森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

6回 !?

2016-08-26 13:09:38 | テレビ・ラジオ

なんか

「6かい !?」

と言うと、あの

「私は好きなんだけれどね、君の車のワイパーが動いている動画。」っていうCMを思わず思い出してしまいます。

 

そしてあの人は

「呪われてる~!!!!」と叫んだに違いないとも思いました。

 

あの人って・・・・

そう。

「女たちの特捜最前線」のスタッフのプロデューサーとか。

 

昨日、私が

「この番組は大変だな。関係者の人は思わず宮崎さんのお宅は大丈夫ですよねなんて言いたくなっちゃったんじゃないの。」

〈失礼な事を言ってすみません。おうちトークですので。)

と、言いましたら、夫が

「ちょうど、今日が最終回だ。」と言いました。

「えー!! 打ち切りか!?」って言ったら

「そうじゃなくて、最初からこの回数だったみたいだ。繋だったんじゃないか。」と申します。

 

いやいやいや、そんな事はないだろうと疑う私。このようなお気楽番組で6回で終わる番組なんか聞いた事がないですよね。

「ああ、じゃあ、この回数は高島元夫の影響でそうなっちゃっていたんだね。」と我が家的推理に至り納得しました。

 

もちろん、本当の事は分かりません。

 

この番組は、凄く面白かったと言うわけではないのですが、8時台に見るドラマとしてはお気楽な感じで良かったと思います。それにいろんなおばさんが出て来てん、そしてみんな悲しい女の犯罪を犯していく…そんな物語。

いろんなおばさんなんて言ったら、最終回の大地真央さんには叱られてしまいそうですがー。

でもそのような所が見所だったと思います。

そんなにいつもちゃんと見ていたと言うわけではなかったのですが、高島礼子さんへの応援の気持ちもあって、我が家では見ていました。

 

ドラマの中では女三人が明るく世間話をしながらも、その裏では女の悲しみが見え隠れしているわけですが、なんだかそれがリアルとリンクしてしまったように思います。

高畑さんの会見もちらっと見ましたが、ちゃんとすべてを受け止めようと言う姿勢に好感が持てました。女優としてこれからも頑張ってもらいたい人だと、心の底から思います。応援もしています。

ただ、この事件は本当に酷い目に遭った被害者がいる事なので、成人である子供がしたことと親とは関係ないとは一概には言えないものを、私は感じました。

加害者家族がにこやかにテレビの画面に映っていたら、やはり被害者関係者はそれだけで傷つく事もあるかと思います。

いつか「時」が被害者の方の心の傷を癒し、そして加害者家族である高畑さんにも合図の鐘を鳴らしてくれるのではないでしょうか。

 

〈舞台、頑張ってくださいね。エールです。)

 

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2008年8月12日の記事「ウィキッド」

2016-08-26 08:46:28 | NO.50の記事

※ このカテゴリーの趣旨は、「昨日の50番目の記事&夏の飾りを楽しむ」をお読みください。

 

8月25日のランク50番目の記事は、2008年8月12日に投稿した

【ウィキッド

8月10日、劇団四季の「ウィキッド」を観て参りました。
「ウィキッド」公演が決まった時から、「誰も知らない、もうひとつのオズの物語」と言う言葉に魅かれて、いつかは行きたいと思っていました。

誰もが知っている「オズの魔法使い」は大好きな物語です。
そ こに出てくる悪い東の魔女と西の魔女、そしてドロシーを助ける良い魔女とオズ の魔法使いの真実が描かれています。ドロシーを助けるライオン、ブリキのロボット、案山子もどう絡んでくるのかと言う所も見所です。ドロシーが履いていた 魔法の靴もどんな風に生まれたのかも納得です。】 

でした。

今、現在の劇団四季の「ウィキッド」は北海道札幌の四季劇場で公演中です。

詳しくはこちらです。→HP

11月6日が千秋楽です。

「ウィキッド」の記事はネタバレはしていないはずなので、興味のある方はぜひ続きも読んでくださると嬉しく思います。



ある人がある物語を書く。

生まれ出た物語は、世界と言う産湯に浸かって成長をし続け、そして新たなる感動を産むのです。


私は、昨日行きたかった「ジャングル・ブック」の映画をやっと見に行く事が出来ました。感想は、また別に書く予定です。

でもあの素晴らしい映像も、まずはここから生まれたのですよね。


ジャングル・ブック (新潮文庫)
Rudyard Kipling,田口 俊樹
新潮社

↓ Kindle 無料アプリがあるみたいですよ。

 

ジャングル・ブック (ディズニーゴールド絵本)
斎藤 妙子
講談社


・・・





 

 

 

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2007年1月8日の記事「『白虎隊』を見て」

2016-08-25 08:22:43 | NO.50の記事

※ このカテゴリーの趣旨は、「昨日の50番目の記事&夏の飾りを楽しむ」をお読みください。

※ 真夜中に書いた「懐かしいドラマ「タイムトラベラー」」も読んでね~♪

 

