森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

「ジェシカの世界」&「おーい海!」☆私の漫画史

2017-01-21 16:35:52 | 漫画・マンガ・まんが

この「私の漫画史」は、私が小学校低学年の頃に読んだ漫画の記憶から始まっています。「少女フレンド」で「なくなパリっ子」が終わってしまってから、しばらくしてだったのか、ほぼ同時だったのか「週刊マーガレット」で西谷祥子と言う方の漫画が目を引くようになりました。

絵柄も華やかで、それでいて物語も面白くて、私の中ではこの頃の「週刊マーガレット」の顔と言ったら、この西谷祥子氏だったと思っていまるのです。

西谷祥子と言ったら押しも押されぬ漫画界のトップの人のひとり。

トップの人は一人ではないのかと問われそうですが、「少女フレンド」では「週刊マーガレット」では、「りぼん」では「なかよし」ではと、その看板漫画家がいたように思います。

 

常に連載が掲載されていたので、その作品数は半端がありません。作品名で言うと「マリィルウ」「レモンとさくらんぼ」「ジルとMr.ライオン」、タイトルは凄く懐かしいのですが、どうも内容はすっかりコンコンと記憶の沼に埋没してしまっているようです。それは多作であるがゆえに、その内容が思い出されないだと思います。

読み直せば思い出すかもしれませんが、私自身がもう青春ドラマとは縁のない人間になってしまったので、読み直すこともないと思います。

ですが、その中で凄く印象に残っている作品が「ジェシカの世界」と「おーい海!」、そしてタイトルには載せませんでしたが「カレーライスの味」なのです。

 

これは勝手な思い込みですが、この「ジェシカの世界」は夢見がちな少女の心を捉えて離さなかった作品だと思います。

だけど「マーガレット」と言う漫画の読者層からしてみれば、もっとずっとこのジェシカの世界を楽しく堪能したかったと言う人も多かったのではないかと、私は思っているのです。

4つの自分の世界を持っていると言うジェシカ。その区切りもまるで部屋に入って行くようにはっきりとしていて、雰囲気や話し方も変わってしまうジェシカ。

これって今思うと、多重人格なんじゃないのかとか疑ってしまう所だけれど、その頃はそんな病気は知られていなかったし、ジェシカの場合は分かっていてやっていた事だったはずです。4つの世界を持つジェシカに少女たちは憧れて、そして何らかの影響を受けたと思うのです。

女の子って上手下手はともかくとして、詩とか呟きのようなものを書きとめるのが好きなのかも知れません。

 

この頃、あちらこちらで
「私は私の世界を持っている。」みたいな言葉を見かけたような気がしました。

姉のノートとか・・・・・

ところがこの「ジェシカの世界」の物語は、そんな少女たちの憧れなんか置いてけぼりで衝撃の最後を迎えるのです。

個性豊かな脇役の登場人物。それらの変わった趣味なども最後の重要な伏線だったのだと分かります。

 

受け入れる事の出来ない現実の厳しさが、ジェシカの世界を崩壊させていき、そして彼女はたった一つの世界に逃げ込み閉じこもることしか出来なくなってしまったのです。現実の世界を捨ててー。

「ジェシカの世界」は1967年の作品です。

「週刊マーガレット」はメインターゲットはたぶん小学生だったはず。もしくは中学生までぐらいだったと思います。

これを小説でと言われても、たぶん読めません。漫画だったから理解できた物語だったのではないでしょうか。

 

西谷祥子氏は「白いトロイカ」などを書かれた水野英子氏のアシスタントなどをしていた時代もありました。その影響などもあったのかは分かりませんが、やはり映画の雰囲気を漫画という二次元の世界に持ち込んでいたように感じました。この「ジェシカの世界」はまるでフランス映画のような、そんなイメージがあったのです。

 

ジェシカの世界 (白泉社文庫―西谷祥子傑作選)
西谷 祥子
白泉社

 

そして「おーい海!」ですが、それは1972年の作品で、私も中学生の終わりに差し掛かっていました。

この物語、実はSFだったのですよね。

増え続ける人類、枯渇していく資源、そんな我らの未来を救うのは、海と言う存在であると言うSF。ただこれは人類の海への移住への第一歩としての人体改造の段階の物語で、あまり壮大な感じはしなかったのですが、それでもその発想には引き込まれました。終わらせ方も少女漫画風だったと思います。

それでも私には

「西谷祥子ってSFも描くんだな。」という印象が強く残ったのでした。

確か、お話もロマンチックで面白かったです。

 

 

おーい海! 1~最新巻 [マーケットプレイス コミックセット]
西谷 祥子
朝日ソノラマ

 

 タイトルには書かなかったけれど、印象の深かった「カレーライスの味」は1969年の作品で別冊セブンティーンに掲載された作品です。

 

貧しい姉弟、臨終に近い弟が最後に望んだのは姉が作るカレーライスだった。

その姉の心に寄り添いたいと願ったクラスメイトのヒロインが、

「あなたも食べてみる?」と差し出された何も具の入っていない貧しいカレーライスを

「まずい」と思ってそっと残してしまう。

唯一彼女の心に近づくチャンスを、気付かずに失ってしまったヒロイン。

弟はそのカレーを美味しいと言って、そしてその後死んでしまい、その姉は遠い親戚の所に行く事になった。

その少女を見送るホームで、ヒロインはその苦いカレーライスの味を思い出すのでした。

というようなお話だったと思います。

彼女の持ち味でもあるお洒落で華やかと言うものが封印されて、それでいて胸に迫る作品だったと思います。

 

