東アジア歴史文化研究会

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう
歴史の書き換えはすでに始まっている

「死を考えて生きること」(カール・ベッカー京都大学教授)

2012-12-11 | 日本の素晴らしい文化
尊敬するカール・ベッカー教授の「死を考えて生きること」を転載(日本尊厳死協会関西支部主催から)したい。最近、身内の不幸があり、死の問題を真剣に考えさせられた。親は生きているのが当たり前だと思っていたのに、いざ別れが近づいてくると、何とも言えない悲しく、切ない思いが湧いてくる。人間であれば誰でも通過しなければならないことなのに。いずれ自分もあの世に旅立つ時がくる。そのときにいさぎよく死ねるだろうかと考える年齢になってしまった。かならず訪れる人生の終焉に向かって、我々は歩み続けている。今まで自らの死を考えたことはなかった。出来るだけ考えまいとしてきた。しかし、この年になって「死を考えて生きること」の大切さをしみじみと感じつつある。ベッカー教授のお話は偽らざる我々の良心に響いてくる。ぜひお読みいただきたい。

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死の原因について、未病を癒す

今日の演題は「死を考えて生きること」です。三つの分野に分けて考えてゆきます。一つは、死の原因、二つめは、死の過程、三つめに死の周辺のことについて一緒に考えてみたいと思います。日本語に、未病を癒すという表現があります。未病とは、未だ病気になっていない状況、前もって防ぐ意味で癒しています。常識で考えても我々は毎日、未病を癒しています。

例えば、交通事故が死の原因だと分かりきっているので、道を横断する時、左右をよく見て渡る。こうして注意をすれば死なずにすみます。風邪をひいてからよりも、前もって予防するほうが簡単です。

ところで、死ぬに決まっているのに、果たしてその様な予防を心掛けているでしょうか。少し歴史を遡ってみましょう。百年程前までは、日本においては、人間の死の原因はバイ菌でした。コレラ、マラリア、ペスト、結核などです。一時的に倒れ、数週間の経緯で自然に回復するか、死に至るかでした。

明治時代、森鴎外などの日本の若い医師たちが、ベルリンや欧米でその先端医療技術を学んで来て、バイ菌を超える方法、ワクチン、注射、隔離、栄養療法などで患者を消毒された環境で治療した。九割の患者は回復し、一割の患者は依然として死に向かう。現在、年間日本全国でコレラ患者は十名いるかいないかという状況です。これは素晴らしい結果ですが、それでは日本人は死ななくなるかというとそうではありません。

死の原因を調べてみましょう。ガン,脳溢血,脳卒中,心臓系統の心筋梗塞、糖尿病などです。こうした病気を我々はどの様につくり、どの様に予防できるか、未病の癒しを考えてみましょう。風邪は多くの菌によるが、ガンは菌によるものではなく、生活習慣によるものです。例えば、和歌山県の場合、熱いおかゆ、熱い食事をする所では、食道ガンの比率が高い。

「猫舌」とは体を守るための措置なのです。非常に熱いものを食べる必要はないのです。また、米や魚も焼いて食べることは良いことですが完璧に焦げるまで焼いて食べると、その日や一年後もどうもないのですが、二十年も四十年も焦げばかり食べると、胃に悪い刺激を与えて、ガンになります。酒も毎日毎日飲めば胃に負担をかけるから、依存症になり、ガンになり易いことは証明済みです。煙草も同様です。

椎茸、蒟蒻、芋類、茄子などはガン予防の大事な野菜ですが、栄養価は余りありません。ご飯と味噌汁と蛋白質とプラス椎茸を食べると、始めてガンが予防できます。日本人の食生活では野菜を沢山食べて、味噌汁を飲んでいたのに、最近、パン食、サンドウィッチが中心になり、茄子や蒟蒻も食べなくなった。肉を削っても病気にはならないが、野菜を削っては大変困ります。

ガンを避けたければどうすればよいのか。全員に同じ返答は出来ない。治すためにも同じ返事は出来ません。先ず、その人が何の原因によってガンになったのか、を考えなければなりません。ガンだからといっていきなり椎茸を食べさせても駄目だし、四十年間焦げ物を食べたとか、酒を飲み続ける生活をしたら、いきなりそれを治すことは出来ません。風邪と違って一気にそれを治すことは出来ません。従って、我々にとってバランスのとれた食生活が不可欠です。