8月24日の、このブログ内のランク50番目の記事は

「「白虎隊」を見て」 でした。

 

この記事は、タイトル通り2007年の1月8日に投稿したものです。

この時我が家のルート君は大学進学のための受験生で、やっぱり受験生だった中学三年生の時に行った飯盛山の話で盛り上がりました。

 

その時我が家の子供たちと大差ない年齢の子供たちで結成され、ほとんど無駄死にであった悲劇の白虎隊に思いを馳せました。

 

山Pが主役のそのドラマも、なかなか見ごたえのある良いドラマだったと思います。

 

でも今でも覚えているのは、「立派に死んだ。」と言う言葉。

 

誰もが立派に死にたいと思っているのです。でもそんな言葉で扇動し多くの人を死に導いた会津の悲劇を感じてしまいました。

もちろん会津の悲劇の本質はそんなところにあるのではありません。あくまでもドラマの印象です。

 

それは今の世にもある言葉巧みに扇動される恐怖を示唆しているのだと思うのです。

 

何か大きく物事が動くとき、風になびいてはいけないのです。まずは立ち止まり自分の頭で考えるのです。

私たちは考える事が出来る葦なのですから。

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懐かしいドラマ「タイムトラベラー」

2016-08-25 00:47:58 | テレビ・ラジオ

ワタクシも少々運も良くここまで生きてきましたので、好きだったものの想い出が蓄積されて私の人生を煌めいたものにしてくれているのだと思うのですが、残念な事なのか素晴らしい事なのか人には忘却と言う機能が備わっているので、相当の量のその煌めき素材を忘却の彼方に捨て去っているのだと思います。

それでもその中で手のひらに落ちた水滴のように思い出が残っていくものは、凄く大好きだったかよほどの印象があったかだと思います。

 

少し前の記事の「黒の放射線」は中学時代に読んだ本の想い出です。その本の事を書いたのでついでながら、その繋がりで好きだったドラマの「タイムトラベラー」の想い出を語ってみたいと思います。

この「タイムトラベラー」と言うタイトルを聞いて、懐かしく思う方は私ぐらいの年代の方には多いのではないでしょうか。

その方々にはご存知の通り筒井康隆氏の「時をかける少女」が、このドラマの原作です。

その「時をかける少女」は「黒の放射線」と同じく、「鶴書房盛光社  (SFベストセラーズ)」の中の一冊です。

 

そしてその「タイムトラベラーズ」はNHKの「少年ドラマシリーズ」の1作目の作品でした。←「少女」はないのか?

実は中学生のその頃、「時かけ」は読むのをなんとなく避けていた作品でした。それはタイトルで中身が読めると言うか、それで面白いのか疑問に感じていたからです。でもドラマを見て考えが変わり、ドラマの後に読んだのではないかと記憶しています。

それはまったく壮大じゃない、身近なタイムトラベラーの物語でした。ヒロインの少女の芳山和子が中三だったと言うのも感情移入しやすかったのですよね。まだ身近な花ではなかったラベンダーと言う花にも憧れました。そしてケン・ソゴルと言う未来人の少年にも。

だけど、一番心惹かれたのは、ヒロインでした。この時ヒロインを演じたのは島田淳子と言う少女で、のちに浅野真弓という芸名にかえて、更にその後には柳ジョージさんの奥さんになられて女優を引退したのでした。

私は彼女の事が、この作品からずっと好きでファンでした。

今では天と地の差が付いてしまったと思いますが、そのドラマが放送されていた頃、ちょっとだけ似ていると言われたこともあるんですよ。

でもたぶん似ていたのは、髪の長さだけだったのかもしれませんが・・・(^_^;)

とにかくその頃の彼女は、本当に光り輝いていました。

 

「時をかける少女」を今も色褪せない名作にしたのは、映画版の原田知世とこの「タイムトラベラー」の島田淳子(浅野真弓)の二人の少女の力によるものではないかと、私は思うのです。

と言っても、その後、「時をかける少女」はドカドカと映画化・ドラマ化されているんですよね、実は・・・・・。

あまり興味もなかったのか、私は知らないのです。

 

と言うのも「タイムトラベラー」がかなりの人気を博したので、その後ライターさんのオリジナルで続編も作られたのです。その時の最終回で、ケン・ソゴルのセリフにもあった事なのですが、この物語がとても素敵で甘酸っぱい青春物語とは言えない残酷なものであると気が付いてしまったからなんです。

すべての事件を解決して、その出来事に和子をどんなに巻き込んでも、最後はその記憶をすべて奪って去って行く未来人。

人の記憶を奪うことの残酷さに、本当に虚しさを通り越したものを感じたのです。

 

