切れ切れ爺さんの徒然撮影&日記

主に寺院や神社等を中心に、文化財の撮影と紹介。
時に世の中の不条理への思いを発言していく。

お久しぶりね東京オリンピック 第3回目 それと 共謀罪

2017-05-20 00:38:47 | 社会
まずは先に<きつねとたぬきの猿芝居>から

 今日、共謀罪が衆院法務委員会にて、自民・公明・維新の会の賛成で半ば強行採決された。一応、維新の会が入ってるということで、これは強行採決ではないと詭弁を弄しているが、いずれにしろ、無能の法務大臣は本質的な論議等、全くできず強行採決。法務大臣罷免要求に対する自民議員の反論が、これまたガキンチョの丸かばい発言で、思わず失笑。衆議院法務委員会で大事なことが全くと言っていいほど審議されず、詳細説明を求められた法務大臣は理解さえできていないような有様で、通って行くという恐ろしさ。国会は文字通りきつねとたぬきが猿芝居しながら、国民をごまかして、安倍一強勢力が安倍の個人的な思いのままに、危ない国を作って行くことにる。
 名前こそテロ等準備ナンタラカンタラと言うが、実質戦前の治安維持法そのもの。当時の政権の説明でも、一般国民には関係ないという話があったと言うが、その後の歴史は周知の通り、左翼だけではなく、リベラリストや人権派の人たち、あるいは厭戦的なことを口走っただけで逮捕、拷問、そして殺害も。多くの人々が弾圧されたという事実がある。権力を持つ政治家供は、歴史の教訓から何も反省材料を学ばない、ではなく、まさしくその教訓を逆の意味で生かして、国民支配を進めていくという、極めて悪質な姿が見て取れる。こんな状態でありながら、安倍内閣の支持率が50%前後あるというのはどういうことなのか。メディアを含めいろんな機関が行う世論調査というのは、本当に信用できるのかどうか。それすら疑ってしまう。ニュースや新聞記事見てても、すっかり慣れっこになってしまって、またもや以前にも安保法案などが同じように、強行的にに進められた、それと同じ調子で、ただただ漫然と眺めるばかり。
 マスメディアにも、徹底的にこんな猿芝居を追求し、世論を喚起して廃案に追い込むなどと言う気概も迫力も感じられない。次の衆院本会議、参議院でも簡単にするするって通っていくんだろう。こうしていろんな外堀が埋められたら、本丸の憲法を変えるという筋道。
 自民党自体は憲法を変えることが党是になっているが、公明党や維新の会は意味がわからない。公明党なんてかなり前から、僅か一つの大臣ポストというプレゼントをありがたく頂いて、自民党の太鼓持ちに成り下がり、時々苦言を呈するという意味不明なこと言って存在感を示しているつもりになっているだけ。哀れで見苦しい存在でしかない。この中途半端な奴らは百害あって一利なし。バックに創価学会があって当面潰れることはないだろうけど、なんでこんなに無様な姿を呈しているのだろうか。
 維新の会も自主性があると見せかけておいて、考えてることは自民党と何ら変わらない。もう既に自民党の子飼いでしかない。
 この共謀罪は将来にわたって大きな禍根を残すだろうと思う。10年後20年後、きっと猛威を振るうことになるだろう。自民党が政権から転落すれば、法律撤廃の可能性もあるだろうけど、国民全体が牙を抜かれたような状態では、そうはならないだろうし、何年か前の当時の民主党が政権を取った時に、あまりにも無様な政治運営をして、国民を失望させた責任は極めて大きく、結局は自民党は嫌だけども、自民党しかないといった諦めの感覚を国民に植え付けてしまった。
 この共謀罪は政府が言うに、2020年オリンピックまでに国際的なテロ防止条約との関連で必要だと訴えてきた。体よくオリンピックが利用されたということや。