バランスのとれた食生活とは

バランスのとれた食生活とは何かを考えてみるために、人類の歴史を遡ってみましょう。百万年、何千万年の昔、砂糖、塩、肉類など食べません。ほんの僅かの糖分、脂肪分など木の根や木の実をかじっていました。人参、牛蒡、大根、など噛めば噛むほど味が出て来て甘さを感じます。全く糖分がなければ未熟で食べません。糖分があるかないかは、猿類や人類にとって、熟しているかいないかの基準になります。

ところが、我々の舌のメカニズムによって、食品会社が、糖分の不要な所に糖分を入れると我々は美味しいと感じてしまいます。するといつの間にか糖分のとり過ぎになり、これが糖尿病に繋がります。脂肪分も同様です。縄文人や弥生人は必死に働かなければ、なかなか脂肪分は食べないのです。食べたければ朝早くから海や川に出て魚をとらないと脂肪はとれないのです。

必死に働いて汗を流して脂肪を食べるから丁度バランスがとれます。欧米では、一頭の牛を何年もかかって育てて、大変な労働の末、祭りの時に食べるのです。

縄文人や弥生人も命がけでマンモスを追って狩りをし、やっとの思いで少しの脂肪をとります。ところが今は、現代人、文明人は熱帯雨林を切り倒して牧場にする。

我々の払ったお金で、ブラジル、東南アジアの貧しい生活を強いられている人達に労働をしてもらうのです。そして熱帯雨林を壊して、その肉を無意識のうちに食べているのです。分厚い脂肪のついた肉を食品会社が輸入し、我々の舌が無意識のうちに美味しいと反応するのです。ところが、それほどの美味しさを得る程の労働をしていません。

取り込んだ脂肪が、心臓病、動脈硬化、心筋梗塞の原因になるのは時間の問題です。そして環境をも壊しています。環境に優しい生活がしたいという人が、食堂でハンバーガーを注文すると、何という矛盾かと思います。ハンバーガーを買うということは、レジャーランドを増やし、熱帯雨林を倒し、自然の環境を壊すことになります。

日本食こそ健康の秘訣、大豆蛋白質、野菜
 
日本人には幸いにも、奈良時代から今世紀までは、肉類を殆ど食さなかった。だから日本人はこれだけ健康だったのです。そして今、日本食こそ健康の秘訣ではないか。欧米では大流行しています。味噌、豆腐、納豆、湯葉などの大豆蛋白質は人間の体にとって最高の蛋白質なのです。またどうしても脂肪をとるならば、最高の脂肪は魚の脂肪です。それは融点を考えれば判ります。

牛、豚などの体温は人間の体温より高いです。だから彼らの体温で溶ける脂も我々人間の体温では固まってしまいます。ところが、魚の体温は人間の体温より低いです。従って人間は魚の脂を食べれば、良く溶けてうまく循環します。動物の脂を食べると固まる傾向にあることが判りますね。動物の脂が死の原因だと判っているくせに、何故食べているのか、示しようがない。贅沢病などと言われます。

日本もアメリカも戦争中の物のない時代が過ぎたので、美味しい物を食べたいのは気持ちとしては判りますが、一時的ならば良いが、戦争が五十何年も前に終わったのに、毎日々々肉を食べている。欧米人より日本人の方が食べている。そのお陰で、ここ数年にわたり日本人の死ぬ原因が欧米並みに変わりつつあります。

死を考えて生きることは、要するに、食生活から出発して、塩分、糖分、脂肪分、アルコール分など大量とれば毒となる部分をほどほどにして、野菜を多くとることが、そのコツなのです。

ストレスから自分を守る術を忘れた日本人

ストレスの話しもしなければなりません。全人類にとって、今ほどストレスを抱えている時代はないと思う。アメリカでも、六十年から八十年前までは電気はなかった。祖父、祖母の時代です。電気がないと夜更かしもしません。風呂に入れば後は布団に入る。これが自然の営みです。

冬になると眠くなります。何処の哺乳類でも日が短くなるとより長く眠ります。夜が長いと長く眠れと自然が言ってくれます。人類もずっとそうでした。ところが、つい最近、電気が通じたお陰で、季節を考えずについ遅くまで起きています。すると夏ならば、まだ体はもちこたえます。冬だと自然の理に反して睡眠不足になります。

人間は平均的に夏は六時間、冬は十時間以上の睡眠を必要としています。睡眠をとらないと免疫力が減り、風邪などひきます。食生活と同様に睡眠生活も季節に従って調節することが必要です。例えれば貯金の様なもので、睡眠を蓄えいざという時の免疫力を蓄えておくことになる。ストレス予防は睡眠だけではありません。百年程前までは、日本人は朝夕に瞑想をしていたことをご存じですか。