だけど、今でも耳鳴りなんかが「キーン」とした時には、

「あっ、耳鳴り・・・」とか言った後、それが納まると

「今私は、遠い過去に行って大冒険をしてきて、そして戻って来たところかもしれない。」と必ず思うようになりました。

ただ大冒険の記憶は、未来人によって奪われてしまったと言うわけです。

このように、未だに「『タイムトラベラー』後遺症」は続いているのです。

 

 

※ 「時かけ」は他の映画などに興味はないと言いましたが、実はアニメ版は見たのです。

あれは元気が出ると言う感じがしてイイナと思いました。

それで面白い記事を見つけました。

「時をかける少女」ドラマ化で露わになった「世代断絶」 筒井康隆も、原田知世も知らない?

 

 

時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)
貞本 義行
角川書店

 

時をかける少女 角川映画 THE BEST [DVD]
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・・・・

アニメ版 時をかける少女
筒井 康隆,「時をかける少女」製作委員会
金の星社

 ・・・・・

時をかける少女 [Blu-ray]
仲里依紗,石田卓也,板倉光隆,原沙知絵,谷村美月
角川エンタテインメント

・・・・・

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昨日の50番目の記事&夏の飾りを楽しむ

2016-08-24 16:40:05 | NO.50の記事

7月の終わりと8月の初め

 

上にリンクした記事は、昨日のこのブログの記事ランク50番のものです。

ブログを始めて意外と早くからアドバンスに入っています。なぜそのような物に入ったかと言う話は今は置いとくとして、今ではgoo様も「リアルタイム解析」とか、「このブログの人気記事」などと普通に付けてくださるので、このサービスはそんなにはメリットがなくなってきたように思うのです。それでも「まっ、いいか。」と止めないのは、アドバンスのアクセス解析がそこそこ面白いからなんだと思います。と言いましても、じぃいいいっと見る事もないのですが。

そこそこ面白く感じるのは、「読まれたページ」などで思いがけない記事を、皆様に読んでいただけることが時々わかるからなんです。

 

自分でさえも忘れてしまった古い記事とか。

これは「リアルタイム解析」でも同じように感じる事がありませんか。

どなた様がどのような需要で読んでくださっているのかしら・・・・・。

見知らぬ誰かだけど親しみを感じる誰かとすれ違った、そんな気持ちになったりしませんか。

 

それで時々、毎朝、この50番目の記事を、私は読んでみたりするのです。

あの時ね、そうそう、あの時・・・・・

埋もれてしまった過去が、誰かの手で掘り起こしていただけるのも嬉しい限りです。

 

それで今日から、出来る範囲ではありますが、毎朝50番の記事をリンクさせていただく事にしました。

いつも古い記事と言うわけではありません。

今日などは今年の8月の初めに書いたものなんですから。

 

8月もあと1週間で終わりです。でもすでに頭の中は9月になっちゃっているような、そんな気分の私です。

それなのに、夏の飾りを今頃作ってみたりして・・・・。

ちょっとだけその50番目の記事「7月の終わりと8月の初め」に影響されたような気がします。

 

先日、キッチンの片づけをした時に出てきたプラスチックの容器で作ってみました。

ダイソーで買ったインテリアストーンと貝殻で。

 

 これはたっぷりサイズで使い出があります。このままボトルに入れて飾ったままでも綺麗で気に入っていました。

 

で、トップ画像のようなものを作ってみたのです。

  玄関に飾ってみました。ああ、下に敷いたものがよれている・・・・。

だってさ、

 ゴジラ襲来  !!

仕方がないよね。

 

もう一個、作ってみようっと・・・・。

 

 またも・・・・ !

 

一応できたよ~!!

 

 

あっ、なんかイマイチ。一輪だけ花とかが良いかもと思ったけれど、遊びのお時間は今日は終了ね。

猫どもよ、お母さんは働くよ !

 

って、もうこんな時間でした。

一日って早いですよね。

 

だらだらすんなよ、自分 !

 

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18日から22日までの日記

2016-08-23 01:05:58 | 梢は歌う(日記)

本当に単なる5日分の日記です。だからむやみに長いです。纏めて書くなよなと思いつつ、それでも公開日記なのであったことや思った事の3分の1ぐらいは書けないわけで、自分の毎日の備忘録の為にと言ったらやっぱりアナログの方が良いのかもしれませんね。

と言いながら、やっぱり書くわけですが・・・・。

 

18日は食器戸棚のお掃除と整理に終日費やしていたように思います。その事は、「別れの珈琲」と言う記事に書きました。

一日家に引きこもってお片付けをしていたわけですが、それでもダスキン交換を兼ねて友達がやって来たのでお茶などを飲みながら、財産贈与の割と深刻なお話をしていました。持っている人も持っていない人にもそれなりの悩みなどがあるものなのですよね。