 最近は共謀罪や憲法の問題、北朝鮮の脅威、森友学園問題、加計学園問題、こんなことが話題の中心になって、それでも国会では腰抜け状態丸出しで、結局安倍の裏側の関わりは何一つ追求になってない。今日も加計学園問題の新しい資料について、文科省官僚がそんなものない、と簡単に片付けておしまい。悪いやつらというのは、官邸は官僚と一緒になって、徹底的に肩組んで防衛するのだということが改めてわかる。 
 国会議員は特別公務員だし、官僚たちは国家公務員。公務員というのは公僕であり、国民のために働き、政治的な中立性や、嘘をつかず真実を追求し、国民にとって模範たる立場でなければならないのは当たり前のこと。しかし実態は、裏で動き平気で嘘をつき、国民を欺く。 ごく一部の連中の思うがままの国を作るために、躍起になっている姿を見るにつけ、こんな奴らに支配される俺たち一般国民というのは、いったい何のために必死に働いて、稼いだお金の中から高い税金を払っているのか、分からなくなってしまう。いや、分からなくなるというのは良くない。馬鹿馬鹿しくなってしまう。俺らの税金で、あいつらの高給が支払われているし、奴らは老後になっても何も困らないし、悠々自適の生活をできる奴らばっかりや。


 さてここから「お久しぶりね東京オリンピック 第3回目」
      

 1年以上前から東京に決まったオリンピックに対して、むかっ腹を立ててきた。自分の怒りに任せて打っていたメールをまとめてみて、それを読み返しながら、改めてムカついてきた。東京オリンピックの組織委員会のホームページを見てみた。最初に「理念」が出ている。

全員が自己ベスト
・万全の準備と運営によって、安全・安心で、すべてのアスリートが最高のパフォーマンスを発揮し、自己ベストを記録できる大会を実現。

・世界最高水準のテクノロジーを競技会場の整備や大会運営に活用。
・ボランティアを含むすべての日本人が、世界中の人々を最高の「おもてなし」で歓迎。
多様性と調和
・人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治、障がいの有無など、あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩。
・東京2020大会を、世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする。
未来への継承
・東京1964大会は、日本を大きく変え、世界を強く意識する契機になるとともに、高度経済成長期に入るきっかけとなった大会。
・東京2020大会は、成熟国家となった日本が、今度は世界にポジティブな変革を促し、それらをレガシーとして未来へ継承していく。

 おー何とも見事に美辞麗句が並んでいる。これは抽象的な目標なのか、それとも単なるスローガンなのか、よくわからん。

 ホームページには、ビジョンと基本理念と書かれていた。そもそも「理念」って、どういうつもりで言ってるのか。別にスローガンやったらスローガンでええ。それにしても、どう読んでも、敢えて今、東京で莫大なお金をかけて、オリンピックをやることの意義が分からん。組織委員会のホームページのあちこち見たけど、やっぱり意義は全然わからん。そりゃそうや、オリンピックするに当たっての「現状分析」がどこにもない。多分、もともと石原知事の時に、軽くオリンピックやりたいと、知事か誰か知らんけど、言い出してお金かけて招致書を作って、立候補しようという話になったんやろ。別に国民的な気分が高まってる訳でもない。以前には大阪屋、名古屋からオリンピックに立候補しようとしたことがあるが、頓挫している。
 オリンピックは都市という単位で立候補し、当選したらその都市の責任でもって、準備を進めて行うものや。でもこの間ずっとオリンピックは、都市単独では開催は不可能な状態で、国の巨額の税金を使って、何とかやりきっている状態。中国なんかはそれこそ経済的な負担がどうのこうのより、国威発揚の目的でやりきったという感じ。
 成熟国家となった日本、とあるが、ほんまにそうなんか。日本というよりも前に、東京はどうなんや。それをはっきりさせろ。最初から、国民の税金をあてにしてやるつもりということが見え見えな状態。そしていつのまにか元首相の森という奴が組織委員長になって、俺が招致に導いてやったんや、と大物ぶりを見せつけているのを見ていると、何か個人の勲章のためにやってるようにしか見えない。
招致運動の時に、裏金らしいものが得体の知れない人物に渡ったという話も、もはやどこかに吹っ飛んでしまっているし、立候補の資料の予算額には、あり得ないほどコンパクトな低額な価格が記入されていたし、災害からの復興オリンピックと大々的に宣伝利用していた。それももう全然聞かれなくなった。野球を仙台でやるとかなんとか、そんな話があるけども、それでお茶を濁すつもりか。エンブレム問題でケチがつき、さっさとメインスタジアムを取り壊して、その後国際コンペで入札した結果はとんでもない高価格の有様。ナンダカンダもめてやり直し1500億円で手を打ったらしいけど、なんでそうなるのか。その後あちこちの施設も次々に新設オンパレード。そのためには新しい鉄道や道路も。既ににいっぱい物を持ってる東京は、オリンピックを口実にして、さらにいいものいっぱい整備できる。東京とその周辺の町を除く地方は、ただただ指をくわえて羨ましいなあと思うばかり。そらそうや。東京のために地方の人々の税金もどんどんどんどん使われていく。そのための公共工事のお陰で儲かるやつが東京にいっぱい出てくる。そしてそういう奴らは、政治家と何らかのつながりがあるようになっている。うまいことできた話や。

