便りがないのは良い知らせ。

日常を書き殴る!

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便りがないのは良い知らせ。

2008-03-27 01:58:56 | 雑記
そろそろ桜ですね。

桜です。春です。一番です。ドラえもん祭りです。

春と言えば卒業、入学のシーンを頭に思い浮かべます。社会人の間でも入社、転勤などのシーンがありますね。

そうです。別れと出会いの季節です。

今年もやっぱり桜は満開になるのでしょうね。そして、あっと言う間に散っていくのでしょう。

「金の成る木」ではなく「花の成る木」などは世の中に幾らでもあるはずなのに「桜」は何故にこうも注目の的になるのでしょうか。

美しさと儚さが圧倒的な存在感を放っていると言う事もあるかと思いますが、出会いと別れのシーンに、密接に関係している花だからなのではないでしょうか。

別れのシーンでツボミになります。これから咲き誇る花を連想させ僕たちに希望を持たせてくれる。

感傷に浸っているシーンで咲き誇ります。落ち込んだり悩んだりしている僕たちを励ましてくれる。

出会いのシーンで散っていきます。出会いとは美しく儚いものなのだと僕たちに感慨深いものを感じさせてくる。

どんなシーンも大切にしたと思います。別れも、感傷も、出会いも。

唐突ですが、当駄文ブログ「便りがないのは良い知らせ。」を閉鎖することにしました。「閉鎖」と言ってもこのまま残してはおきますが。。。

このような見るに耐えないブログを読んでくださった皆様に心から感謝の気持ちを伝えたいと思います。

そして、ブログを通じて知り合えた方にも心からありがとうを伝えたいです。

これからも、どんなシーンも大切にしたと思います。

今まで本当にありがとうございました。
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マンダムファイヤー

2008-03-21 01:34:49 | 雑記
声が良いね。

僕はよく声を褒められます。ダンディな声だから。
僕の声に似合う響きと言えば「マンダム」だろうか。恐らく想像を絶するほどのダンディズム。

しかし、だ。自分の声って自分が思っている響きと違うってことありません?自分の声を録音したものを聞いたら自分の声ではないような気がしませんか?で、「なんだよ。こんな声じゃないよ。何か変な声。自分が聞いてるダンディな声はどこ行ったんだ。」なんて思いませんか?思いませんか。そうですか。僕は思う。


僕は顔は褒められない。ダルシム似だから。
僕の顔に似合う技と言えば「ヨガファイヤー」だろうか。当然、度肝を抜かれるほどのファイヤーダンス。

しかし、だ。自分の顔って自分が思っている雰囲気と違うってことありません?写真に写っている自分の顔を見たら自分の顔ではないような気がしませんか?で、「なんだよ。こんな顔じゃあないよ。何か変な顔。自分が鏡で見ているチョイ悪な顔はどこ行ったんだ。」なんて思いませんか?思いませんか。そうですか。僕は思う。

自分が認識している自分と言うのは本当の自分の姿でない場合が往々としてあります。

近所の古本屋に行きました。僕は古本屋の雰囲気が好きです。とりあえず官能小説でも物色しようと店内をうろついてたところ、なにやら小難しい分厚い本が立ち並ぶコーナーに迷い込んでしまいました。学術的と言うかなんと言うか、兎も角、僕の領域ではない。僕がこのコーナーに入るとしらた飽くなき探究心で事細かに書かれた女体の神秘に迫る本を探す場合だけだ。

学術的な本の前には女性が1人。見るからに学術的な本を読みそうで知的な雰囲気をかもし出している女性だ。何だか本を一心不乱に読みふけっている。僕は彼女の気を散らないように、そっと後ろを通った。彼女は僕が後ろを通ったのも気が付かないくらい集中している様子だった。おっぱい触ってもバレないんじゃないかな。などと思いながらもコーナーを後にした。

そして僕の目当てである官能小説を探したのだが、イマイチだったためゲームやCDを見て帰ることにした。

学術コーナーで本を読んでいた知的な女性が気になったので、もう一度学術コーナーへ舞い戻る。まだ読みふけってたらおっぱい触ってみよう。などとはちょっとしか思っていません。