私はある時期から、彼女の作品は読まなくなってしまったので、今頃になって未読の作品を読んでみたいと思うこの頃です。

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相棒15第12話「臭い飯」

2017-01-19 01:42:48 | ドラマ(相棒)

そうか。確かに白骨になってしまえば死因って分からないのですね。骨などの砕け具合から「科捜研の女」が何とかしてくれるんじゃないかなどと、そんな事はないようです。

だけどあの白骨、あまりにも綺麗に骨になっていて、結構驚きがありました。

今回のお話は、どちらかと言うと「相棒」の得意分野である、社会底辺のドラマでした。

このシリーズはけっこう重いし好きなシリーズとは言い難いのですが、協力雇用主制度などが出て来て、なかなか勉強になりますよね。

とりあえず世間と警察の目を食品偽装疑惑のタキガワに持っていく事が出来、受刑者である亀井の思惑通りに事は進んだと言って良いのかも知れませんね。

 

「前科者だからこそひたすら生きなくちゃならないんです。」

「家族と被害者は塀の中に逃げ込む事も出来ずに・・・・・・。」

右京さんの訴えは心に響きました。でも申し訳ない事に、すぐに忘れてしまったのです。とりあえず私が前科者じゃないからかもしれませんが、

その部分が長かったのと、彼が「ゼンカシャ」と言うものですから、私的には聴き慣れないその響きに、頭の中がカシャカシャ言っちゃったからではないかしら。

 

その亀井がおはぎを好きだったのは、妻が良く作ったから…・と、うかがえるシーンに出くわしても右京は何も言いません。何か言って欲しかったなあ、そこで。

最後に今度出てきた時には、また訪ねて来てください。一緒におはぎを食べましょう。というような事を言いましたが、亀井が食べたかったのは妻が作ったおはぎだと思いますよ、右京さん。

 

本当に臭い飯はムショで食べる飯ではなく、たった一人でわびしく食べる食事。

流れ的には分かるし、共鳴する方もきっと多いはずです。でもそれは「本来なら共に食事をする人たちがいながら、それなのに一人で食べなくてはならなくなってしまった状況下で食べる食事」と言う事であって、一人メシ全体を指しているんじゃないですよね。

なぜそのような細かい事に拘るのかと言うと、朝ドラの「ごちそうさん」の中のあるセリフを凄く支持しているからです。

「女は一人でご飯を食べる事に慣れなきゃならない。」って言うアレです。

平均寿命が一般論ですが男性よりも長くて、加えて今は核家族。世の中独居老人も多いのです。特に社交家でもなくたった一人で静かな余生を送らなくちゃならないとしたら、その寂しいひとりの晩御飯でも、決して「臭い飯」などと思わない自分になろうと、「相棒」にチョピッと反論しながら思ったりもする自分がいたのでした。

 

と言うわけで、次回はお休み。

その次は、二週続けてのスペシャルで神戸君も米沢さんもご出演とかで楽しみだっちゃ。

だけどそうすると、つい思っちゃうのですよね。

ああ、カイト、いないなぁってー(涙)

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「ローマの休日」☆私の漫画史

2017-01-18 15:54:03 | 漫画・マンガ・まんが

ささやかな日記ブログ「果樹園のティータイム」。

猫ブログ再開しました「ももとあんずの Spring has come」。

共によろしくお願いいたします。

 

※        ※        ※

 

「私の漫画史、水野英子編」で、ひとつ前の記事は「「白いトロイカ」☆私の漫画史」です。

水野英子氏のHPの年表を見て、私はちょっと混乱しました。なぜなら「ローマの休日」は「白いトロイカ」よりも一年前の1963年に描かれたたことになっていたからです。そうすると、私は幼稚園・・・・。ウーム…絶対にそんなわけはない…と思いながら、Amazonでのレビューを読んでみたら、謎は解けました。

昔の月刊誌などには、付録でさらにまた別の漫画が付くことがありました。漫画雑誌に漫画の付録って、少々奇妙な感じはしないでもないのですが、ただインパクトが強かったことだけは確かで別格の漫画のような気がしました。

映画を描き下ろしたこの「ローマの休日」は二回、リボンと言う雑誌の付録として付いたらしいです。二回目は1966年、8ページの修正が入って更に良くなっていたらしいのですが、そちらの良くなっていた方を読んだので、何処が良くなっていたかは分からない事です。

 

私はその漫画をテレビで映画を見た後に読みました。後と言っても直後ではありません。だいぶたってから。それでも映画に忠実に描かれたその物語は再び王女とパパラッチの青年とのつかの間の時間を楽しく描き出していました。

そしてそんな別冊付録の漫画は長く本箱に存在することが許され、気が向くまま読み返されたのかも知れません。

それがいつの事だったかよく分からなくなってしまいましたが。ある日私は夢を見ました。

カツーンカツーンと青年が靴音たてて、記者会見の終わった教会を去っていこうとしています。入口で彼は立ち止まり振り向いてみます。もちろん壇上にはだーれもいません。そして係の人たちが忙しく椅子などを片付けているのでした。青年は誰もいなくなった壇上をじいっと見つめ、そしてまた前を向いて歩きだしたと言う夢だったのです。

