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晴れて暑い 風有り 風は心地よく

2017-07-15 15:40:19 | 日記
Facebook 草場一壽(クサバ カズトシ オフィシャル)より シェアします。

愛の人

ノーベル平和賞(2010年)の受賞者で、中国における民主化運動の象徴的存在だった劉暁波(リウシアオポー)氏が亡くなったというニュース。
ノーベル賞の授賞が決まっても式典への出席は、軟禁状態の氏はもとより代理の出席もできませんでした。式典ではスピーチではなく、劉氏が前年、自らの裁判審理で読み上げるために記した陳述書「私には敵はいない・・・私の最後の陳述」が代読されました。

 以下は抜粋ですが、信念の人は、愛の人であったことを示しています。

「憎しみは人類の知恵と良心を腐らせ、敵対意識は民族の精神を傷つけ、生きるか死ぬかの残酷な闘争を煽り、社会の寛容性と人間性を破壊し、1つの国家が自由と民主主義へと向かう道のりを阻むものだ。私は個人的な境遇を超越し、国家の発展と社会の変化を見据えて、最大の善意をもって政権からの敵意に向き合い、愛で憎しみを溶かしたい。
改革開放が国の発展と社会変化をもたらしたことは周知の事実だ。私の見解では「改革開放」は、毛沢東時代の「階級闘争を要とする」執政方針を放棄したことから始まり、経済発展と社会の平和的調和に貢献するものだった。
「闘争哲学」の放棄も、敵対意識を徐々に弱め、憎しみの感情を取り除き、人間性に染み込んだ「狼の乳(編集部注:中国共産党による愛国主義的な教育)」を取り除く過程だった。
この過程によって、互いを愛する心の回復や、あらゆる価値観や異なる利益が平和裏に共存するための柔和な人間的土壌といった、改革開放に向けたゆとりある環境が国内外で整えられた。これにより民衆の創造性が発露し、慈しみの心が修復された。
国外に向けては「反帝国主義・反修正主義」の考え方を棄て、国内においては「階級闘争」の考えを棄てた。このことは、中国の改革開放が今日に至るまで継続できた大前提だったと言えよう。市場経済となり、文化は多様性へと向かい、遅まきながら「法の支配」へと移行したのも、みな「敵対意識」が弱まったおかげだ」。
「もし過去20年間で最も幸せな経験を語るとするならば、妻の劉霞の無私の愛を得たことだ。彼女は今日この裁判を傍聴できないが、しかしそれでも私は君に伝えたい。私の愛する人よ、君の私への愛が、いつまでも変わらないことを確信していると。
何年もの長い間、自由のない暮らしの中で、私たちの愛は外部環境によって苦難を強いられてきたが、思い返せば際限がない。私は有形の監獄で服役し、君は無形の心の獄中で待ち続ける。君の愛は高い塀を越え、鉄格子を貫く太陽の光だ。私の肌を撫でて、細胞を温め、心の平穏と純潔、明晰さを終始保たせ、獄中の全ての時間を意義あるもので満たしてくれる。
一方で、君への私の愛は痛みと苦しさでいっぱいで、時としてそのあまりの重さによろめいてしまう。私は荒野の石ころで、暴風雨に打たれるがままだ。冷たく、誰も触ろうとはしない。しかし私の愛は堅く、鋭く、いかなる障害をも貫くことができる。たとえ粉々に打ち砕かれても、私は灰燼とともに君を抱きしめることができる。
愛する人よ。君の愛があるからこそ、私は来るべき審判に平然と向き合って、自分の選択を悔やまず楽観して明日を待つことができるのだ」。

皆で 愛で 世界を 変えて
行ってみよう~

愛と感謝を込めて
はろーはろーより

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