切れ切れ爺さんの徒然撮影&日記

主に寺院や神社等を中心に、文化財の撮影と紹介。
時に世の中の不条理への思いを発言していく。

上京区にある 浄福寺 清和院

2017-05-18 00:04:11 | 撮影
 5月も後半になり、相変わらず1日1日があっという間に過ぎ去ってゆく。溜息が出そうだ。

 今日はかなり曇ってはいたが、京都市内へ出る。堀川通りを北へ向かい、今出川通りを西へ走り、到着したのは、浄福寺。
  
 ここはかなり広い境内を持ち、相当立派な伽藍を要する。創建はおそらく奈良から平安時代にかけての頃。その後火事で焼けたり、様々な変遷があるが、はっきりしたことがわかっていない。いずれにしろ今現在の本堂、鐘楼、門などなど、江戸時代の再建となる。それらのほとんどすべてが、京都市の指定有形文化財。どれもこれもなかなか立派な建築物。詳しいことは写真を。
 特に人は来ていなかった。境内に幼稚園があり、とても賑やか。この前身は江戸時代に境内に住み着いていた武士達の学問のための場だったと言われる。
 重要文化財の寺宝は、京都や東京の国立博物館にある。阿弥陀如来等の仏像は見られなかった。      

 続いて千本通りを挟んだ反対側にある、清和院へ行く。
 清和天皇ゆかりの、かつては大寺院だったが、今は非常に小さなお寺。創建はよくわかってないようだが、平安時代の頃らしい。鎌倉時代に地蔵菩薩立像が安置され、これが今も本尊とされていて、国の重要文化財に指定されている。
 住職さんにお願いして、この地蔵菩薩立像を見せてもらった。さすがに800年も経っていると、極彩色に塗られていたと思われる色もすっかり落ちて、全体が黒く艶光していた。残念ながら撮影は不可。
 その場で、このお寺と菩薩立像のことを詳しく説明してくれたが、ややこしくてあまり頭に入らない。詳しく書かれた説明書をいただいたが、これはこれで今度は細か過ぎる説明がされていて、なかなかよくわからなかった。関わりのある人物は、割と歴史上に知られた人々で、知っている名前も多かったが、京都は都があっただけに、さすがにいろんな人が関わっているもんだと、改めて思った。やはりちゃんと理解するには、もっと歴史や周辺情報の知識が要る。若い住職さんだが、かなり知識が豊富。当然と言えば当然だが。
 本堂にはこの地蔵菩薩のほかに、両側に鎌倉時代の作とされるかなり立派な仏像がいくつもあったが、文化財指定はされていないと言う。どう見ても重要文化財と言われても不思議では無いような代物。住職さんが言うには、もしこれが地方だったら、間違いなく重文になるだろうけど、京都はあまりにもこういったクラスの仏像が多すぎて、ちょっとやそっとでは指定までは至らないらしい。やはり作者とか痛み具合とか、そういった細かなところが、指定されるかされないかの境目とのこと。
 それにしても貴重ものをいろいろ見せてもらい、話も聞かせてもらってなかなかよかった。
     
奥の厨子の中に地蔵菩薩立像がある 
 
鎌倉時代の作 

鎌倉時代の作
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