切れ切れ爺さんの徒然撮影&日記

主に寺院や神社等を中心に、文化財の撮影と紹介。
時に世の中の不条理への思いを発言していく。

共謀罪 自民公明による民主主義の破壊

2017-06-16 01:01:38 | 社会

 共謀罪が成立

 いつものことながら、日本の国会の無様な体たらくな、どうしようもない惨めさしか 感じられないような、情けないもの。しかも最後の最後は、自分もこんなん知らなかったけど、委員会審議やめて中間報告で一気に採決という方法。ニュースの解説なんかを見てると、禁じ手とか何とか言ってるけど、まあそんな方法もあるんか。ほんま汚いやり方。どうであれテロ何とかという名前にしてるけど、いわゆる共謀罪が出来たということ。

 加計学園問題もそうやけども、この共謀罪法案の審議にしても、こんなにでたらめでいい加減な国会論議というのは、いつもそうなんかもしれへんけど、どうしようもなくひどすぎる。
 俺もかつて中学校でホームルームの時間なんかに、クラスで、あるテーマについて論議をする時に、生徒の議長が指示をして、各班ごとに論議しその結果を報告しあって、お互い問題点を指摘し合い、更に論議を深めて、最終的に各自の認識がある程度深まったところで決議をする。そういう方法でやってたけど、国会の論議っていうのは、中学校どころかたぶん小学校にも遙かに劣る低レベルなものだと言わざるを得ない。
 与党は案を出して それを何が何でも通そうとするし、当然野党は問題だらけの法案に対して、反対の様々な意見を出してくる。その中で当該の官庁が詳しい具体的な中身を練ってきて、与党側の全面援助体制を組んで、無能な大臣達の代わりに前にしゃしゃり出て答弁する姿は、滑稽と言うか見苦しいと言うか、こんな奴らが国会議員なのかという情けなさに、もはや声も出ない。

 こうして詳しい中身、具体的な内容がほとんど明らかにされないまま、まあこれが安倍の狙いなんだろうけど、国会の期日までに何としても終わらせる、ということで強行な方法で採決をしてしまう。結局無能な法務大臣の答弁にならない代物で、無駄な時間が費やされ、そいつらさえ中身が分かってないまま官僚だけが理解して作ってきた中身を、一方的に答弁して、何か理由がわからんままに最後を迎えた。

 自民党と公明党が中心となり、そこに僕もよせてと維新の会がすり寄って、十分に理解していない奴らが集まって共謀罪を通してしまう。
 ニュース映像で最終審議場面をやってたが、公明党の女のアホ議員が、法務大臣が真摯に国民に答えていた、と持ち上げ、反対する野党に対して、共謀罪が国民の自由を侵害するなどと言うプロパガンダを一方的に流して、というような表現で、必死になって法務大臣を擁護していた。こいつはプロパガンダの意味知ってんのか。国民の一定の年代以外はあまり知らないだろう。知っている年代は学生時代に極左の暴力学生集団、革マル派や中核派が暴れていた。それを連想させる言葉である。したがって今の俺らの世代はプロパガンダという言葉を嫌というほど聞いてきた。つまり公明党のアホ議員はこの言葉をわざとらしく使うことによって、野党が極左暴力集団と同レベルであるということを、まさに印象操作をしているというわけだ。
 公明党はもうはっきり言って、ただ単に自民党の飼い犬というレベルだけではなく、はっきりと右派勢力と言ってもいい存在。もちろん維新の会なんて言うのは、創設者の一人の橋本弁護士自身が右派思想の持ち主だし、最初から右派政党と言うべきもの。ほんまにこいつらの、いやらしさとあさましさと悍ましさを今回はたっぷりと見せつけさせてもらった。

 京都新聞の記事ではこのような場合、識者の談話がよく載せられるが、大概は賛成派と反対派の両方が載せられることが多い。しかし今回は、全て反対の考え方の意見ばかりだった。硬派の女性作家、高村薫氏が、この共謀罪の持つ危険性を改めて指摘した上で、最終的にはこんな政権を選んでいる国民の責任の大きさを指摘している。当然といえば当然だが、国民のあいだにはこの共謀罪に限らず、ずっと以前から様々な悪質な法案に対する強行採決等の実態を見せつけられて、もはや慣れっこになってしまって、感覚が麻痺してしまっている危険性に対する認識が、 あまり見られないような感覚に陥ってしまっている。そんな指摘がなされていた。

