きらきら星

毎日ごはん

すいかの匂い

2006年08月21日 00時30分01秒 | Weblog
長良川を泳ぐ鮎を見ました。

それで、物部川の鮎釣りを思い出しました。

よさこい祭りを見に、高知まで足を伸ばした去年の夏、高知大学農学部の近くを流れる物部川で、同大学を退官された鮎釣り名人の先生に教えを乞う、機会に巡りあいました。

先生は、余分なぜい肉がひとつもない枯れた薄い身体でありながら、手や足には青年らしい引き締まった筋肉の盛り上がりが、垣間見える稀なご老功でした。

好々爺といった穏やかな面持ちは、どこか枯山水のように宇宙的な広がりを含んでいて、四国の山々に分け入られ、自然相手に長年研究してきた御仁の一本抜けた泰然かと、物珍しく目を見張りました。

鮎は友釣りするそうで、河原の石で囲ったいけすには、既に元気のいいのが一匹旋回しており、生きた鮎すら初めて見る私は、息をあげて興奮していましたが、先生はゆったりと鮎をつかんで、竿にかけ、川の中程に投げ入れられました。

その間にも、口の中で呟くような小さい声で、説明をなさっていたのですが、うまく聞き取れず、結局、先生が舵を取られる竿をただ握っているだけ、という間抜けな鮎釣りになってしまいました。

しかし、清流というのは、その流れをぼうと眺めているだけで、美しさに胸が和らぎます。
ちょろちょろと絶え間ない水音も心地よく、静かな眠りを誘うようです。

本州より雄大な稜線の重なりに暮れかかる空の青が滲み、先生の泰然とされた面持ちが重なります。

鮎は名人の力で次々に釣り上げられ、まるで自分の手柄のように大喜びで、流れに浸し、鮎を生かしておけるようになっている、現代風の魚籠に一匹、二匹と入れていきます。

八匹目を釣り上げた頃、当たりが途切れ、お礼を言って、大漁大漁と大手を振って帰りました。

まだ、息のある鮎を塩でもみ、グリルに入れて焼きます。

焼きたての鮎は本当にすいかの匂いがして、聞いた通りだと感心しながら、薄い味の柔らかな白身を頬張りました。

今年は降り続いた雨の影響で、川が濁り、鮎の方もいまいちだったみたいです。
来年はどうかな? などと思ったら、鬼が笑いますね。

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色付きの

2006年08月19日 01時45分36秒 | Weblog
暑くて熱いものが喉を通らないという、夏バテ、一直線な最近です。

そんな時の強い見方は素麺です。

三輪素麺や揖保の糸など、近畿地方には名高いお素麺があり、木箱のお中元もよくよく見かけられます。

私は、小さい頃、素麺より冷麦が好きでした。

何故かというと、色付きの麺が入っているからです。
薄い緑やピンクの色がついた麺です。

各束に二本から四本くらいの希少なもので、毎度、年の近い兄弟の間で、意地汚い争奪戦が起きていました。

そんなにこだわっていた色付き麺なのに、つい先日、冷麦を茹でたら、誰とも取り合いにならず、寂しい気持ちでいっぱいでした。

かく言う、私も手に入れた喜びは薄く、どうして、こんなものにあんなにこだわっていたのだろう、と不思議に思ったくらいです。

しかし、子供にとって、世界は冒険と発見に満ちています。
色付きの冷麦が大海を巡っている七つの秘宝のひとつでもおかしくありません。

年を経た感慨と、心もとなさを感じながら、つるつる少し固茹での冷麦を啜りました。

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高校生だったわたしへ

2006年08月14日 23時53分56秒 | Weblog
あの日々に、私は想像できたでしょうか。
十六歳のある時、偶然に出会った人たちと、今こうして、お酒を飲んで笑い合っていることを。


昨日、帰省してきたり、休みだったりした高校時代の友人を集めて、食事会をしました。


泣いたり、笑ったり、傷ついたり、頑張ったり…いろんなことを一緒に走り抜けた人たち。
どれも熱すぎる思い出で、上手く言葉にすることができません。

どうして、あんなに真剣だったんだろうね。

少しだけ大人になったあなたが、懐かしい目で笑っています。

黄色い照明、長いテーブル、ざわめき、食べ物の匂い、グラスを回る氷の音。

元気だった?
最近どうしてるの?
何か悩んでる?
へえーそんなことがあったの。
また会おうよ。
また話そうよ。

久々の会話が弾み、また、新しい絆が結ばれていくようです。

あなたは想像できる?
今から十年後、また、このメンバーで、こうして笑い合っている姿。

答えは、ノー。
これからだって、みんな、どうなるか分かりません。

だけど、イエス、と願わずにはいられないのでした。

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平和の日

2006年08月07日 00時25分56秒 | Weblog
こっち、ほったらかしですね。申し訳ないです。

さて、8月6日です。
朝、公共放送の鐘で黙とうをしました。


平和、とは何でしょう?