「どう思う?」などと友人が言うものですから、きっとなんだか偉そうなことを言ってたんじゃないかな、私。

でも人が誰かに軽い感じで相談する時って、自分が思っている事を人の口を通して言って貰いたい時だと思うのよね。

そしてその答えがあまりにも違う時には

「目から鱗だわ。」と思い、自分の中の答えと同じな時は「やっぱりそうよね。」と背中を押されるものなのかと思うのですよ。

 

 

19日は図書館に行ったり市役所の出張所に銀行にとアクティブに動いた一日でした。

空は青空で美しく写真でも撮ろうとしたけれど、借りてきた本も重かったので止めたのでした。市役所の出張所の帰りに買い物した野菜がまた重たくて、せっせと余計な所は回らずに帰ってきました。家に着いて遅い昼食を買ってきたパンとコーヒーで取っていたら、外は雨が降っていました。ここの所外出時はいつも晴雨兼用の傘を持っていくので心配はなかったものの、まっすぐに帰って来て良かったと思いました。

夕方からは短い時間ですがお仕事タイム。

夜、テレビでずっと昔にやった「ゴーストバスターズ」をやる事を知って録画しました。

夫殿は全く興味もないようでしたので、リアルタイムでは見る事は出来ないと思ったものですから。

その録画したものは22日の今日、(書き終わる頃には日付が変わって、昨日になってるかな。)見ました。新作をもし映画館で見る事が出来たなら、その時に旧作の感想も書く事にしましょう。

 

20日は夫殿の病院の日。血液検査をしたのですが、その結果の電話が今日(22日)家に入りました・・・・・。

町医者なのですぐに結果が出ないのです。担当医が

「先日の血液検査の結果が出まして・・・」と電話が来た時には、私はドキッとしましたよ。

だって普通ならば電話なんかかかってきませんよね。何かがあったからかかってきたわけで、だからドキッとしたのです。

それは今飲んでいる薬の副作用である肝機能の数字が悪くなってしまったので、薬の休止の指示の電話だったのです。

「あっ、なーんだぁ。」とちょっとだけ思ってしまった私・・・・・。どんな電話だったら良かったってわけ。恐ろし、マイ深層心理。

 

夫が病院に行っている間は、「自分にかまう日」を実行しました。「自分にかまう日」と言うのは、髪を染めたりマニュキュアを塗ったり、お肌のマッサージをしたりする日の事を勝手に自分で名付けたのです。

 

その20日の午後、ずっとwowowオンデマンドで「刑事ヴァランダー」のドラマを続けて4本見てしまいました。嵌りに嵌ってしまったと言うわけですが、じっと黙って見ている事が出来ない貧乏性なので、紙ごみと格闘しながら見ていました。45Ⅼのゴミ袋一袋のゴミが出ました。

ドラマを楽しみつつ私のパソコン周りのお片付けを頑張った1日でした。

 

21日、お洗濯と冷蔵庫の野菜室のお片付けなどを頑張った日です。

夕食もなんとなく気合が入っていました。

夫殿は「美味かったなあ。」と言って席を立ち、

「今日、私、ちょっと頑張ったんだ。」と私が言うと、

ルート君も「うん、わかったよ。」と言いました。それだけで、報われたような気がした夜でした。

 

「真田丸」はいつもながら面白かったです。そして胸が痛かったです。三成に人望がないと言うのも悲哀を感じたけれど、けっきょく彼の行動が、それまで煮え切らない態度だった家康の野心に火を灯してしまったのですよね。三成が「家康殿、家康殿」とおだてていれば違う歴史があったかもしれません。

 

「仰げば尊し」。まずい事に、これ、だんだん詰まらなくなってきました。

ちょっと今の状況が分からないのだけれど、あの吹奏楽部の音楽は、かなりの完成形なわけなのでしょうか。それとも「あーすごく酷い。」でも猛特訓でこれからうまくなる所なのでしょうか。

なんだか流れ的にはそれは無いですよね。練習の時も先生は普通の顔をしてるし。

でもあの吹奏楽部の演奏、凄くばらばらに聞こえて感動からは遠いような気がするのです。最後は音楽で泣かせてくれるのでしょうか。

 

「そして誰もいなくなった」は、味方は敵で敵は味方・・・・なのかな。

これはもう最終回まで何も書けませんね。どんな風な展開になっていくのでしょう。ドキドキします。

 

22日は台風。

お仕事もお休みのメールが来て、私は風雨と闘うと言うより、猫のあんずさんと闘いながら家のお掃除。主にリビング全体のお掃除とゴミ捨て。なんであんずさんと闘いながらかと言うと、この猫ちん、子供が幼かった時のように私の後をついて回るのです。段ボールを一つ潰せばその上に上り、籠を一つ開ければ必ずその中に入り、押入れを空けたらその中に・・・・と言った具合です。

可愛いよね~。

「邪魔 !!