 別に選手達に恨みがあるわけでもないけど、選手個人の中には、あるいは競技団体の中には、新しいの作ってくれ、と叫んでる見苦しいやつらもいっぱい。ほんま、そういったものを全部を実現させるために、森なとかという組織委員長はゴリ押しで物を進めていく。あるスポーツ評論家が、オリンピック組織委員会の諸悪の人物とは森委員長だ、あれをやめさせるべきだと声高に言っている。
今の段階でオリンピックの総費用は、1兆8000億円と言ってるけど、これでもとんでもない額なのに、こんなんで収まるはずがないと思う。組織委員会が500億円を出して、後は東京都が全部出すならまだ話もわかるが、当然そんなつもりないだろうし、結局は足らない部分は、国民の血税が使われる。あまりにもアホらしく、馬鹿らしく、一部のやつらが喜ぶだけ。
オリンピックなんて言うのは、抽象的なプレゼンなんかでやられてはたまらない。止めてくれることが一番。もう無理だろうし、今工事がどんなふうに進んでるか知らんけど、まるで国民皆待ち遠しくウキウキして、外国から来る人たちに最高の「おもてなし」をするのが、日本人やなんて、根拠不明の夢を描いているみたい。オリンピック後の施設は、レガシーなどとわざわざ外来語を使って、国民を馬鹿にしながら誤魔化している。
 イタリアのローマだったか、オリンピック立候補を辞退したというが、はっきり言って、昔、ヨーロッパの一部貴族の趣味から始まったオリンピックなどを、今開催できるような大金持ちの都市なんて、ほとんどないやろ。国がバックアップしても、やれる国はごく一部。中堅国や小国がオリンピックなんて言うのはあり得ない、という現実で、こんなものほんまにやる意味があるのかどうか。各競技団体ごとに世界選手権などがあるし、それで十分。それやったら小国でも、決して不可能ではない部分もある。オリンピックみたいな、図体のでかい競技会なんていうものは辞めるべきや。こんなものに期待して、嬉しいなんて思っている国民性がアホに見えてくる。まあ政権にしても、日の丸と君が代を更に根付かせるための大きなイベントを持ってくることによって、国民の中の様々な不満や問題点から、目をそらさせるような、大きな意味があるんやろ。
 オリンピックするなら、共謀罪でも憲法を変えることでも、小さな問題になっていくんだろう。まさしくそれこそが今の政府の奴等のねらい。
 まあ文章が大いにバラバラになってしまって、うまくまとまってへんけど、こうしてオリンピックのことを考えれば考えるほど、さらに怒り心頭。誰のために何のためにやっているのか。その本質を自分は上記のように考えている。大半の人々はそんな穿った見方するな、と言うだろうけど、別にそれはそれでかまへん。俺はほんまにそう思ってるんやし。
何かほんま考えると、脳みそ、疲れてしまう。

 ということで。
 *画像は全て、他のHPより転用です。
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