核兵器廃絶。
憲法9条を守る。
人間の尊厳を守る、命を尊重する。

もちろん、そうです。

だけど、それだけじゃない。
子らの声が響きます。

毎日、学校に通えること。
勉強できること。
眠ること。
食べること。

毎日、目の前にあるものが平和です。

パレスチナで取材を続けている古居みずえさんが、語ったエピソードがよみがえります。

パレスチナでは今も銃声が人々の耳を切り裂いています。
お母さんの耳、お祖母さんの耳、子どもの耳。
古居さんの目は戦渦を生きる女と子どもに向けられています。

銃声が少しでもやむと、お母さんたちは料理を始めます。
学校が閉鎖されるまでは、子どもは学校へ。
少しでも日常と同じようにしようと努力しています。

言葉は違うかもしれません。

お母さんとお祖母さんが崩れた壁に取り囲まれた中庭のようなところに出て、火を焚き鍋をかけている映像でした。

私は目を瞑り、平和を誓う一方で、欺まんを感じずにはいられませんでした。

私が誓った平和は、私の平和なのではないだろうか?
私さえ、戦争に巻き込まれず、平和に生きられればいいと思っているのではないだろうか?
もし本当にそうなら、私はパレスチナの人たちにどうして涙したのだろう?
平和な国で平和教育を受けた者の同情心から、ではないのだろうか?
あの人たちをかわいそうな人たちと、見下しているのではないだろうか?

それなら、私はパレスチナの人たちの尊厳を深く傷つけたことになります。
そして、そんな自分が卑劣だし、許せないと思います。

では、私に出来ることは何でしょう?

戦争を容認しているアメリカ製品の非買?
ピース・ウォークの参加?

それもあるでしょう。
でも、私に出来ることは書くことです。

戦争は嫌だ!戦争をやめろ!と、大声でたくさんの人に云うことです。

私は女です。
平和な国にいる、自由に書くことの出来る女です。
そして、言葉の力を信じています。

気持ちを引き締め、書いて発表できる女を目指します。

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こだわり幹事さん

2006年07月29日 01時57分00秒 | Weblog
時々、幹事さんになります。

お店を選ぶときは、もちろんメンバーの層や意向を反映させますが、最終的にはデザートを重視します。
だいたいが、女の子グループの会だからかもしれませんが、デザートのあるところに決めます。

なぜなら、甘いものが好きだから、というものありますが、デザートの時間が大切だからです。

お料理が終わり、デザートが出てくる…それは、会のお開きを暗示しています。

甘いものがうれしいような、寂しいような時間。
これで最後の時間。
名残惜しい時間。

期限付きの時間はとても濃厚だと思います。

だから、デザートの時間は大切。
とっておきの時間。

私に幹事を任せる時は、どうぞ、デザートの時間を楽しんで下さい。

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宣伝部長

2006年07月28日 01時12分24秒 | Weblog
涼しいうちに更新しなきゃ♪

さて、夏の風物詩、お中元の代名詞、というわけではありませんが、この季節の市民権を得ている飲み物に、カルピスがあります。

カルピスが大大大好きな愚妹の影響もたんぶんにあって、私もカルピスが好きです。

味もさることながら、あのパッケージがかわいい。

白地に水色の水玉模様は、なんとも涼しげで、ポップで、キッチュで、そのくせノスタルジックで、普遍的な趣があります。

これがなんと、「天の川の銀河の群星」をイメージしたものだということで、1922年当時は濃い青地に白の水玉模様があしらわれていました。
白地になったのは戦後だとか…。

カルピスのロゴタイプもかわいいですね。


子どもの頃のカルピスといったら、例の包装紙に包まれた茶色の瓶に入っている原液でした。

今では、そのまま飲めるものがペットボトルや紙パックで出ていますね。
アイスバーやソーダにまでなったりして、驚いてしまいます。

しかし、あの、原液を薄めるやり方は、それぞれの好みが出て、たいへん赴き深いです。

私は、氷をグラスいっぱいにつめて、原液少々たっぷりの水を注ぐ、薄ーいカルピス派です。
妹は、たぶん濃い派だと思います。
確認したことはありませんが、姉妹とは往々にしてそういうものでしょう。

また、ミルクで割るカルピス、というのがお好きな方もいらっしゃるでしょう。
アルコールで割ったり、中にはホットにして飲む方もいらっしゃると聞きました。

みなさん、どうですか? こだわり、ありますか?