 退いて!!」とか言いながら、私は家に一人でいてもひとりではない毎日を過ごしているのです。

オリンピックの閉会式も見ました。

安倍ちんマリオ。

何度も見ていたら、

「チャチャッチャ、チャチャチャチャン♪」

と、その音楽が脳内で鳴り響きましたとさ。

おわり。

 

 

あっ、そうそう。

東京の開会式の時には、マリオも良いけれど、ゴジラもよろしくね。

 

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リオオリンピック閉会

2016-08-22 15:17:28 | 梢は歌う(日記)

いっぱい感動を私たちにくれたリオオリンピック、とうとう終わってしまいましたね。

7日の朝、目が覚めてそして・・・・ と、その時のことは「セブン」と言う記事の中で書きました。

 

女子重量挙げの三宅選手の銅に感動し、萩野選手と瀬戸選手の金と銅のメダルにもまたまた感動し、「水泳日本」と言う言葉が蘇ったような気がしました。

でもその時

「どうせ日本なんてさ、メダルを5,6個取ったら、『メダルラッシュ』とか言っちゃうんでしょ。」なんて暴言を夫殿相手にこっそり吐いていた事を、ここに告白し、謹んでお詫び申し上げます。

 

本当に本当に、メダルラッシュだった今回のオリンピックでしたね。メダルがすべてではないし。まずはそこに行ったんだと言うことが一番の誇りだと思って欲しいと思います。だけどやっぱり選手たちの涙と笑顔にはたくさんの感動を貰いました。

男子の400メートルリレーでは、スポーツに縁のない私でも、子供の時から「リレーはバトンの受け渡しが命」と学校の先生から聞かされ続けていたことが証明されましたね。そして陸上でメダルなんてかつての日本では奇跡に等しい事だったのに、それにメダルをもたらす今を作ってきた一人が、世界で8位の男・高野進さんだったと分かりまたまた感動をしました。

 

本当に幼い時から、みんなに知られていた卓球少女の福原愛さん。その彼女に憧れて、また多くの卓球少女が生まれました。先頭で旗を振りみんなを引っ張ってきたようなものですよね。だから彼女の流した涙には、思わずつられて泣きました。

 

レスリングの吉田佐保里選手が銀になった時に「申し訳ない。」と涙したのは、キャップテンでみんなを引っ張らなくちゃいけない存在だったのに金じゃなくてすまなかったと言う涙だったと思うのですが、私はやはり「金」をお父さんの墓前に供えたかったのだなと思いました。でも涙する彼女のすぐそばに、彼女のお父さんは本当は立っていて、そっと彼女を抱きしめたと私の妄想は突っ走り、またも思わず泣きました。

その時の彼女のお母さんのエピソード !

「うちには、『銀メダル』がないから良かったね。」って言ったんでしょ。

なんて素敵なお母さんなんでしょうね。

 

ひとつひとつの競技の事を書けませんが、本当にたくさんの感動にありがとうと言いたいです。

 

今だとウィキペディアの文字を見ていても、いろいろ感動が蘇ってきます。

「リオデジャネイロオリンピック日本選手団」

 

次回開催の東京オリンピックには、今までいろいろあったと思います。でも居住まいをただし知恵を絞って、次はこの国から感動発信が出来ますようにと願っています。

 

 

 

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「黒の放射線」

2016-08-21 02:20:07 | ユーモレスクを聴きながら(book)

<私の漫画史番外編その2>

『「白鳥少女」☆私の漫画史』の記事の中で、その作品の原作を中尾明氏が書いていたと知って驚いたと言うことを書きました。

その中でもほんの少し触れた事ですが、学校の図書室でこの本を見つけて読み、凄く面白くて心に残った作品だったのです。

その年の司書の先生がやる気があったのか、かなりの新しい本が図書室に補充されました。

 

この「黒の放射線」は「鶴書房盛光社  (SFベストセラーズ)」の中の一冊で、同じシリーズの中には筒井康隆氏の「時をかける少女」や光瀬龍氏の「夕映え作戦」、眉村卓氏の「なぞの転校生」などもあるのです。

中学生だった私には、世界は小さく世間からも疎いので、ただ単純にこの出版社の「お仕事」に喜び嬉しく思ったのです。なぜならその頃、SFと言えばコナン・ドイルやジュール・ベルヌとかH.G.ウェルズだったと思うのですが、それを国産で読ませてくれたのですから。

 

それにこの本のシリーズは、今では「SFジュブナイル」とか言われていますが、もちろん私たちが中学生の頃はそんな言葉などなく「少年少女のための」と分かりやすく言われていました。

