃からブログは珍しく飽きない私の趣味だとか言っていますが、その割にはいろいろ放置で整理整頓が出来ていません。そんなところが私らしいのですが、今年も別ブログの「梢は歌う」にて題詠ブログに参加しました。題詠ブログと言うのは、出された題に沿って短歌を詠み進めていく参加型ブログで、どなたでも参加できます。リンクはそちらのブログに貼ってありますので、気になる方はそちらのリンクから飛んでください。(不親切

でも「梢は歌う」はツイッターの呟きの置き場所にもしているので、なんか短歌とかベランダ日記とかツイッターのまとめとかゴチャゴチャ。ツイログも持っているけれど、ブログで置き場所を持っていたいと思っているんですよ。世間の反応とかもわかるし読みやすいですから。それで他の所はないかなと思って探してみました。その時アメーバーはどうかなと思って開いてみたんです。

だけどそこは思っていたのとは雰囲気が違っていて、ツイッターの置き場所にはなりませんでした。でも、そこにあった「ピグ」。

「なあに、これ」ってと始めてみたら、めちゃくちゃ面白いじゃないですか。なんでこんなに農耕生活が楽しいのかなと思わず考えてしまいました。

ラッタ君曰く。

「日本人は農耕民族だから。」だそうです。

確かにレベルが進むと、綿花やリネンを収穫して糸を紡ぎ、花を収穫して染料と交換し染めて服も作れるんです。憧れの自給生活ゲーム。

でもそれだけじゃないなと考えてしまいました。

ええ、何でも分析しちゃうタイプなんです。

このゲームが人気があるのは、課題の与え方なんじゃないかなと思うのです。まあ、多くの人気のあるRPGゲームは、みんなそうよね、たぶん。

私は子供たちがほんとうに小さい時に、ドラクエが好きでした。子供の成長や自分の人生充実期になってゲームなんかやっている場合じゃなくなって遠のいてしまいましたが、老後は古いバージョンのドラクエでもやって過ごそうと思っていました。

だから今ゲームにハマるのは大いなる過ちかとも思うのですが、・・・・
いや、待てよ。
自分では若いつもりでいても、既に老後か〜・・・!?

いやいや、そんな訳はないな。冷静になれ、自分。
うう、コホン。
独り言です、気になさらずに・・・。

バシッとか敵とは戦いませんが、課題をクリアして先に進むのは一緒かと思うのですね。

次から次へといくつかのクエストを出してきて、いつもはレベル順にそのクエストも違いますが、みんなで一斉に頑張るイベントもあるのですね。思わず頑張ってしまうわけですよ。

それで、ワタクシ、あの言葉を思い出したのです。

「あなたはなぜエベレストに臨むのですか。」
と聞かれたジョージ‥マロリーは
「そこに山があるからだ。」
と答えたという有名なお話。

このエピソードが本当にあったのかは定かではないらしいのですが、この言葉は実際にはその会話がなかったとしても独り歩きして、かなり有名な言葉だと思うのです。

ちなみにジョージ‥マロリーについては→ここです。  (親切)
余談ですが彼は意外とハンサムですね。そして彼のラストはドラマチック。今まで映画とかなかったのかとふと不思議に思ってみたりしました。まあ、だから余談です。

人って、目の前に課題を突きつけられると、そしてそれが明確な課題だとそれに向けて頑張ってしまう生き物なんじゃないかなと。

すると
「いやあ、それはどうかな。」
と、心の中のもう一人の私が反論します。子供たちは学校の課題と言う宿題にフーフー言っていて、上に書いたことが当てはまらないじゃないかって。

「だからそれはね、」と、私は私に答えます。

ポイントは見えるご褒美なんじゃないかと思うのです。

学校や塾の課題をヤルというのは、その後いつか「実力」と言うご褒美が貰えるのですが、「いつか」というのと、「見えない」と言う所に萌えない理由があるのだと思います。

ゲームの課題はクリアすると服だとかテーブルだとかが貰えるのですが、冷静になってみれば、いや冷静にならずとも大人ですから、実はちゃんと分かってしまっているのです。貰えるのは仮想空間の単なる「絵」ですよ。はっきり言って、そんなものですよ。ところが、そんな物のために頑張るのです。面白く感じるのですよ。

やっぱりポイントは「見える」と「即」と「明確」だと思うのです。

よく「飴と鞭」とか言いますが、実はこの「飴」の部分が明確じゃないんですよね。あっ、これ子供たちへのご褒美の話です。
まあ二週にわたっての人と会っての話は、このテーマも含まれていたのですが、この点はすごく参考になるなと思いました。即お仕事に応用できそうです。そして、この事は、子供に限らず自分に対しても応用が効くような気がしたのです。

具体的に自分への課題を与えた時に、それを達成したら何何を自分に許すと決めるのも良いと思うのです。それは主婦の場合自分へのご褒美は過分と言う場合もありますから、その防止にもなるかなと思います。

こんなことでも、学ぶことは実に多いことだと思います。

 

・・・・・・、なーんちゃって。

その割には、今日もヘラヘラしてお庭の模様替えをしていたでしょう、自分。
そうなのです。こういう事、好きなんです。実は。

ちなみにツイッターのためのブログはやっぱりgooさんに頼みました。やっぱり、ブログはgooが好きなんです。
ツイッター式ブログですが→「kiriyのつぶやきの森

それからアメーバーさんではちゃんとブログは開いていません。タイトルも「霧島花子のブログ」のままになっています。

でももし、ピグライフをやっていらっしゃる方がいらしたら、そのブログから是非いらしてくださいね。
お待ちしています。

「霧島花子のブログ」は→ここです。

 