 自分もそんなに詳しくはないが、このような動きは日本が戦争に負けた1945年から始まっていると言っていい。
 新しい憲法ができ、民主主義の仕組みが日本社会の中に取り込まれ、それが少しずつ機能して行く時に、それとは全く別の動きも始まっていた。敗戦直前、政府の奴等にとってみれば、このまま日本が戦争に負けて行く時に、何を一番大事に守るのかと言えば、それはもちろん天皇及び天皇制度だったと言っていい。国民の命を守るのはどうでもいい、そんな殊勝な感覚は政府のお偉いさんたちにはない。
 戦後なんとか天皇制は残ったものの、天皇の人間宣言による屈辱感を覚えた連中は、将来的にこれをどう復活させるのかという動きを始めていく。しばらくしてから日本の占領状態が終わりを告げ、独立国として再建し始めた時に、保守層の明治回帰への動きは徐々に具体的な形となって現れていく。日本そのものは60年代に高度経済成長期を迎え、東京オリンピックも実施し、世界の日本へと経済発展も 驚異のスピードで成し遂げていくが、それと同時に、復古への動きもどんどん表に顔を出してくる。
 国会や地方議会などでは、社会党や共産党などがある程度を力を持ち始め、その反動勢力として右翼の動き動きが活発になり、例えば社会党浅沼委員長刺殺事件なんかも起こり、日本という社会が、決して民主主義が定着しているような実態ではないということが明らかになってくるけれど、大半の国民は経済成長政策に期待を寄せ、国民総中産階級化への夢を持ち、必死になって働き蜂となっていく。
 その後幾多の変遷はあるものの、80年代頃から急速に、日の丸が焦点になり始める。こういうものは、いきなり中央の国会などでの問題とするよりも地方議会や学校現場といったところで、謂わば片隅で問題にされ始め、ある程度日の丸問題が認知され始めると、一気に国レベルで取り扱われ、これが 法制化に繋がっていく。続いて君が代が取り上げられ、これも地方から全国へという形で、最終的に国歌として規定されていく。こういうものを推し進める右派団体が各地に支部を作り、草の根的に徐々にゆっくりと、何年もかけて活動が進められてきた。
 そして時折、公職にある人物がとんでもない発言をして物議を醸す。かつて自衛隊の確か幕僚長だったと思うが、自衛隊の海外派遣について発言したことが大問題となり、辞職に追い込まれたということがあった。しかし結果的に、その発言から10年20年してそれは実現していく。こういう例は他にも様々ある。
 そんな中、2000年代になって登場してきた安倍は自分の祖父だったか、尊敬すると言う岸信介元首相の悲願を達成すべく、「美しい日本の国をつくる会」みたいなものを 起ち上げ、その言葉を盛んに国会でもインタビューでも使うようになった。そこからさらに「美しい日本の憲法をつくる会」などという新たな組織もでき、奴等の方向は明瞭になった。
 公明党が大臣ポストを一つだけ、ありがたく頂き、自民党の飼い犬に成り下がった時点で、自体は一気に進み始める。国会の中では半数を占めるということは、提案した法案がどんな審議過程があろうとも、最後の最後は自民党議員曰く「最後は数」という論理で、なんでもできるということが明らかになった。その中で様々な危険な法案が強行採決されていく。それでもなぜか国民は、安倍内閣を支持するという異常な事態。国民そのものが自民党と公明党に飼いならされた、哀れな小さな動物にすぎないという有様にまで転落した、と言うこれが今の実態なんやろと思う。
 本来そのような一方的なやり方を諌めて、正しい道を模索するはずの参議院も、役立たずの給料泥棒にすぎない。
 さらには権力の横暴に対して、かつて戦後「ペン偽らず委員会」を組織して、時の政府と真っ向から戦った新聞記者たちがいたが、今やマスコミ、特に放送関係は腰抜け腑抜けになり果て、新聞も産経・読売と言った政府御用達の新聞すらあると言う惨めな実態。ナントカカントカましなのは一部の地方新聞だけという有様。
 全体的に見れば特に、テレビ放送局の悪質がさがずば抜けて目立っている。重大な問題を国民に見せない、考えさせない、そういった役割を大いに果たしまくっている。毎日毎日繰り返される○○スペシャル番組。同じ顔の芸人やタレントが、適当に座って適当に笑って適当に喋るだけの何の意味もない番組が垂れ流され、世の中に起っている大事な問題を遠くへ追いやる役割を果たしている。
 高市総務大臣の恫喝を受けて、もう簡単に腰砕けの腑抜けに陥って、こんな奴らが放送界を牛耳っていることに、さらに将来への危険性を感じざるを得ない。権力者はマスコミが決定的な役割を果たすことをよく知っており、どう利用すればいいのかもよく知っている。