かき氷にかけたり、ゼリーにしてもよさそうですね。

カルピスは、創業者がモンゴルを旅した時、瓶に入った乳酸飲料を飲み、ヒントを得たのだそうです。
ネーミングも意外で、カルシウムの「カル」にサンスクリット語で「最上の味」を意味するサルピスを合わせたもの。
タンパク質・カルシウムの消化吸収がよく、夏バテしやすいこの季節にぴったりですね。

と、カルピス社のまわし者のようなブログになってしまいました。

カルピス…侮れない奴です。

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ゴーヤちゃん

2006年07月26日 10時27分16秒 | Weblog
写真は我が家の畑で穫れた夏野菜です。

沖縄の特産品、ゴーヤを瀬戸内の我が家でも育てています。
今年は立派に実って、毎日、ゴーヤチャンプルが食卓に並びます。
ゴーヤチャンプルも、全国的に有名になった沖縄の家庭料理です。
ゴーヤと豚肉、卵、豆腐なんかを炒めあわせる料理で、みなさんもお口にしたことありますよね?

数年前に沖縄ブームがあって、それで全国的になってしまって、地方色を惜しむ声もあります。
しかし、思えば、ほかの野菜だって、そうやって広がったんじゃないでしょうか?。

写真に写っているトウモロコシだって、漢字で書けば唐と唐土が入ってるでしょ?

薩摩芋や唐南京、唐茄子なんかも、まさしく、そうですよね。

だから、ゴーヤもなんだか広まって…と言わず、どんどん作ってもらって、食べたいですね。

ヾ(--;)ぉぃぉぃ

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体内時計

2006年07月24日 17時51分35秒 | Weblog
ここ十日ほど、家から出ていません。
パソコンにかじりついて、完全にヒキコモリさんですね。

こうなってくると、昼夜逆転生活になってしまう方が多いらしく、たいへん危険だそうです。

私は一年半ほどなんの制約もなく暮らしていますが、朝は六時から七時に起き、夜は十二時から一時までに寝て、毎日三食欠かさず(三時のおやつも欠かさず)、これといって運動もしていませんが、体重は1キロ程度の幅を揺れるだけです。

家にいても、春夏秋冬を楽しみ、日中、暇を持て余さず、時々、不安になりますが、おおむね、いい生活です。

ヒキコモリの秘けつ本を書こうか、と思うくらいです。

学生の頃も、実は、このペースで暮らしていて、アルバイトや学校があっても、結局、この生活リズムは変わりません。
長期休暇は、学生さんが生活ペースを乱しやすい時期ですが、私はなんなくきました。

それで感じるのは、体内時計、という考え方です。

習慣がありますので、朝は勝手に目が覚めますし、夜は眠くて起きてられません。(だから、夜遊びを早めに帰らせてもらったりしてるし、一緒にいてもほとんどぼーっとしていたりしてると思うので、ごめんなさい)

それに、腹八分目なので、朝・昼・晩におなかが減ります。
たぶん消化にかかるスピードがちょうどいいくらいに調節されているのでしょう。

これはもう、きらりの時計が体内にあって、きらりの意志とは関係なく、時間割どおりに調節しているとしか思えません。

なので、ヒキコモリライフの秘けつは、体内時計を持ちましょう、でした。

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鰻屋

2006年07月21日 12時56分21秒 | Weblog
土用の丑の日はまだ先だが、先日、旦那とお義母さんとウナギを食べに行った。

日中蒸し暑く、夜気がレースのカーテンを揺らし出し、ほっとした頃、旦那とお義母さんが勤めから帰った。
私は旦那の実家にひとりでいた。
夕食に出ることはメールで聞いていたので、身支度を整えて待っていた。

近くのウナギ屋だということだったが、車で少し走った。

幹線道路脇に間仕切りの商店が軒を連ねていた。
蒸された雨の匂いに混じって、ウナギの焦げるいい匂いが漂ってきた。

狭い戸口の深く垂らした暖簾を潜って、店に入った。
大将がひとりで切り盛りしている小さな店だった。
巷では有名店で、店を紹介したテレビ番組を流していた。

三人そろって、うな重を注文した。
生きウナギを捌くところを見学できるというので、連れ立って厨房を囲んだ。

大将はおしゃべりな質で、気圧される私らを尻目に、言葉を切らず、ウナギを手際良く捌いた。
ぬめぬめ光る一尾をまな板に乗せて、頭をとんとんと打ち付け、包丁を喉元から差し込んで滑らすと、ウナギがビクッと震えた。

これが心臓ですよ。
大将が血塗れた指で示してくれた小さな袋はとくとくと波打ち、己の主人を探しあぐねているようだった。

魚には痛覚がないから、身をそがれた痛みでショック死することはないんだよ。
料理が大好きで、ウナギ捌きの実演に少し紅潮した旦那が、低い声で囁いた。
ええ? わたし、神経の反射かなんかで動いてるって思ってた。残酷ね、怖いね。
お義母さんは苦手らしく、少女のような顔つきで、少し青ざめていた。
そうですね。ありがたく頂きましょう。
両方取りなすよう曖昧に頷いた。