武士の場合は、剣道、居合道、柔道、茶道、書道などいずれの道にしても、大事なのは精神統一なのです。武士は座禅やお茶でやりました。しかし、武士はほぼ一割、残り九割の民衆は、朝晩自宅の仏壇の前で、南無阿弥陀、南無阿弥陀、もしくは、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経など殆どの全日本人がこうした称えごとをしていました。この称えごとがストレスの予防法なのです。

禅では無我になれと言われます。無我になれと言われても難しいです。半眼で正座を組んでじっとして何も考えないで居ろと言われても、つい雑念がやって来ます。ところが、木魚叩きながら、なむあみだぶ、なむあみだぶ、やろうと思えば、私でも誰でも出来ます。出来るばかりかやり易い。調子に乗ったら我を忘れる様な状態です。何も考えずに、線香一本消えるまでやればよいわけです

この瞑想法がその日に出会う様々なストレスに対して体を守ってくれます。安定した状態、安心(あんじん)と言いますが、安定した心でその日に出会うストレスに向かってゆけます。まあまあと流せる状態になります。

皮肉なことに今の日本人は、百年前の日本人より遙かにストレスが高い。何時までに何かをしなければならないと、時計によって操られている状態にあります。冬も夜遅くまで仕事をし、週末は走り回ってまた疲れる。こんなストレスの高い生活はありません。持っていた筈の行を忘れている。ストレスから自分を守る術を忘れている。今からでもやろうと思えば十分にやれます。

猿が何かの天敵、山猫か蝮に出会ったとします。一瞬ぞっとします。猿も人間も同じです。 そして、体内に色々な変化が始まります。胃から胃酸が一杯出ます。消化停止。手足の指先から血液が肺や心臓の方へやって来ます。そして直ぐに動き出せるホルモンが分泌されます。アドレナリンなどが血液中を流れます。これによって猿は闘うか、逃げるかを決められます。いずれにしても急激な行動に移ります。これがストレスのメカニズムです。

ところで、我々人間の場合はどうでしょうか。職場でボスにとやかく言われます。しかし、ボスを殴るわけにも、その場を逃げるわけにもゆきません。すみませんでしたと、にこにこしながらちゃんと上司を扱わなければなりません。しかし、お前は駄目だぞと言われた時は、我々はぞっとします。ナイフで体を刺された時と同じです。脈は高まります。顔面は赤くなります。汗ばむ人もいます。胃酸も沢山出ます。

日本では、「腹が立つ」と言うが、立つのは腹ではなくて、腸の細胞が本当に立っているのです。立腹する時に。こうした様々なことが起こっている。えいっ、と思った時にこうして体が反応している。
             
ストレスホルモンを消化する方法      
   
体内に発している様々なホルモンを消化する方法が一つだけあります。それは運動です。運動には二通りあります。無酸素運動と有酸素運動です。

無酸素運動は、ぎゅっと力を入れて一気に何かをやろうとする場合、例えばウエイトリフティングや一気に決まる相撲の勝負、日常生活では準備運動もせず、通勤の時、階段を一気に駆け上がるなどです。これらの運動は良くないです。

有酸素運動は、激しいとは限りません。例えば、ちょっと気持ちだけ早足で歩くこと、汗ばむくらいに歩くこと、しんどいと感じるまでやらない。こうした運動をすればその日に溜まったストレスホルモンを消化したと考えていいでしょう。

酒やカラオケがストレスを解消するというのは大嘘です。歌っている時嫌なことを忘れることは出来ますが、発生した体内の悪いホルモンは片付けられません。このホルモンを片づけないとどうなるのかと言いますと、血液中にある脂肪などを動脈にくっつける役割をしてしまう。そして少しずつ動脈硬化になり、最終的には心筋梗塞や脳溢血などに繋がります。

だからストレスに対して前もって、何らかの自分の納得いくように瞑想とか称えごととかで、心の統一を試みる。そして一日が終われば二、三十分の早足の散歩や畑仕事、またはスポーツクラブで汗を流すようにします。この様にすれば、長生きすることは保証されます。京大で同僚が日本で長命の地域の研究をしています。沖縄、北陸地方、日系の行ったハワイも非常に長寿です。

特色を簡単に纏めると、和食、運動、そして季節にあったバランスのとれた生活です。死を考えて生きることは、これだけのことです。何も難しい注文もなく、毎日高価な薬を飲む必要もありません。ちょっと気配りすれば、自分の健康は守れるわけです。いくら巧くいっても、八〇代、九〇代、百代になると死に向かいます。

死の過程、告知について

次に死の過程について考えてゆきます。日本における告知の問題を考えてみます。本人が死につつあるのに、本人には言わないで、家族だけに、ガンだとか、末期だと告げます。私が日本の末期病棟に出入りして、接している限りでは、分かっていない患者は殆どいません。実は日本では告知しないのではなくて、非常に下手に残酷に告知しています。