 今回の共謀罪はまさしくうってつけ。政府与党に歯向かうものは、この共謀罪で何でもかんでも検挙できる。たぶん10年20年と経つと謙虚ではなく、はっきり弾圧といった形で牙をむくのは明らかだろう。もちろんこの共謀罪ができて一番喜ぶのは、警察と公安。彼らの絶対的な権力は極めて大きなものになる。盛んに言われている戦前の治安維持法そのものに間違いなくなっていくだろう。
 そしてまもなくやってくる憲法改悪。最初はほんのわずか。そしてそれが実現すると、次に一気に全面改正、じゃない全面改悪をやってくるだろう。
 目指すは明治の大日本帝国憲法。まさかそんなと思うかもしれんけど、日本会議をはじめとする全国組織は様々な組織と共に、この運動を現実に進めている。そして最後の最後にやってくるのは、天皇元首化であり、謂わば日本古来からの「国体」の復活。

 自民党と公明党と維新の会によって、国会の場での民主主義は完全に破壊された。ただ数が多ければ何でもできる。少数意見、反対意見は邪魔なだけ。こういう民主主義破壊者の奴らが権力を握って、日本という国を国民の思いとは別のところに持っていくのは明々白々で、将来の国民たちは、極めて陰湿な物言えぬ重苦しい社会の中で生活していくことになるんやろ。まあちょっと大げさかもしれんけど、今の中国または北朝鮮みたいな、そんな風な方向がどうしても見えてしまう。つまり右派権力による全体主義国家の実現。何かいつか来た道ではないか。昔のドイツにしてもイタリアにしても帝国日本にしても、ソビエトにしても、ああいう全体主義がどれほどの悲劇をもたらすか、我々日本人は何も学んでいないし、結局 70数年前の敗戦からも学んでないどころか、反発すらしてるんだろう。この無能日本人の行く末はどうなるか知らんけども、まあたかが知れたもんやとしか思いようがない。

 残されたただ一つの方法は、国会議員選挙で自民党・公明党・維新の会を叩き潰すこと。つまり減らすこと。言うのは簡単やけど、自民党のバックには、農協とか神社本庁とか様々な有力な、保守、右派の組織があって、そう簡単にはいかんやろ。公明党には創価学会というエセ宗教団体があって、これがまた厄介な奴や。とかく宗教というのは、仏教のように曖昧さ、緩やかさがあれば、非常に人々の心の中にも落ち着きをもたらすが、強烈な信仰心を要求する宗教というのは、イスラム原理教を見てもわかるとおり、極めて危険な存在であり、場合によっては宗教を名乗るオウム真理教のようなものだって、一部の人間を意のままに操るものにもなる。そういったものを相手にしながら、国民にとって有害な自民党や公明党を、選挙で叩く以外に方法はあらへん。もちろん一部の勇敢な人達は法律ができても、共謀罪反対や反権力の行動を続けるとは思うけども、権力は俺のこんな小さなブログですら監視対象にし、何れは全国ネットワークを通して 、ブラックリスト化することは間違いないやろと思う。

それにしてもほんま、自民公明の奴らは絶対に許せん。さっさと滅亡しろ。



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