映画 ご(誤)鑑賞日記

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奇蹟がくれた数式(2016年)

2016-11-11 | 【き】



 19世紀末、南インドに突如現れた、天才数学者ラマヌジャン(デヴ・パテル)と、彼を“発掘”し、その偉業を支えた英国ケンブリッジ大学のハーディ(ジェレミー・アイアンズ)の物語。

 昨年の『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』に続き、再び天才数学者にスポットライトを当てた映画の上梓。もしかして天才数学者ブーム?
 

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 非常に魅惑的な数学者、ラマヌジャンの半生を映画化、しかもハーディをアイアンズが演じるってことで、勝手に期待値が上がっていたらしく、見終わっての正直な気持ちは、ガックシ、、、という感じでござんした。


◆ただでさえ天才数学者を描くのは難しい

 もう、本作は脚本の失敗、これに尽きると思います。あれがあってこれがあって、32歳で病気で死にました、っていう脚本。

 本作を見終わって、ラマヌジャンはどういう人だったのか、彼の何がそんなに凄かったのか、、、見た人は分かるでしょうか? 分からないと思いますね。分かったことは、彼が厳しいヒンドゥー教の戒律を守って異国の地で苦労し、周囲の差別・偏見も加わりストレスが溜まって病気になった、、、ことくらいではないでしょうか?

 ただまあ、これは“天才数学者”を描く宿命でもあります。一般の観客に、彼の発見した公式の凄さなんて、数学的な説明をしたって分かりません。だから、ついセリフで「これは凄い」とか周囲の登場人物に言わせるという安易な手法を選択してしまう。本作は、見事にそこに嵌ってしまったと感じます。

 ハーディがラマヌジャンの“証明の必要性を理解できていない”というところに気付いた後は、ラマヌジャンの発見した公式の証明に精力を注いだという肝心の話が抜けているのも致命的。本作では、ハーディがひたすらラマヌジャンに証明の重要性を説いているだけで、それでは、ラマヌジャンの凄さが伝わらないのも無理はないかと、、、。

 その、ラマヌジャンの数学者としての特異体質を伝えるためには、やはり、彼の生い立ちを多少なりとも描くべきだったと思います。港湾事務所の会計士からいきなり話が始まっているので、唐突感が否めない。


◆ラマヌジャンを映画にする無謀さ

 というか、そもそも、このような特異な天才を描こうとしたことが無謀だったのかもという気もします。

 大体、ラマヌジャンという人は、後世の数学者たちも「何でこんな公式を発見できたのか?」と、彼の思考回路がまったく想像できない、そういう、ある意味、人間離れした頭脳の持ち主な訳です。大抵の公式は、ある程度の必要性に迫られて、必然性から発見されているわけですが、ラマヌジャンの発見した公式は、何に使えるかもさっぱり分からない、ただただそこに誰も見たことのない数式が提示されているのです。前後の脈絡がないのです。

 そんな人を、映画にしようとした時点で、こうなる運命だったのかも。だって、本作にもありましたが、実際にラマヌジャン自身「神が降りて来て教えてくれた」と言っているくらいなのです、、、、。

 ラマヌジャンの実母との関係、若い妻との関係も描かれていて、こちらの方が、ラマヌジャン自身の葛藤よりは分かりやすいかもです。実母の息子への執着ぶりと、いわゆる嫁姑の葛藤、夫婦が離れ離れでいることの葛藤、、、誰もが想像しやすいことですからね。

 同じ、天才数学者を描いた『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』は、同じく、数学的な説明がないのにもかかわらず、チューリングの天才ぶりが本作よりは伝わるように描かれていたと思います。

 ただ、チューリングは、「エニグマの解読」という国家レベルの必然性に迫られ、苦悩の果てに解読した、という分かりやすいストーリーがあるので、ラマヌジャンを描くよりは大分シナリオも書き易いでしょう。もちろん、『イミテーション・ゲーム~』のシナリオも困難を極めたことは容易に想像できますが。

 それくらい、ラマヌジャンは、その存在が不思議な人なのです。

 ハーディは、ラマヌジャンの「神が降りて来て教えてくれた」という説明には懐疑的で、ラマヌジャンの発想の柔軟性にその真実を求めているらしいですが、私としては、ラマヌジャンはやはり、空から降りてきた、神が遣わした天才、と思った方が腑に落ちます。

 でも、そんなこと、映画で描いたら、オカルト映画か、とんでもないB級映画になってしまいかねない。やはり、映画が手を出すには、あまりにも人間離れした人物、それがラマヌジャンなのではないかという気がします。


◆美しさの探究
 
 『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』の感想文にも書いたけれど、ラマヌジャンを知ったのも、テレビ番組「天才の栄光と挫折~数学者列伝~」でした。

 その中の、講師の藤原正彦氏の話で忘れられないことがあります。

 藤原先生が、ラマヌジャンの故郷の寺院を訪ねた時、その建物のもつ様式美に魅せられたのだとか。このように美しいものに日常的に接していたラマヌジャンには、美に対する意識が、知らないうちに形成されていたのかも知れないと。

 数学者は、その数式に“美しさ”を求めるのだとか。これは、物理学者も似たようなことを言っているのを聞いたことがあるので、多分、そうなのでしょう。公式の美しさ。正しさには美しさが必ず伴うものだ、という彼らの美意識。

 ラマヌジャンのノートに書き残された膨大な数式は、どれも、実に“美しい”のだそうです。

 藤原先生は、天才は、美しさのあるところからしか生まれない、というようなことを言っていましたが、それはある意味、そのとおりかも、、、と思いました。美しさの定義は難しいけれども、“美”の探究心がないところに、素晴らしい発想や創造性は生まれ得ない、という気がしたのです。

 そういう意味では、本作に描かれたラマヌジャンの故郷の風景や建物、留学したケンブリッジの中庭や中世からの建物が、非常に美しかったのが印象的です。
 






J.アイアンズの実年齢以上の老け様が哀しい。




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