患者が「しんどくてもう駄目かもしれません」と言うと、医師たちはぎょっとして「何を言うんです、そんな弱気を、私達も頑張りますよ」と言います。それではばれますね。その間の取り方が悪いのです。一番口にしたくないことを患者の口から聞くと、医者は役者でないから演技が下手で、ついその間の取り方が普通でないことが分かります。「そうか、やっぱり」と患者は思います。

そして医者は家族に告げます。「もう長くないでしょう」と。家族も患者本人も分かっているのです。そこで患者が、人生について考えたり、残る時間について考えたり、生と死について本格的に考える様になり、家族にもそういう話題を出してゆきます。すると家族も「そんなこと言わないで、頑張りなさいよ」と言います。

ここで患者自身がますます孤独におちいります。死ぬ前に自分の心の中に片づけるべきものが沢山残っています。数十年以上の人生の中では未解決の問題が沢山あります。そいうことを末期ならば話し合いたいのです。ところが、家族は末期の話しを拒みます。だから患者はますます孤独にならざるを得ません。だから、告知をしていないというのは嘘です。非常に下手に残酷に告知しているのです。しかし、本人が知りたくないならばそれを尊重しましょう。だが、後どれくらいだろうか、これからどうなっていくのだろうか、と本人自身が知りたがっているのに、そんな話しをしないのは却って逆効果になります。

告知についてのアメリカの裁判沙汰も沢山あります。ある社長が、全然告知を受けずに頑張れ頑張れと、言われ通して、そろそろ仕事を片づけたらと言われたことはありませんでした。 責任もって会社の残務整理や自分の身辺整理も出来なくて、家族も会社も大混乱しました。医療スタッフがもっと早くに、状況を知らせてくれていたら、もっと綺麗に潔くやるべきことをやって往生出来たことでしょう。

こうしたケースが沢山あり、その結果、欧米ではほぼ告知が義務づけられてきました。告知の義務づけがあらゆるケースによいというのではなく、年齢や本人の意思にもよるから、本人が話したがっている時に適時、適切な表現で話し合おうと思います。


末期患者、寝たきり患者の看取りの問題

末期患者や寝たきり患者を見ると、悔しく空しくなるのは、一見、する事がないかの様に見えます。本人たちは、食べ物をもらい、風呂に入れてもらって、排泄物も始末してもらっているが、何故、こんな私が生きていなければならないのかと思うことが多くあります。実はその九割位が女性なのです。男性は幸か不幸かより早く死んでしまう運命にあります。女性の体は案外タフですが、歳と共に寝たきりになっていきます。非常に悲しいことです。そこで幾つかの試みが考えられます。

日本でも欧米でも共稼ぎが増えています。従って子どもも保育園や幼稚園に預けます。これが非常に大きなニーズになっています。ところがそこで上手に教えられる教師がいません。 短大卒の二十位の子どもを生んだことのない若い女性が、十何名の保育園児を扱おうと思っても、下手に決まっています。

それからもう一つ、老人ホームが急速に増えている。日米を問わず親の面倒を最後までみません。残念ながら都市生活の副産物です。実は日本が世界一ぐらいです。

一昨年、ドイツ、イギリス、日本でアンケートをとりました。「自分の親を最後まで面倒みて看取るかどうか」というアンケートです。ドイツ人は、六十二、三%は看取りたいと答え、事実は五十%しか看取っていない。つまり八割くらいが実践している。イギリスはどうか、五十数%はやりたいと言うが、事実は四十二%くらい。八割位は実践している。では、日本はどうか。七十八%もの人が最期まで面倒みたいというが、事実は二十二%しか看取っていません。しかもこの%は更に急速に減ってゆく傾向にあります。

我々が八十代になる頃に面倒みてくれる子どもがもう奇跡的な存在になる傾向にあります。私は、三十年前に来日した時に日本の家族を見て、これは良く出来た制度だなと思っていました。それがこの三十年このかたがらりと様変わりし、欧米以上に崩れていると思う。不思議なことです。子どもの勝手とか、都市化とか、地上げなどで、大きな家が持てないとか色々な理由があるにしても、子どもに依存することが出来なくなりました。どうしましょう?寝たきりとまではゆかないが、何故自分一人で生きていなければいけないかというおばあちゃんが無数にいます。