ぱちりと目が覚めた私は、凄く悲しくて切ない気持ちになりました。

それまでの幼い思考の私は、その時まで「ローマの休日」は楽しいラブコメディだと思っていたのです。

「ローマの休日」はそんなお話ではなかったのだと、夢が教えてくれたのです。

そしてそんな夢を見させたのは、水野英子氏の漫画だったのだと思いました。

 

映画の再現漫画ではないかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、小説などが原作の漫画があるように、(近頃では漫画が原作の実写映画も多数ですね。)、原作が映画だと言うだけなんですね。見せる力は、やはり氏の画力とセンスだと思います。

 

ローマの休日 (Feelコミックス ロマ×プリコレクション)
水野 英子
祥伝社

今はどうか知りませんが、昔の少女漫画はページを開くとヒロインが歌いだし郡部が踊り出すと言うシーンが良くありました。それを持ち込んだのは宝塚に生まれた手塚治虫氏らしいのですが、トキワ荘紅一点だった水野氏はその影響を受けたと言います。

だけど私はそのヒロインが歌いだすと言うイメージはあまり記憶にはないのですが、ただリアルには、彼女の漫画のコマ割りからは映画のそれと同じではないかと言う事を思っていました。

ヒロインがブロードウェイの入り口に立つ。バーンと両手をあげて。もろに映画のシーンそのものです。

 

映画が大好きだった私が、彼女の漫画を好きにならないわけはないと言えたかもしれません。

ラブコメディも好きでした。

昔助けてもらった村人に祖父の代わりにお礼にやってくる富豪になった少女。気持ちはたくさんあるのに、やる事はトンチンカンなことばかり。

村人の奥さんが、赤ちゃんのオシメが足りないと聞くと届けるのは良いのだけれど、トラックでいっぱい運びすぎて家から溢れてしまうとか、大好きなお医者さんの為に食事を作ろうとするのは良いのだけれど、やった事がないものだから、キッチンは焦げたお鍋で山のようになってしまい、食事の時には、

「これは、焦げて苦い・・・・でもうん、これは美味しいよ。」と言うと

「それ缶詰なの。」とうつむくヒロイン。

「あっ、いや、こっちのもイケル。」

「それもさっきお店から届けてもらったやつなの・・・・・・」

 

もうね。女の子の心を鷲掴みです。

 

こんにちは(ハロー)先生(ドク) (下) (珈琲文庫 (9))
水野 英子
ふゅーじょんぷろだくと

 

水野英子氏の代表作と言ったら、実は「ファイヤー !」だと思います。

だけどこの作品が出た時には、私がこの作品には追い付く事が出来ませんでした。最初の頃はまだ小学生だったような気もしますし、中学になってもやっぱりロックやヒッピーとか、受け入れる素養が自分の中になかったのかも知れません。もう少しお姉さんになってからちゃんと読もう。そう思っていたと思うのです。ただ最終回は読みました。その時、いつか全篇を読みたいものだと思いながら未だにそれは達成していません。

世の中には「破滅型」と言う言葉があると思いますが、この漫画の主人公の青年はまさにそんな感じがして、思春期には近づきたくなかったのかも知れません。ナイーブで触れれば壊れてしまうかのような繊細な心。そう言う者に魅かれながらも、実際には強く逞しいものに憧れていた現実が拒んでいたのかも知れません。

この漫画にも映画的なシーンが多数あったように思います。

何部かの最終回の時、仲間と口論になり街を彷徨う青年。

雑踏の中で歌が聞こえてきます。

思わず青年は歌を追いかけて行き、口ずさんでいた少女の腕を掴んでしまいます。

「その歌をどうして知っているんだ ?」

「ラジオで聞いて、いい歌だと思ったから歌っていただけよ。」

「それ、僕たちの歌だ。」

ー僕たちの・・・・。

 たった一回だけ出たラジオで歌った歌を、雑踏の中行きずりの少女が口ずさむのが耳に入ってくるー。

なんと言うか、ドラマチックな展開ですよね。

 

記憶の中に仕舞っているものだけで記事を書いています。いい加減な事を書いていると叱られてしまう事もあるかもしれませんが、ご遠慮なく訂正してください。

だけど、私的には、このように記憶に残った部分がつまり私の財産でもあるかなと思ってはいるのです。

それでもやはり「ファイヤー!」は、子供の時に思った通りにいつかちゃんと読んでみたい作品の一つです。

 

ファイヤー! 1~最新巻 [マーケットプレイス コミックセット]
水野 英子
朝日ソノラマ

 

 

そう言えばですね、大事な事を思い出しました。

水野英子氏のツイッターをフォローしていたのですよ。無料で読める作品紹介などもしてくれていますよ。

 

「マンガ図書館z」に私の作品『ビーナスの夢』(1965)と『ムッシュウ泥棒(ボルール)』(1968)が掲載中。購読無料。ぜひご一読を♪   

 
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おんな城主直虎第二回「崖っぷちの姫」

2017-01-16 11:15:26 | ドラマ (大河)

