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南京事件「大虐殺」広まった一因、取材手法に疑問 「朝日新聞は検証すべきだ」OB激白

2017-02-13 | 歴史の真実
2017.02.13

アパホテルに「南京大虐殺」などを否定する書籍が置かれていることを中国政府が批判し、「言論弾圧」などと注目されている。歴史学者の間でも諸説が分かれる南京事件が「大虐殺」として広まった一因には、かつて朝日新聞のスター記者として知られた本多勝一氏が長期連載した『中国の旅』が果たした影響は大きいとされる。同紙で敏腕記者として活躍した、ジャーナリストの長谷川●(=熈のノを取り、巳が己)(ひろし)氏(83)は、「いまこそ、『中国の旅』の徹底検証をすべきだ」と主張している。

本多氏は、日中国交正常化(1972年9月)前の71年6月から7月、共産党一党独裁の中国を取材して「被害者」の証言を聞き、同年8月から12月、同紙夕刊に『中国の旅』を掲載した。そこで記された残虐行為は、衝撃的だった。

後に出版された単行本『中国の旅』(すずさわ書店)のあとがきで、本多氏は《本書は中国側での取材にもとづいて報告しています》(370ページ)と記している。確かに、南京事件の犠牲者数「約30万人」も、南京港務局内河船員の証言のくだりで突然登場する(292ページ)。

そこには、(注2)とあり、324ページで《正確な数字はむろん知るよしもない》と書き、中国側の発表《43万人》東京裁判の判決《11万9000人》という数字も記している。

旧日本軍兵士の行為も、にわかには信じがたい内容だ。

例えば、《日本軍の強制連行に反対した労働者が、その場で腹をたち割られ、心臓と肝臓を抜きとられた。日本兵はあとで煮て食ったという》(293ページ)とある。日本人の感覚からは考えられないものだ。

長谷川氏が疑問視するのは、本多氏の取材手法だ。

連載当時には、南京攻略戦に参加した旧日本軍将兵や、従軍取材した朝日記者も存命していたと思われる。同書を読む限り、裏付け取材などの形跡は見当たらない。

どうして、これが許されたのか。

長谷川氏は「当時の広岡知男社長は『親中国』というより『親中国共産党』という考えの人だった。そして、本多氏は朝日新聞のスター記者だった」といい、続けた。

「朝日内部でも、『おかしい』と思った社員がいなかったわけではないと思う。ただ、それを表立って口にする雰囲気ではなかった。『本多勝一』という有名人、その背後には広岡社長がいた。こうした環境では、本多氏の先輩であろうと、ましてや後輩に至っては『変じゃないか』とは口に出せなかった。それが、長期連載された最大の理由だと思う」

『中国の旅』については以前から、記事の信憑(しんぴょう)性や取材方法などに疑問が投げかけられたうえ、写真の誤用も問題視された。そして、数百万部の部数を持つ新聞の連載が、日本や国際社会に与えた影響は甚大だ。

長谷川氏は、朝日新聞が慰安婦問題の大誤報を認めた(2014年8月)後、同紙の慰安婦報道について取材を重ねた。著書『崩壊 朝日新聞』(WAC)を出版し、古巣の責任を厳しく追及している。

今回、アパホテルの騒動を受けて、朝日新聞は『中国の旅』にどう向き合うべきなのか。

長谷川氏は「今からでも、どういう経緯で長期連載が行われたのか、原稿について、どのような吟味がなされたのか、それともなされていないのか、本多氏が中国で聞いた話の真偽も含めて、第三者の立場から追跡して、結論を読者、天下に明らかにすべきだ」「こうした検証の手続きをしないのであれば、朝日新聞は正当な報道言論機関としての地位は得られないと思う」と提案する。

夕刊フジでは、朝日新聞社に対し、『中国の旅』について検証をする考えがあるのかどうか、書面で聞いた。

同社広報部は「南京事件を含め、日中戦争や太平洋戦争に関する取材は今後も続けていく」と回答。OBから取材について不十分との指摘があることについては、「コメントはない」とした。
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