保育園兼老人ホームの試み
 
今度次のような施設を作ってみます。一人か二人の保育園児に対して、一人の生きがいのないおばあちゃんかおじいちゃんをつけます。朝九時から昼三時頃まで、もし炊事や子どもの世話が十分に出来ない場合は、何十人の園児の炊事の世話は若い人がしてくれるようにする。しかし、この二人の園児、三、四歳の教育は貴方の責任ですよと、やりたいというボランテイアのお年寄りにしてもらう。少しのお金を出していいでしょう。

おばあちゃんは見違えるように生きがいを感じて、その日、例えば歌を教える、昔ばなしを教える、礼儀作法を教える、丁寧な言葉遣いを教える。一日が終わって、園児が帰るとき、おばあちゃんは、明日は何を教えようかと必死に考える。明日のプランを組みます。最初は戸惑いますが、何度もやっているうちにだんだん上手なります。

実を言うとこれは昔からの人間のパターンなのです。昔なら二十代の人が子どもを育てることはないのです。二十代の体力のある若い人々は、田んぼや畑や海に出て働いているのです。 誰が子守をするかというと、昔の五十代、六十代のおじいちゃん、おばあちゃんなのです。しかもこの人たちがうまく出来ているのは次の点にもあります。

三歳の園児の花ちゃんが、あの歌をもう一度歌ってとせがみます。子どもにとっては繰り返しが必要なのです。子どもがもう一度歌ってと言った時に、短大卒業したばかりの二十代の女性ならば、さっき歌ったばかりじゃないのと思う。場合によっては嫌々歌う。ところが、おばあちゃんは、「あの歌ね、オッケー」ともう一度歌います。幼児の時間感と老人のそれがうまくフィットしているのです。年配者の繰り返しと必要としている繰り返しがうまくフィットします。

生きがいを感じなかった老人たちが、毎日、園児の教育を楽しくやりだします。そして園児達は、年寄りが好きになります。今の若者が言います。年寄りは、怖い、臭い、汚い。こんなことを日本人の口から聞くなんて夢にも思いませんでした。電車の中でこんなことを聞くと、恥ずかしいと思う。こうした発言は恥ずかしいことだが、言っている高校生たちも、自分のおじいちゃん、おばあちゃんと身近な付き合いが出来ていない結果でもあると思う。

本当に自分のおじいちゃん、おばあちゃんの動向を知っていれば、そんなことは言っていられないでしょう。むしろ、大変懐かしく、恋しく、大事にしたいという気持ちが自然に湧き出る筈です。保育園兼老人ホームではその様になります。保育園児がお年寄りに対してこそ親しく賢くなります。そして数年経つと園児達は小学校三、四年になります。そして教えてくれたおばあちゃんたちに葉書やメッセージを持ってお見舞いに行きます。

また、十歳を超えた子ども達は、危篤になったおばあちゃんの看取りに行きます。これが人類にとって不可欠の教育なのです。大事な人が目の前に生きているのに、息を引き取って死ぬ。死ぬとは息がいぬ、息が去るのです。人間が息をしないことを身近に見てしまう。これは一生忘れない。昔は皆、実家でこういう経験があったのです。こういう経験があれば、無差別殺人事件などとうてい出来ません。気軽に人を刺すとか首を切るとか、殴ることさえ出来にくくなると思う。今、日本はこういう殺害事件で悩まされているのは若者が死を見ていないからでもあると思う。

先週、イスラエルの医師と話しました。イスラエルでは徴兵制があります。十八、九歳の若者が皆兵隊になるとは限らない。兵隊の替わりに、農業をすることも、病人の世話をすることも許されています。一年くらいやるとものの見方が変わってきます。今まで、コンビニで当たり前に買えた野菜が汗を流して自分で作った野菜がどれほど貴重なものか、日照時間、雨量、土壌、労働などがどれだけ大事か身をもって知らされます。

また、病院で患者の世話をした若者たちが、老人の排泄物をとったり、掃除をしたりすることを通して、一人ひとりの命のかけがえのなさがどれぐらい深いものかが分かってきます。 そして、何気なく生きる、何気なく金を遣う、何気なく無駄をすることが出来なくなる。軍事や防衛は疑問に思うが、こういう制度ならば納得がゆきます。

日本の段々畑を蘇らせて、米の自給自足をし、病院で慢性的に不足している単純作業を高卒の若者に一年くらい勤めさせて、それを大学入学の必須条件にすると、どれだけ皆が大人になってくれるかと思う。

末期にどういう状況で死を迎えたいか

時間を大事に使うという時に、回復の見込みのある場合は、病気と闘い頑張れと励ますのは必要だが、しかし、治る見込みのない人に対して、頑張れと言うのは、屈辱なのです。本人は内心これだけ頑張り、これだけ苦しんでいるのに、この気持ちが分かってもらえない、もっと頑張れなんて、と思ってしまうのです。患者と看取る者とを隔ててしまうだけなのです。