おとわ姫が無事に第二回を終える事が出来たのは、もちろんヒロインだからに他ならないのだけれど、ただひとえに運が良い人だからなのだと感じました。

亀と衣服を交換しておとりになった事も、母上殿が言った、

「その場で切り殺されてしまったらどうするのです。」

(いつもながら不正確なセリフで申し訳ありませんが、)まさしく正論だったと思います。

 

少年のような恰好をして野山を早朝から誤解されるように走っていたのはいかにも不自然。今川の家来なども

「なぜ姫は・・・」と聞くと

「竜宮小僧を探していたのだ。」と子供らしい事を言ってごまかします。

このような事が出来るのは、この年代の子供だからこそ。

でもそれだって、今川の者が親がやらせたに違いないと疑ってしまったら元も子もないと思うのですが。

子供が主役の子供向きドラマでは常套のエピソードでも、これは大河の歴史ものなので、そうとう危うい展開だと感じました。

だけど母上のお叱りなどが入りフォローして、たぶんライターさんはかなり計算しているなと思いました。

 

亀之丞を逃がしてしまった償いに、小野政直が目付となり鶴丸と夫婦約束させよと言う下知が下ります。

でも亀との夫婦約束を守ろうとするおとわは、一回目は家出。二回目はとんでもない事を・・・と言う事で以下次回なわけですが。

 

下知に逆らうとするおとわは
「亀が可愛そうなのじゃ。何も悪い事をしていないのに故郷を追われ命を狙われ、帰ってきたら私が他のものと夫婦になっていたらと思うと・・・」みたいな事を言います。

戻ってきたら恋人は自分を陥れたものと結婚してた…って、どっかで聞いたことのある物語だなあと思ったら「モンテ・クリスト伯」ですよね、そうなったら。

亀は復讐の鬼となり・・・・って、おとわが鶴とは結婚しないので、そうはならないわけです。

 

だけど父は

「井伊の民もかわいそうじゃと思ってくれんかのう。」と、今を乗り切るためにはそれしかない事を諭そうとします。

 

「答えは一つではないと和尚様が言っていました。父上も母上も阿呆なのですか。」などと、他の策を考えようとしない両親に向かって言うおとわ。

親に向かって「阿呆」などと言い、母上の怒りを買って閉じ込められてしまいますが、そこで亀の父の残してくれたつつみを打ち閃いたのが家出。このつつみはきっとこれからもしばしば出てくるに違いありません。今はなんとなく下手くそなのが良いですよね。

家を出た先で出会ったあばら家に住む謎の男はこれからどのようにかかわってくるのかも楽しみな所です。

 

物語が丁寧に描かれていて、その緩さがこのドラマを好きか嫌いかに分けてしまうような危険な展開だと思いました。

少なくとも、おとわと言う少女は利発で大胆で行動派であることが十分すぎるくらい分かりました。

そして一途である事も。

それゆえに、同じく夫婦約束の話が持ち上がっている当の本人を前に、何とかそれを阻止できぬものかなどと言う相談をしてしまうー。

「そうじゃな。」と寂し気に言う鶴への気遣いなど全くないおとわ。

悲劇の序章はこんな所からも始まっていたのかも知れません。少女の明るい笑顔で隠されてしまってはいても。

 

私的には、やっぱり子役1か月は長いと感じました。もう次回で交代して頂いても良いのになあと思ってしまったのは本音です。

まあ、子供たちは可愛いのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「白いトロイカ」☆私の漫画史

2017-01-15 02:16:45 | 漫画・マンガ・まんが

水野英子の「白いトロイカ」は1964年の作品です。私の漫画史は未だ小学校低学年の頃の想い出を彷徨っているわけですが、この水野英子氏を語らないで、次に行くわけにはいきません。

この記事を書くにあたって、ネットの世界をあっちこっちと彷徨い、水野英子氏の関連記事を読まさせていただき、やはりそうだったのかと思う事や、そうだったんだと頷く事も見つかりました。何しろ私の場合は幼かった昔の記憶のみが頼りなわけですから、正直な所あらすじすら書けませんでした。

ただ冒頭シーンとラストシーンは克明に覚えています。

田舎で両親に愛されて育ったロタ(実はロザリンド)は、のびのびと暮らしていました。呼ばれて木の上から降りてきたロタは、その頃私が見た事もない果実を齧っていました。それは洋ナシだったのです。

もうそんな細かい所からも、この漫画の世界に引き込まれて行ってしまったのは確かです。

 

共に生きて行く事になった男性と寄り添い静かに終わるラストシーンで、まだ幼かった私は静かで深い感動を覚えました。この物語は壮絶な歴史の物語だったんだなと言う感動と、そしてそれは大きな歴史の渦に巻き込まれても、やがて静かな生活がその人には訪れるのだと言う感動だったかもしれません。

 

「白いトロイカ」はロシア革命をモチーフにした物語。

(モチーフと言う便利な言葉が出来ましたね。^^)

私に世界史に目を向けさせた一因はこの漫画にもあるように思います。後に「ロシア革命」を学んだ時に、史実を描いたわけではないんだなとようやく気が付いたくらいに、この作品は素晴らしい一大叙事詩を奏でていたのです。

ウィキペディアによると、

「少女漫画史上初めて実際の歴史の動きを背景にした作品」とあります。これは著者自身が「少女まんがにおいては初の『歴史物』」と言っているんですよね。難しいからダメと編集からOKがなかなか出なかったみたいです。なんだか笑えますよね。どれだけ女性の能力は男性より劣ってるとか言う大きな誤解が蔓延していたんだろうかと、今となっては笑い話に他なりませんね。