僕はまた彼女の後ろを通過しようと思っているその時ですよ。彼女は戻そうとした本棚の本が崩れ去る。ボロボロと本が落ちてくる訳です。すぐ後ろにいた僕にも何冊かの本が神風のように特攻してくる。彼女は慌てふためいて本を拾い上げて棚に戻す。小さな声で「すみません」とか言いながら。普段の僕は人の手助けなどを出来るほど心も広くもないし、暇さえあればおっぱいのことばかり考えているような酒粕みたいな人間なんだけど、流石にこのシーンでは手伝ってあげるものだろう。そうしたらおっぱいを触らせてくれるかも知れないし、などとは思ってはいませんよ。まぁ、手伝った訳です。

そうすると彼女はもう一度、小さな声で「すみません」って。僕は「いやいや、大丈夫ですよ」なんて言いながら本を戻す。本を戻し終えた時、彼女は「ありがとうございました」などと言うのです。言葉をうまく操ることのできない僕はもう一度先ほどと同じ言葉を発するのです。「いやいや、大丈夫ですよ」と。そうするとですね。彼女は僕の顔をしばらく凝視して「ありがとうございました」と反復する訳です。

僕はピンときた。「この娘。僕のことが好きなんだ。一目惚れか。参ったなぁ。」と。彼女は「顔はダルシムに似ているけど、声がダンディだわ。抱かれたい男、No1だわ。」などと思っているに違いない。

彼女は一冊の本を手に取り、「あの」と。
ん?なんだ。これから僕とその学術的な本を一緒に読みふけりたいのかい。どれどれ見せてごらんなさい。代わりに僕に女体の神秘を教えてくれまいか。などとは思ったり思わなかったりしているところ、どうやら僕が通路を塞ぐ格好で仁王立ちしていたらしい。僕は「ああ。ごめんなさい」と何で謝ってだか分からないまま通路を空け彼女を見送った。

僕は古本屋で完璧な冷やかし客をこなして店を出た。(ダンディに)

帰宅してから彼女が僕の顔を凝視したのかを考えると気になって仕方がなかった。いくらダルシムに似ているかと言ってそんなに珍しい顔でもなかろう。インドに行けばいっぱいいるぞ。

どうもにもこうにも腑に落ちない。

ふと鏡を見ると僕の鼻の穴から洒落にならないくらい鼻毛でてたもんね。そりゃ凝視もしたくなるわ。まぁ、そうさ。そんなもんさ。僕みたいなダルシムに一目惚れするような女性などいるはずがない。いたら見てみたい。逆にこっちから願い下げだ。

自分が認識している自分と本当の自分の姿。みなさんは一致していますか?
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僕の足跡

2008-03-19 21:02:11 | 雑記
じいちゃんから貰った最後の一万円札が2枚。
僕は少しでも重みがわかるまでは使うまいと決めていた。

僕は子供の頃、頻繁におじいちゃん、おばあちゃんの家に連れて行かれていた。

父も母も出身が呉だが、父方はド田舎、母方は中心地と言った対照的なものだった。

子供の頃は母方のおじいちゃん、おばあちゃんの家に行くのが楽しみだった。街から近いと言う事もあったし、近所には従姉妹が住んでいたので同年代の友達もいた。夏休みにはおじいちゃんの家の子になり、従姉妹と一緒にラジオ体操に通ったりもしていた。

おじいちゃんの家に泊まった翌朝、目覚めた時に「ここはどこだ?」と言った感覚に陥り一瞬パニックになるが、次の瞬間におじいちゃんの家だと気がつき安堵する。僕はその安堵感がたまらなく好きだった。

おじいちゃんには僕と兄以外に2人の孫がいたが、僕と兄はおじいちゃんに特別可愛がられていたような気がする。

母には兄がいる。母にとっての兄は僕の伯父にあたるのだが伯父には2人の娘がいた。僕と同じ年の女の子と一つ年下の女の子。伯父はおじいちゃんの家のすぐ近くに住んでいたのでいつもご飯は一緒に食べていた。

