バラの住人

ようこそバラ園に お好きな花を お選びください
カップに入れて 薔薇ティーを 今日はあなたと ご一緒に

これからのこと

2011年03月09日 | ちょこっとエッセー
 つい何年か前はまだまだ元気で、60代からの夢や姿勢も、割と鮮明に考えられていたが、昨今、はっきりと気付くのが体力の衰えである。あれほど几帳面にやっていた家事にも、それほど意欲が持てなくなった。それで普通になったのだと娘は言うが、自分の中では危機的な状態だと思う時がある。

こうして少しずつ何かが出来なくなっていくのが老いなのだ。欲張って無理をすると何日か後にはひずみが出て、結局は数日だらだらと過ごすことになる。

どうしたものかと悩む日々だが、小さな言葉を見つけた。自分で考えたのか、誰かの言葉を写したのかは定かでないが、手帳に書かれた言葉はこう言っている。「ひとつづつ、少しづつ、これをつづける」。
出来るだけ自立した生活を送ることが、これからの大切な 課題であり、日常を難なく送れることが、またとない幸せになって来る年代において、ひとつづつ、少しづつ、これをつづける ことは、家事の困難を乗り越えるひとつの秘訣のように思える。

老いていく過程で、この秘訣と共に、心しなければと思っていることに笑顔がある。
顔にまで現われた筋肉の低下は知らずと口角を下げ、 自分の悪面に驚くことがある。心の伴わない事をおいてでもある。
気力の低下が、眠っていても自分の顔に渋面を作っているのに気が付く。<笑顔、笑顔>と声を掛ける。
何とも健気であるが、起きているときにしっかりとした意識を持つことはもっと大事である。


美しい花が咲いた。
三年を経て、やはり下を向いて咲いている。



笑顔を抱いているように見える美しい花である。



死ぬまで笑っている事を教えてくれる名花を前に、私はまたしても下がる口角をあわてて上げた。
笑顔を作るのも中々どうして、大変な作業である。



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カラスの女房

2011年03月07日 | ちょこっとエッセー
   
 
 カラスが一羽アンテナにとまり、いまにも泣き出しそうな曇り空の中、もうすぐやって来る夕刻を見ている。
ともにねぐらに帰る連れを待っているのか、雨の降り出さない内に戻ればいいのにとでも思っているのか、じっと一点を見つめている。

戻らない夫を、こうして待った日々を、一片の光景が思い起す。
一度出れば十日から二週間を有する出張を、退職のその月まで、毎月こなす激務を夫は持っていた。九州を、四国を、東海道を車で走り抜けた。北海道は飛行機で飛んで、その後また、車でさいはてに向かった。

鹿児島から陸送して帰ったことが、一番きつかったと話す夫の仕事の辛さを今は理解出来るが、若い頃は帰るとすぐに、待っている友の呼び出しに応じ、所属するチームの野球、バレーボール、その後の徹マンで家に帰らなかった。
「ナイターだったの?」「うん。きつい試合だった」少し帰っては眠りこけて、私を煙にまいた。母と子も団地のベランダで父の帰るのを待っていた。

大事なことを決める時、大切な時には決まって出張がやって来て夫はいなかった。出産の時、家を建てる時、あの阪神淡路大震災の時もいなかった。何度もやって来る余震に義母を抱いて怯えていた。

長い間、電信柱で待つだけのカラスの女房だった。
それが刻が過ぎ、四六時中私の名を呼ぶ連れが帰って来た。ひとりが慣れた女房は、やかましくてしがたがない時がある。
何処でも行っていいよ。帰って来なくてもいいからね。
何処行くんだ。何故そんなことを言うんだ。
一時間もしない内に戻って来るカラスの夫を何故か今はいじめている。

またいつかひとりになるんだからね。電信柱でじっと待っていても、もう帰らないカラスになるんだからね。
呼ばれる内が花だと知って、エンヤラコラと台所に向かう私がいる。
カラスが目をやった先を一緒に見ていた私がいた。



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弱くてごめん

2011年03月05日 | ちょこっとエッセー
     

 ひな祭りの日に、何故だかワインが飲みたくなって、ケーキでもと思っていたが、思い切ってワインを夫に頼んだ。
いくらも飲めないので、出来るだけ小さなビンをくれぐれもと言ったところ、しばらくして戻って来た夫は、いかにもいいものを見つけて来たという様子で、ちょっとおどけて見せた。
いくらだったと問う私に「当ててごらん」と私が以外な答えを出すのをひどく期待しているようだった。
それはびっくりするくらい小さなビンで<メルシャン・ボン マルシェ白>とオシャレなフランス語で書いてある、180cc入りの物だった。

娘と食事に出掛けると、遠慮しないでという娘のすすめもあって高級ワインをハーフボトルで頼み、二人で飲み切るということもあったが、値段を見て「もし残ったら持って帰ろうね」と言って娘に嫌がられたことがある。
ワインは高いものと刷り込まれていた。しかしこれは158円だった。
「すごい」夫はさも私が喜んで見せたので、男の本懐を遂げたように喜んだ。ワインに似た男である。

白はキレも良く、さほど酔いが回るというほどでもなかったが、いやいや効いて来た。
11%のアルコールの威力はじわっと後からやって来る。
「あなた。半分上げる。何でも半分づつが母の遺言でしょ」夫はいつもの焼酎を飲んでいたが、来るものは拒まず、私がそう言うのをじっと待っていたようである。男のヤセ我慢も何処かいじらしい。79円の我慢である。


明けて昨夜、夫が今度は赤を買って来た。<ボン・ルージュNEW>と挨拶をしている。少し高くて198円。
何処まで愛すべきというのか。
今日は魚だったが、ためらうことなく栓をあけた。昨日のようにキリッとしたキレはない。
ところがこれが魔物だった。11.5%の少し高い度数はボン・ルージュの甘い囁きと共に私を撃沈した。
「あなた。半分上げる。何でも半分づつが母の遺言でしょう」

気が付くと夫はもういなかった。
やられた。夫にやられたのか・・いくらも飲めないのを知っていて。
半分残したワインは夫の味見用だった・・まぁいいとするか。
フトンを掛けて去った、グットナイトの優しさは、酔いが醒めてもホロリと来るものがあった。
198円はかなりの優れものであるというべきか。



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