 

だけど私が今でもたびたび思い出しているシーンがあるのですが、いかにも私らしいなと思うのです。

それはロタがペテルブルクを目指して旅している途中、飢えと寒さを一件の貧しい農奴のおかみさんが助けてくれるのです。出されたシチューを一気に平らげるロタ。するとそのうちの子供が「お母ちゃんのは?」と聞くのです。

そこで初めて、このうちが今日の糧を得るのがギリギリなほど貧しくて、このお母さんの分を自分が食べてしまった事に気が付くのです。

「私が・・・・」と言うと、その女性は子供たちに向かって「私はさっきいっぱい食べたの。さあお食べ。」と言ったのです・・・たぶん。

私のうちは、夫がホワイトシチューが好きじゃないので、めったに食べないのですが、たまに食べる時は必ずと言って良いほど、そのシーンを思い出し、なんというか、食べられることを感謝する私です。

このシーンは後の革命の必要性とか社会情勢をなにげに表しているシーンだったかもしれませんが、本筋とは関係がないと思います。

だけど人の心には何が残るのかは、作者にも分からない事なんですよね。

 

もちろんワクワクとドキドキが交互にやってくるような物語で、「白いトロイカ」、本当に大好きでした。

白いトロイカ [マーケットプレイス コミックセット]
水野 英子
集英社

そして、今でも氏の作品は買い求める事が出来るのが嬉しい事ですよね。

本は買わないけれど、あらすじを知りたい方は検索してくださいね。読んでちゃんと詳しいあらすじを書いていらっしゃるところにたどり着けると思います。

その時についでに私が何に「やはりそうだったのか」と思ったのかと気が付かれる方もいらっしゃるかもしれませんね。

それはこの「白いトロイカ」と「ベルサイユのばら」の関連性なのですが、話しが膨らみ過ぎてもと思うので、興味のある方はまたまた検索してみてくださいね。

そして水野英子氏の漫画の想い出は、つきないので続きます。

こんにちは(ハロー)先生(ドク) (上) (珈琲文庫 (8))
水野 英子
ふゅーじょんぷろだくと

 

ファイヤー! 1~最新巻 [マーケットプレイス コミックセット]
水野 英子
朝日ソノラマ

 

・・・・・・

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「歌え!さくらんぼ」☆私の漫画史

2017-01-13 12:44:17 | 漫画・マンガ・まんが

この記事の本文に行く前に、お知らせです。

続けて更新したり長くお休みしたりと気ままにやっている、主婦のささやかな日常日記「果樹園のティータイム」を再開させました。

お気楽な場所にしたいと思いますので、気が向いたらふらりとお立ち寄りください。

       ※           ※

前回の「白鳥少女☆私の漫画史」の記事を書いたのが、昨年の8月なのでだいぶ間が空いてしまいました。

そしてまだ、小学校低学年の頃の漫画の想い出、記憶の中にある漫画の感想です。

この「歌え ! さくらんぼ」と言うのは、1964年の「週刊少女フレンド」に掲載されたもので作者は「うしろの百太郎」などで知られるつのだじろうさんなのです。

・・・・

うしろの百太郎 (KCデラックス)
つのだ じろう
講談社

つのだじろうさんは、この他にも「恐怖新聞」とかで知られていると思うのですが、この本もそれもほとんど未読です。

私にとってつのだじろうは男性なのに少女漫画を描く先生という認識の方でした。

 

子供の頃の私の印象で言うならば、つのださんは既にビッグな実力派。だけどすごく絵が好きだったかと言うと、そこはちょっと違ったかもしれません。

 

なんたって、「泣くなパリっ子」や「白鳥少女」などと同時掲載ですから、女の子のハートを鷲掴みした絵柄と言ったらウソが混じってしまうと思います。←嘘が言えない性格なもんで ^^

でもこの漫画、意外と楽しみにしていました。

好きな順番で読んでいたら、三番目に読んでいたと思います。何しろ半世紀も経っているのに記憶に残っているのですから大したものですよね。

だけどこのタイトルは、さすがに記憶には残っていなくてしかも頼みのウキ様の作品リストにも載っていなかったので、「つのだじろうの漫画で旅芸人の少女が頑張る」で検索しちゃいましたよ。

 

本の世界と同様に、漫画も私たちを知らない世界にいざないます。

横浜に住んでいた私は、既に旅芸人と言う存在を知りませんでした。

倒れてしまった父親の代わりに一座を守ろうとしたり、仲間たちに裏切られ一座がほんの少数になってしまったり、猛吹雪の中やっと次の芝居小屋にたどり着くと、ライバルの一座にわざとwブッキングされていたりと波乱万丈です。言うなれば少女漫画の王道。だけど少女が歌の実力で乗り越えて行くと言う展開に、本当に大切なものは何なのだと言う事がメッセージとして伝わってきたように思います。

 

ところでこの漫画、原作者さんが居たのですね。

生田直親さん。「直親」と聞くと今年の大河の三浦春馬さんが演じる亀之丞の後の名前ですね。

彼ってどんな作品を書いたのって検索したら、こんなのがありました。

原発・日本絶滅 (光文社文庫)
生田 直親
光文社

これって、1988年の作品なのですって。

なんか凄いですよね。

         ※            ※

 