おじいちゃんからすれば毎日顔を合わせる孫よりもたまに訪ねてくる孫のほうが甘やかし甲斐があったのだろうと思う。

おじいちゃんは遊びに行くたびにおもちゃやお菓子を買ってくれた。産まれて初めて見たウルトラマンの映画の帰りにウルトラ兄弟がたくさん入ったフィギュアを買ってくれた。サルの子の僕ははしゃぎすぎて車に跳ねられてしまった。

両親と昔の話をするとたまに話題に上がる。あの時の僕は非常にコロコロとよく転がったお陰で奇跡的にかすり傷だけで住んだことを聞かされる。それでもおじいちゃんは僕のことを心配してオロオロしていたのを覚えている。

おじいちゃんにガンダムのプラモデルをねだったことがある。僕と兄に別々に買ってくれた。しかも組み立ててくれていた。

僕はプラモデルを組み立てるのも楽しみだったんだけど、おじいちゃんのガンダムは完璧なまでの作りで色までしっかりと塗ってあった。まるで、完成品を買ってきたかのように忠実に再現されていた。僕と兄はすごく喜んだ。
数年後、河川敷で爆竹で破壊することになるのだが、今考えると惜しいことをしてしまったと思う。

おじいちゃんに会いに行けば何でも買ってもらえる。何でも願いが叶う。そう思っていた。

僕の父が言うには、おじいちゃんは「ジェット機でも何でも買っちゃる。」と言っていたらしい。

非常に頼もしいこと、この上ないのだが、今思うとおじいちゃんの家は決してお金持ちではなかった。おじいちゃんはタクシーの運転手をしていたし、おばあちゃんは肉屋で働いていた。

僕らが遊びに行くたびにおもちゃを買ってくれ、行かない時にはプラモデルを作ってくれる。そんな優しいおじいちゃんだった。

おじいちゃんはたまに僕の家に泊まりに来た。僕の両親は無類のパチンコ好きなので時間があればパチンコに行っていた。おじいちゃんはパチンコに行こうとするとおばあちゃんにどやしつけられるため、僕の家に来てはパチンコに勤しむのだ。

おじいちゃんはパチンコで儲かってもほとんどお菓子に変えて帰ってきたので、勝っても負けだったと思う。

僕はおじいちゃんのことが大好きだった。僕の友達が家に遊びに来たときにおじいちゃんと友達と一緒にファミコンをしたことがある。ユーモアのセンスもあるもんだから僕の友達ともすぐに仲良くなった。今でもその友達と会うと僕のおじいちゃんが話題にあがることがある。大人から子供までどんな人にでも愛されるおじいちゃんが自慢だった。僕にとってのおじいちゃんは完璧なおじいちゃんだった。

そんなおじいちゃんが僕の夢の中に出てくることがあった。中でも3つほど、忘れることができない内容の夢がある。

一度は小学生低学年の頃の夢。僕がおじいちゃんの家に泊まりに行った時に見た夢だ。

僕は物心がついてから寝小便と言うものを一度しかしたことがない。僕の兄は小学生3~4年生になっても寝小便をしていたので、我が兄ながら情けなく思いバカにしていた。

僕が最後にした寝小便はおじいちゃんが夢に出てきてシッコを我慢する僕に向かってシッコを促す時に言う掛け声を繰り返し繰り返し言うのだ。「シー。シー。シー。コッコ」なんて。夢の中の僕はおじいちゃんの声に何も疑いを持たずにシッコをした。目覚めた僕は「おじいちゃんがシッコせぇって言うたけ、漏らしたんで」などとおじいちゃんを責め立てた。おじいちゃんは笑っていた。

そして、もう一度はファミコン全盛期の頃の夢。おじいちゃんは発売してすぐの入手困難なソフトを何度かおもちゃ屋をやっている知り合いから仕入れてくれたことがある。

エキサイトバイクなんかもそうだ。当時のファミコンソフトは4000円代が主流だったのだが、エキサイトバイクは5000円の壁を突き破ってしまったソフトだった。当時の僕からすると5000円なんて手の届く金額ではない。しかも大人気で入手は困難な状態だったように記憶している。そんな中、おじいちゃんは僕に買ってくれた。