「ジュブナイル」と言うのは「ティーンエイジャーを対象読者とする小説のこと。

でもそれも21世紀になってからはあまり使われていなくて、ヤングアダルトと言うのが今では一般的で、図書館などでもそう言うコーナーがちゃんとありますよね。

まあ、「少年少女のためのコーナー」じゃ、やっぱり今はダメなのかも知れませんね。

「ださっ」とか言われてしまうのでしょうか。だけどそのような純日本語的なのって、分かりやすくていいと思うのだけれど。

 

それはともかくとして、「少年少女の為に」書かれたと言っても、文章の質が下がるわけではないのですよね。つまり主人公たちが感情移入がしやすい中学生や高校生だったりするのが特徴なのです。

感情移入してしまいましたよ、すっかりコンコンとね。

 

このシリーズは本当に好きでした。

でも・・・・・・

お話を覚えているのは、あまりないんです。もちろん「時をかける少女」は何度も映像化されたんで知っていますよ。他のものもあんなに面白いと思って読んだのに覚えていないとはこれ如何に・・・。

その中で覚えているのが、この「黒の放射線」だけなんです。なぜならこのシリーズの中で、私の一押しはこれだったからです。

映画化して欲しいななどとまで思っていました。

「時をかける少女」が映画化された時に、何でこっちが成るんだとも思ったのです。ドラマなら仕方がないと思うのです。スケールが違うから。

でも映画だったら、そのスケールも大きくパニックSFを作ることだってできるのになと思ったのでした。

 

ある日人々の間に「黒あざ病」と言うものが流行り出し・・・・・。

新興宗教・人々の暴動・その病の本当の秘密とは。ヒロインの恋の物語も絡んで、想像過多の中学生だった私は、物語を映画の大きなスクリーンに焼き直しながら読んでいたのかもしれません。

脳内再生映像として見ると、この物語が一番面白かったので忘れなかったのかもしれません。

 

どんなストーリーかと思われた方は、この本のタイトルで検索してみてください。

詳しくあらすじをあげながら感想を書いているブログや、挿絵などを載せているブログ、優しい視点で表紙とあらすじを書かれているサイトなどに出会うと思います。そしてまた辛辣な感想にも・・・・・。

 

もしかしたら今読んだら、私は違う感想を持ってしまうのかも知れません。

だからと言って、あの時に凄く好きだと思った過去の想いが消えてしまうわけではないのだと思います。

 

この本を手に入れようと思ったら、下に載せたAmazonからも古本として手に入れる事が出来ます。

でも図書館で借りようと思ったら、国会図書館での閲覧や全国で数館の図書館のみの扱いになってしまいます。

そう言えば学校の図書室には、色褪せたものが片隅に残っているのかもしれませんが。

 

何事も「残っていく」と言うことは至難の道なのかも知れません。

 

では先日もドラマ化された「時をかける少女」とどこが違うのかと、ふと思ってしまったのですが、それは他のメディアに取り上げられたか否かで明暗を分けたようにも感じたのです。

 

「時かけ」よりもこっちの方が断然好きだったと世界の片隅から叫んでも、もう中尾氏は2012年に亡くなっているので、その声が届く事がないのが残念のような気もします。

 

黒の放射線 (SFベストセラーズ)
クリエーター情報なし
メーカー情報なし

 

 

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別れの珈琲

2016-08-20 02:02:48 | 物と私と片付けと掃除

ゴメンね。

今までありがとう。

あなたに何の落ち度もないけれど、色褪せてしまったあなたとはお別れすることにしたのです。

だってあなたを見ていても、ずっとそばにいたんだと言う愛着の愛はあっても、ときめかないんだもの。

ううん。

本当はなんにでも未練がましい私だもの。お別れなんかしたくないんだよ。

でも勇気を出して「さよなら」を告げるの。

この先の人生を丁寧に生きるためにね。

結婚した時から、ずっとそばにいてくれたのに・・・・

ゴメンね。

さようなら。

最後に、別れの珈琲を飲むよ。

 

 

と、言うわけで、最後に珈琲を頂いてから、そのカップとお別れしたのです。

えっ!?

お別れするのは夫とかじゃないですよ・・・  ^^

 

 

コーヒーカップも湯呑もペアで買うことが多いじゃないですか。

それなのになんでか夫のものからいつも割れて、その片割ればっかり残ってしまう事が多い我が家です。

あっ、別に私が夫婦げんかの後に、エイッって投げつけているからじゃないですからね、あしからず

 

このコーヒーカップは結婚したばかりの頃に買って、夫のは黒で両方とも金色のます目のデザインだったのです。今でも夫のカップの事は覚えていますが、記憶の中のそれは、真っ黒で金のラインも綺麗なまま割れちゃったのです。

私のはこんなに色褪せてしまったと言うのに。

 

先日実家に帰った時に、親の家から箱に入ったままの使っていない食器を少々頂いてきました。

それで前からやりないなと思っていた食器戸棚の中を整理しました。

時々整理しては使わなかった物の処分をしています。

 

