東アジア歴史文化研究会

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「反日」と「情緒」が支配する哀しき非民主国家 (呉善花氏・拓殖大学教授) 前編

2015-06-01 | 日韓関係

先進国にはあり得ない起訴

韓国ソウル中央地検刑事1部が本年10月8日、朴槿恵大統領とその元秘書室長鄭允会氏の名誉を毀損したとして、産経新聞前ソウル支局長の加藤達也氏を在宅起訴した。8月3日付の産経新聞インターネット版記事「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」が、出所不明の噂に基づく虚偽の記事だという判断からだ。容疑は「情報通信網利用促進および情報保護などに関する法律」(以下、「情報通信網法」と略記)に定めた名誉毀損、罰則は「七年以下の懲役、一〇年以下の資格停止または五千万ウォン以下の罰金」である。

まず、この起訴は法的な観点からして、日本をはじめとする先進諸国では決してあり得ない性格のものだということを述べておきたい。

第一に告訴権者の問題である。日本などでは名誉毀損は告訴がなければ処罰することができない親告罪であり、告訴権者は原則として被害者に限られる。しかし韓国の名誉毀損は親告罪ではあるものの、「被害者の意思」に反しない限り誰でも告訴することができ、今回の告訴は複数の保守系市民団体によってなされている。したがってソウル中央地検は、告訴が朴大統領と鄭允会氏の意思に反していないことを確認したものと思われる。

第二に、ソウル中央地検がこの名誉毀損は「インターネットを利用した権利侵害」とみなしたことである。問題となった産経新聞のインターネット版記事は、産経新聞が日本語で日本から発信したものだから、韓国国内法の制限を受けるいわれはない。「情報通信網法」は、インターネットの「利用者は、私生活侵害または名誉毀損等他人の権利を侵害する情報を情報通信網で流通させてはならない」と定めているが、問題の記事を流通させたのは加藤氏ではなく国外の産経新聞である。しかし起訴状は、加藤氏は次のようにインターネットを利用して権利侵害を犯したとみなしている。

「産経新聞ソウル支局の事務室でコンピューターを利用し、被害者、朴槿恵大統領と被害者、チョン・ユンフェの噂に関する記事を作成した」「記事をコンピューターファイルに保存した後、日本・東京にある産経新聞本社に送信し、8月3日正午、産経新聞インターネット記事欄に掲載した」(産経新聞10月9日付の日本語訳より抜粋)

要するに、韓国内で記事を作り、インターネットを利用して日本に送信し、日本からインターネットを利用して発信させるようにしたのだから、「インターネットを利用した権利侵害」にあたるというのである。常軌を逸した拡大解釈というほかない。

原典はお咎めなしという不可解

次に、何をもって名誉を毀損する「出所不明の噂に基づく虚偽の記事」としたのか、である。問題の産経新聞記事の主な内容は次の三つである。

・セウォル号事故当日、朴大統領が七時間所在不明だったとされる件について、七月七日に行なわれた国会運営委員会での朴映宣・院内代表と金淇春・大統領府秘書室長との問答の一部紹介。
・朴大統領はその間、かつて秘書室長だった鄭允会氏と密会していたのではないかとの疑惑を報じた朝鮮日報の記者コラム「大統領を取り巻く風聞」の引用。
・同記者コラムが「大統領をめぐるウワサは少し前、証券街の情報誌やタブロイド判の週刊誌に登場した」と書いたことを受けた、「証券街の関係筋」によればウワサは「朴大統領と男性の関係に関するもの」で「一種の都市伝説化している」とする観察。

産経新聞記事は最後に、同記者コラムの「大統領個人への信頼が崩れ、あらゆるウワサが出てきている」との観測部分を引用し、「朴政権のレームダック(死に体)化は、着実に進んでいるようだ」と結んでいる。

朝鮮日報の記者コラムや証券街の情報をもとに書いた記事であるのは明らかだ。加藤氏は「朴氏の所在をめぐる問題は国内で議論され、うわさも広がっていたと指摘し、『それをそのまま書いた』と説明」している(朝日新聞10月11日)。記者コラムを書いた崔普植記者は「悪意的に編集され、悪用された」と述べている(産経新聞8月3日)が、加藤氏の記事は最初から最後まで「そのまま」書く手法で一貫している。

誰が見ても、問題は朝鮮日報の記者コラムにあり、これを引用した産経新聞記事が名誉毀損に問われる筋合いはない。にもかかわらず、朝鮮日報の記者コラムを書いた当の本人が何ら問題とされないのはなぜなのか。この記者を名誉毀損で告訴する者が、不思議なことに被害者を含めて一人もいないからである。

産経新聞記事が、政権の近況を伝える公益性十分の記事であるのは明らかだ。報道が公益に関わるものであれば、内容が真実そのものだと証明できなくとも、メディアはそれを報道することができる。これが民主社会のコンセンサスである。疑惑レベルでの報道が許されないとなれば、権力を批判することはほとんど不可能となる。公人中の公人である朴大統領は、いかに不満であろうとこの報道を受忍しなくてはならない義務があるのだ。

外に悪く言ってはいけないという情緒的良識

告発は8月6日以降相次ぎ、七日に大統領府が「産経新聞に民事、刑事上の責任を問う」と表明。翌日の8日にソウル中央地検が加藤氏に出頭要請をした。これで出国禁止となり、起訴までに61日間もかかったのは韓国では異例のことだ。検察が起訴をきめかねて逡巡していたこと、最終的には朴大統領自身の強い意向を受けての起訴だったことが想像される。