医療では、この人は助かる、この人は助けられないと明確にしたがらない。何故ならば、医師は病気に対して、闘って負けたことを認めたがらない。病気に対して闘うのは当然だが、死に対しても闘おうとするが、死に対して勝てる人間はいないのです。目の前にあるのは、病気の状況ではなくて、末期であることを知れば扱いは違ってくる筈です。

去年、こういう調査をしました。「末期にどういう状況で死を迎えたいか」と沢山の日本人を対象に聞いてみました。多くの人々は答えました。「青空が見える所」、「海や湖が見える所」、「緑や山が見える所」、「花の香りが匂う所」、「自分の好きな犬や猫やペットが出入りする所」などなど。

病院は病気と闘う所だから、殺菌しなければいけない。消毒もしなければいけない。見えるものは壁が多い。末期ならば、水平線が見えたり、山が見えたり、ペットも自由に出入りする所。病人は酒を飲んではいけないが、末期だったら飲んでもいいじゃないですか。本人の最後なのだから。煙草も同じです。最後の時間をどう使うか。最後、一ヶ月くらいと知らされたら急に忙しくなります。

やるべきことは山ほどあります。先ず、身辺整理です。最近、ビデオカメラを利用します。本人の部屋にあるものを撮影して、ビデオテープを作り病室で見せます。本、日記、様々な記念品などの処分方法を聞いてその意思に沿います。

遺言をせずに死ぬ日本人が非常に多いのです。これは大変迷惑な話です。遺言があれば思案せずに、その意思に沿って処理が出来ます。また、その人の冥福を祈り、その人の匂い、思い出、性格を偲べます。迷惑をかけないためにも、前もって遺言を書くべきなのです。年齢を問わずに。遺言を書くのは人に迷惑をかけないためだけでなくて、最後のメッセージを贈るためでもあります。お礼やお詫びをします。

書くだけではなく色々な方法があります。知人の場合、十数本のビデオテープを作ってメッセージを残しました。本人が亡くなってもこのビデオテープはとても貴重な一家の財産となります。未だ生まれていない孫や曾孫たちも、こういう考えで、こういうことをしてきた人が我々の先祖だと知っていれば、この様にやるべきことは沢山あります。

リビング・ウイルという一つの選択肢

皆さんが、スパゲティ症候群になって死ぬ運命にある確率は非常に高い。スパゲティ症候群とは、点滴のみならず様々なチューブを体に付けて、自分の意識がすでに何処かに行ってしまっているのに、体だけが器械的に生かされている形容です。これが病院のシステムで、経営的に儲かります。しかし、病院としては、いつチューブを切ってよいか分からないし、場合によっては、医師が殺人の疑いで逮捕されます。

だからもういいですよとはなかなか言えない。益々、非日本的、非人間的、非自然的な姿になっていきます。それがやりたい人はやればいいでしょう。人の選択の余地を束縛するつもりはありません。だが、私はそうはなりたくないと思うなら、リビング・ウイルというものがあります。リビング・ウイルとは、日本尊厳死協会が提供している一つの形式の決まった遺言です。

普通の遺言は、一般に物をどう扱うかというのに対して、自分の生前に、体をどう扱ってほしいかという事を示す書類です。その書類に署名捺印します。(注:下記の参考資料参照)

こういう活字のものがあれば、もう明らかに回復しない植物状態になった時、もうこれ以上の延命を止めてほしい時に、殆どの医師が怖がらずに、困らずに、判りましたと、この活字によって我々医師も守られている、家族も守られている、それが本人の希望ですから、自然死でゆきましょう。と言うことになります。

死を考えて生きるという際に、下手をすると前者の様な死に方をしかねない。そうはしたくない時に、リビング・ウイルという措置がありますので、物を扱う遺言と同様に、自分の体を扱うリビング・ウイルにも配慮しておきたいものです。

人間にとって大事なものは

人類の歴史を見回した時、死はすべての終わりであると思っている国や民族は皆無に等しい。 そう思っているのは、不思議なことに、戦後の日本です。これは例外中の例外です。死んだら何もないなんて思っているのは・・。

私の中国の友達が「我々中国人は五十年にわたってずっと唯物論や無神論を共産党によって強いられているのに、それでもやっぱり先祖はちゃんといて、それなりに葬儀は勿論のこと、後の祈りもずっとやっています」と言っています。日本人の方が我々中国人よりも物質的に溺れていった、と語っています。
 