好きな物や思い出深いものだと、少々欠けても使い続けてしまう私なので、今回はそう言ったものは出来るだけ容赦なく処分しました。

会社と湯呑って何気にセットじゃないですか。お仕事に着くと、朝のお茶の時間があったりで湯呑を持っていくとか、そう言う会社も、まだあるんじゃないかしら。それとも今は、たいていは使い捨てのカップ&ホルダーでしょうか。

お仕事を止めて10年以上たっても、我が家に戻って来て使い続けた湯呑。今年になって欠けてしまったので、こちらも最後にお茶を頂いてからお別れしました。

 

何もこんな風にイチイチ別れを言って写真を撮っているわけではないですよ。もう、そんな事をしていたら疲れ果ててしまいます。

 

テーブルの上に何も欠けてもいないし、色褪せてもいないけれど、とにかく使わなくなってしまった鍋の時用の小鉢や、プラスチックで出来た貝の形のお皿などを置いておいたんです。

その時丁度友人でもあるダスキンさんがモップ交換にやって来ました。

 

しばしのお茶タイム&おしゃべり。

お孫ちゃんがたくさんいらっしゃるのでプラスチックの貝のお皿はイイナと思ってくださったみたいで、それと小鉢も持っていってくれました。

ついでにこれも。

 

 4つもあったので半分こです。私はベランダで使おうかと思っています。

 

今も頻繁に使っていて、何も欠けていないお皿も三枚捨てる事にしました。

その理由は・・・

私はこの時、あの本の事を思い出しました。

 

人生がときめく片づけの魔法
近藤麻理恵
サンマーク出版

今、この本の感想はナシですが、要不要の基準が「ときめく」と言うのは、目から鱗の方も多いようですが、私にはちょっとなと感じていたのです。でも今回初めて、なるほどと思いました。

 

物を残す基準は、使っているかいないかばかりではないのですね。

入って来たものの二倍は処分したので、食器戸棚の中は快適な状態になったと思います。

 

キッチンのモノ減らしは、しばらく続けようと思います。

 

 

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16th/17th

2016-08-18 09:35:55 | 梢は歌う(日記)

夏の終わりを感じる時ー。

外は相変わらずの猛暑だって言うのに、ひたすら眠くなる時、そんな時に私は夏の終わりを感じる事がある。

体が夏の疲れを感じて、次の準備に入っているのだ。

そんな風に感じるお盆明けの日々。

 

16日はそんな風に一日中眠い一日だった。

だけどどういうわけか、短時間バイトの時だけは、当たり前の事だが、シャッキとなる。本当に短い時間の私の労働時間。だけどどんなに短くてもお仕事はお仕事なのだ。私はたったかその場所に向かう。

その途中で知り合いに会ってしまった。

彼女はまったく私の気持ちなんかに気が付いていないはずだが、私は彼女が苦手である。なぜならいつだって自分の話だ。

「あっ、こんにちは~。」と言って、私が歩く足を止めなかったら、この人には時間が無いのだと悟って「じゃ、またね。」とか言って、去って行ってもらいたいものだ。だけれどわざわざ自転車から降りて歩く私の後ろを歩く・・・・・。

そして5分6分の間に、彼女の母の入院、彼女の兄の妻の母の病気、そして初孫が生まれた事を私は知ったのだった。

「やっぱり過ぎていく毎日は辛い事ばかりじゃないって事ですね。」と初孫の誕生を祝ってそう言うと

「私は毎日大量の洗濯物を洗って・・・・・」とか抜かす。

 

つまり

「大変だったわね。頑張ったわね。」と言って貰いたいんだなと思ったけれど、そんな事を言わされるのはうんざりなんだよ。だから

「いつまでも続く事じゃないよ。いっぺんに大変な事が起きたのならば、いっぺんに終わるって事じゃないの。」と、私は言い

「私だって先の事は分からないのよ。如何に今がピンシャンとしていても姑は92歳だし母は83歳な・・・」

「あっ、お仕事頑張ってね・・・」と去って行く彼女。

ああ、なるほど。

この手があったんだ。先制攻撃して、私が私の話ばっかりすればいいんだね。

 

※        ※        ※

 

たまにはドラマのお話をします。

火曜日の夜は、波留さんのON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子」を見ています。

が、これ、気持ち悪い・・・・。

姉が初回で同じ理由でリタイアした気持ちが分かってきました。でも、その時は「ああ、そう。面白そうじゃん。」と思っていたのですが、気持ちが悪いと思っても、ここまで来たら誰よりも異常なヒロインがどうなっていくのか見届けなくては、気持ちが悪いと言う気持ちが納まらないような気もします。