今時のお子さんは、何でもよく知っているなと言う感心する子も中にはいますが、逆にびっくりするほど何も知らない子もいますよね。

思わず「本を・・・」とか言いかけて

「もしかしたら、漫画も読まないの ?」と聞くと、驚くレベルで何も知らない子は、漫画すら全く読まないのだそうです。

漫画家の方々は本などを読んだり検索したりで、相当量の知識を自分の中に入れて書いていたりしますので、漫画を読むことは二次的知識注入ツールなのだと思います。

本音を言えば、読書も漫画を読むことも、「楽しみ」と言う事を第一に考え方がいいと思ってはいるのですが。

 

 

 

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相棒15第11話「アンタッチャブル」

2017-01-12 00:34:36 | ドラマ(相棒)

この話・・・・・なんか真ん中の所は、あまり面白くなかったです。

あっ、この言葉を付けなくてはいけませんね。「私的には」って言うのは、大事な言葉です。

だけど、真ん中が詰まらなくても、その側面は面白かったです。

 

特に中園参事官。

と言うか、今回はその中園さんに光が当たった回だったのですね。

光っておでこに・・・  いや、なんでもない。

彼は本当に「うっかり」を装うのが上手いです。

右京たちに目撃者が誰の娘なのか、(うっかり)言ってしまうー。

でもそれは本当に私などにはうっかりにしか見えなかったのだけれど、案外わざとだったのだと右京は見抜いていました。

今でも現場で闘う同期の刑事と再会をした、それが彼にそのような行動をとらせたのでしょう。

刑事部長にはへつらっても、一人になった廊下で

「刑事の初心に帰れ、犯人逮捕が第一だ」と、熱い気持ちを覗かせるのでした。

そして、刑事部長に対して「むしろ失脚しろ。その後に刑事部長になるのは俺だ。」とにやりと黒い参事官がほくそ笑むのでしたが…・に合わなかったですね ^^

娘や奥さんから大事にされているようには見えなくても、彼は家族を想っている人。他のエピソードでも言葉で出てきていましたよね。

同期の刑事に、殺された人は、娘の誕生日のケーキを持って帰る所だったと聞きます。

その娘さんは自分の誕生日が来るたびに、父親の死んだ日を思い出すことになるのです。そのような話に心が動く中園。

イエスマンであっても、憎めないのは人間臭さが溢れているからですね。

若い頃の写真が出た時には、
「あっ、意外とハンサムじゃん。」と・・・・意外とは失礼でしたね ^^;

 

目撃者の少女は警視庁副総監衣笠の娘でした。

その少女は自分の父を
「ただの役人です。」と言います。

もう少女の父は、娘の誕生日のケーキを持った人が殺されたのだと聞いても、心動く人ではないのかも知れません。

「私の見たことが役に立てた。」と涙する娘の心が届かない人なのですから。

 

家族の中の複雑な事情とか、衣笠の息のかかった青木の行動とか、みんな後に続くような感じでしたね。

 

特命係の終わりの始まりー。

なんだかカッチョ良い。

でも「終わりの始まり」はあっても「始まりの終わり」って無い?

まあ、関係のない話です。

 

そう言えば、記憶は徐々に蘇るって言うような所も、なんか良かったです。何気に脳は見ているんですよね。

 

そう言えばと言ったので、もう一つそう言えば、スタッフブログを読んで、
「そう言えばそうだなあ。」と思った事は、この11話は、1月11日と1並びだったのですね。

でもこれで視聴率が11だったら、泣いちゃいますよね。

 

「そう言えば」と書くと、いっぱい出てくる「そう言えばネタ」。別に言い方をするならば、「絞り出しネタ」 ^^;

夫が「くずもちが美味しそうで食べたくなった。」って。

あれ、幸子さんは作ったと言いましたよね。くずもちを作るなんて凄いですよね。

 

なんだかダラダラになってきたのでもう終わりにしますが、あと一つだけ言わせてくださいね。

映画の番宣で、

「激情」と書かれたダイイングメッセージ。

イタミンが「死に際だったので字を間違えたんだ。」と紙を外すと

「劇場」と言う文字が。

なにげにブラックよね~。

 

 

 

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季節の行事を楽しむ(1月)

2017-01-11 10:32:02 | ちょっと楽しいつまし...

2017年をどんな風に生きようか、何を楽しんで生きて行こうか具体的に思考中です。

 

【2017年の私的楽しみ方、その2.】

<季節の行事を楽しむ>

 

昨年は小学生が家に来なくなったからというのもあって、まったくやる気がなくなり、15年近く飾りつけをしてきたハロウィーンもクリスマスもまったくやらなかったのでした。

でも今年はそれなりにではありますが、ちゃんとやっていこうと思います。

 

昨年はクリスマスの飾りは、質素なリース一つを飾っただけでしたがケーキやチキンなどを頂いて、ささやかな季節感を味わったのでした。

年賀状も書き大掃除もやり、年末感が高まりました。

暑い寒いで過ぎて行ってしまう季節に花を添えるのは、やはりささやかなイベントでメリハリを付けようと言う意識なのかも知れませんね。

 