あっ、そうそう。ドラクエとピグの違いは、ピグライフにはラスボスいません。果てしなく続く仮想空間です。ネットゲームで一番のポイントは自己管理ですね、ヤッパシ。

 

 

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「おかえり、はやぶさ」,始まりましたね♪

2012-03-10 17:45:50 | テレビ・ラジオ

最近、藤原竜也くんの話題もご無沙汰になってしまいました。
と言っても、いろいろとチェックはしているんですよ。もちろんみなさんのチェックには及ばないとは思いますが。

今日から公開の「おかえり、はやぶさ」。その初日舞台挨拶の時に、ツイッターの「『おかえり、はやぶさ』オフィシャルツイッ」がその模様を呟いていたので、コピーにてお知らせしますね。

『おかえり、はやぶさ』初日舞台挨拶始まりました。藤原さん、杏さん、前田くん、そして三浦友和さん、本木監督がご挨拶です。

舞台挨拶の模様です。

現在キャスト、監督が最初の挨拶なう。今日の舞台の横にH 2ロケットの模型が飾られてます。

前田くん、繁田アナウンサーの質問に困ってます。。。

藤原さん、糸川博士が開発したペンシルロケットのレプリカを持ってます。

キャストの皆さん、H 2ロケットの模型を見て興味しんしんです。

今日は劇場で実際のH 2ロケットの発射音を披露しました。あまりの轟音なので半分くらいの音です。それでも迫力十分です。

フォトセッションなう!

キャスト、監督から最後に挨拶です!

初日舞台挨拶終わりました。このあとMOVIX 橋本の舞台挨拶もツイートしていきます!!

 

挨拶は、どんなだったのかは分からなくても劇場の『なう』の雰囲気が伝わって来ました。その『おかえり、はやぶさ』オフィシャルツイッカラの情報ですが、その舞台挨拶の模様は既にいろいろな所に載っていました。

映画.com→ここ

ORICON STYLE→ここ

そして、3月10日(土)・11日(日)の2日間、東北3県(岩手、宮城、福島)の『おかえり、はやぶさ』上映劇場において、無料上映。詳しくは→こちら

 追:公式サイト→こちら(インタビュー形式で載ってます)

 

今回は初日に行けなかったのですが、早く見に行きたいと思っています。楽しみです。

オマケも載せておきます。

『おかえり、はやぶさ』 藤原竜也さんインタビュー:文部科学省

 

 ※     ※     ※

先日の「スタジオパークからこんにちは」も凄く面白かったですね。
面白すぎるし、最近の出演作に関して網羅したインタビューで、内容がありすぎてレポ出来ませんでした。アセアセ。。。。

ちょっぴり幸せなひとときでした♫

 

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「相棒展Premium2」に行きました♪

2012-03-10 09:36:38 | お出掛け日記

「ええと、何から書こうかな」と悩んでいるうちに週末になってしまいました。

相棒ten18話「守るべきもの」も良かったですね。なんだか被害者の方が気の毒でイラッとした重さがありました。イラッとした重さってなんだと突っ込まれると、ちと困りますが・・・。

でも「相棒」の感想とお出かけ日記を一緒に書こうと思ったのが先に進めない理由だなと思い、今回は感想は後日、またはいつか書くと言うことにしました。今回は「相棒展Premium2」に行ったよ〜と言うお出かけ日記です。

だいたい「相棒」のドラマは好きだけれど「相棒展」ってなんだろうって、それは面白いものなのかちょっと疑っていました。確かに特命係のセットや花の里のセットを間近に見ることには興味もありましたが、せいぜいそんなものなんじゃないかなと思っていたのです。

それでもファンという者は、面白いのかと疑っていても行きたくなってしまうものなのです。

しかしHPからそのお知らせのページの概要を読むと、「体験型アトラクションイベント」とあるじゃないですか。副タイトルは「杉下右京を探せ」ですからね、なんか一人でいっても盛り上がれないのではと思いました。それで姉と妹も誘って7日の水曜日に行って参りました。

でも、ここに一人でいっても問題なかったと思います。

右京さん探しは大したことがなかったです。大したことはなかったけれどイタミン誘導のそのアトラクションは、まあまあ面白かったです。

だけどほんとうに面白いのは、細々したものまで「相棒」の中で使われた小道具が展示してあったことですね。ファン必見ですよ。きゃー、これはあの時のあれはその時のって結構盛り上がれます。

劇中で使われたポスターとか、劇中でばら撒かれた紙幣なども展示してあって興味深かったです。

しかしこの展示は撮影禁止。お見せ出来なかったことが残念です。

写真コーナは別にありました。

 

 もちろん彼らと撮りましたよ。

 

 

 そして、これは取調室バージョンの写真コーナー。私は犯人役で神妙な顔で、姉は私の後ろで、さながら犯人に同情的な人のように、そして妹はイタミンと芹沢くんの間に立ち、まるで刑事のような顔をして記念写真を撮りました。

おみやげはコレ↓

 コレはWファイルです。

そして先行販売の・・・

 これは美味しかったですよ。

「相棒展Premium2」は3月12日(月)まで松屋銀座展にて。

東京のあとは静岡、名古屋、京都、梅田を回るみたいです。皆様お楽しみに。

詳しくは→ここで

 

 

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