ドラクエ3などは人殺しが起こってもおかしくないほどの空前のブームが巻き起こり、どこの店に行っても買えない状態で入荷した店舗では長蛇の列ができニュースでも取り上げられるほどの一大ムーブメントだった。僕の手元には発売して間もなくして列に並ぶこともなく普通にあった。

僕はおじいちゃんがいる限りどんなファミコンのソフトでも手に入れられる。そんな気がしていた。ある日の夢でおじいちゃんがファミコンのソフトを買ってきてくれた。それは「ウルトラマン」のソフト。もちろん僕の夢の中で作り上げられたソフトなので実在するものではない。ソフトをファミコンにセットしていざゲームを始めようとしたところで夢から覚めた。僕はじいちゃんに「ウルトラマンは?」と聞いたけど、おじいちゃんの頭の中には「???」がいっぱいだったに違いない。僕は大泣きをしておじいちゃんを困らせたが、おじいちゃんはいつものように自分のあぐらの中に僕を包み込み「ええ子になれよ。もう泣くな。」と頭を撫でる。僕はおじいちゃんにそうされるとますます涙が止まらなくなる。

最後の夢は、おじいちゃんの棺に突っ伏して眠っている時。僕は親戚一同の中で唯一、おじいちゃんの死に目に会えなかった。お見舞いにもロクに行かずに遊びほうけてた報いだろうと思った。自分が嫌になるくらい後悔した。だけど、おじいちゃんは夢の中で「ええ子になれよ。もう泣くな。」と僕の頭を撫でる。夢の中の僕はじいちゃんに謝りたかったのだけど泣いてばかりで何も伝えることができなかった。

最近になってやっと自分の力で生きているような気がする時がある。もちろん、いろんな人から支えられながらではあるが自分の足で立ち、自分の足で歩いているような気がする。躓いたり、足引っ張ったり引っ張られたり、支えたり支えられたり、飛んだり跳ねたり、沈んだり浮かんだり、怒ったり喜んだり、泣いたり笑ったりしながらもしっかりと地に足をつけて一歩一歩踏みしめている。

次にじいちゃんが夢に出てきたらいくつか伝えたいことがある。

ええ子にもなってないし、相変わらず泣き虫だけどなんとか頑張ってるってこと。
ブログを始めた当初からずっと書きたいと思っていたじいちゃんのことを書けたこと。

じいちゃんに貰った2万円で靴を2足買ったこと。それぞれの靴を買うときにじいちゃんから貰った2万をそれぞれに振り分けて買ったこと。これでますます大地を踏みしめられるよ!って。

最後に一つ。僕のわがままは何でも聞いてくれるじいちゃんにウルトラマンのソフトをお願いしたい。
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窓際団

2008-03-19 00:36:11 | 雑記
「ぞく」ってのは何にしても素敵なものなんです。

「海賊」とか「山賊」とか「家族」とか「裸族」とかとか「風俗」とか。まだまだいっぱい素敵な「ぞく」はあります。

「暴走族」だって「ぞく」って呼び名があまりにも格好良いからってんで「珍走団」なんて常軌を逸した名前にされてしまった訳ですし。

「ゾク」とは群れをなしているイメージがあります。一匹狼は「ゾク」を名乗りません。僕はロンリーではないけどウルフなので「ゾク」の響きは素敵だと思いますが大人数は苦手なためウルフです。オンリーウルフです。

そんな僕が近々「ゾク」に入ることになりそうなのですが「窓際」です。窓際団です。
ウルフ過ぎたのかな。
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迷彩とボイン

2008-03-17 22:24:19 | 雑記
噂は聞いていました。とにかく安い。と。
前々から気になっていたファッションセンターシマ○ラへ行ってきました。

ご存知の通り僕の所有している服は3枚+葉っぱ程度です。服を買おうと思い立ったは良いけど、ここのところ出費続きで服なんかにお金をかけている余裕はありません。しかし「もうすぐ春ですね。ちょっと気取ってみませんか。」と言うくらいだから僕だって気取ってみたい。そこで思いついたのが前述のセンターと言う訳ですよ。