1月7日は七草粥ならぬ七草雑炊を頂きました。

ある時までちゃんとお粥で頂いていたのですが、そのある時に自分の気持ちにちょっと正直になってみたのです。

つまり「お粥、あんまし好きじゃない。」と言う正直な気持ちに耳を澄ましてみたと言うわけなのです。

今は昔ほど嫌いではなくなったし、大根をメインで作った大根がゆなどは凄く美味しかったような記憶があるのですが、主にお昼か夕食に出すので単純に美味しい方が家族に喜ばれるんですよね。

まあ、本来の胃を休めると言う趣旨からは、少し離れているかもです。

 

 

少々の鶏肉も卵も入れるので、あっという間になくなって作り甲斐もあるってものですが、私、今年、やっちまいました。

何をやってしまったかと言うと、

 七草に拘って、これを買って入れてしまったんですよ。

ごく普通の事なんですよね。でも我が家には合いませんでした。

だって「美味しぃおいしい…・ウッ・・・・草の・・・草の味がするぅ」に、時々なるんですよ。

春の七草は、「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ」で一応それぞれに効能などがあるのですが、このようなセットに入っているのは、1本ずつとかでそれは別に望めない事で、要するに七草に拘るのは「季節の行事を楽しむ」に他ならないと思うのです。

でも・・・・私には草っぽい味、つまり青臭い部分はがっかりするような感じがしたので、来年は考えようと思いました。ドライのやつもありますが、お値段が少々するので、大根とかぶとその葉っぱと後は好きな葉物で作ると言う我が家流がイイナと思いました。

 

今日は(関東では)鏡開きですね。

生協のあんこパックを使ってお汁粉を作る予定です。

 

1月の飾りも、しめ縄のイメージリースはそろそろしまった方が良いのでしょうか。

 

 これは二年目のリースで、外に飾っていたので水分を含んでしまったのか結んだ先が広がってしまいました。画像を映した時に気が付いたのですが、繰り返し使えるこういう飾りは助かりますが、やはり毎年それなりのケアが必要ですよね。

これは昨年は

最初はこの向きで作ったのです。 これはこれで可愛いなと思ったのですが、やっぱり顔に見えちゃって、今年はむきを変えてみたのです。向きを変えてもあまり問題がないのがリースの強みなのかも知れませんね。

 

玄関の飾りはお正月を意識はしましたが、今月いっぱい、もしくは二月中は飾っていても良いようなものかと思います。

 

 毎年使いまわしている造花さん。今はなんかカッコいい名前で呼ぶのですよね。入れてある花瓶は、昔、(確か)ラッタさんが作ったモノで、私のお気に入りです。

 

 この苔玉は、セリアで買い求めました。以前お花の先生の所で見て、凄く素敵だなと思いました。12月にブリザーブドフラワーでゴージャスに作らせて頂こうと思っていましたが、なんたって夫殿が失業中でしたので、100円プラス家にあるもので作りました。(ごめんなさい、先生m(__)m)

 

あっ、そうそう。

お蔭さまで、夫の「失業中」は12月をもって終了しました ♪

 

 

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名探偵ポワロ第64話「オリエント急行の殺人」

2017-01-09 15:53:57 | テレビ・ラジオ

三谷幸喜の「オリエント急行殺人事件」 ← これは2015年の1月に見たドラマの感想です。

そのドラマを見たのはもうそんな前かと、月日の流れの速さに驚くのはひとまず置いておくことにしましょう。

 

その感想の中での夫と私の会話。

>私が
「杉下右京には絶対に出来ない選択だな。」と言いました。


「だって右京は警官。ポワロは探偵だからね。この人だって本当は苦渋の選択だったと思うよ。凄く悩んでこの結論を出したと思う。」

ー えっ、そんなシーン、あったっけ?

 

その後で、「名探偵ポワロ」を検索して、そちらのドラマの中ではポワロの苦悩が描かれていると言う箇所を見つけて、夫殿はそのドラマと脳内リンクしたに違いないと思ったのでした。

そして今年になって、やっとずっと未見だったスーシェの「オリエント急行の殺人」を見る事が出来ました。

 

有名な物語なのでネタバレして書いています。

<いやいや、まだ読んだり見ていないので犯人を知りたく無いよと言う方は、犯人についてはまったく触れる気はありませんが、何か知りたくない事を知ってしまうと思います。ご了承くださるか、見た後にまたお越しくださいませ。>

 

「凄く悩んでこの結論を・・・」なんて言葉では語れない、ポワロの苦悩がそこには描かれていました。

泣いたと私が言っても、この人はすぐに泣くんだとそろそろばれているころだと思うので、「泣いた」と言うのは良い作品であると言うアピールにはならないと思いますが、心が動かなければ泣くなんてことはありません。だけどよもやの「オリエント急行の殺人」で声をあげて泣きたくなるなんて思いもよりませんでした。

 

1974年にイギリスで制作された映画は、オールキャストで本当に面白かったのです。

そしてなぜかラストは明るい雰囲気で終わったのです。これはオールキャストの娯楽物として音楽などで工夫したらしいのですが、もちろんシナリオもそうだと思います。オールキャストゆえにカーテンコールを意識してラストは乾杯のシーンで終わると言うのも「良かった良かった」と言う雰囲気を盛り上げました。