ウナギは串に刺されて、グリルで炙られてもまだ生きているらしく、じりじり動いていた。

重箱に敷かれたご飯の上に白い身を少し残してこんがり色づいたウナギが来た。
おいしい、おいしい、と個々に呟きながら、黙々と食べた。
確かに、皮がぱりっとしていて、身は柔らかで、生きウナギは美味しい。

数年前に食べたウナギの蒲焼きを思い出した。
暑い時だった。
乾いた砂を蹴って歩いた。
生きウナギを炭火で炙っており、ひと串で、うな重を超える値段だった。
美味いウナギを食わしたくて、と言った人の行方は知らない。
顔もぼんやりとしか思い出せない。
ウナギ食ったら、元気になるぞ。
あの人は笑った。
蒲焼きをのせた平皿は織部だった。

お義母さんは、ウナギの肝のお吸い物を怖がった。
旦那は、無理に勧めて飲ましていた。
大丈夫? 食べれる?
お義母さんが聞いた。
はい、好きです。
お吸い物もおいしかった。

御馳走になって、三人で帰った。
雨に濡れた道路を、車は突っ走った。
曇った空に、ひとつだけ星が出ていた。

あの人に。
ずいぶん心配させたけど、結婚したんだよ、と伝えたくなった。

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食べる≠

2006年07月18日 11時13分42秒 | Weblog
重い腰をあげて書くかぁ。

長い間、お休みしてしまって申し訳ありませんでした。

さて「食べる」をテーマに文章を綴っております。
食べる=生きる、はさんざんお話ししてきましたが、生きる≠食べる、を今回はお話ししたいと思います。

というのも、元気だ元気だと言いつつ、六月頭に倒れてしまって、それからの不調がネットに出れない状態まで発展していました。

倒れると一言で書きますが、その実際はこういうものでした。

遠出をして帰ったある日の夕食は天ぷらとお吸い物、ご飯、小品が二皿というありふれたメニューでした。
疲れていたので、油ものに少し抵抗を感じたものの、イヤ、こう言うときこそ、食べて元気!と思って、箸をつけました。
夕飯の後片付けの時、下腹に重い痛みを感じ、ちょうど周期の関係もあって、月のものがそろそろ来るな、と嫌な気分になりました。
さらに、米を研いでいると、頭痛が始まり、これはヤバい、早々に風呂を済ませて、床につきました。

それから、三時間程。

突然、下腹部に激痛が走って、前後不覚に起き上がりました。
お手洗いに駆け込むと、上から下から押し戻され、あまりの痛みに身をくねらせて堪えていますと、私の意識とは関係なく体中の穴に力がこもっては抜け、こもっては抜け、ポンプのように押し出す状態を三十分ほど続けました。
消化器官に分類されるあの長い管に詰まっていたものを全部吐き出したので、個室はひどい状態で、そこに蹲っている私もひどい状態で、泣きながらドアを開けると、家族が全員起き出して、集まっていました。
救急車、という声が聞こえましたが、金銭的に厳しいので制して、再び始まった例の力みのために、お手洗いに引き返しました。
そこからどうにも動くことができず、汗だくなのに、全身が震え、恥ずかしながら、弟に背負われて床に戻りました。
それから、洗面器に胃液を吐き続け、間欠的に睡魔に襲われては、激痛に叩き起こされ、胆汁を戻し出した頃には、空が白みはじめました。
吐いている途中にはじまっていた過呼吸が日が昇るに応じて、激しさを増し、家のものが身支度に忙しくする中、冷たくなった手から痙攣が起こりはじめました。
こうなると、意識が遠くなって、真っ白な光の中を彷徨うようになり、いよいよ観念して病院、というところで、なんとかこちらに戻ってきて、やはり、こんな時でもお金のことを考えて、鎮めよう、鎮めよう、と大きく深く息を吐き出しました。

と、発作は治まって、高く昇った日の光を浴びながら、死んだように眠りました。

その日の夕方には起き出して、その日初めて水分を摂ったのですが、舐めた程度で、もし管に入れれば、今度こそダメだ、と不思議なことに自分で分かりました。

胃の中どころか、全身空っぽで、夕餉のいい匂いを嗅いで、食欲の兆しは見えましたが、元気になるには食べないことだな、と思い直し、水を舐めて、眠りました。

次の日から、徐々に粥を啜り、今はすっかり戻っていますが、常日頃より、食べることを警戒するようになりました。

このように、食べる≠生きることを経験しますと、「食べる」ことの負の側面を考えなくてはなりません。
食物は、時に毒物や致死物に変容するからです。
今までは、「食べること」を讃歌し過ぎていたように思いますので、これからは気をつけます。

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