映画 ご(誤)鑑賞日記

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ハイドリヒを撃て! 「ナチの野獣」暗殺作戦(2016年)

2017-09-09 | 【は】




以下、公式HPよりストーリーのコピペです。

=====ここから。

 第二次大戦中期、ナチスがヨーロッパのほぼ全土を制圧していた頃。イギリス政府とチェコスロバキアの亡命政府とが協力して極秘計画を練る。パラシュートを使ってチェコ領内に送り込んだのは、二人の軍人ヨゼフ・ガブチーク(キリアン・マーフィ)とヤン・クビシュ(ジェイミー・ドーナン)。

 当時、チェコの統治者でホロコースト計画を推し進めていたのが、ヒトラー、ヒムラーに次ぐナチスNo3と言われたラインハルト・ハイドリヒ。二人はナチスとハイドリヒの暴走を止めるために送り込まれたスパイだった。

 ヨゼフとヤンはチェコ国内に潜伏するレジスタンスの協力を得てハイドリヒの行動を徹底的にマークして狙撃する機会をうかがう。任務の過程で芽生えた愛する女性との幸せな生活を夢にみながらも、祖国チェコのために、そして平和な未来のために自らを犠牲にして巨大な敵と戦うことを誓うのだった。
 
=====ここまで。

 チェコが舞台、ナチ映画の異色作。

   
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 複数の映画評を読んで見てみたくなったので、劇場まで行ってまいりました。
 

◆見終わってグッタリ。

 ナチ映画というと、ホロコーストものか、暗殺ものだと思われるのだが、本作は、一応、暗殺ものと言えるけど、主眼はむしろ暗殺後であり、祖国のプライドのために立ち向かった者たちが、いかに凄惨な報復を受けるに至ったかが克明に描かれている。だからこそ、見てみたいとも思ったわけだけど。

 さらにいうと、ナチ映画では、その舞台が大抵は、ドイツか、ポーランドか、フランスか、せいぜいロシアか、、、なもので、チェコが舞台のナチ映画は、まさにこの暗殺計画を扱った作品くらいなものではないかしらん。そういう意味でも興味をそそられた次第。

 で、見終わっての率直な心の第一声は、“疲れた……”。

 というのも、前半は割とひたひたと暗殺計画が進むのでむしろ退屈でさえあるのだけれども、暗殺計画実行以降は、もうひたすら恐ろしいので、身を固くして見ていたものだから、心身共に緊張しっぱなしで疲れたのである。しかも、救いがない結末なので、その疲れは倍増。疲れというか、徒労感にどっと押しつぶされそうになり、劇場を出る足取りはただただ重かった。

 とにかく、理不尽かつ無残な映画であると思う。


◆暗殺は一応成功するが、、、

 欧州諸国から見捨てられたチェコは、政府がロンドンに亡命してしまい(ポーランドと同じ)、国民こそが国に捨て置かれた状態だったわけで、、、。しかも、ナチスという化け物に、暗殺で立ち向かおうという、まさに国民の生命・財産を軽んじる無謀な計画を立案する亡命政府。私が当時のチェコ国民ならば、絶望しかなかったように思う。

 チェコの地下組織は、アタリマエだがこの暗殺計画に反対する。しかし、いくら暗殺後を恐れても、現状、国民を置き去りにした政府は、国民の犠牲をやむなしとしたこの作戦を決行しようとしていることを思えば、地下組織としても、やはりどこか絶望していたのではないか。絶望した者たちにとって、かすかな望みは、我が命と引き換えに国を取り戻すこと、、、という思考になるのも当然と言えば当然な気がする。

 しかも、いざ暗殺実行の段になって、ガブチークの銃は作動しないという皮肉。ハイドリヒに返り討ちされそうになる瞬間、ヤンの放った手榴弾が炸裂し、ガブチークは逃げ、ハイドリヒは致命傷を負うことになる。でも、暗殺実行犯らは、ハイドリヒがどの程度の怪我を負ったかは分からないし、数日後に死亡を知るまでは、計画失敗にさらなる絶望を味わったに違いない。