でもこれは原作が書かれたころは、この事件のモデルになったリンドバークの子息の誘拐事件は解決してなかったし、事件解決の方法としてこの物語は驚きと共に受け入れられたと思います。また娯楽作品として見るならば裁かれない悪に鉄槌を下すと言うのは、いわばジャンル的に「アリ」なのだと思うのです。

日本でも「必殺仕置人」などに人気があるのは、そんな現実ではありえない世界の物語として観客が理解しているからこそ存在しているものなのですよね。

そして記事にも書きましたが、三谷氏の「オリエント・・・」は、どちらかと言うと、この映画作品へのオマージュであったように感じました。だけど爽やかな終わり方に微かな違和感を感じたのは「正義の殺人」など許されるわけがないからです。

 

ゆえにスーシェのポワロの苦悩は、本当に胸に迫って来るものがありました。

そしてこの物語は、本当に演出&シナリオも凄かったですね。冒頭、まさに犯人を追い詰めようといつものポワロ節がさく裂。だけどその時に犯人は命を目の前で断ってしまうのです。

罪を暴く事だけが正義なのかと、そのシーンは見ている私たちに問うていたのでしょうか。だけどポワロの信念は揺るがずー。

オリエント急行に乗り込む前、中東の街でポワロは、不貞の末に妊娠した女性が街中で石を投げられ引きづられ裁かれるシーンを目撃してしまいます。思わず涙ぐむポワロ。

異文化の感覚と道徳には立ち入ることは許されず、何もすることはできません。

そんな冒頭で始まるのは、罪とは何か、裁きとは何かと、やはり私たちに問うていたのかも知れません。

 

ポワロが最後に下した判断は、もちろん原作通りです。

だけどとても「カンパーイ」なんて明るさは皆無です。

苦渋の決断。それがまさに伝わってきました。手に握りしめた十字架に、ポワロは心の中で何を呟いていたのでしょうか。

 

ー 神よ、赦したまえ。

 

だったかも。

当たり前です。見逃すことで、ポワロは彼らと同罪になってしまったとの解釈もできるのではないでしょうか。

 

もともとサスペンスとして発想が素晴らしいので大好きでしたが、こんなにも感動できる物語になったとは、本当に「名探偵ポワロ」の「オリエント急行の殺人」は素晴らしかったです。

 

これはGYAO!で明日まで視聴できるほか、nhkbsプレミアムで1月21日4時から放送されます。

 

 

オールキャストでチョー傑作。これはこれで大好き。

オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
アガサ・クリスティ,ポール・デーン
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン

 

これはこれで大好き(笑)

オリエント急行殺人事件 DVD-BOX
野村萬斎,松嶋菜々子,二宮和也,杏,玉木宏
ポニーキャニオン

 

やっぱり、これが一番好き。

名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 4
デビッド・スーシェ
Happinet(SB)(D)

 

もちろん原作も。

オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
山本 やよい
早川書房

 

 とにかくみんな好き♪

 

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おんな城主直虎 第一回「井伊谷の少女」

2017-01-08 22:49:07 | ドラマ (大河)

「真田丸45回」の中で

源次郎が赤備えの井伊軍を見て

「ここに至るまでには彼らの物語がある。」

「ぜひ機会があればその話を聞いてみたいものですな。」と言いましたね。

そしてその物語が今日から始まりました。

 

一年間、「ここに至る物語」を見守って行きたいと思います。

 

今日の放送を前に流れてきた情報によると、子役で1か月引っ張るのだそうですね。

それ、凄く良いですよね。今までなんで大人に10歳未満の子供や、そうでなくても10歳を少し超えたばかりの役をやらせるのか、その不自然さにうんざりしていましたから。

この子役三人が、凄く可愛くてとっても良かったですよね。ちゃんと大人になった時の、亀之丞(井伊直親)役の三浦春馬さんと鶴丸(小野政次)役の高橋一生さん、おとわ役の柴崎コウさんの面影を何とはなしに感じさせるものがあるから、良いキャスティングのような気がしました。

 

鶴と亀とおと姫と竜宮小僧って !?

とは思いましたが、別に「浦島」のお話とは関係がないわけですが・・・・。

いや、その底辺に流れているのは、同じような壮絶な「愛」の想いなのかも知れません。

(「浦島太郎」の物語って、半端ない愛のお話なのよね、本当は。)

 

筒井筒の三人。

本当に井戸まで出てきちゃって、作者さんはどれだけ隠しメッセージをしているのかって思ってしまうのですが、まあ、全部勝手な勘違いかも知れませんが、そうとばかりは思えないのです。

この時代に幼馴染で心を通わせていた人と婚約者になれるなんて、ほとんどない事ではないでしょうか。

心を通わせていた三人のこの先の運命は・・・・・

 

父を亡くした亀之丞の「ちちうえ~」と言う叫び、その病弱な亀の為に大人になっても体が弱いならば、代わりに鎧を付け剣を持ち戦にも行くと言うおとわ。そんなおとわと亀を見守りつつ、大人たちの思惑に心傷める鶴ー。

おとわの為に、鶴と亀が頑張るって言うお話じゃない所が期待大なんだけれど、でも波瀾万丈であり、かなりの悲しみを伴うお話である事は間違いのない事。それを乗り越えて行く所が見所なんだと思うのです。

また一年楽しみたいと思いました。

(二回目の感想を書くか否かは、その時の気分次第でいこうと思います。)

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