その歴史的経緯を見ますと、明治維新に廃仏毀釈の時代があって仏教が駄目になり、そして、マッカーサーが来て、神道は駄目だと言い、大和魂の話しは出来なくなりました。確かに戦前の歪曲は残念ですが、魂の話しは歪曲してはいけないが、だからと言って魂の話しをしてはいけないと言うのはおかしい。人間は単なる肉体と部品だけではあるまい。我々にとって大事なことは、何日生きることではなくて、一日一日をどれくらい価値をもって、思い出をつくって、良く生きられたかどうかということです。

歴史を振り返って見ても、一番長生きした人を尊敬して、若くして逝った人を軽蔑する国家がありますか。何年ほど生きたかは二の次でどうでもよい話しです。若くして死んでも、坂本竜馬であり、正岡子規であれ、どなたであれその人生が、精一杯意味が込められ、沢山の思い出が、人間関係や創造力があればいいのです。

逆に何の目的も意味もなく、何気なく一日を送って、日々を長引かせても意義があるでしょうか。人間は量より質です。物質より魂、心です。

死がすべての終わりではないとすれば・・
 
仮に、我々の死がすべての終わりではなくて、大きな出発だとすれば、昔の日本人がハワイへ出向きましたが、二度と本州には戻れない覚悟で帆船に乗って出発しました。本州に残る者にとって彼らの出発は決別に近い、死に近いお別れだったのです。だが、死んだわけではないのです。ただ見えなくなっただけです。

私の考えでは、死もそういうたぐいのものではないかと思うのです。そのように考えたらどうなるかと考えてみましょう。もし仮に、証明は別にして、死はすべての終わりではないとすれば、医者のスタンスはどう変わるか。

今、医者は分秒を争う形で、少しでも長く、この体だけを延命させようとする方針です。その方針が何処から生まれているかと言うと、魂を入れないからです。別の次元でまだ生きられると思えば、余り体に対して残酷なことをしないで、より自然な形で、いわゆる大往生出来る様な死に方をさせてもいいわけです。

無神論者は下手をすると体だけを考える。医者のグループかも知れません。看護師はどうか。沢山の看護師会と交流させてもらっていますが、看護師ほど素晴らしい職もなければ、それほどしんどい職もないと思います。一番しんどい看護の種類は末期の看護です。何故ならば、若い回復の見込みのある人の世話をしていれば、後で何割かの人にお礼を言われたらこんなに嬉しいことはないでしょう。

ところが、死を見送った方にお礼を言われることは滅多にないでしょう。どんなに心を込めてお世話をしても最後に有り難うと言われる事は滅多にないでしょう。最後は無言ですから空しいと言うか、心に穴があくような気持ちです。親しい家族と別れるだけでも心に穴が空きますが、毎日その人の便を取り体を拭き、その人の幸を祈っているのに、その人一人ではなく、次々と亡くなると、精神的にとんでもないストレスになります。

しかし、亡くなるのではないのです。浄土であろうと、天国であろうと、先祖さんがいる所であろうと、そこへ行くのだということが判っていれば、同じ仕事でも違って感じられる。 旅立ちの準備をさせて貰っているわけです。体は弱っているけれどなるべく綺麗なかたち、本人にとっても周りにとっても納得いくようなかたちで、この人生の一度しかない一番大事な旅立ちの見送りをさせて貰っている。そういう気持ちで看護を営むと、そうしんどくならずにずっと元気に勤められると、私の知っている看護師さんは話してくれます。

遺族カウンセリング
                                         
アメリカでは二通りの病院があります。遺族のカウンセリングをする病院としない病院です。 遺族カウンセリングをする病院は、死ぬであろう患者を前にして、大体余命が後、二、三ヶ月と思われる時、医療スタッフと患者、家族を呼び寄せてティーパーティーを開きます。

インフォームドコンセントではなく、医師との話し合いや家族のことを何を話してもいいのです。ベールを持ち込む場合もあります。一時間程度毎月話し合います。本人が亡くなり、写真だけが参加する場合もあります。こうした見送りを続け話し合います。

これに対して、遺族カウンセリングをしない病院の場合は、患者が亡くなった後、遺族は一年以内に精神異常になり、交通事故を起こし、突然死になり、重病に罹り、あるいは自殺未遂を起こします。昔ふうに言うとタタリと言われたり、あるいは心理学的に分析して、前方不注意で事故を起こしたと考えてもいいが、いずれにしても、それらは心を定めていないからです。未整理の部分が大きいからです。健康管理が駄目で病気になるとか、ストレスが高まり倒れてしまうとかです。