そうであるのに、朴大統領も鄭允会氏も、2人が会っていたと「虚偽の記事」を書いた朝鮮日報の記者を告訴しようとはしなかった。その一方で、記事を引用したにすぎない加藤氏に対する告訴には、両人ともまったく異義を唱えることがなかった。

こんなおかしな「被害者」がいたためしがあるだろうか。どう見ても、韓国の新聞ならば虚偽の記事も許されるが、日本の新聞ならば引用でもいけない、という論法である。そこには、とくに韓国について日頃から厳しい批判を展開している産経新聞だから、という意図が見えている。

私は以前、まだ日本に帰化していなかったときだが、韓国の大使館の関係者から「あなたの韓国批判には感心させられることがいろいろとある。しかし国内でやるのではなく、国の恥をわざわざ日本に向けてさらすのはどういうわけなのか」と叱責されたことがある。つい最近も、今度は日本国籍をもつ私に対してなのだが、某韓国領事館関係者から講演の席で、まったく同じ言い方で激しく非難された。

身内(民族)の中で身内の悪いところを指摘する分にはいいが、外に向けて身内の悪いところを指摘してはいけない、とくに日本については。これが韓民族ならば誰もが取るべき態度だというのが、韓国に特有な社会的良識なのである。だから朝鮮日報にはお咎めがない。したがって加藤氏については、彼ほどの知韓派知識人ならば我が国(身内)に味方すべきなのに、我が国の恥をこともあろうに日本に向けて発信した、そんな敵対的な行為は絶対に許せないという気持ちになるのである。こうした「韓国人の情緒的な良識」が告訴・起訴の意思に強く働いているのは確かである。

韓国紙と韓国社会の反応の怪

告訴の時点から、外部の声は言論の自由への侵害を憂慮するものが大勢だったが、起訴となった段階での朝鮮日報をはじめとする韓国のメジャー紙は、その点には一切触れることがなかった。淡々と起訴の事実だけを報じた。言論の自由を求める声を遮断する、こんな言論機関がいったいどこにあるだろうか。それでも憂慮の念を示した新聞がまったくなかったわけではない。

京郷新聞は「検察側は加藤前支局長のコラムに関し、『虚偽』『悪意的』だと強調するが、立証するのは容易ではないとみられる」と指摘し、「(加藤前支局長のコラムは)公益的目的のための疑惑提起だったことから、加藤前支局長が明白に虚偽であると認識していたと立証するのは困難」という学者のコメントを掲載している(産経ニュース一〇月九日より)。

またハンギョレは「相当数の言論学者は、韓国検察の『産経新聞』記者に対する起訴が『言論の自由を萎縮させかねない』として憂慮を示した。また、裁判で無罪判決が出る可能性が高いと見た」と報じている(ハンギョレ10月10日)

両紙は告訴の時点から「韓国の言論の自由が萎縮する」との懸念を表明していたが、いずれも反保守系の弱小紙で国内の影響力はきわめて小さい。

外から見れば、韓国はなぜ自ら言論の自由がないことを世界に知らしめ、国家の恥を恥とも思わず堂々と開き直ってみせたのかがわからない。中国と同じに、国家の威信・尊厳に関わる問題であり、言論の自由への侵害には当たらないとしているからだ。これに対して、日本政府をはじめ各方面から言論の自由を憂慮する声明や抗議の声が噴出した。

日本では日本民間放送連盟、日本記者クラブ、日本新聞協会、新聞労連などマスコミ関係諸団体が一斉に抗議声明を発している。ソウル駐在外国メディアの記者らでつくるソウル外信記者クラブは、韓国検事総長に対して「深刻な憂慮」を表明し、同クラブ代表者との早期の面会を求める公開書簡を公表した(ソウル共同通信)。

米国務省のサキ報道官は10月8日の記者会見で、「われわれは自信を持って言論・表現の自由を支持する」と強調し、韓国の名誉毀損に関する法律は国務省が毎年公表している人権報告書(2013年版)でも指摘したように「懸念している」と述べ、「報道活動に萎縮効果を及ぼし得る」と批判した(ワシントン時事通信)。

言論の自由への侵害を憂慮する声は、告訴を受けた検察捜査開始の時点で各方面から出されていた。報道されたものからいくつか挙げておこう。

・八月二七日、国連のステファン・ドゥジャリク事務総長報道官は、定例記者会見で「特定の件についてコメントはしない」とした上で、「国連は常に、普遍的な人権を擁護するため、『報道の自由』や『表現の自由』を尊重する側に立っている」と強調。
・八月二九日、日本新聞協会編集委員会は、地検の捜査について「取材・報道活動と表現の自由が脅かされることを懸念する」との談話を発表。
・八月三一日、ネットメディア「インナーシティ・プレス」主宰のアメリカ人マシュー・リー記者は、「こうした報道が出国禁止や刑事訴追の引き金になるべきではない」「国籍やその他の事情に基づいた、記者に対する異なった取り扱いが許されるべきではない」「韓国の報道の自由に関し、韓国出身の潘基文国連事務総長の沈黙が『際立っている』」と厳しく批判。
・九月一〇日、NGO国境なき記者団は「報道機関が政治家の行動をただすのは当然だ」と批判し、ソウル支局長が出国禁止措置を受けていることにも触れ、「当局に、告発を取り下げ、行動の制約を撤廃するよう要求する」と主張。

※『月刊正論』 2014年12月号より転載

呉善花氏(オ・ソンファ)
1956年、韓国生まれ。拓殖大学国際学部教授。大東文化大学卒業後、東京外国語大学大学院地域研究科修士課程修了。外語大大学院時代に発表した『スカートの風』がベストセラーに。また『攘夷の韓国 開国の日本』で第五回山本七平賞受賞。著書に『虚言と虚飾の国・韓国』など多数。

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