 ここから、実行犯らの逃亡が始まるのだが、ナチスのやり口は実にエグい。昨今の北朝鮮のニュースを見ていると、ナチスのそれとダブって仕方がない。独裁体制とは、ワンパターンだと思う。詰まるところ、チクリ社会&恐怖政治。実行犯らを追い詰めたのも、結局は、仲間の裏切りによるチクリであった。その後は、凄惨な拷問により、芋づる式に彼らの隠れ場所が暴かれるのだ。

 彼らの拠点を提供したモラヴェツ夫人は、連行される前に青酸カリで自殺するが、その息子は拷問を受ける。その際に息子が見せられたのが、モラヴェツ夫人の、つまり母親の生首である。これは実際にもそうだったらしく、映画の1シーンとしても究極のグロテスクさで絶句した。これにより、遂に息子は、彼らの隠れ場所であった聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂の名を叫ぶ。


◆実行犯らは何を思う、、、。

 舞台が聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂に移って以降は、もう、見ている方は絶望感に浸るしかない。あの状況で、実際のヤンやガブチークたちの心に去来したものは何だったのだろう、、、。およそ勝ち目のない抵抗。

 まずは、見張りのために地上階にいたヤンら3人が侵入してくるナチ兵を片っ端から撃ち殺していく。撃たれても撃たれても、後から後から湧いて出てくるナチ兵。多勢に無勢で、1人やられ、2人やられ、遂に3人目のヤンが青酸カプセルと、1発だけ残しておいた銃弾で自決する。

 お次は、地下に籠る4人。しかし、こちらは、銃撃戦は不発で、地下だからというので、ナチは水攻めに出る。地上にある換気窓からホースを突っ込み、大量の水を4人がいる地下室に流し込む。さらに絶望感がスクリーンを覆う。こうなったら、後は、敵の陵辱を受ける前に、自らの手で決することしかない。

 ナチ兵は、あれだけの数がいながら、実行犯を誰一人として生け捕りに出来なかったわけである。

 この聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂での絶望的な戦闘シーンだけで、30分近くあったのではないか。大聖堂内部のシーンは大型セットを組んでの撮影だったそうだが、その迫力にただただ身体が硬直するばかりだった。

 大聖堂内に続々と侵入してくるナチの兵士たちが、まるでRPGの雑魚キャラよろしく、生命感のない操られ人形のように見えるのが、さらに恐ろしさに拍車をかける。


◆マルチン・ドロチンスキーだ!!

 スクリーンが全体にややセピアがかった色味だったのが印象的。当時のチェコの絶望的な空気感も出ていた様な気がする。

 何より、暗殺シーン、大聖堂での戦闘シーンが、息が出来なくなるくらいのリアリティ。拷問シーンは凄惨極まりなく、正直、目を背けたくなる部分も多々あるが、実際にはさらに酷いものだったのだろうと思うと、身の毛もよだつ。

 キリアン・マーフィは憂を湛えた表情が、明日をも知れぬ身を体現していて素晴らしかった。一方のジェイミー・ドーナンは、ちょっと体育会系の明るさがあって、どうしたって悲壮感とはほど遠いキャラ。暗殺の使命を負っている者には見えなかったけれども熱演だった。

 でも、印象的だったのは女性たち。ガブチークと恋に落ちるレンカを演じたアンナ・ガイスレロヴァーの哀愁を帯びた表情が素敵だった。ちょっと老けている感じだけど、知的な美しさで、暗殺実行に向かうガブチークを見送る表情は出色。チェコの女優さんで、チェコでは有名なお方のよう。もう一人、モラヴェツ夫人を演じたアレナ・ミフロヴァーも素晴らしかったと思う。祖国のプライドのために命を懸けるガブチークらを笑顔で援助する女性ということで、一見肝っ玉母さんみたいな感じを受けるが、そうではなく、しなやかな女性という印象。

 個人的には、プラハの地下組織のリーダーを演じていた、ポーランドの俳優マルチン・ドロチンスキーと本作で再会できたのが驚きだった。『ワルシャワ、二つの顔を持つ男』でククリンスキを演じていたのが彼。どっかで見た顔だなぁ、、、と思いながら見終わって、パンフでキャストを見てようやく認識した次第。でも、こんな顔だったっけ?? うーん。

 キャスティングは、なかなか国際色豊か。だからだろうけど、プラハが舞台でも、セリフは全部英語です。









心身共に元気なときにご覧ください。




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