僕は自分で言うことになんら抵抗がないくらい当然のことのように言える。僕にはファッションセンスがない。流行にも疎いしそもそも流行の服を着ても似合わない。

流行が変わる度に自分のスタイルを変えるなんてナンセンスだ。僕はいつでもストロングスタイルでいたい。などとは思っていませんが、ファッションに無関心な僕にとっては服などは防寒の意味と棒を隠すことくらいにしか価値を見出せない。

そして僕は気に入った服しか着ない。"気にいる"と言っても決してデザインのことではない。着心地だ。着心地が良ければ多少ボロくて破けてても良い。

僕は服を選ぶ時に成長して大きくなった時のことを見越して少し余裕のあるサイズのものを買う。ここら辺の未来予測ができるところなんかが僕がIQレスラーと呼ばれている所以だろう。窮屈な服を着るのが嫌なんだ。そして出来るだけ薄着で済ませたい。何枚も重ね着をするのは何よりも面倒だ。ゴワゴワして動き難いのはツライ。

男たるもの表を歩いたら8人の敵がいると思え、とも言いますし、出来るだけ身軽で動きやすいものがよろしいかと思っています。

総合的に考えた結果、僕には侍スタイルが理想の格好に思えて仕方がないのですよ。それにこれなら僕、、、いや、拙者には似合う。絶対に。

そう思って根本的かつ絶対的に方向性を見失った僕はセンターへ突入するのです。

その斬新なネーミングから想像するにローカルの企業だと思っていましたが、全国区らしいですね。

中に入って、まずは人の多さにビックリ。で、適当に眺めた服の価格を見てビックリ。

ダウンジャケットみたいなものなんかが1000円代だったのに流石に度肝を抜かれました。衝撃のプライスの品々の中、僕は侍スタイルを完成させるべく服を物色する。もちろんマイブームであるシマシマもチェック。

店内は予想通り主婦と見受けられる女性がわんさかいました。家族で連れ立ってきたお父さん、お母さん、子供の組み合わせも何組かいました。そんな中に一匹の侍。誰も僕のことを見ちゃいないだろうけど客観的に見て普通に浮いた存在でした。

侍スタイルとは言ったものの袴などが置いてあるはずもなく、シマシマ具合をチェックするのが関の山なんです。こんなんなら帰りに黒いゴミ袋でも買って繋ぎでも自作したほうがマシだな、などと考えているところ、それは僕の目に飛び込んできた。

今まで僕が手を出さなかった分野。その服を着ているとみんなの熱い羨望の眼差しを受けることは予定調和の如く至極当然のことに成り得る。

それは。迷彩服。

見紛うことは決してない。それは紛れもなく迷彩柄だ。本来、迷彩柄と言うのは戦闘時に着用するものであり、周りの風景と同化し目立たなくさせるのためのものだ。ジャングルでは森林の色を主体とした柄。雪原では雪の色を主体とした柄。砂漠では土の色を主体とした柄。それぞれに適した色と柄で衣服を彩ることで敵から発見され難いものにし自分の身を守る。それがどうであろう。このセンターでは威風堂々とした存在感。周りと同化するどころか一際輝く存在感。この迷彩は敵に見つかることを恐れていない。

僕は価格を確認するや否やオリーブ色のズボンと一緒に試着室へ駆け込む。そして軍隊で訓練された兵士のように俊敏に着替え終えた。

僕は鏡の中の自分を見て、残された道は自分のコスチュームに陶酔することくらいしかないことに気がついた。これはイカす。中学生の頃、友達の家で始めて見たAV「巨乳イカす!」と同じくらいボインだ。いや、それ以上のボインかも知れない。これは紛れもなく現代に蘇った侍に他ならない。迷彩を着ることにより身を隠すどころか逆に圧倒的な存在感を手に入れることが出来る。

僕は迷彩を買った。

春だからって気取ってなんかはいられはしません。なんせ僕には8人の敵が待ち構えている。
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