ところが、実は昔から日本は遺族カウンセリングを見事に営んでいたのです。初七日とか、四十九日とか、一周忌、初盆などです。これが単なる儀式で終わってはつまらないのです。勿体ないです。単なる儀式ではなくて、家族と医者、当初は医者と坊さんは同一人物だったのです。そうした方々と亡くなった方の話をしたり、しかもそのプロセスが死ぬ前から始まるのです。

そうして巧い具合にタタリは避けられたのです。こうした古き良き習慣を日本人がしなくなったためか日本でも同じ現象が増えている。主人が亡くなって直ぐ奥さんが亡くなる。とも連れというのでしょうか。残念ながらこれは冗談ではないのです。こうしたことに対する方法が仏教の中にもカウンセリングの中にもあります。                                                          
末期患者に学ぶ、一期一会  
 
末期患者をみていると、ものの見方が違ってきます。末期患者の殆どは人生を考え直します。色々なことを考え反省します。その中で何が善かったか、悪かったか、と考える時に、沢山のお金を稼いだ時が一番よかったと言う人は滅多にいません。もっと価値のあること、人間味のあること、例えば、十歳の時、小鳥が窓にあたって羽根を折ってしまった。その小鳥が飛び立てるまで看護した。そのことは長い間思い出せなかったが、最後になると、それが本当に善かったと思うことだと語ります。何故ならば、見返りを計算してやったことではないからです。

日常生活の中で計算ずくめでしているとそれが当たり前になって、道徳的とは言えなくなる。また、ある人の話では、ある日、教室の机や椅子の乱れをただし、傾いた額縁をただして、箒で掃除して、こっそり帰った。誰にも見られずにすんだし、自分もその事を忘れていた。ところが、振り返ってみれば、それは本当にやってよかったと思う。あるいは、駅で道に迷っている外人を行くべきホテルまで連れて行った。二度と会わないであろう人だが、行くべき所に連れて行ったということはいいことです。

反省するということはどういうことかというと、例えば、ある人は語ります。兄弟喧嘩はいつものことだが、十七歳の時、本当に弟を殺してしまおうと思って、思いっきり殴り倒した。ああいう怒りの心、あれだけ親しかった弟を駄目にしてしまえと思う心自体を恥じると言います。また、あるお祖父さんは語ります。会社に勤めていた頃、他の会社もやっているからというので、汚染物質を流していた。企業の利益のために、湖を汚染していたことを今恥じる。自分は副社長になったが、その中で何人もの同僚を踏みつぶし、傷つけたことを、考え直すと果たしてこれでよかったのかと反省する人もいます。

どうせ反省するならば、末期を待ってやるのではなく、毎日やればいいではないか。遅くならないうちに、よい人間関係を保ちたいものだと思います。仮に、死んでからも魂や心は生き残るとしたら、体は灰になるからどうでもよいが、持っていけるものは、その思い出、その心の習慣、性格、人格です。そして仮に、あの世があるとしても、この世がちっぽけに見えるわけではありません。

いずれ旅立たなければならない大事な故郷であり、二度とこの体には戻って来ない。二度とこの家族、この年齢には戻れない。だから今日一日を大切に、一期一会を大切に生きようではないかと思います。

ある学校、会社、村落を離れなければならないと思う時に、不思議な現象が起こります。心の中で嫌だと思った同僚でも、離れないさきから恋しく見えてくる。もう二度と会えないと思えば。山や海の景色も、我々の故郷のこの地球が、そういう所です。この琵琶湖やこの比叡山の環境を、今のこの体では二度と見えません。明日は明日の山になり、明日の湖になります。

一期一会で、それぞれの味わいを深くとどめて置き、よい思い出があれば、より沢山の方に紹介して、われわれの子孫に楽しんで頂けるかたちで、もってゆきたいと考えています。それはつまり、死を考えて生きることであります。ご静聴有り難うございました。



(カール・ベッカー教授)
1951年アメリカ、シカゴに生まれる。1971年プリンシピア大学哲学科卒業。哲学博士、文学博士。南イリノイ州立大学、ハワイ大学、大阪大学、筑波大学を経て現職。1980年アメリカで国際ニア・デス研究所設立。1983年体外離脱研究で、アメリカの全米宗教心理学会のアシュビー賞を受賞。臨死体験や体外離脱、宗教的体験の研究で世界的に知られる。また、比較思想史、比較文化論の中で東西の死生観を研究。日本語での著書に、「死の体験」(法蔵館)「いのちと日本人」(白馬社)「死ぬ瞬間のメッセージ」(読売新聞社)「潔く死ぬために」(共著、春秋社)ほか著書多数、論文多数。

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