…だから、一応リタイアはしないのですが、気持ち的には…あんまりって感じです。

私は、ご存知の方もいると思いますが、意外とシリアルキラーのミステリーは好きです。異常犯罪の物語も。

でも・・・これ、限界を超えている。

異常犯罪は異常な人がやり、通常または普通の人々とは一線が引かれているのが普通の感覚。普通に見えていた人がその線を超えて異常になっていくのは理解できます。でもこれは「見えていた人が」って所がポイントで、普通だった人が憎しみのあまりと言うのは、ちょっと違うような気がするんですよね。

憎しみのあまりめった刺しの殺人とか言うのは分かりますが、普通は抑えられない衝動でと言ってもそこが人間としての限界で、普通だった人が憎しみのあまりと言えどもあんな凝った気持ちの悪い殺人をするわけがないと私は思うんですよね。何を言ってるかと言うと、前回の小銭殺人の事です。あんな気持ちの悪い事を普通の人は考えることは出来ないし、一人の死に様を見たら、その異常性に目が覚めると言うものじゃないですか。

それにひとり殺すのに100万ぐらいの小銭がいるのなら、300万の出費があったわけで、そのお金でいい方向に立ち直っていく事は考えられなかったのかしら…だいたいゲーセンで小銭を300万集められるのかしら・・・・。

なんか、腑に落ちん。

まっ、とにかく気持ちが悪い、コレ。

 

だけど波留さんのお芝居が上手いのか、この装っていると言うドラマ内での演技が最初は自然に見えたものが、徐々に装っていると言う感じが強くなってきました。

装っているんだと言うお芝居って、しかもそれが徐々に少しだけ崩れていくと言うそれって、かなり難しいですよね。波留さん頑張っている。もうそれだけでもリタイアしないで見ようかなと言う気持ちにもなるような気がします。サイコパスになる人も、最初からではなく悩み苦しんでいるのかもしれませんよね。←ずっと悩み苦しんで、そのまま人生の終わりまで持ちこたえて欲しいです。じゃないと、他の人に凄い迷惑が掛かります。

 

※        ※        ※

 

映画は「ジャングルブック」と「ゴーストバスターズ」を見たいなと思っているのですが、一日のタイムスケジュールを組もうとしている段階で、なかなかうまくバスの時間などが上手くいかない事もあって、予定が組めません。

しかも他の家族が一生懸命に働いている時間に、お母さんは遊ぶ事ばかりを考えているような気がして罪悪感さえ感じます。

でもこの罪悪感と言うのは、長い間兼業主婦で来た後遺症のような気もするのです。

だけど主婦業はほぼ年中無休のお仕事で、健康なうちは定年がありません。お盆のお休みの時だって、オヤスミなんか一日もなかったでしょう、主婦の皆さん!?

 

だからもう、収入を得るために家族と同じ時間を働いて、尚且つプラスで家事をしなくちゃっていう発想は「えいっ!!」って捨ててやると思うのです。あっ、これ、自分に言ってるんです。たぶん誰ももう家族は、私に働けって期待していないと思う・・・・し。

 

なんだか自分がイマイチ分からなくなっている、今の私。

何がしたいの?

何処に向かっているの?

 

時々私、あした死んじゃってもいいかって言うような気持ちになるんだけれど、そのとき必ず

「あかーん!!!」って思う。

いや、そんな風に思っちゃいけないって言う道徳心からじゃなくて、今突然死んだら、私がどのような保険に入ってるか、あの書類この書類がどこにあるのかって、きっと誰にも分からないと思うんです。

あー、死ぬ準備って大事だよなあって思うんです。

その準備がちゃんと普段からできている人は、いざと言う時にも未練なく心安らかにってなるかもしれませんが、私の場合は相当まずい状況です。

 

私に唐突なる悲劇が起きたとして、家族は最初は凄い悲しみに襲われると思うし嘆いてくれるとは思うんです。でもそのうちいろいろと遣るべき事務処理的な事が起きてきた時、イチイチあちらこちらをひっくり返しす姿が・・・・ああ・・・・。

それに時間が経って、もうあのおばさんのものは少し処分しようと、家族で物の整理を始めるとするでしょう・・・・・。

その時もあちらこちらからいろいろなものが出て来て、みんな疲れ果てちゃうと思うんです。

そしてそこで一言、みんなが言う。

「あの、ばばあ !!!」

 

残りの人生をいかに生きるかを模索するのも大事な事だけれど、そろそろ死ぬ準備をすることも大事な事だなと思います。それが出来ると言うのは体が動くと言うことで、「死」と言う言葉を使っても決してネガティブ発想ではないので安心してくださいね。

 

そうそう、昨日見たドラマはWOWOWのオンデマンドで「「刑事ヴァランダー」というもの。

海外サスペンスって、本当に面白いですよ。主役たちが人の死を悼み嘆き寄り添っているところも、普通の感覚で好きな所です。

夜の「家を売る女」も面白いですよね。「GO」って言いたくなります^^

 

 

 

 

 

 

 

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